夕べはドンベエ、今朝はおにぎり1つ。
お腹がぐーぐー鳴っている。
所持金5千円。
いやー、あんなずっとバイトしてたのに、どうしてこんなにお金がないんでしょう。
マジで笑えんくらいやばすぎる…………
とにかく節約しながら進もうと、日光の町の町を走っていく。
しんしんと雨の振る中、到着したのは日光二荒山神社。
いつもは静まり返ったこの聖域。
やたらとやかましいのは修学旅行の小学生。
「イエーイ!」
「ウヒョーイ!」
ふざけて走り回ってて、ぶつかってきて傘で服が濡れる。
まぁいいよ。
俺もきっとこんなだったんだろう。
『老人笑うな行く道だ、子供叱るな来た道だ』
だな。
すでに2度来ている日光。
3度目の今日は報醸祭といって、酒関係の行事があると聞いていたから。
神社の本殿に行くと、おめかししたおじさんおばさんがイスに座って神官さんのお話を聞いている。
「えー、それでは順に並んで御神水をお受け取りください。」
ここにいる人たちは栃木県内の酒、味噌、醤油の蔵元のお偉いさんたち。
今年も良いものができました、来年もよろしくお願いしますと祈願をし、仕込み水の種水として神社の裏から湧く『酒の泉』の霊水をいただいて帰るという行事で、30分ほどで終わってしまった。
それにしても境内にある弘法大師空海のお手植えの木。
空海ほんといろんなとこ行ってるよな。
ダッシュで次の塩原に向かう。
途中、「見落とすな」という今にも崩れ落ちそうな看板にひかれて小太郎ヶ淵というところへ。
デコボコの急な下り坂をおりると、ちょっとした綺麗な渓谷があった。
一枚岩の滑らかな岩肌を水が滑り落ちている。
もうすぐ森と一体化してしまいそうな年季の入った団子屋で話を聞くと、少し戻ったところに滝が密集しているところがあるという。
しかしそこは遭難覚悟で行かないといけないようなところらしい。
この雨だし、2時間も獣道を歩くのは面倒くさいのでやめといた。
山の中に現れた塩原の町。
温泉街であるこの町の中を流れる箒川は、巨大な岩がごろごろと転がり、滑ったら絶対上がってこれなさそうな激流だ。
周りは霧にけむった山々と岩肌むき出しの天狗岩。
温泉街の中心部には、鎌倉幕府初代将軍の源頼朝によって後を追われることになった弟の義経の部下の有綱が隠れていた源三窟。
平重盛の妹の妙雲禅尼が持ってきた持仏を祭ってある妙雲寺など、戦に追いやられた悲しい歴史を持つ史跡が色々残っている。
郷土資料館には、昔の温泉旅館の看板や、雪道用の高下駄、蓑など山奥ならではの生活用具が降雪地域の暮らしを物語っている。
実際に山の中でこうした民具を見ると一段とドラマチックだ。
七ツ岩吊り橋、野立岩を見て、塩原七名瀑のひとつである竜化の滝へ。
主要道の400号線から山に入り、沢を登ること10分。
そそり立つ岸壁の割れ目から噴き出すように流れ落ちる3段の滝はまさに竜の化身。
回顧の吊り橋を顧みず温泉へ。
175ある源泉のうち最も古いのは元湯。
1100年前に発見され、元湯千軒といわれるほどに賑わっていたこの塩原。
しかし江戸初期の地震で廃村。
やっとこさ復興したかと思えば、戊辰戦争で全焼。
踏んだり蹴ったりを繰り返したが、今はこんなにも風情ある美しい町だ。
車を停め古びた階段を降りていき、川にかかる吊り橋を渡ると川原にほぼ丸見えの湯船があった。
ポストみたいなのが立ってて、『入泉料200円』の文字。
小雨の振る中、湯につかる。
川向かいの大きな旅館に浴衣の人たちが見える。
上空から見下ろせば、真っ暗で広大な山の中に光が寄り添っているように見えるんだろうな。
明日も蔵見学だ。
どんな質問をしようか。
翌日。
朝イチで天鷹酒造にやってきた。
案内してくださったのはムロ担当の竹之内さん。
辛口じゃないと酒じゃない、という考えのもと、酒造りをしているとのこと。
大吟醸以外は偏平精米(米を縦に精白)をしていた。
麹米は食べると栗の味がする。
「麹米は時間とともにまず竹の香りになります。次に栗香、そして椎茸香と変化していきます。」
大吟醸の値段が高いのは、他の酒に比べて手間がハンパなくかかるから。
まず精米の段階から倍の時間がかかり、もろみの発酵も低温でキープさせ温度変化に細心の注意を払い、絞るまでに普通酒よりも10日くらい長くなるという。
絞るのも舟で絞るというこだわり。
麹室の中や、試験管に入った酵母も見せていただいた。
酵母は耳かき1杯分で1度の仕込が出来るほどの繁殖力を持っているんだと。
蔵人さんたちみんないい人ばかりで、笑顔がとても気持ちのいい蔵だった。
試飲をさせてもらったので次の蔵まではヒッチハイクで行くことにした。
久しぶりの太陽に稲穂が気持ちよさそうに波をつくっている。
5月の田園風景はなんて心地いいんだ。
何台か乗り継いで到着したのは『東力士』の蔵元。
バイトの女の子らしき人が案内してくれたんだけど、基本的なことを慣れた感じでスラスラ説明してくれる。
「あの圧搾機って何式でしたっけ?」
「古酒ってなんで赤くなるんですか?」
「……………ちょっと待ってください!!聞いてきます!!」
観光客用の知識しかなかったようで、あんまり突っ込んだ話は聞けなかった。
でも試飲コーナーはすごく充実していて、ほぼ全種類の酒を飲みまくりふらふらになってしまった。
大吟醸「瓶囲」27号酵母が1番美味しかった。
赤い顔でヒッチして車に戻る。
ヒッチしてる分際で酒臭いなんて不届きにもほどがあるよな。
まだ車を動かすことは出来ないので、助手席に積みあがっている日本酒の本を読み耽った。
知れば知るほど酒は奥が深い。
そして美味しい。
あー、車中泊が気持ちいい。
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