2003年、8月1日。
10時ぐらいに目を覚まし、仕度をして、電車を乗り継いで新大阪駅へ。
そこから15分ほど歩いた。
夏の日差しが照りつけ、緑の少ない住宅地に不自然なほどうるさいセミ。
やってきたのは交通警察署。
今日はこの前の酒気帯び運転と青空駐車の処理を受けにやってきた。

中に入ると、がっくりと肩を落とした人たちがベンチに並んで腰掛けてる。
その奥にあるドアの中から話し声が聞こえてくる。
「えー、30kmオーバーねー。」
「この酒気帯び運転の時どれくらい飲んでましたー?」
ここは9万円以上の罰金がつく違反をした人がやってくるところ。
検察庁って所だ。
ここで略式裁判と呼ばれる簡単な裁判をして、罰金を決めるという。
「金丸文武さーん、7番のドアから入ってくださーい。」
中に入ると、両側に仕切りのついた机が並んでいて、そこで係の人と1対1で話をする。
「はい、金丸さんねー、違反をした夜のことをねー、よく思い出して質問に答えてくださいねー。あの時はどれくらいお酒飲んでたんですかー?」
「チューハイ350mlを1本です。」
「…………どれくらいの時間まで飲んでましたー?」
「20時半くらいまでです。」
「………………嘘ついてますね。はい、わかりました。今の話は私何も聴いてません。だからもう1回聴くから正直に答えてや。2本飲まへんかった?」
「だから1本しか飲んでないですよ!」
「いや、だからね。金丸さんの体重でチューハイ1本でこの0.17っていう数値出そう思うたらね、フーセンふくらます直前まで飲んでなあかんの。そういうグラフがちゃんとあるんやわ。ほらこれね。だから、私はまだ何も聴いてへんから正直に言うてや。せっかくこっちは簡単に終わらそう思うてんのやからな。」
「2本飲みました。」
一瞬で嘘がバレてしまった。
ていうかこんなところで苦し紛れで飲んだ量をサバ読んだところで罰金は数値で決まるらしいのでどうしようもないんだけど。
その後、いろいろ取調べを受けてから罰金が確定した。
酒気帯び20万。
青空駐車5万。
…………悲しすぎる。
もしこれで払わないでほっといたら1日5000円で労働刑務所みたいなのに入れられるらしい。
点数とか免停とかの話はここではしてくれないらしく、後で通知が来るらしいが、免停は確定。
宮崎の免許センターで講習を受けないといけないらしい。
終わった……………
この前宮崎帰ったばかりなのに…………
帰りに免許証を返してくれたのはいいけど、それでもガックリしながらまたセミのうるさい道を歩く。
にじむ汗。
電車に乗る。
はぁぁぁ…………
ため息出すぎ…………
会社に戻り、明日は現場はどこかな、と配置を見に事務所に行った。
すると最近現場で一緒になることが多いヒロシさんが俺の肩をつかんで外に引っ張った。
ヒロシさんはスキンヘッドでゴリラみたいな体格をしたものすごく怖い先輩。
「ちょっとコンビニ付き合えや。」
2人で駅前のローソンまで歩く。
「お前、辞めるらしいな。」
「え…………あっ、はい…………」
「そうか。ホンマ辞めるんか。もうちょいおれや。実は昨日な、うちのアニキと社長の所に行ったんや。お前をくださいってな。お前まだ班決まってへんやろ?お前ようやるからアニキもお前を欲しい言うてての、そんで部長連中とばして直接社長のとこ行ったんやわ。ほしたら、お前は日本一周しとるから班は決められんよーにしとるって言うやないか。」
この会社にはいくつかの班が存在している。
10~15人くらいで構成されており、その班ごとに現場を配置することが多い。
ある程度仕事ができるやつは、それぞれの班の上の人たちに気に入られて、どこかしらに入るのが慣例らしいんだけど、俺は短期で辞めるので班は決めないということになっていた。
ヒロシさんの班は、うちの会社の伝説の部隊といわれている「白虎隊」。
白虎隊とは、簡単に言うと特攻隊みたいな集団。
