2016年2月24日(水曜日)
【インド】 バラナシ
「おはよおおおぉぉぉぁぉ…………」
「おやよおおおぉぉぉぁぉ………2人はどこから来たのおおおおお……………」
朝、ライオンが話しかけてきた。
目がとろりんとしたお兄さんはなぜかライオンの着ぐるみを着ている。
ふーん、ライオンねー、ってライオン!!??
ライオンの着ぐるみ着てる!?
えええ!??ライオン!!??
いきなりの衝撃に軽く眠気を吹っ飛ばされた。
ここは久美子ハウスのドミトリー。
変なやつがいるのを期待して来たけど、いきなりライオンの着ぐるみですか。めっちゃ年季の入ったボロボロのライオン。
さすがは伝統の久美子ハウス。
「あのねえええ、やっぱりさぁぁぁあああ、愛と恋って違うと思うの。もっと心で繋がるものがこの星には必要だって思うんだあああぁぁぁあああ。」
クレオパトラみたいな前髪でインド人を軽く凌駕するほどのヒラヒラした布をまとっている女の人はずっとなんかスピリチュアルなことを言っている。
こ、怖い……………
もう1人いたヒゲ伸び放題のお兄さんが結構まともそうな雰囲気だったので話しかけてみた。
「インドは何回めなんですか?」
「ああぁ、インドは9回目だよおおおお。」
「…………きゅ、9回て…………」
ショータ君と2人で真顔。
このまともそうなお兄さん。普段は日本で工場で働いており、お金が貯まったら2~3ヶ月インドとかに来てまったりするという生活をしてるらしい。
「2人は短期で回ってるんだああああああ。どれくらい回ってるのおおおおお?10日とかあああ?」
俺もショータ君もヒゲを剃ってある程度綺麗な服を着ているので、久美子ハウスに来るようなザ・旅人みたいな格好ではない。
「あ、僕は9ヶ月くらい世界中を回ってます。写真撮りながら」
「そうなんだねええええええ、わかるわかる。長めの旅行だああああああ。日本人写真好きだよねえええええええ。」
「あ、一応僕プロの写真家なんです。旅行っていうか、世界中で暮らしながら仕事してるんです。」
「そういう感じなんだあああああ。わかるわかる。僕の友達にもフォトグラファーがいてさあああああああああ。そっちの彼は?短期なのおおおお?一緒に回ってるんだあああああああ。ギター持ってるし、趣味で弾くんだねえええええ、わかるー。」
「あ、今だけ一緒なんです。僕は世界2周目なんです。路上で稼ぎながら旅してます。」
「へえええええええ、世界2周目なのおおおお、わかるわかるー。1周航空券とかだよねええええええ。」
「いや、その国その国で稼いでチケット買う感じです。」
「あああああ、そっち系ねええええええ。やっぱり日本に何回か帰りながらなんだよねえええええええ。」
「いや、1回出たら終わるまで帰りませんよ。」
「ええ?でもビザとかどうするのおおお?」
「え?ビザて…………ビザとかなくても普通に回れますよ?」
「ところでええええええ、次はどこに行くのおおおあお?」
「あ、ドバイに行く予定です。」
「へええええええ、ドバイいいよねええええ。ドバイってインドのどのあたりだっけええええええ?」
「……………ど、ドバイはインドではないと思います……けど…………」
「あ、そうだっけえええええ。私もバスキングしようと思ってるんだああああああ。オーストラリアとかでえええ。オーストラリアってすごくバスキングしやすいって知ってるううう?」
「まぁ、一応………バスキングって何のパフォーマンスをされるんですか?」
「んんんん、わかんなぁい。でもね、やっぱり路上でやるからには作品としてキチンと提供するべきだと思うんだあああああ。即興でいつもやっちゃうんだよねえええええ。あははははははははははははははははははははははははははははははははぁぁ。」
その横でライオンさんが寝巻きからよそ行きに着替えているんだけど、マーブルカラーのタイツ、ボロボロのタンクトップ。その上に緑と黄色と赤の入り混じった、服なのか絨毯なのかわかんないような布をはおっている。
