1月24日 金曜日
【エクアドル】 キト ~ バニョス
「フミー!!行くなんて言うなよー!!もっとここにいてくれよー!!」
「フミ、南米で困ったことがあったらいつでもメールくれよ。」
「アルゼンチンに着いたら連絡するんだぜ!!何日でもうちに泊まっていいから!!」
「フミ~マリワナ~、フミマリワナ~。」
荷物をまとめて部屋を出るとヒッピーのみんなが声をかけてくる。
ボロボロの階段、レゲエミュージック、相変わらず狭い廊下でサッカーをしてはしゃいでいるやつら。
仲の良かったアレハンドロが屋上から階段を駆け下りてくる。
みんなといつもの拳をコツンと突き合わせる挨拶をした。
南米のイケてるやつらの挨拶。
最初は慣れなくてタイミングがわからなかったけど、今では完璧にみんなと拳を合わせられる。
気がついたら3週間以上も滞在していたこのヒッピー宿。
今思えば、汚いとかシャワーが水しか出ないとかそんな設備のことなんてどうでもいいこと。
途中やってきたあのだらしないビッチのせいで嫌なことはあったけども、他のヒッピーたちはみんなとてつもなくフレンドリーだったし、良い奴らだった。
彼らから得た普通じゃ絶対に手に入らないような南米旅の裏情報は、きっとこれからの南米南下をめちゃくちゃ刺激的なものにしてくれるはず。
人生を楽しむことに全力を尽くし、そしてそのやり方をとてもよく知っている彼らの生き方は、堅苦しい日本で生まれ育った俺にはとても自由に見える。
自由のために様々な責任を放棄してはいるんだろうけど、この南米ではそんなこと大した問題ではないのかもしれない。
「フミは働きすぎだぜ。もっと楽しまないと!!」
そうかもしれないね。
でも俺にはこれくらいが丁度いいよ。
いつも何かに挑戦し続けること。
それを達成したら次はもっと大きな何かに突き進む。
達成する度に生きてる意味を感じさせてくれる。
いつかもう満足だと思える日が来るのかな。
それとも死ぬまで追いかけ続けるのかな。
とにかく今はこの南米を脱出するため、3月26日までにアルゼンチンまでくだらないといけない。
現在の所持金は3千円という笑いも出ない状況。
移動費や宿代、飯代、観光地の入場料を稼ぎながら2ヶ月以内にブエノスアイレスに辿り着かないといけない。
はっきり言って絶望的にヤバイ。
でもやらなきゃいけない。
もう航空券を買っちまった以上、やるしかない。
必ずオーストラリアで美味いビールを飲んでやるからな。
宿を出て、最初の曲がり角。
ケータ君に手を振る。
「じゃあ、気をつけてください。」
「うん、そっちもね、山道気をつけて。」
今度こそ今生の別れ………ではなく、また今夜次の町で落ち合うんだけどね。
次の目的地はキトからアンデスの稜線をなぞるように南に3~4時間ほど下ったところにあるバニョスという小さな町。
ひなびた、緩やかな空気が流れる山里だそう。
宿のヒッピーたちもみんな、バニョスはマジでいいとこだから行くべきだぜと言っていた。
フミの仕事にもピッタリのとこだぜって。
現在の所持金がほとんどないので、稼ぎながら刻んで行くしかない。
というのは後付けの理由で、こんな山奥のまったくわけのわからない田舎町に立ち寄る本当の理由は他にある。
そう、このバニョスからさらに3時間内陸に入り、広大なジャングルが広がる奥地に、
あのサンペドロを作っているインディアンのシャーマンがいる。
サンペドロというサボテンから抽出された液体を飲むことによって、ものすごい幻覚を見ることが出来るらしく、話では植物と会話が出来るようになるという。
南米の深いジャングルに息づく神秘の文化、どうしても体験したい。
というわけで、ここ数日ヒッピー宿の連中に色々と聞き込みをしていたんだけど、なんとか手がかりをゲットした。
これ。
この1枚の写真。
そしてスペイン語が書かれた1枚の紙。
『テナの町から2番バスに乗り、最初の川を越えてジャングルの中に入り、その集落でリーナという女性を探せ。』
これを当てにして探し出せという。
ジャングルの中で。
な、なんの宝探しゲームですか(´Д` )?