難しい現場、タフな現場はこの白虎隊が乗り込んでズバアアア!!っと終わらせる。
仕事のデキるやつ&めっちゃ怖い人しかいない班で、うちの会社の中でもみんなから恐れられてる存在だ。
そう簡単には入ることができない班だけど、でも最近は若いのがいないみたい。
あまりにも厳しいから誰もついていけないんだそう。
噂では白虎隊のメンバーは体のどこかに隊のシンボルの刺青を入れないといけないらしく、さらに比叡山かどっかの寺に修行に行かないといけないみたい。
いや、めっちゃ遠慮させていただきたいんですけど…………
と思いつつも、その肩書きには少し惹かれた。
まぁ、今はそれどころじゃなんだよ…………
罰金どうしよう…………
近所で賑やかな盆踊りをやっていた。
ヒロシさんと別れ、1人でぶらぶらと祭りの中を歩いた。







喧騒にまみれていたら、少しは辛さが紛れた気がした。



あまりにも凹んでしまい、毎日生気のない日々を送っていたが、たまには外に出なきゃと、ラジオで知った南港のイベントに行ってみた。
この日はATC、アジア太平洋トレードセンターというくそデカいショッピングモールの周辺で数々のイベントが行われていた。
まるで迷路。
人めちゃくちゃいる。
野外フェスならではのこの雰囲気。
みんなすごく楽しそう。
俺はひとりぼっちで歩き回る。
キダムの巨大なテント。
ローライダーショーでは、ド派手なアメ車たちがハイドロで飛びはね、サマーソニックっていう野外フェスでは数々の有名外国人ロックバンドが爆音を響かせている。
もちろん全部有料。
金ない。
でもそんな中、ATCの中にあるちょっと小さめの野外ステージで、サリナジョーンズというジャズシンガーが無料でライブをやっていた。
すごく有名な人らしいんだけど、ジャズは全然知らないので聴いたこともない。
18時に始まったライブ。
傾き始めた夏の日差しを浴びたステージに、サリナジョーンズが出てきた。
黒人の女の人だ。
世界を代表するジャズ・バラードのシンガーらしく、どんな歌を聴かせてくれるのかと思ってると、これがまたイイ感じのまったりとした音楽。
歌めっちゃうまい。
周りに座っているのはシャレた格好のおじさん、おばさん、家族連れ。
サマーソニックの会場のほうにいたロック好きたちとは打って変わって上品ぶった人たち。
ジャズとゴルフは教養のある大人のたしなみって感じだ。
歌声に酔いしれているうちにすっかり夜空になり、アンコールでは静かなピアノでキャロルキングの『You’ve Got A Friend』。
すごくいい時間だった。
ライブ会場を後にし、生ぬるい人工の夜風に吹かれ、ひとりぼっちで歩いた。
開発があまり進んでないのか、無駄にだだっ広い荒涼とした埋立地の上に、ポツンポツンと建物がまばらに散らばっている。
建設途中の、鉄骨だけの現場が淋しく月明かりに浮かぶ。
遠くでフェスの歓声が聞こえる。
彼方に見える大阪の街明かり。
あのでかい観覧車には今どんな人が乗っているんだろう。
街明かりの上にさっきからはじけているのは、十三の淀川花火大会。
ほんの小さい花にしか見えないその花火がすごくすごく綺麗だった。
それからも毎日仕事に打ち込んだ。
仕事。
仕事。
仕事。
毎日狂ったように仕事。
しかもこのところずっと早出なので4時50分に起きないといけない。
おかげでだいぶ稼いでる。
まぁそれも全部罰金で消えるんだけど。
仕事が終われば食堂でセンパイの酒を注ぎ、それから近所のスナックに行き、センパイのカラオケに手拍子をする。
遅くまで飲んで、次の日はまた4時50分起き。
1時間だけ寝て会社に行き、現場に向かう車の中で気持ち悪くなり、窓を開けて60kmくらいで走ってる車から頭を出して外にゲロを吐きまくる。
「おー!カネ何してんねん!!お前大丈夫かー?!」
「…………は、はい、大丈夫で……す…………オゲエエエエエ!!!」
現場でも吐きまくり。
下痢しすぎ。