ラスタが過ぎてもはやスイカみたいになってる。
さらに頭にメキシコのおじさんがかぶってるようなとんがりコーンの帽子をかぶり、ふと壁に貼られている宮本武蔵のダルマ絵に視線をやり、ロックオンしてそこから30分微動だにしない。
い、イかれてる…………………
こりゃレベル高い人たちの中に来ちゃったな。
でもこれが見たくてここに来たんだけどね。
「ハローサ~~~~~~~~~~、ブレックファ~~~~~~~~スト、朝ごはんだ~~~~よ~~~~~~」
久美子ハウス名物、久美子さんによる朝ごはんコールが宿中に響き回ると、みんなノソノソとベッドから出て1階に降りていく。
そしてバイキング形式の朝ごはんをみんなで食べる。
メニューは2年前と変わらず、味つきキャベツの千切り、炒めご飯、ゆで卵、カレー、チーズ、トマト、パスタ。
そしてチャイが飲み放題だ。
これが結構美味しくて、だいたい泊まってる人はみんな食べている。
しかしこの朝ごはん、もっと安かった気がしたけど80ルピーとのことだった。
しかもドミトリーも80ルピーだったと思うんだけど、100ルピー。
俺の記憶違いかな。
まぁ他の宿に比べたらそれでも半額くらいのもんなんだけど。
久美子ハウスやっぱりすげえ。
屋上が最高に気持ちいいんだよなー。
今日はとりあえず町を見て回ろうと、ショータ君と2人でバラナシの町に繰り出した。
迷路のような路地は、周りの建物に狭められて光がほとんど差し込まない。
小さな商店が軒を連ね、すべてが手垢で黒ずんで埃をかぶっている。
このあたりは観光客エリアになっていてツーリスト向けのレストランや土産物屋さんが多く、外国語を喋るインド人たちの巣窟だ。
日本語もマジでビックリするほど上手い。
それほど日本語を習得する価値があるってことなんだろう。
ツーリストエリアの閉塞的な路地裏を出ると、メインガートに出てくる。
パッと視界が開け、そこにはあの聖なる川が静かに流れていた。
聖なる川といっても、ご存知の通りガンジス川はあらゆる汚水の集合体だ。
生活排水、工業廃水、すべてのゴミ、牛などの動物の死体、そして人間の死体までが流され、まさに人間の生み出す全てのものが煮込まれたスープ。
巨大な毒だ。
でもインド人たちは当たり前にこのガンジス川で体を洗い、歯を磨き、服を洗濯する。
もはや同じ人間とは思えない体の作りになってるんだろうなぁ。
お昼ゴハンにやってきたのは日本食屋さんのメグカフェ。
ローカルご飯が30ルピーで食べられるこのバラナシで200ルピーもするんだけど、いっても300円ちょいだ。
カレーに疲れたら美味しい安心できる日本食が食べたくなる。
インド人の旦那さんと結婚してもう12年もバラナシにいるメグさんもとてもいい人だ。
最近では高橋歩が作ったインド人の子供たちのための学校に、ボランティアをしに来る若者たちがよくご飯を食べに来るそうだ。
みんなボランティア好きやなぁ。
美味しいご飯を食べて、それからもゆっくりとガートを歩いた。
豪壮な石造りの建物がガンジス川沿いに密集し、それはまるで神話の中の光景のようにすら見えてくる。
おぼろげで、現実味のない光景。
その中で幽鬼のようにガートに座っている髪の毛伸び放題、ヒゲ伸び放題、オレンジのキレを体にはおり、不思議な武器みたいなものを持ってる余裕でサンダガとか使えそうな人間がいたら、それはババ様だ。
俗世のすべてのものを捨て、ヒンドゥーの祈りのみに明け暮れ、お供え物だけで生きている現代のマジ仙人。
ガートのところどころに彼らのテリトリーがあり、ババ様の周りにはいつも数人の信者がいて、一緒になにかしている。
何をしてるかというと、マリファナだ。
彼らババ様は神聖な存在で、マリファナを吸うことが許されている特別な人たち。
