2005年9月 【関東後半】
朝早く駐車場のファントムの中で目を覚まし、光ちゃんとタカフミが寝ている部屋に入って歯を磨いてバイトに出発。
眠いいいい…………とぼんやり朝の住宅地を歩いていたら、いきなり横のアパートから女の人が血相を変えて飛び出してきた。
「えー!!信じられなーーい!!今変な人見ませんでしたか!?」
「え?ええ?…………い、いや、わからないです。」
「下着泥棒です!!うっそーー…………」
慌てふためいてパニックになってる女の人。
下着泥棒ってほんとにいるんだ……………
ていうかタイミング的にお前この変態野郎!!!って疑われなくてよかった……………
この日は青山で搬入の仕事。
現場の手違いでお昼休憩が2時間ということになり、ちょっと散歩に出てみた。
先輩たちは、くそ、早く帰れねぇじゃねぇかよと怒っている。
青山の骨董通りはなぜか焼き物や骨董品屋が軒を連ねている。
しかし古びてごちゃごちゃした雰囲気は一切ない。
ショーウインドウがあり、空間を贅沢に使ったディスプレイ。
どこもかしこも洒落たビルで街が明るい。
歩いている人もみな洗練されているし、何より通っている車の5台に1台はベンツだ。
まさに金持ちの街。
『梟』というラーメン屋でうまい味噌ラーメンを食べ、現場に戻っていると、途中面白そうな看板を発見。
『渋谷区郷土博物館』
この東京で郷土博物館?
田舎にしかないようなもんじゃねぇのか?
面白そうなので100円払って中に入ってみた。
平安末期、この辺一帯で勢力を持っていた渋谷氏という豪族がいたことからその名がついた渋谷。
昭和7年には渋谷町、千駄ヶ谷町、代々幡町が合併し渋谷区が生まれる。
今では足の裏ほどの土地でも何百万とするようなコンクリートの街だが、昔は渋谷茶という茶の産地だったようだ。
こんなコンクリの建物しかない街で茶を作っていたのか…………
ちなみに山手線が開通したのは大正14年。昔は地上を走っていたんだろうが、それが高架になり、地下になり、どんどん空間が埋め尽くされていったんだな。
かたや人がいなくなり消えていく町があれば、かたや想像もつないほど大きく様変わりして大都会になる街もある。
こんなハリボテみたいな大都会でも繁栄の歴史があるんだと思うとすごく興味深かった。
バイトを終え、錦糸町に行って給料をもらい元住吉に戻ると、仕事が休みの光ちゃんが家でパソコンをいじっていた。
今日もまたCDの話。
今回はかなりヒートアップしてしまった。
「前回のCDの意見、周りから色々聞いたんやけど俺たちの言いたいことがあんま伝わってねーとよ!!金をもらう以上伝わらんかったら駄作よ!?」
「はぁ!?コンセプトなんてそんな上等なもん掲げられるほどまだ技術ないやん!!やってるうちにアイデアは出るから!」
「今回の曲リスト聞いたけど、歌詞の内容、前回と方向性一緒やん!!もっと色んな曲作りにチャレンジしてよ!!」
「いや、今のスタイルのクオリティもっとあげればいいやん!!」
今回東京に来て光ちゃんがギターを触ってるところをほとんど見ていない。
部屋の隅に置かれたギブソンは弦が錆びついてしまっている。
今の光ちゃんは口ばっかりだ。
金をもらう以上、って路上で罵声浴びながら金を稼いでる俺によくそんなこと言えるな。
伝える難しさ、金をもらう意味、そこらのやつらよりよっぽど身に染みてわかっているつもりだ。
はぁ……………光ちゃん、前回の光ちゃんはどこ行ったんだよ。
こんなことでCDなんて作れるのかよ。
なんかガックリ来て車の中に潜りこんで寝た。
翌日も派遣のバイト。
川崎にあるビル解体現場の夜間作業だ。
騒音の中、黙々とコンクリートガラを運んでいく。
まるで奴隷みたいだ。
「いやー、これが終わったらすぐ本職の方の仕事がありますから。サウナで風呂入って1時間くらい寝たら出勤です。ははは。」
俺ともう1人来ていた派遣のおじさん。
なんとこの人、昼間も働いてるらしく、昼・夜・昼・夜・昼・夜休み・昼、っていう具合で5連チャンやって夜だけ休んでまた5連チャンという地獄の毎日を送ってるらしい。
「いやー、色々ありましてねー…………」
ヤクザに借金とか、そんなとんでもない理由があるんだろうな…………
そこまでして金を稼がないといけないなんて、怖くてそれ以上聞けなかった。
マジで死相が出ていた。
「お疲れー。」
「お疲れー。フミちゃん、ちょっとしょっぺぇ話が2つあるんやわ。」
朝方、始発でアパートに戻ると、まだ光ちゃんが寝ないで起きていた。
いつになく真剣な顔の光ちゃん。
1つ目は、駐車場に勝手に止めている俺のファントム号に苦情がきたらしい。
いつかくるだろうと思っていたがついにきたか…………
このあたりはどんなに安くても月極駐車場が15000円はする。
住人の友達とはいえ、こんな何日も止めてたらそりゃ言われるよな。
そして2つ目のしょっぺぇ話。
「フミちゃん、今回CD作って、もし音楽事務所とかから話がきたらどうする?」
いつかは聞かれると思ってた。
俺は光ちゃんが目指してるようなテレビの中のきらびやかなJポップシーンに興味はない。
俺は旅をするために歌っている。
「いや、話があったとしてもメジャーとかそういうのは興味ないよ。」
「そうやとよね。でも俺はそこに行きたいとよ。今からCD作ってもそこで絶対噛み合わんと思うとよね。もっと時間を有効に使っていきたいっちゃわ。だから今回のCDはやめよう。」
ふー…………………
光ちゃん、俺はいつも1人でやってきたしこれからも歌い続ける。
光ちゃんはどうなんだよ?
この東京で、俺との切磋琢磨よりいい機会でもあるのか?
他にやってくれるアテがあるのか?
割り切ってスキルアップとして俺を使ってくれればいいのに。
今は経験を積むことが1番大事じゃないのかよ。
音楽で飯を食う、と頑なに決めている光ちゃん。
なんか焦りまくってて、変に追い込まれてて、見てて不安になる。
東京にいて、機材揃えて、これで結果残せなかったら何のための今までだったんだ、意味がなかった、みたいに思い詰めていそうだ。
心配だよ。
ともあれ、
これで俺は解き放たれたわけだ。
CDを作るための東京滞在はなくなった。
6ヶ月はかかるだろうと思っていたので、これで早く先に進める。
計画がガラッと変わってしまったけど、また組み立てなおしてさっさと旅に戻るぞ。
俺は俺のやり方で音楽を追求していこう。
車に戻り、元住吉での最後の車中泊。
これが光ちゃんとの訣別だった。
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