スポンサーリンク アプリコットケーキとまずいケバブ 2016/12/14 2016/09/07~オーストリア②, ■彼女と世界二周目■ 2016年11月29日(火曜日)【オーストリア】 シュピッツ ~ ウィーン朝6時半に起きた。こんなに早く起きたのには理由がある。パジャマのまま部屋のドアを開けてリビングに行くと、薄暗い家の中、今から仕事に行こうとしている作業着姿のレイモンドパパがいた。仕事に向かうレイモンドパパとはこれがお別れになる。なのでパパが仕事に出かける前に挨拶したかった。「オウ……………なんてこと…………フミがこんな時間に…………ウウウ…………」俺はいつも朝起きてからそのまま部屋で日記を書いたりするので、イングリッドおばちゃんの中で俺は相当な寝坊助ということになっている。そんな寝坊助な俺が、お別れを言うために6時半に起きてきたということに奇跡のように感動して涙を浮かべているイングリッドおばちゃん。お、起きれるし(´Д` )そこで感動されても複雑やし(´Д` )レイモンドパパと力強く握手して、ハグをした。レイモンドパパは普段からそんなに喋らないけど、男らしいゴツゴツした手のぬくもりだけですごく色んなものが伝わってくるような気がする。こんな優しい男に俺もならなきゃ。仕事に出かけるパパを見送り、また部屋に戻ってベッドに横になった。次に起きてからシャワーを浴び、ささっとご飯を食べ、荷物を全てまとめると6ヶ月ぶりにバックパッカースタイルに戻った。ギチギチに詰め込んだキャリーバッグとリュック、そしてギターを車のトランクに積み込む。いやぁ、こんな重たいもの持って階段上がったりバス乗ったりするのなんて考えられんな…………腕プルプルさせて荷物引きずってたなぁ。インドとか思い出しただけでウンザリしてくる。またあんな移動が待っているのか。そしてもうすぐこの車ともオサラバか。家に戻って2階に上がり、部屋の中も全部確認し、綺麗に掃除をした。これで完璧だけど、あとひとつだけやることがある。リビングに行くとイングリッドおばちゃんがいつものカウンターでスマホをいじっていた。どうやって切り出そうかと思ってカンちゃんと2人で挙動不審になっていると、イングリッドおばちゃんがどうしたの?とやってきた。もういいか。直接おばちゃんに封筒を差し出した。ベッドの上にこっそり置いていくほうがいいか迷ったけど、これも悪くはないはず。こんなに家族のように一緒に過ごしたのに、お金を渡すことがイングリッドおばちゃんに寂しい思いをさせてしまわないか考えた。そんなビジネス的な付き合いだったのかって、失望させてしまわないか。何が正しいかなんかわからんよなぁ。でも俺たちがいたことで生まれた負担は軽減したかった。「………………ウウウ…………あなたたち…………………ウウウウ………………」何が入ってるのかすぐに理解してくれたイングリッドおばちゃん。封筒を受け取った途端に顔がくしゃくしゃになり、涙が頬を流れた。両手を広げて俺たちをその大きな胸で抱きしめてくれた。「あなたたちを心から愛してるわ……………元気でね………………」柔らかいイングリッドおばちゃんの体が愛おしかった。本当に本当に、優しい人だった。最後にイングリッドおばちゃんが焼いてくれていたアプリコットのロールケーキを食べた。思えば、俺たちが北欧やチロルなどどこかに出発する時、おばちゃんは必ずこのバッハウのアプリコットを使ったロールケーキを焼いてくれていたことを思い出した。そしていつもこれを食べてから出発していた。甘くてほどよい酸味のあるふわりとした口当たり。バッハウの谷の、故郷の味。きっと、一生忘れられない味だ。車に乗り込み、エンジンをかけた。いつものように外に出て手を振って見送ってくれるイングリッドおばちゃん。出発はいつも辛い。でもまた必ず会いに来よう。生きてる限り別れじゃないんだ。イングリッドおばちゃん、また今までみたいにたくさんメールしようね。シュピッツの綺麗な写メ、たくさん送ってね!!!!俺も旅先の写真たくさん送るよ!!!!ありがとうなんて何回書いたところで文章にしても薄っぺらくなるだけだから、この辺にしとこう。