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俺たちはラルフの代わりにはなれない

2016年11月28日(月曜日)
【オーストリア】 シュピッツ





朝起きて窓の外を見るととてもいい天気だった。









見慣れたこのキッチンからの景色。

道路向かいの絵本みたいな家には1人のお婆ちゃんが住んでいる。


彼女は若い頃にパリで女優をやっていた人で、英語が喋れる。


いつも朝のバスで出かけて、昼前のバスで帰ってきて、この道路を渡って家に帰っていくのをよく見かけていた。



一度だけ少し挨拶したくらいでほとんど会話をしたこともなかったけど、この田舎に住んでいるモダンなお婆ちゃんのことがどこか好きだった。

どんな人生を送り、そしてここに落ち着いたんだろう。



コーヒーを飲みながらぼんやりと窓の外を眺めた。



















少ししてからカンちゃんと出かけた。








地元の美々津を走るかのように細い路地を入り、坂を登り、やってきたのは町の中心にある教会。

2週間前にここで式を挙げたんだよなぁ。




教会前の広場には一軒だけ屋台が出ており、昨日までここでクリスマスマーケットをやっていたようだった。


シュピッツは本当に本当に小さな町だけど、それでもクリスマスマーケットをやってたんだな。

地元の人たちだけのささやかなマーケットだったんだろうな。






教会の中はいつものように静かだった。

静かすぎて耳が変になるほどの静寂の中、キリスト像がうなだれている。


差し込む外の光。









このベンチに家族が座っていた。友達も。

そして俺たちはこのかび臭い通路を歩いて壇上に上がった。


一瞬一瞬が焼きついている。

詳しく思い出せないのに、なぜか空気感を肌が覚えている。


こんな強烈な思い出を、人生の中にあといくつ作れるんだろうな。
















教会の裏にある古ぼけた建物に行き、呼び鈴を鳴らした。

今日はかなり寒く、山のほうでは雪が積もっているとイングリッドおばちゃんが言っていた。


バッハウの谷に吹き下ろす木枯らしは、もうすっかりぶどう畑の葉を散らしてしまった。


黄色一面だった山々が、今は寂しい茶色でカラカラと音を立てている。




しばらくしてドアが開くと、お爺さんが出てきた。

髪の毛が乱れていて、完全にお休みモードの様子だった。

お爺さんはこの教会の神父さんだ。

式の前後はあまりにバタバタしていたので、まだちゃんとお礼に来ていなかった。





神父さんにどうもありがとうございましたと白ワインを渡すと、怪訝そうな表情でその袋を開ける。


んー、どうやら俺たちのことを覚えていないようだ。

まぁここに結婚式をやらせてくださいってお願いしに来たのも数ヶ月前だもんな。




そんなこともあろうかとイングリッドおばちゃんがわざわざドイツ語で感謝状を書いてくれていたんだけど、その手紙を読んだ途端、いきなり笑顔になった神父さん。

よかったよかった、アレスグッデーアレスグッデーと言ってくれた。


アレスグッデとはオールグッド、頑張ってねー、神のご加護がありますよにーって感じだ。


お固いクリスチャンの説教はないけど、この一言だけで充分有難いお言葉だった。


神父さん、ありがとうございました。



全てがうまくいきますように。


全てがうまくいきますように。


























スーパーにお買い物に行ってから家に帰り、溜まっているネット作業をし、車の中の整理をした。


明日俺たちはオーストリア最後の町、ウィーンに向かい、そのまま飛行機に乗ってイギリスに飛ぶ。

このレンタカーはスロバキアのブラチスラバで借りたものだけど、シェンゲンの関係で返却はウィーン空港での乗り捨てにさせてもらっている。


他国での乗り捨てはプラス45ユーロ、5500円の追加料金だ。


オーストリアを出られない俺たちにとって、これはかなり有難い。






約6ヶ月乗り回したこのレンタカー。
シュコダのファビオ。

こいつでドイツ、北欧、ポーランド、チェコ、そしてオーストリアを車中泊しながら回ってきた。



海外初のレンタカー、海外初の運転、海外初の車中泊。

いろんな新しい経験をしたけど、今思えば先進国であれば車にまつわることはほとんど日本と同じだ。


そしてヨーロッパの道路沿いも、日本と同じように大型チェーン店が並ぶ車社会で、あの古びた中世の町だけで出来上がってるわけじゃないんだってことがよく分かった。


マジでイスタンブールでアユムさんに出会えてよかった。

