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この旅中、1番バカだった数日間







リアルタイムの双子との日常はこちらから






2003年、7月5日。






この鳶会社ではヘルメットに線が引かれてる。


ベテランには2本線。


中堅には1本線。


そして俺みたいな新人は線のないボウズ。




ボウズはマジで奴隷のように扱われる。


使いパシリは当たり前、片付け、掃除も当然。


そして現場に向かう時のワンボックスカーの中での席も決まってる。



ボウズは壁に寄りかかれない真ん中の席。


マジで人権がない。



あまりにも過酷な扱いを受けることで、新人がやってきてもほとんどが1週間ももたずに行方をくらます。


夜のうちに寮から逃げてしまうわけだ。






俺は鳶の経験があるおかげで、他の新人には絶対負けてないと思えた。


めちゃくちゃ偉そうな態度の1本線でも、俺がバシバシやってたら遠慮がちになってる。


負けん気はまぁまぁあるほうだと思う。









そんなある日、仕事終わりに食堂でご飯を食べていると山本部長が声をかけてきた。



「金丸!!ちょっとこっち来いや!!話がある。」



山本部長はウチの会社の番頭で、2本線からすらも恐れられているとんでもなく恐ろしい人。


現場ではウチの作業員だけにとどまらず、他の業者さんにまで、ブチ殺すぞゴラァァアアアアアアアア!!!!と叫んでる。



そんなM部長にやたら気に入られてるらしい俺。




「おう金丸。お前、うち辞めるんか?」



「え?…………」



「日本一周しとるんはホンマか?」



「あ…………はい…………」



「そうか。お前の人生やからな、俺がどうこう言う権利はないからのう。まぁお前はようやるからのう。声もでかいし、飯もよう食いよる。俺はどうせ辞めるやつやからゆーて見放すようなつまらんマネはせん。まぁ、あんま他のヤツにはこのこと言わんときや。何かあったら電話してこいや。俺が迎えてやるからな。ホラッ食えや!!オッ!!リンタロー!!お前今日遅刻したのおおお!!何さらしとんじゃボケがあああ!!顔半分そぎ落としたるぞホンマアア!!」




他の新人の頭を思いっきりぶん殴る山本部長。



頑張ってやってたら必ず見てくれてる人はいるんだよな。







ちなみに、あれからホワイトさんの姿は見ていない。

他の仕事に移ったのか、それともまた逃げ出して消えたのか。



でもそんなこと俺にとってはどうでもいいことだった。















 


数日経ち、仕事を終えてからミナミに向かった。


今日はホストの時にお世話になったエムさんの誕生日を祝って、エムさんとフミコさんと3人で遊ぶ約束をしている。



勝手知ったる道頓堀アーケードに入ると、相変わらずたくさんのホストたちが道の端に立ち、通行人に目を光らせている。


でもそんなにアグレッシブにキャッチをしてないのは、最近になって警察の取り締まりがキツくなったから。


女の子の前に立って通行を妨げるようなキャッチをしたら、すぐに警察に捕まってしまうようになった。



夜の世界の人には生きにくくなったけど、でも街の人からしたら万々歳だよな。


正直、あんなにキャッチで声かけられまくったら鬱陶しいと思うもん。






でもそんなの知ったことではない道頓堀のいつもの顔ぶれたち。


可愛い犬のニラちゃん、キタローおじさん、折れたリコーダーを吹いてる大西さん、いつもあてもなくフラフラしてる家出少女たち。


みんなこのアーケードの住人だ。



またたくネオンと笑い声の雑踏の中、誰かのすすり泣く声が聞こえてくる。









宗右衛門町にあるホストクラブのドアを開けると、もう店内はグチャグチャだった。


昨日はエムさんの誕生日イベント。


よほどすごいパーティーだったのか、カウンターには奥が見えないほどに花束が積み上げられている。



そこら中に散乱している高級シャンパンの空き瓶。


ビショヌレの床。


さすがエムさん。人気のホストだなぁ。




「おいジョー!!遅刻やぞ!!タイムカードもう押したんかー!!ギャハハ!!」



久しぶりにやってきた俺を見て、センパイたちが出迎えてくれた。







そんな中、ソファーでエムさんがぐったり寝ていた。



「Mさん…………Mさん!Mさん!!」



「はっ、あーーうーーー…………ジョー…………ウーロン入れてー…………」



昨日のイベントでしこたま飲んだらしく、いつもピシッとしてるエムさんがだいぶしんどそうだった。










それから俺の運転で大阪の街を走り、フミコさんと合流。


今日はエムさんと俺のリクエストで焼肉に行くことに。



大阪で焼肉と言えば鶴橋。


ここは昔から韓国系の人が多いらしく、街中が焼肉屋さんとキムチ屋さんだらけだ。





テキトーに駅を出たすぐのところにある店に入った。


うん!!おいしい!!