しかしタイミングよく、このサンペドロの情報をくれたあのヘロニモとマリアンナが、現在バニョスに滞在しているという。
道もわからないんだけど、シャーマンの女性はインディアンということで、スペイン語の喋れない俺1人ではとても交渉することは難しいという。
なんとかヘロニモたちと合流して一緒に宝探しをしたい。
会えるか会えないか。
いや、なんとなくあの2人にはまた会えそうな気がする。
サンペドロが俺を呼んでいる。
さぁ、アンデスの山々に抱かれた山奥の村に向かうとしよう。
市内からトロリーバスで1時間南に下った郊外にある南バスターミナルは、まだ新しいのかとても綺麗で近代的だ。
しかし周りを見渡せば雄大に連なる山々に雲がかかり、途方もない大自然の中にいることを実感させてくれる。
バニョス行きのバスは1日に何本も出ており、値段は4時間近い距離で3.5ドルという激安の値段。
エクアドルのバスはとても安い。
バスはそんなアンデスの山懐を縫うように進んでいく。
どこまでも広がる真っ青な空には不思議に輝く雲が浮かび、まるでその向こうから巨大な鳥でも飛んできそうな、そんな幻想的な光景。
アンデスの移動は昼にしたい。
だって夜ではこの絶景を拝めないからな。
バスは途中途中の小さな町に立ち寄りながら、あっという間にバニョスに到着した。
んー、
ただの日の影だ、これ。
目の前に迫る山に囲まれたのどかな町。
時が止まったような商店街。
元気に走り回る子供。
そんな町並みが日本の過疎の田舎を思い出せて、どこか懐かしさすら覚える。
バスターミナルでは心ばかりの客引きが遠慮がちにホテルを紹介しているが、俺はもう目星をつけている。
ターミナルの横がすぐ町の中心部になっており、のんびりと歩く。
中南米の町ではどこでも陽気なラテン音楽をバンバン流してるってのが普通だけど、この通りはとても静かでゆるやかな空気が漂っている。
そして歩いてわずか3分くらいで町の真ん中にあるホステルに到着。
雑居ビルの一角にあるチェルビックホステル。
レセプションには感じのいいお兄さんがいた。
シングルルーム、
ホットシャワー、
Wi-Fi、
キッチン有り、
屋上有り、
これでたったの4.5ドル。
キトのヒッピー宿に1ドル足しただけで、この夢のような内容。
さらに3泊分を先払いしたらランドリーが無料になり、5泊分を先払いしたら6泊目が無料になるという割引きまである。
ケータ君が夜になったら来ると行っていたのでツインベッドの部屋にチェックインして荷物を置いてベッドに倒れこんだ。
清潔なシーツ、バネのきいたベッド、静かな宿内、
て、天国だ…………
ここは天国でしかない……………
ソッコーでシャワーを浴びると、なんとお湯が出る。
すげええええええええええええええ!!!!!!!!
お湯が出るううううううううううう!!!!!!
うそだろ?
いつでも24時間、好きな時に暖かいシャワーを浴びられるの?
追加料金とか払わなくていいの?
天国なの?
別に決して最高レベルの宿ではないし、あくまで4.5ドルの安宿だけど、今までスーパーオンボロの闇宿に泊まってたおかげで全てが神の住まいにしか見えない。
もうウッキウキで荷物を置いて散歩に出かけた。
宿から歩いて1分でこの町のメインストリートに出る。
メルカドやスーパーマーケットなどの地元の人たち向けの場所もあるんだけど、それ以上にお土産物屋さんや高そうなレストランがたくさん並んでいる。
どうやらこの町は完全に観光地として機能しているみたい。
白人旅行者やバッグパッカーがとてもたくさん歩いている。
こんな山奥の町がどうしてそんなに観光客を集めているのか。
町中にはものすごい数のツアー会社がひしめいており、さらにレンタルバイクやレンタル自転車のお店がたくさん並んでいる。
雄大な自然と、それを活かしたサイクリングやツーリングが人気みたい。
白人が好きそうなアクティブ系のアトラクションも多いみたいで、ずぶ濡れになりながら滝をロープでよじ登ったり、断崖絶壁をワイヤーと滑車で空中スライダーしたり、とにかく町の全体が白人向けの遊園地みたいになっている。
でもこのバニョスが人気なのはそれだけではない。
バニョスって名前、これスペイン語でトイレって意味なんだよな。
名前がトイレってどんな臭い町なんだろうって思っていたけど、よくよく聞いたらバニョスってはバスルーム、つまりお風呂って意味だった。