おばちゃん本当に元気でいてね。ドナウ川が車の窓を通り過ぎていく。バッハウの谷はこれから本格的な冬に入り、雪がぶどう畑を白く染め上げ、やがてくる春を待つ。そしてまた新芽が芽吹き、豊かな緑とブドウが谷を覆い、たくさんの観光客がやってくる。白ワインの甘みがほのかに唾液を誘う。いっぱい飲んだなぁ。またこの楽園に戻ってくるぞ。長かったオーストリア最後の町であるウィーンに到着したころには、もうすっかり夜になっていた。今夜はとある知人とお会いする約束をしているんだけど、まだ時間があるので町を散策することにしてとりあえず駐車場を探した。しかしやはりウィーンは大都会。4~5ユーロで1日止められる駐車場が簡単に見つけられる他の町とは違い、駐車場が全然ない。やっとのことで立体駐車場を見つけても、なんと24時間で35ユーロという目ん玉飛び出そうな値段。4200円!!高すぎる!!!!!「んー、なかなかないなぁ。カンちゃん上手いとこいい感じのとこ探してよ。」「うーん、そうだなぁ、じゃあこの交差点を右に行ってみようかなー。」助手席でiPhoneのグーグルマップを見ながらナビをしてくれるカンちゃん。6ヶ月前、このレンタカー旅を始めた頃はまだ地図の見方がほとんどわからなくて、駅までヨロシクってお願いしてもパニックに陥ってアババババ!!!!って泣きそうになっていたカンちゃんが今では本当に頼もしいナビだ。最初はグーグルのナビでルートを示す青線を地図上に出さないと案内できなかったのに、この頃では青線なしでも最短ルートを弾き出せるように成長した。さらにはこんな大都会の中で、安い駐車場の場所に案内してって俺が言っても、道の入り組み具合を見て、店舗の少ない住宅地ゾーンに目星をつけられるようになっているんだから大したもの。俺が左ハンドル右車線に慣れて運転できるようになったのと同じく、お互い海外スキルがアップしてるんだよな。そんなカンちゃんのおかげで見つけ出したのは、住宅地の中にある地下駐車場。24時間20.5ユーロ、2500円と地方都市に比べたらそのジョークうけるーって言いたくなる値段だけど、ウィーンの市街地でこの値段は良い方だろう。今夜の寝床もここで決まりだ。それからミュージアムクオーターにあるクリスマスマーケットを見て回った。ウィーンの大規模なクリスマスマーケットに行ってみると、オーストリアの他の町がいかに小さかったかがよくわかる。とはいってもウィーンでも人口はたったの200万人足らず。それでもこんなに圧倒されてしまうんだからバッハウは本当に田舎で、穏やかな場所だった。ウィーンの街はどこも都会の雑然さがありながらも洗練されており、ショーウィンドウのディスプレイの仕方が見事にオシャレで独創的で、そしてアーティスティックだ。そのひとつひとつのセンスの良さがクオリティを高めている。オーストリアの田舎の人たちは、みんなウィーンに行くとなると上京するおのぼりさんになるんだろう。日本の田舎の人たちが東京を別世界のように考えるように。夜になって一層気温が下がり、顔がかじかむくらいに寒い。ケバブ屋さんに避難しながら時間を潰し、そろそろ待ち合わせの時間が近づいてきた。やってきたのはミュージアムクオーターからほど近い路地。確かこの辺りだよなーと歩いて行くと、通りの両側に面白い光景が見えた。なにやら両側の建物の前にたくさんの人がたむろしているんだけど、なんとなくそれらの人たちがみんなオシャレな雰囲気だ。オシャレというか奇抜な格好をしてるように見える。建物の窓から中を見ると、そこには不思議な針金で作られたモニュメントや謎の絵が展示されている。これは全てアートのギャラリー。通りの両側の建物がズラリとアートギャラリーになっているという、すごい場所だ。しかも今日はほとんどのギャラリーがオープニングパーティーの日らしく、たくさんの人で賑わっていた。まさにここが中欧の芸術界のど真ん中ってとこか。ウィーンでの待ち合わせにこんな場所を指定してくるなんてさすがあの人、格好良すぎるな。エイアラカワさんっていう日本人女性アーティストさんがひとつのギャラリーで展示していたんだけど、まぁ謎でしかない。