でもビビるほどではなかったかな。



「これからどこ行く?」



「どこでもいいですよ。」



「南港行こうか!!」




焼肉屋さんを出て南港に向けて車を走らせた。



フミコさんもエムさんも車大好きの走り屋大好き。


どうやら南港はそういった走り屋たちがドリフトをしに行くところになってるらしく、今南港では◯◯って車の人がすごくうまいとか、あそこのカーブがいいとか、2人はそんな詳しい話で盛り上がっていた。












巨大な人工の港。



夜中にもなると、くそだだっ広い道路は静まり返り、運送会社の倉庫とかがズッシリと立ち並んでいる。


フミコさんの案内で、穴場という公園に行き、3人で今年初の花火をした。



10本ほどを同時に着火して上半身裸で走り回る。


この2人と一緒だと、花火ってこんなに楽しいもんだったんだなって思えた。
 






そして最後は打ち上げ花火。


頭上を走っている高速道路の車線のわずかな隙間を狙って据え置き、火をつける。




ジョッ…………シュバッ!!!




打ち上がった花火が本当に隙間に入っていって、道路のすぐ上くらいで爆発した。



や、やっべー…………走ってた人、いきなり下から花火が上がってきて爆発してめっちゃビビっただろうな…………








夜景を眺めながら3人で色んな話をした。


エムさんに聞くと、最近のお店はひどいことになっているらしい。


俺が辞めてから次から次に下の者が辞めていって、現在レギュラーは店長合わせて7人しかいない。


俺がいる時では考えられないような上の人たちが掃除なんかしてるんだそうだ。



「フミ、あー、あのあいつ、Tだけどな、あいつ死んだよ。」



「えっ!!!…………えええ!?」



「急アルでな。ジョーが辞めてすぐくらいだったよ。」




マジで耳を疑った。


お店のセンパイでまぁまぁ売れっ子だったTさん。


そんなに仲良くしていたわけではないけど、たまに世間話くらいはしていた人だった。




その日、客から強い酒のイッキをお願いされ、飲み干したTさん。


倒れて泡を吹き、救急車で病院に運ばれたが、そのまま死んでしまったという。




嘘だろ…………


すぐ最近まで一緒にいた人が死んだなんて、とても信じられなかった。


酒でそんなことが起きるなんて、話では知ってたけど本当にあるなんて…………


やっぱりホストなんて続けるもんじゃなかった。






「ジョー、明日も朝から仕事やろ?そろそろ帰ろうか。」



なんだか暗い気分になり、車を走らせて寮に戻った。


すでに5時過ぎ。

仕事は6時集合。



誰か起こしてくれるだろうと、会社の事務所の前でうずくまって眠った。













そしてその数日後だった。



あの最悪なことが起きたのは。










真面目に仕事に打ち込んでいたある日のこと。


新人仲間のやつらから街に飲みに行こうと誘われた。



「昨日はナンパして電話番号3件も聞いちゃったよ。」



「カラオケ行ったあの子達かわいかったよなー。」



自慢げに話してくる同期のやつら。


ついこの前までそれを仕事にしていたこともあり、ナンパとかどうでもよく、普段はやつらの誘いも断っていたんだけど、この日はなんだか調子が良くてたまには飲みに行くかということに。



仕事を終え、会社の食堂でチューハイを少し飲んだ。


それから寮に戻ってシャワーを浴び、酔い覚ますために時間をおいてから車に乗り込んだ。


いつもなら絶対に運転しないのに。










N君、ウメさんを乗せ、彼らに道を教えてもらいながら街に向かう。


川沿いの土手みたいな道。


ここならケーサツいないから大丈夫や、と言うウメさん。



寝屋川まで行って今日は遊ぶぞー!!イエーー!!なんて盛り上がっているところだった。







夜の闇の中、目の前に赤く光る棒が見えた。



よく見ると、それは4~5人のケーサツ。



やばい!!