そう、このバニョスは名前の通り温泉が湧く一大保養地として有名な場所なのだ。
雪が残るほどの大きな活火山に囲まれた、アンデスの秘密の保養地ってわけだ。
そして町の真ん中にあるこのシンボルの教会はおとぎの国みたいな佇まい。
町の中心部を外れると、寂しげな通りがのびており、おじさんやインディアンのおばちゃんが腰かけてノンビリお喋りしている。
1人でぼんやりと歩いた。
誰も俺のことを知らない。
谷を渡る風が、孤独を連れ去る。
若い頃、遠い場所に憧れてどこまでも知らない道を進んだ。
日本中の津々浦々、秘境や島や、過疎の進む地方都市に行くのがたまらなく嬉しかった。
分かれ道があったら、あえて迷いそうな道を選んで探検した。
そこに生きる人、スナックの女の人、神社とか港とか、
別の人生に触れることで、たまらなく胸が苦しくなる。
俺がこっちの人生だったら、どんな生き方ができたのか。
この坂道の横の普通の家にただいまー、と帰ることができるなら、誰が俺を待っててくれているのか。
どんな幼馴染や友達や女の子や嫌な大人たちが周りにいるんだろう。
俺はどんな性格に育っていたのだろう。
若かったからなのか。
でも今も、遠くへ行きたい気持ちになんら変わりはない。
この南米のアンデス山脈の中、霞む山々の連なりを見ていると、また牧水の歌が浮かんだ。
幾山河 越えさりゆかば 寂しさの
果てなむ国ぞ 今日も旅する
家の横の脇道を下りていくと、断崖絶壁の上に出てきた。
おおお、こりゃ怖え。
はるか下に川が流れており、上空には大きな橋がかかっている。
映画の中みたいな場所だな。
谷から吹き上げる風が気持ち良くて、地面に座ってぼーっと山を見ていた。
いやあああああああああああああああああああ!!!!!
いきなり谷に女の人の叫び声が響き渡った。
反響してこだまする。
な、なんだ!!??
バッと橋の下を見ると、女の人が真っ逆さまに落下していた。
うわっ!!!!
見ちまった!!!
と思ったら、その女の人、ビヨヨヨーンと空中で跳ね上がってブランブランぶら下がっていた。
なんだ、バンジージャンプか。
イヤッハアアアアアアアアア
イエエエアエエエエエエエエイイイイ
谷間に女の人の叫び声がどこまでも響き渡った。
さてと今日は移動してきたしゆっくりしようかな。
と言いたいところだけど、宿に戻ってギターを持ってメインストリートへ向かう。
お金ないですからね(´Д` )
金曜の夜は歌わないわけにはいかないです(´Д` )
暗くなったメインストリートにはたくさんのレストランが並び、人で溢れていた。
ひときわやかましい通りには白人向けのクラブとバーがひしめいており観光客がヒャアアアア!!と興奮して雄叫びを上げている。
白人は騒げばいいと思ってる、の見本みたいな通り^_^
歩道にはたくさんのホーボーヒッピーたちが布を広げ、その上に手作りのアクセサリーを並べて売っている。
こんな山の中の小さな町なのに、近隣からやってくる観光客ですごい活気だ。
そんな一角でギターを鳴らした。
すぐに人だかりが出来上がり、ヨーロッパ、カナダ、アメリカ、そして南米の各地からやってきた旅行者たちが声をかけてくれる。
久しぶりの1人路上、そして久しぶりの新しい町。
暖色の街灯が人だかりを浮かび上がらせる。
それの近くの白いひが
安いリボンと息を吐き
落下笠めのノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよーん
2時間やってあがりは31ドル。
キトよりも少し高い150円のビールを買って宿に戻ると、宿の前にケータ君のバイクが止まっていた。
お、無事に着いたみたいだな。
入れ違いでご飯食べに行ってるみたいだったのでロビーでWi-Fiを繋いでビールを飲んでいると、しばらくして帰ってきた。
もちろんビールを持って。
「お、やっぱり考えること一緒ですねー。」
「そうやねー。」
「ヘーイ!!日本人かい?!調子はどうだい!?」
ロビーにいた南米人の兄ちゃんたちと仲良くなり、おしゃべりしながらみんなで飲んだ。
さぁ、新しい町、初日からもうすでに半端ないくらい虜になっている。
今からどれほど大好きにさせてくれるかな。
明日はケータ君とツーリングに行こう。
「フミ!!ケータ!!アルゼンチンに来たら必ず俺のうちに遊びにきてくれよ!!一緒にドライブしようぜ!!」
アルゼンチン人のダミアンが自作の絵を持ってきて俺たちの前に広げた。