4月25日 木曜日
【フランス】 パリ
「よーし、それじゃ僕たちは車で先に行ってるから君たちは地下鉄で来てね。今日は頼むよ。」
背広を来て、キマっている伊藤さん。
いつもは柔らかい物腰と笑顔を絶やさない伊藤親分の引き締まった表情に、今日のイベントへの意気込みを感じる。
今日は個展のオープニングパーティーだ。
俺とカッピーとナナちゃんで地下鉄に乗り、オペラ地区の少し上にある山の手エリアへ。
春の日差しが気持ちいいカフェ街を歩いて、伊藤親分のギャラリーにやってきた。
そこにはすでにいつものメンバーが勢ぞろいで談話していた。
続々と集まってくるメンバー。
【パリを勘違いした人 ジョジョ立ち】
パリを満喫中の川田君、朝ちゃん。
ミユキさんもやってきた。
ショウゴがいないのが残念なところ。
今日のカッピーとナナちゃんの使命は、ギャラリーでの生演奏によるお客様のお出迎え&盛り上げ。
たくさんの人々をご招待し、これから1ヶ月間、ここで個展をやります、よろしくお願いしますというのがオープニングパーティーってやつだと思う。
ワインやシャンパン、日本酒も用意され、人々とアートの話に花を咲かせる大人の社交場といったところか。
俺もそんな中で歌わせてもらう。
伊藤親分にお世話になってる身。
精一杯歌わせていただこう。
15時をすぎると、ポツポツとお客さんが増え始め、次第にギャラリーの中が埋まっていく。
伊藤さんも挨拶周りに忙しそうだ。
そろそろいってみようか!!
ナナちゃんと2人、ギター、バイオリンで静かな曲からスタート。
ギャラリーの中、そして外でBGMを鳴らす。
通りすがりの人たちも足を止めてくれ、ギャラリーの周りに人だかりができ始める。
こうして、ここで個展をやっている、活気のある空間を作ることが俺たちの役割だ。
カッピーのサックスも入り、賑やかに通りに音楽を響かせる。
周りのカフェからも飛んでくる拍手。
伊藤さんもニコニコとご機嫌だ。
休憩を挟みながら、カッピーのソロ、ナナちゃんのソロ、フランス人のシリルのバイオリン、とライブを続け、
サービスショット!!
そして、この人にもやってもらっちゃった。
川田君!!
パリの街角で元気に歌う川田君を見ながら朝ちゃんも嬉しそうな顔。
「もー、ちゃっかり歌っとるやんー。しょうがないなぁ。」
川田君のノリノリの演奏にも大きな拍手が巻き起こった。
パーティーは21時まで続いた。
夕方からは、ギャラリーに入り切らないほどのお客さんで賑わい、たくさんの日本人、フランス人がひっきりなしにやってきた。
伊藤さんが言うには、パリとは表現者たちのステージ。
世界中のアーティストたちがパリという舞台に立つために日々努力をしている。
パリでグループ展ができれば大したもの。
個展が出来れば一流。
その中でもさらに限られた売れてる人で、3年に一度のペースでパリで個展ができる。
超売れっ子になると、1年に一度のペースになるという。
パリという舞台。
世界中の表現者が憧れるステータス。
ずっと昔からパリはそういった街だったんだろう。
文化というものの最先端が集い、そして花開く場所なんだな。
「はい、みなさん、お疲れさん!!今日はありがとねー。」
ギャラリーを閉め、みんなで打ち上げの食事へ。
タイ、ベトナム料理屋さん。
日付が変わるまでワイワイと大盛り上がり。
「よーし、もう1杯行こうか。」
勢いのついた伊藤親分はまるで50代のイケイケのサラリーマンのように夜を楽しむ。
カッピーたち若者組は先に帰り、俺たち年配組で夜中のネオン街を練り歩き、賑わっているバーで乾杯。
街の酒場の片隅で、淡い灯りとタバコの煙に包まれて、アートの話をする。
まるで70年代のウォーホールやルーリードたちがたむろしてしたような風景の中にいるようで、気取らずにはいられない気分。
1時にバーを出た。
伊藤さんたちは車で帰るが、定員オーバーが2人。
舞台の美術監督である大島さんと俺は2人で地下鉄で帰ることに。
明治の文豪みたいな強烈なインパクトのある大島さん。
2人きりで帰るのか、と少しプレッシャーを感じつつ、伊藤親分たちと別れて歩いた。
酔っ払った若者たちが大声で叫んでいるネオン街。
ヒールを手に持ってケタケタ笑いながら歩いているブロンドの女の子。
パリの夜は少し危ない雰囲気だけど、そんなのこの大島さんといれば別にどうってことない。
「あー、閉まってるね。んー………よし、向こうの方行ってみようか。」
地下鉄の駅についたが、門が閉ざされて最終が終わっていた。
げー、どうする?