おまけに夏本番で、めちゃくちゃ炎天下。
冷や汗出過ぎでマジで脱水症状起こしそう。
「カネー!!いつものキレがあらへんぞー!!きついんやったら寝とけやー!!」
「…………いや、いけます!!いけ………ま…………ウゲエエエエエエエ!!」
根性だけで毎日を乗り切る。
もう死にそう。
そんな過酷な日々が過ぎ、盆休みがやってきた。
やることは2つ。
宮崎に帰って交通違反の講習だ…………
切ない…………
もうひとつは盆休みで帰省してる美香に会うこと。
この日を支えにずっと頑張れていた。
休みの前の日に給料をもらった。
さぁ、一体いくらあるだろう。
寮に入ってるやつは、最初の月に15万くらい引かれるらしくて、俺よりちょっと前に入った人たちは、前借りやら食堂でのビール代とかでマイナスになってるやつばっか。
でも俺はそんな話をいっぱい聞いてたから、前借りも切り詰めて切り詰めてやってたし、ビールも全く飲んでない。
そして封筒を開けると、やった。
差し引かれたのが12万。
手元に7万5千円。
俺より少し先に入ったほぼ同期のウメくんが絶望的な顔をしているので、どうしたのかと聞くと、2ヶ月続けてマイナスなのだと言う。
そりゃそうだよ。
毎晩食堂で飲んで、無断欠勤して(無断欠勤は罰金)、さらに毎日3000円も前借りしてたらそうなるよ。
これでまた来月も前借りの日々。
負の連鎖の中でいつまでもマイナスのまま過ごさないといけないなんて不毛すぎる。
金が入ったら着替えて準備して、寮を出たのが21時。
とうとう美香に会える。
約半年ぶりの再会。
ケータイが壊れてから、毎日公衆電話から電話をかけていた。
早く会いたい。
でも遠い。
金がないから、ひたすら下道を走り続けた。
お盆の帰省ラッシュで混みまくりの国道2号線を走り続け、丸1日かけて宮崎に帰ってきた。
すぐに美香に会いに行くと、顔を見るのがお互い恥ずかしかった。
遠距離をしてるカップルならわかると思うけど、半年も離れてると、えっ?この人俺の彼女?………だよ………な?って感覚だ。
なんとなくお互い緊張して話せない。
髪型も変わるし、自分の知らない洋服を着ていることがますます不思議な感覚にさせる。



日向名物の天領うどんを食べ、この世で1番美味しいチキン南蛮のお店「爛漫」に行き、友達に会ったり、最近入退院を繰り返してるお婆ちゃんのお見舞いに行ったりと、それなりに慌ただしく過ごす。
免許センターにも行き、これで一応用事は全て終わらせることができた。
そうして1週間ほどで大阪に戻る日になった。
最後に友達と遊んでから家に帰ると、もう夜遅いというのにお母さんがまだ起きていた。
俺ことを見送るために起きててくれたんだろうな。
「気をつけてね。早いとこ終わらせて帰ってきなさいよ。」
お母さんの言葉にわかったと返事をするけど、まだまだこれからどれくらいかかるかわからない。
旅するだけでも心配かけてるのに、その上交通違反やらなんやら、何回も実家に警察から電話かかってきて、本当ごめん。
必ずやり切って帰ってくるから。
ファントムに火を入れ、日向に美香を迎えに行った。
少しだけ大阪で一緒に過ごし、それから美香は茨城に戻る予定だ。
実家から出てきた美香が車に乗り込む。
でも少し浮かない顔をしている。
「もう別れなさい、もっと真面目な人と付き合いなさいってお母さんに言われちゃった。お父さんもすごく淋しそうだった。はぁぁ…………文武!!私もっといい女になるから!!見とけ!!」
マジか…………
思いっきり娘との交際を拒否されてるよ…………
でもそりゃそうだよな…………
もっとちゃんとしなきゃ…………
必ず人間的にも社会的にも立派になって、美香を任せてもらえるような男になって戻ってこないと。
真夜中の10号線。
隣で眠る美香を乗せて、大阪に向けてアクセルを踏み続けた。
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