2004年 8月18日
朝、急遽、山田親方から今日1人仕事出られないか?と連絡があり、俺は車を見に行かないといけないのでユウキを現場に送って行き、それから1人で総島自動車工場にやってきた。
ドキドキしながらガレージの中に入る。
そこにはいつもと変わらないファントムが止まっていた。
あ、直ったかな…………
「だめだこりゃ。やっぱエンジンもバッテリーも死んでるわ。どもならん。」
その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。
嘘だろ……………?
ファントムがもうダメ……………?
「これ前回なんか変なエンジンオイル入れたんでねぇべか?もうドロドロに固まってて、1日中新しいオイル入れて回したけどダメだぁ。」
ええ?
前回エンジンオイル入れたのって確か岩手あたりだったか?
ま、マジかよ…………
あの岩手のガソリンスタンドの野郎……………
バッテリーも一晩中充電してくれたみたいだがすでに死んでいて効果なし。
載せ換えも考えて色々と中古のエンジンを探してくれたみたいだけど、それでもどんなに安くても全部で30万はかかるらしい。
そんなの無理だよ…………
心配して中田のおじさんが仕事を抜けてやって来てくれた。
「載せ換えでもいいけど、どうせまた故障また故障で高くつくぞ。俺がいい車探してやるよ。」
「書類の手続きは、おじさん役所の人間だから任せとけばいいぃ。住民票も車庫証明もうちでとればいいぃ。」
中田さんと総島さんがめちゃくちゃ優しくアドバイスしてくれるんだけど、頭の中真っ白でなんも考えられんかった。
ファントム、これでバイバイかよ…………
2年と半年。
無茶させたよな。
ありがとな。
ブルーな気持ちで北雪の塔の駐車場で日記を書いていると、話を聞いた中田のおばちゃんがやってきた。
「大変だったねぇ…………これ手紙書いたから読んで。ユウキ君には内緒だよ!!」
ブーンと、いそいそ走り去っていったおばちゃん。
何だ?手紙って。
開けてみてめちゃくちゃ驚いた。
中には1万札が5枚入っていた。
え……………?
ちょ、ちょっと待ってくれよ。
一緒に入っていた手紙を読んでみた。
『長々と書くのは嫌なので簡単に書きます。私は昭和58年に流産をしたことがあります。だから金丸君のこと、初めて見たときから息子のように思えて、これは巡り合わせだと思っています。このお金は箱折りで貯めたお金だから何も言わずに使ってね。私に返さなくていいので、これから誰か困ってる人に出会ったときに、その人に何かしてあげてください。』
文面が信じられなかった。
まだ会って5日目だぞ。
なんでこんなことを。
……………なんてこった。
五郎さんの2万円どころじゃねぇ…………
しかもどこかで聞いたことのある言葉。
『次の人に回せ』。
沖縄で死にかけてるときにチャーリーさんに言われたあの言葉だ。
中田のおばちゃんはユイマールという言葉を知らないだろう。
でも助け合いの心を回すということを当たり前のように知っているんだ。
俺、全然次の人に回せてねーよ…………
涙が出そうになって空を見上げた。
北海道の青い空にトンボが飛び始めていた。
夕方、仕事を終えたユウキを迎えに行くと、中田さんから電話がかかってきた。
家に行くとどこかへ出かけるぞというおじさん。
「よし、2人とも車に乗るべし。」
おじさんの運転する車に乗り、富良野から15分ほど行ったとこにある山部という地区にやってきた。
静かな、ほんの小さな集落。
どうやら探してた家が見つかったみたいだ。
大家さんの川渕さん夫婦に挨拶して、外灯もほとんどない坂道を下りていくとブドウ畑に出た。
そんなブドウ畑の中にある1軒屋の前に到着。
うそ!!
ここ!?
中に入るともうびっくり!!
2世帯でも楽勝で住めるくらいの広さで、6部屋もある。
タンスや棚、ソファーなんかの家具も揃ってて、ストーブも完備。
食器やらなんやらかんやらは川渕さん夫婦が全部用意してくれていて、さらにものすごく綺麗に掃除してくれているので今すぐにでも生活できる状態。
うわ!!
冷蔵庫もある!!
「好きに食べていいからね。」
裏口には川渕さんが育ててる小さな畑があり、真っ赤なトマトをもぎってかぶりついた。
「月3万円でいいよ。」
敷金礼金なし!!
地下水だから水道代なし!!
アパートじゃないから気兼ねなし!!
ついでに女っ気もなし!!!
ユウキと2人で住むから15000円ずつ!!!