こんなにも違う世界を見せてもらえたんだもん。




食器や調味料、ウォータータンクなんかの生活道具を下ろし車の中をスッカラカンにした。

新しい国に行く準備が整うごとに、オーストリアが遠くなっていくようで寂しかった。






こんなんちゃんと入るかな……………




でもキャリーバッグってこれが入ってしまうからあなどれないんだよな。



















それから家の中の荷物をまとめたんだけど、この前の結婚式でみんながくれたプレゼントがとてもたくさんある。


あの時はバタバタしててひとつひとつちゃんと見てなかったので、カンちゃんとゆっくり袋を開けて中を見させてもらった。





食料、本当ありがたい。











チョコレートがオシャレすぎる!!








伊藤親分からは赤パンツ。

俺のだけじゃなくカンちゃんのも。


「いつ履けばいいんだろー!!」


伊藤親分、さすがすぎるなぁ。








そんな中にアユムさんがくれた結婚プレゼントも。


袋の中にはニットキャップが入っていた。


おお、さすがはアユムさん。

俺がいつもニットキャップだから選んでくれたんだ。


洗い替えがあるのは有難いなぁって、うおおお!!!これプラダやし(´Д` )!!!


プラダのニットキャップて!!!


プラダのニットキャップかぶってるやつが路上で歌っててお金入れてくれるかな(´Д` )!!




いやぁ、さすがはアユムさん。

もうこのプラダのラベルど真ん中にアピールしながらイギリスの入国審査に臨んでやろうかな。


あ、この帽子ですか?いやー、そうなんですよプラダなんです、僕ほどになるとプラダのニットキャップとかかぶっちゃうんですよねー!!マジなんかすんません!!チュッす!!え?帽子を脱げ?ごめんなさい!!



というお茶目エピソードなんか1ミリもいらない……………

今は確実に、ただ確実にイギリスに入国しなければ……………




プレゼントをくれたみなさん、本当に本当にありがとう。























あっという間に夜になり、カンちゃんと晩ご飯を作った。

最後の夜、みんなで食べるご飯に選んだのは親子丼。


親子丼は出汁さえあれば具材は世界中どこでも手に入るので簡単に作ることができる上にすごく美味しい。


カンちゃんの味つけバッチリ。

俺の米炊きももうかなりうまくなった。






「うーん!美味しいわ!!2人は本当に料理が上手ねー!!」



そう言うイングリッドおばちゃんも俺たちのためにお魚料理を作ってくれた。

色んな香辛料をまぶしてオーブンでホイル焼きしたお魚。


これにレモンを乗せてすごく上品な味わいだ。












4人でご飯を食べながらワイワイとお話しした。

相変わらずマシンガントークのイングリッドおばちゃん。

口数少ないけど、いつもおどけているレイモンドパパ。


部屋の端にいる小鳥のリリーが可愛く鳴いている。



「ラルフの誕生日に1人じゃなくてよかったわ。本当にありがとうね。」



今日は2人の息子であるラルフの誕生日なんだそう。

もし生きていれば、ラルフは今日で30歳になっていたらしい。

俺とほとんど変わらない。




ずっとうっすらは思っていたけど、そうした年齢のことを考えると、イングリッドおばちゃんとレイモンドパパがこれほどまでに俺に無償の愛を注いでくれるのは、どこか俺とラルフを重ねているところがあるんじゃないか。


ラルフが亡くなったのは5年前。その半年後くらい俺とイングリッドおばちゃんたちは出会っている。

寂しかったタイミングだったかもしれない。




その寂しさを紛らわせてあげることができるのか?

いや、そんな傲慢なこと考えたことなんてない。

ラルフはイングリッドおばちゃんたちにとって唯一無二だ。

なにものにも代えがたい存在であるはず。





俺はラルフではない。

ラルフぶるつもりもない。


俺は俺だし、カンちゃんもカンちゃんだ。


そしてイングリッドおばちゃんたちも、俺たちを代わり扱いなんてしなかった。





お気に入りの音楽がラジオから流れてきて、イングリッドおばちゃんとレイモンドパパがキッチンで踊りだした。

2人は今でも本当にラブラブだ。


よくこうして仲良く踊っていた。




おばちゃんが少し涙ぐんでいるのが見えた。

みんな、誰もが心に傷を持って生きている。




もうすぐクリスマス。

その傷が少しでも癒される日であって欲しいな。













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