入り口を入ると、広々とした真っ白な空間が広がるんだけど、その床に白いお皿が並べられている。たまに文字が書いてあるお皿があったりするけど、それだけ。よくよく見ると、白いお皿に白い絵の具かなんかを塗った微妙に色味の違うお皿が混じってる。お皿が床に並べられていて、みんな足元に気をつけながらゆっくりと歩いて行く。ふむふむといった表情で。ひたすら謎。そんな中、カンちゃんと2人で未来に迷い込んだホモサピエンスみたいな顔して奥に行き、古びた階段で2階に上がるとそこは簡易的なバースペースになっており、来場した人たちがおしゃべりしながらビールを飲んでいた。みんなアートが好きなウィーンっ子たちなんだろうな。いや、きっとそういうわけでもないか。ヨーロッパではアートってやつがすごく身近にあるもの。みんな日常的に親しんでいて、日本みたいに敷居の高いものではない。このバースペースのビールは無料だ。オープニングパーティーのウェルカムドリンク。アートギャラリーのオープニングが色んなところで繰り広げられてるウィーンだったら、こうしてタダ酒求めてオープニング巡りしてるオッさんとかいそうだな。いいなぁ、この洗練されたものと人間臭い生活感がごちゃ混ぜになってる雰囲気。やっぱりヨーロッパはアーティストにとって本当に住みやすい場所なんだよな。隣にももうひとつ展示スペースがあったのでそっちも見てみたら、またひたすら謎。謎の肌色の絵が部屋の四方にかけられていて、真ん中に謎の小さな図が置いてある。なんなんだろう………?とよくよくその肌色の絵を見てみると、ものすごい細かくウネウネと小さな模様が描かれていた。「謎だねー。」「フミ君はこれ見て解説とかできるのー?」「できるわけないよねー。」「ねー!全然わからないけど、このウネウネいっぱい描くの大変だっただろうなってのはわかる!!」「おー、2人ともウィーンにようこそー。」「あー!大島さーん!!結婚式ではありがとうございました!!」バースペースの人ごみをかき分けてやってきたのはアーティストの大島さんだ。ヨーロッパを中心に活躍する巨匠で、この前俺たちの結婚式にわざわざ来てくれたのには本当に感動した。ウィーンに着いたらお会いしましょうって連絡していたんだけど、待ち合わせ場所の指定がさすがすぎます!!こんなウィーンの楽しみ方、普通の観光じゃ絶対無理!!「結婚式ではうちの親ともたくさん話してくれてありがとうございました。うちのお母さんがあの大島さんって人は田舎のおばちゃんにも分かりやすく話してくれる人やねぇ~って言ってました。」「あー、お母さんにはベロとアイデンティティについて話してたんだよね。」なにそれ(´Д` )いや、大島さんはそんなイカれた人ではない。アーティストの中には、あまりにぶっ飛んでるからか、そう気取っているからかわからないけど、すごい気難しい人がいる。謎のことばっかり言う人、周りを冷めた目で見てる人、なかなか付き合いにくかったりする。その点、大島さんは普通に話していると、実はすごい美術家さんってことを感じさせないとても柔らかい人柄だ。こっちも気負わずにドンドン質問できる。こんな巨匠に対してアホみたいな質問しても大島さんは笑顔で答えてくれる。「大島さん、ここの作品についてどう思いますか?」「よくわかんないよねー。」「ブフォウ!!ちょ!!大島さんがそんなこと言っていいんですか!?大島さんもめっちゃ前衛的なことしますよね?」「まぁねー、昔は色んなことを試して、いかに最先端の芸術ができるかを目指してけどね。でも子供ができるとね、命ってものの重みがすごくてこっちの世界に戻ってこられなくなるよ。こう、命っていうポッコリしたものの存在を知ると、すごいよ。」いやぁ、やっぱり大島さん素敵だ。そんな大島さんと他のギャラリーもハシゴしてみた。隣の建物、向かいの建物がいくつもギャラリーになっており、どこも出入り自由。大島さんは慣れた感じで入っていき、サーっと流すように見ていく。とにかく見るスピードがすごい。どんどん作品の前を通り過ぎていく。興味のないものはスルーって感じだ。