5月21日 火曜日
【ドイツ】 ケンプテン ~ コンスタンツ
朝、テントをたたんでふと池の方を見ると、池の中にほんの小さな陸地があって、そこに白鳥のつがいがいた。
1羽が座っている場所は枯れ枝や草が盛り上げられて、とても座り心地の良さそうなベッドになっていた。
その横で、もう1羽がくちばしで周りの草をブチブチむしってベッドに足している。
草をむしる音以外、なにも聞こえるほど静かな朝の公園。
しばらく見ていると、座っていた白鳥が立ち上がった。
その足元には大きな卵が5~6個、大切そうに置かれていた。
あー、あの白鳥はお母さんで卵を温めていたんだ。
ということは草をむしっていたのはお父さんか。
卵と草の位置を整えてから、またフカフカのお腹の下に卵を隠したお母さん白鳥。
お父さんは長い首を水の中に突っ込んで、沈んでいる枝をくわえて、またせっせとベッドに添えている。
動物のその自然な家族愛に朝からビックリしてしまった。
できることなら毎晩ここに泊まって子供が誕生するのを見届けたいのだが、今夜、この町を離れよう。
よっしゃー、今日こそ路上やったるぞー!!
目標100ユーロ!!
人出はバッチリ!!
天気もボチボチ!!
前回食べた愛想の悪い中華料理店で5ユーロの飯をかきこんで、路上へ。
よーし、今日はかろうじて雨は降っていない。
いつものデパートの入り口横に陣取る。
お昼をすぎて人通りはかなりのもの。
前回もすごかったケンプテンの路上、開始!!
もうすごい。
ありがとうの言いすぎで歌の続きが歌えないくらい絶え間無くお金が入る。
ほんとドイツ人、好き。
論理的でシャイなくせにビール飲んだらものすごく弾けてフレンドリーになる性格とか、日本人にとても似てると思う。
折り鶴のお返しは、曲の合間にタイミングよくお金をくれた人にあげているので、渡せない子供がたくさんいて残念。
それでも、たくさんの人たちに配ることができて、モフモフさんが折ってくれていた分と俺がちょくちょく折っていたストックが全部なくなってしまった。
みんな本当にありがとう。
平和を信じよう。
困ってる人に手を貸す心を育んでいこうな。
「フミー!!稼いでるじゃない!!」
17時を過ぎて、仕事を終えたエミリーとマイケルがやってきた。
2人のために最後の曲を歌って今日の路上は終了。
あがりは138ユーロ!!!
「これ、プレゼントよ。」
2人が持ってきてくれた紙袋を開けると、そこにはたくさんのお土産が入っていた。
「はいこれ。必要でしょ?」
そう言って中から出てきたのは…………
ニットキャップ。
見た瞬間、かぶっていた帽子を道路に投げ捨てた。
なにこれ?雑巾?
雑巾頭に乗っけてるの?
もはやギャグでしかなかった6年間かぶり続けたニットキャップ、ついにお役御免。
エミリーたちが買ってきてくれた帽子には、ある模様が描かれていた。
それはエーデルワイスだった。
「フミ、エーデルワイスは世界でこの辺りにしか咲かない花なんだ。きっとフミの旅を守ってくれる。」
紙袋の中には、エーデルワイスのピンバッジも入っていた。
なににも替えられないプレゼント。
嬉しさがこみあげる。
いつも彼らのことを感じられるよう、ギターケースにピンバッジをつけた。
さらに、こんなものまで。
俺が最近折り紙のお返しを始めたということを昨日話していたんだけど、まさか買ってきてくれるとは。
さらにさらに。
最後に不思議なものが出てきた。
何かの毛がついた皮の下にコロンコロンと音がなるベルが取り付けてある。
なんだこれ?