酒もたばこも女もやらないけど、マリファナだけは祈りのために必要なんだろう。
そして一般的にはインドでもマリファナは禁止されているが、ババ様と一緒に吸うのは許されている。
なのでみんなババ様のところに行き、一緒に吸って、お気持ちの寄付を渡して帰っていく。
それがバラナシの地元の人たちの日常だ。
俺たちも歩いているとババ様に手招きされたので彼らの輪に加わってみた。
目の前にいる顔を白く塗った体毛という体毛がナチュラルドレッドになった、目のギラギラした生き物が同じ人間には思えない。
あまりにも現代的な常識が取っ払われてる。
後ろにはガンジス川が流れ、インド人たちが体を洗っており、牛が糞を落とす。
どこからともなく聞こえてくるインドの音楽が川面を渡って消えていく。
風がとても気持ちいい。
ババ様はおもむろに鉄の吸引道具を手に持ち、それを掌にくるみ、指の間に隙間を作ってそこから勢いよく吸いこんだ。
吸引道具の中が赤く燃え、まだ吸うの!?ってくらい吸い続ける。
範馬勇次郎みたいにタバコをひと吸いでいっちゃうレベルのぶち込み方。
肺を思いっきり膨らませきってから、口から掌を離すとき、あまりの勢いでスパォンッ!!って音がした。
むふわぁっと立ち込める煙。
吸いかたが男前すぎる(´Д` )
すると向こうから歩いてきたおじさんがこっちにやってきて、おもむろにババ様の前に跪いて首を垂れた。
何か不思議な言葉を発しながら頭をナデナデするババ様。
おじさんは手に持っていたものをババ様の前にお供えした。
それはパックに入ったマリファナだった。
お供え物がマリファナて(´Д` )
ほんと、このバラナシはまどろみの町だ。
まるで全てが幻想のように。人間の一生も幻想なのか。
ババ様のところを過ぎてまだガート沿いを歩いて行くと、向こうの方に立ち上る煙が見えた。
近づいていくとそれが火葬場だとわかる。
バラナシにはいくつかの火葬場があって、ほとんどの観光客は大きい方の火葬場に行く。
なので向こうには観光客を相手に小銭をせしめようとする現地のチンピラがたくさんたむろしていて、強引にお金を取られる観光客が後を絶たない。
お金を払わない選択肢ももちろんできるけど、10分20分とあまりにもしつこくつきまとってくるので、100円で解放してくれるならと根気負けしてつい渡してしまうって流れだ。
なのでゆっくりと火葬を見ることができない。
でも反対側にある小さい方の火葬場はそんなことはなかった。
普通に歩いて階段を下りていき、焼かれている人間のすぐ3メートルの距離まで行くことができた。
目の前で木の上に置かれて炎に包まれている人間。
完全に顔が見え、手が熱で曲がり、足はまだ火が達してなくて人間のままだ。
青空の下、後ろにはガンジス川。
目の前で焼かれる人間。
黄泉の国と三途の川。
でもここも地球のひとつ。
すると俺たちのところにインド人が近づいてきた。
1人がやってくると、他のインド人たちも集まってきて取り囲まれてしまった。
こりゃお金要求されるかなと思いつつも、彼らのヒンドゥー語混じりの英語を聞いていると、どうやら焼かれているのはこの男性のお兄さんとのこと。
信じられん。
目の前で兄貴が焼かれて焦げていくところなんてとてもじゃないけど見てられない。
でもその男性は平然と俺たちと会話をしていた。
ディスイズライフ。
そう言われると、人間の生なんてとても軽いものに思えて、でも逆に重くも感じられた。
この笑顔も、健やかさも、創造も、すべて炎に包まれるんだ。
バラナシでの晩ご飯をどこで食べるかはすでに決まっていた。
イーバカフェっていう日本人経営のレストランだ。
バラナシではとても有名で、食べ物のクオリティーが高く、日本人だけでなく多くの観光客が行く人気店。
経営してらっしゃる杉本さんはインド人の奥さんを持つ日本人で、バラナシで日本語を教える先生をしていたそう。