すぐさま止められてしまった。




「はーい、すいませんねー。あれ?ちょっとお酒くさいねー。この棒にフーッってしてみて。」



目の前に突きつけられた棒にフーッとしてみる。


ブーンと音を立てて光る棒。




「あー飲んでるねー。ちょっとこっちきてー。」



「やめんかいやー!ちょっと飲んだだけやろうがー!!」



ウメさんがわめいてる横で、俺はケーサツのでっかい車に乗せられて風船を膨らました。


必死の抵抗で舌で喉をふさいでほっぺを膨らませ、プシュプシュと息を吐く。



そして計測。


表示された数値、0.17。



「ああ、出ちゃったねー。これね、0.15以下なら大丈夫なんやけどー。」



「ゴルァ!!やめんかい!!!」



外で叫んでたウメさんが強引に車に乗ってきた。



「お前ら、こんなつまらんことする前に不祥事をなくさんかいやああ!!!ほら!ほらっ!!さっきからバンバン車通ってるやんけ!!なんでワシらだけ止めんのや!!」




しかしいくら叫んだところでどうにもなるわけがない。



結局そのまま寮へ強制送還。


免許証も取られ、点数6点マイナス、罰金20万。


8月1日に出頭。






絶望の淵へ叩き落された。



















抜け殻のような体で仕事をする。


汗だくになって足場を組む。

無心でクソ重い材料を担ぐ。


肩に食い込む鉄。





部屋に戻り鏡を見ると、のびっぱなしのひげ。


肩と腕に無数のアザと傷。


つらすぎる…………


どうすりゃいいんだ。





青空駐車の罰金も合わせると全部で28万も払わないといけない。


それよりヤバいのは、もし点数が全部なくなってて免許取り消しになってたら、1年間免許が取れない。


またイチから試験を受けに行かないといけない。



そうなったらずっとヒッチと野宿生活…………



その間ファントムどこに置いとこう…………



サイアクな気分だ…………


マジで死にそう…………







ていうか後から先輩に聞いたら、あの道はいつも検問をやってる道だよと笑われてしまった。


俺のことを飲みに誘ったウメさんと同期のN君。


罰金20万円なんてとんでもない金額、一緒に乗ってたんだから少しくらい俺たちも払うわ、という言葉をほんの少しだけ期待していたんだが、1ミリもそんな気はないようだった。



え?俺たちは知らんよ?運転してたの金丸やろ?頑張って罰金払ってねって感じで無関係面。



所詮そんなもんだよな…………




「文武、ここが頑張りどきやろ!いつもの文武じゃないよ。負けちゃだめだよ。」



辛すぎて美香に電話すると、電話の向こうから元気づけてくれる。



がんばらなきゃ…………



でもつらいよ…………



もちろん全部俺が悪いんだけどさ…………


   












それでもなんとか気持ちを奮い立たせて仕事に打ち込む。


なんかしなきゃ。

このまま塞ぎ込んでいたら、せっかく大阪にいるのにもったいない。





そんなところに天神祭りの日がやってきた。



大阪一の祭り、天神祭り。


関西中の人々が、昨日今日と行われるこの大祭を見ようとやってくる。



職長さんも今日は気を使って定時で切り上げてくれ、19時に寮に帰ってくることができた。




旅してるんだ、ちゃんとお祭りとか見逃さないで行かないと。



ダッシュで部屋に戻り、ソッコーで洗濯物をまわして、シャワーを浴びて私服に着替える。


香水をつけてさぁ行くぞとドアノブに手をかけた時だった。







ケータイを持ってないことに気づいた。




いけない、いけない、大事なケータイを忘れるなんて。




どこに置いたっけかなぁ。








あれ?



ない。





どこにもない。










………………あ!!!






洗濯機を開けて、ズブ濡れの作業着のポケットに手を突っ込んだ。



ジョボジョボ…………と水を垂れ流しているケータイ。


体温が急上昇し、ゴンゴンと布団に叩きつけて水を出す。


乾かそうにも、ドライヤーも何もない。


画面の中、3分の1ぐらいに水が入っていた。









呆然としながらテレビをつけた。


天神祭りの生中継をしてる。


祭り最大の呼び物「ふなとり」の様子が、楽しげなリポーターによって伝えられている。



巨大な装飾がほどこされたきらびやかな舟が天満橋の下をくぐる。


その情景を橋の上からあふれんばかりの人々が見下ろしていた。



絶え間なく打ち上げられる花火が水面に映る。


大阪出身の芸能人たちが、天神祭りの思い出を語ってる。









泣きそうだった。


美香の声が聞きたい。


でもケータイが壊れた。



俺何やってんだろ。


脱力した体を布団に沈める。





もういやだ…………という言葉が喉までのぼってくる。


意地を張ってその言葉を飲み込み、拳をにぎるも、すぐに力が抜けてしまう。



がんばれ!がんばれ!!と自分に言い聞かせる。





がんばれよおおおあお…………






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