帰れるかな?
怖そうな黒人やホームレスがウロつく路地を抜けていくと、人だかりができてるところが。
バス停だ。
パリのバスは深夜まで走っており、しかもバス停の横にインフォメーションボックスがあり、常駐している係員さんがバスの道案内をしてくれる。
すげー。
ここオペラ地区から、伊藤親分の家まではバスの乗り換えが必要で、さらに無数にあるバス停、無数にある路線バスから正しいバスを選ばなければいけない。
でもこんな複雑なミッションも、まるでゲームみたいで、楽しく思える。
バスを待ってる間、大島さんとたくさん話した。
「日本の美大ってさ、不思議なことにみんな同じ対象の絵を描いて、同じコンセプトで物を制作して、全然個性がないんだよね。美大ってさ、もっと多種多様な価値観が混在して、それをシェアするものだと思っていたんだけど、そうじゃないんだよね。」
大島さんは美大をドロップアウトし、ヨーロッパに来て、こちらでまた大学に通い、ひたすら美術というものに没頭してきた人生を歩んできたよう。
「自分だけのスタートラインを設定することがアートの大事な仕事なんだよね。他のやつらと同じラインを設定する必要はまったくないし、してはいけないんだよ。でもその分精神的なストレスはすごく強いけどね。」
自分を見つめ、自分だけのものを探し、常に新しい表現を追求する人生。
そうして培ってきた感覚は、常人にはない研ぎ澄まされた境地にあるだろう。
彼は美術監督。
美術センスを頼りに、舞台の上で役者、音響効果を使い、ゼロから表現をする、途方もなくつかみどころのない役割。
それはもう技術、なんていうものではない。
だからこそ美術なんだよな。
大島さんの口から、美術という言葉をたくさん聞いたけど、こうして人生を美術に捧げてきた人間が言う美術って、なんだかとても重くて、まったく違う意味合いを持った言葉にさえ聞こえてくる。
「新しいことは探さないといけないけどさ、やっぱり人の評価は気になるよね。喜んでもらえたら嬉しいし、酷評されたら凹むしね。」
さっきまで、とっつきにくいかなと思っていた大島さんなのに、今はこんなに人懐こい笑顔をしてくれる。
アーティストって大変だなぁ。
生みの苦しみを知ってるもの同士、共感し合えるのがとても嬉しい。
なんだか大島さんのことが大好きになってしまった。
静寂の向こうからバスがやってきた。
バスに揺られる黒人たちと俺たちを灯りが照らす。
家の近くまで行き、そこからは歩いて帰った。
寝静まった街を歩く。
心地よい時間。
3時を過ぎたころに、ようやく家に帰りつくと伊藤親分とナナちゃんが起きていてくれていた。
「まぁ、このツワモノ2人ならどうにでもなると思ったよ。」
ニコニコとそう言う伊藤親分。
ビールを開けて大島さんと乾杯した。
歩き疲れた体に染み渡った。
美術家ってすごいぜ。