今はこのカフェ、それに日本からインドに来るテレビの撮影クルーのコーディネートをしたりと多岐に渡ってインドと日本の橋渡しをしているすごい人だ。
といっても、イーバカフェは値段が高いことで有名。
別に日本食がそこまで恋しいわけでもないのにどうして行くのかというと理由がある。
カッピーが世界一周をしていた時、このバラナシでイーバカフェに行き、お店の中で演奏するのでご飯食べさせてくださいと交渉しに行ったらしい。
その申し出を快く受け入れてくださった杉本さん。
それからカッピーは7日間ほど演奏するかわりに美味しいご飯をいただいていたんだそうだ。
あの時のご恩があるから、というカッピー。
イーバカフェで美味しいもの食べてお金落としてきて!!とこの前カッピーから50ユーロ札をもらっていた。
なので俺たちは仕方なくイーバカフェに行かないといけないわけだ。
「いやー、仕方ないよね!!カッピーの頼みだもん!!」
「そうだね!別に日本食恋しくないけど頼まれたんだから食べなきゃね!!」
というわけでイーバカフェ到着。
すっごい綺麗で、外の喧騒とは別世界。
メニューを見るとかなりの値段だけど、今日はカッピーの頼みだから値段なんて気にしてたらいけないよね!
「あー、俺味噌ラーメンとか全然食べたくねぇけど仕方ないか。あー、味噌ラーメンとかまいっちゃうなー。」
「ほんと!全然欲しくないんだけどカッピーの頼みだからラーメンにチャーハンつけちゃう!!」
豪遊。
バラナシに来て50円とかの焼きそば食べてるバッグパッカーたちが見たら絶対友達になってもらえなさそう。
なんせお会計2000円。
久美子ハウスの1泊、180円。
豪遊しすぎ(´Д` )
でもこの値段、実は杉本さんが10パーセントオフにしてくれたもの。
お忙しいはずなのにわざわざ俺たちの席に来てくださってお話をしていただくことができた。
俺はすでに杉本さんが出しているバラナシ生活の本を読んでいるので、どうやって今に至ったかは知っているけど、やっぱり色々大変みたいだ。
インド人に日本的な仕事のクオリティーを求めることの難しさを聞いていると、なかなか滅入ってくる。
リコーダーちゃんと吹いてくれるかなぁ…………
実際にお会いした杉本さんはとても紳士で優しく、そしてキレもののビジネスマンって雰囲気だった。
ご心労たえないと思いますが、どうかお体お大事にしてください!
杉本さんありがとうございました!!
さて、お腹いっぱいになったらイーバカフェの近くにあるリカーショップへ。
このヒンドゥー教の聖地であるバラナシにも一応お酒を売っているお店はある。
かなり小さくて分かりにくいけど、地元の人に聞いたら教えてくれる。
お店にやってくると、2階に上がる階段のところで不良ヒンドゥー教徒たちが隠れるようにビールを飲んでいた。
ジメジメした暗い廃墟みたいな階段の足元にはビールの空き缶が散乱しており、なかなか危険な空気が漂っているが、迷うことなく突入。
そしてビールをゲット。
残念ながら値段は500mlで150ルピー。250円。
これだとガートにいる観光客のためにビールを買ってきてくれる客引きの兄ちゃんの値段と一緒だ。
兄ちゃんから買っても、わざわざ店まで買いに来ても観光客ってことである程度上乗せされてしまうんだな。
なにわともあれ、ビールをゲットして宿に戻ると、朝と何も変わらないとろりんとした表情のメンバーたちが出迎えてくれた。
「ああぁぁぁああ、ビールだああああ。いいねええええええ。」
みんなに挨拶して、ショータ君と2人、屋上にのぼって夜の静寂のガンジス川を眺めながら乾杯した。
夜風がとても気持ちよくて、今の時期が1番インドを旅しやすいのかと思った。
人間も、動物も、変なやつも、あらゆるものを受け入れるガンジス川。
俺はこのガンジス川に何を捨てよう。
何をするのがこの命の1番正しい使い方なんだろうな。