こんなギャラリーなんか行ったらもっとこう、難解なものに向き合って、なんとかこのアートを解読して作者の意図を汲み取ろうとして頭こんがらがって結局謎っていうのが一般人的な見方だと思う。やっぱりこの世界でバリバリに生きてる大島さんからしたらアートに対する考え方とか全然違う次元なんだろうなぁ。「現代アートのアプローチのひとつに、いかに視線を泳がせるかっていうテーマがあったりするんだよね。いろんな発見をひとつの作品の中にいくつも置くっていう手法。現代アートは大人の事情がたくさん絡んでたりすんだよね。」22歳のころからヨーロッパで活動している大島さん。前回観に行ったコンテンポラリーダンスの舞台は、かなりぶっ飛んでた。色んなダンサーがいたるところでウネウネしており、不思議な夢を見ているような感覚。ぶっ飛びすぎてて頭が混乱するレベルだった。そんな飛んだアートを作っている大島さんが現代アートをこう言ってしまう。「道端にあったらただのゴミだからねぇ。」いやぁ………………深い………………これ、洗濯機の取り扱い説明書。青って文字を黄色に塗って、黄色の文字を青で塗る。それから大島さんオススメの飲み屋さんに行って遅くまで語った。そこは植物園を改装して作ったレストランバーで、当時の温室の姿を残しており、高い天井と広々した空間にたくさんの植物が生えており、すごくオシャレ。ウィーンは本当にオシャレな町だ。赤いライトがぼんやりと照らす中、ビールを飲みながらたくさん色んな話をした。理解しがたいことをする変なアーティストさんってたくさんいますよねぇ、って話をしていたらこんな話を聞かせてくれた。イカれたことばっかりやってるアートグループがいるそうで、その人たちは冬のモスクワの美術館で展示会をやったときに、その期間中に美術館の窓からウォッカを飲みまくってひたすらオシッコをし続け、外に黄色い逆氷柱を作ったんだそう。それがアート作品。さらに他のときには、オープニングパーティー中にずっと勃起をしておくっていうパフォーマンスをしたんだそう。意味わからん…………………また、あるアーティストさんがザルツブルクの郊外の村にアートのモニュメントを作るというお仕事をもらった。アーティストさんはもちろん大真面目でモニュメントを作った。しかし作品を見た村の人たちは怒り狂ってこんなもんダメだ!!と反対したらしい。そのモニュメントってのが、巨大な男が全裸でブリッジをしながらオシッコをしてるらしいんだけど、そのオシッコが弧を描いて自分の口に入るようになっていたんだそう。もうなんかその仕事あげた人も怒り狂う村人もキョトン顔のアーティストも全部微笑ましいわ。ウィーンでは個室で200ユーロとかでアトリエを持てるからアーティストたちがみんな焦らない、とか、ベーシックインカムという動きがヨーロッパでにわかにおこっている話とか、普通に生活していても耳にすることのない面白い話をたくさん聞かせてもらった。そして俺たちのお話もたくさん聞いてもらった。大島さん聞き上手。あっという間に日付が変わり、この辺で帰ろうかとビールを飲み干した。外は冷気がピシッと立ちこめており、目がしばしばしてくるほどだ。綺麗なクリスマスイルミネーションがまたたき、その下をたくさんの人が歩いている。地方都市だったら、こんな時間だれ1人出歩いていないのに、やっぱりウィーンは大都会だ。観光客の姿も多い。「大島さん、またどこかでお会いしましょう!!ビールご馳走様でした!!」「うんまたね!イギリス入れるといいね!!イギリスは入国厳しくて僕の友達も何人も入国拒否を受けてる人いるから気をつけてね!!特に外国で前科のある人なんか難しいっていう………」「いやああああああ!!!オエッ!!そんな話聞きたいなくです!!オエェ!!怖くて吐く!!オエエエエ!!!」トラムに乗って颯爽と帰って行った大島さんを見送って、カンちゃんと2人で夜のウィーンを歩いた。きらびやかな町を背にして、ブルブル震えながら。石造りの豪壮な建物が、冷気にさらされて冷え切っている。途中、屋台のケバブがあったのでひとつ買ったけど信じられないくらいまずかった。あー、もうすぐだ。もうすぐこのオーストリアともおさらばだ。