「フミ、ケンプテンは田舎だ。少し走れば山ばかりだよ。そんな高原の牧草地にいくつもの牛が放牧されているんだけどね、飼い主が牛の居場所を知るために牛の首にベルをぶら下げているんだ。美しい静かな山からガランガランって音が遠く聞こえてくるんだ。それが俺たちの音風景なんだよ。」
なんてこった。
こんな素晴らしすぎるプレゼントまで。
バッグの横にぶら下げるた。
「スーパー!これでフミがどこにいてもフミのことを見つけられるよ。」
3人でカフェでビールを飲み、それから車で駅まで送ってもらった。
駅に行く途中に、俺の大好きなあのケバブ屋さんに寄ってくれたマイケル。
俺の話したことをすべてちゃんと覚えてくれている。
さらに、テントの竿が折れて交換するやつが欲しいと話していたこともキッチリ覚えていて、大きなホームセンターにも行ってくれた。
なんとかして竿の裂けを防ぐ方法を一生懸命考えてくれる2人。
こんなに献身的に何かをしてくれる友達が、まさか外国に、それもドイツにできるなんてな。
海を眺めながら、まだ見ぬ友が世界のどこかにいることを夢見ていたあのころ。
その中の2人を発見したんだよな。
駅に着いた。
次の目的地はリヒテンシュタイン。
このケンプテンからすぐ南にくだったところにある。
簡単に行けるだろうと考えていたんだけど、ここケンプテンから南には大きな山が立ちはだかっており、充分な交通網が通っていないとのことだった。
スイス経由で行くしかないか。
今日、路上をやっているときに、同じく路上パフォーマンスで食っているという兄ちゃんが、ここから近くにコンスタンツという町があって、そこは稼げるから必ず行くべきだと話していたのを思い出した。
地図を見たらスイスとの国境に面した町のようだ。
よし、まずはここに向かって、それからスイス入りだ。
33ユーロのチケットを買った。
「エミリー、これ要らないからあげる。」
そういえばエミリーはハンガリー出身で、たまにハンガリーに里帰りしているようなので、バッグの中でただの重りと化していたハンガリーフォリントのコインを全部あげた。
15ユーロくらいあったはずだけど、そんなんどうだっていいさ。
プラットホームに電車がやってきた。
ハグをして乗りこむ。
「フミ、いつか日本に行くから。必ず連絡するから。」
「必ずだよ。だから元気でいるんだよ。」
泣きそうになってるエミリー、笑顔のマイケル。
ドアが閉まり、走り出す電車。
窓の外、いつまでも手を振る2人に俺も手を振り続けた。
奇跡のような出会い。
でも必然の出会い。
日本のど田舎と、ドイツのど田舎で暮らしていた3人がこうして出会い、こんなにも仲良くなってしまうんだからな。
人の縁、って言葉すら薄っぺらく聞こえてしまう。
エミリー、マイケル、これから一生よろしくな。
電車の中で大好きなケバブを食べた。
そうそうこのカレーソース。
ケンプテンの味だ。
4本の電車を乗り継いでたどり着いたコンスタンツは、街灯がまばらに光り、静寂に包まれたそれこそ名もなき田舎町だった。
大きな湖がスイスとの国境に横たわり、そのほとりにある小さな陸地に町が形成されている。
駅前の地図を見てみると、驚くことに、町中から歩いて5分くらいでそこはもうスイスになっている。
アパートの窓から表のコンビニを見たら、そのコンビニは違う国、みたいな感じだ。
同じ町の中に国境があって、向こうとこちらで名前が違うって、キプロスみたいだな。
久しぶりの徒歩国境越えになりそうだ。
夜の寝静まった車道を歩く。
まだ0時くらいなのに、車もまったく通らない。
静寂。
歩くたびにバッグの横で、ベルがカランコロンと音をたてる。
エミリー、マイケル、俺はここにいるよ。
俺はまだまだ遠くへ行くよ。
見果てぬ地は、はるかに夜の向こう。
どんなに遠くに行っても、俺たちはずっと友達だよ。
そしてこの音をずっと旅路に鳴らし続けるから、こんな名もなき町の夜の片隅にいるけど、たまに変なとこに行ってしまうけど、
俺のことを見つけてくれよな。