こんなの永住してしまいそうだよ……………
最高すぎる物件に大喜びし、即決してそのまま中田さんちに戻って晩ご飯をご馳走になった。
今日のメニューはお好み焼き。
めちゃくちゃ美味しい。
そして帰りにはいつものように袋に色々と詰めて渡してくれるおばちゃん。
おばちゃんは編み物の先生。
作業着の破れまでプロの技で縫ってくれていた。
もうマジで毎日がドラマ超えてる。
温かすぎるよ、富良野。
翌日。
今日もユウキを仕事に送っていき、それから総島自動車に行ってファントムの荷物を代車のコロナバンに積み替えていく。
変なとこから懐かしいものが出てきたりして、この車での生活の長さに改めて切なさが募る。
そうして空っぽになったファントム。
はあああ、ファントムバイバイ…………
「まぁ新しい車見つけてやるから安心しろ。まったく、金にならねぇ仕事だべや!!ガッハッハッハ!!!」
口は悪いけどめちゃくちゃ優しい総島さん。
豪快に笑う、頼り甲斐のある人だ。
今、総島さんが八方手を尽くして安くて状態のいいワンボックスカーを探してくれている。
ひとつ問題なのは、宮崎でファントムを買った時、手続きが楽だからという理由で、所有者を車屋さん、使用者を俺の名前にしており、そのせいで廃車手続きがかなり面倒くさいということ。
これだと車屋さんの印鑑証明が必要になるとのこと。
でももう何年も連絡をとってないので住所以外なにもわからない。
104で電話番号を聞こうにも、電話帳に載せてないから厄介だ。
なので11月に一度宮崎に戻り、その時に車検証とナンバーを持って車屋さんに行き、それから宮崎の陸運局に行って廃車手続きをしないといけない。
車の購入にあたっては、住民票を富良野に移して、そして車を買ったら宮崎に戻すという戦法でいこうと中田さんが言ってくれている。
マジでめちゃくちゃ助かる。
それから荷物を山部ハウスに運び込んだ。
んー、どう贅沢に使っても2部屋で足りるなぁ。
家の中で迷子になるくらいめっちゃ広いよ。
そうこうしていると、俺たちのことを気にかけてテレビや布団を持ってきてくれた大家の川渕さん。
みんななんでこんなに優しいんだろう。
仕事を終えたユウキをを迎えに行き、いつものように中田さんちで晩ご飯。
「うちのお母さんのめっちゃ美味しいんだよ!!」
ヒロちゃんが大好きな今日のメニューは、チャーシューからスープから全部手作りのおばちゃん特製ラーメン。
マジでうますぎる。
普通に行列ができるラーメン屋さん並みだよ。
「はい、おじさんからだぁ。」
おじさんが何やら袋を差し出してきた。
袋を開けると、なんと中にはかなり上等な作業服が入ってた。
それも2人分。
靴下まで入ってる!!!!
「大工さん11月いっぱいだべ?冬はへたに動かないほうがいいからなぁ。実はもうホテルの住み込みの仕事も見つけてあるんだぁ。どうする?やるか?」
なんかもう……………
怖くなってくるくらいの親切さ…………
マジで足向けて寝られないよ……………
晩ご飯を食べたら、ストーブの使い方を教えてもらうために中田さんたちとみんなで山部ハウスへやってきた。
「わーーー!!!すごーーーい!!!」
「すごいねーー!!こりゃ私たちもみんなで泊まりくるわー!!」
家を見て大興奮してるヒロちゃん。
東京での1人暮らしに憧れてる年頃だ。
家の中には備え付けのダルマストーブがあるんだけど給油口がない。
どうやって使うのかわからん。
「給油口どこですか?」
「ははは!!ないよ。外にタンクあるしょや。あれから引っ張ってるんだぁ。」
どうやら九州みたいにポリタンクからいちいち灯油を入れるなんてことはせず、外の巨大灯油タンクに直接繋がってて、秋から春まで1度もストーブのスイッチを切らないんだって。
すげすぎ……………
「じゃあ頑張ってねー!!」
中田さんたちを見送ると、虫の鳴き声しか聞こえなくなった。
真っ暗闇の静寂。
家の中でエルビスを爆音でかけ、ユウキと2人でビールを飲んだ。
ここが俺たちの富良野での家。
車が壊れた今、新しい車を買うためにかなりの大金を作らないといけない。
中田のおじさんが言うように、冬の北海道を動くのは危険そうなのでこのまま冬も富良野で働いて金を貯めたほうがいいかもしれない。
冬になったら家の前で雪かきとかするんだろうなぁ。
ガラス窓が2重になってるぞ?
ていうかもうすでに寒い。
まだ8月だよな?
ここから長い長い富良野での生活が始まった。
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