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オンザロードアゲイン 5章









アスファルトにドサリと荷物を下ろす。

ここは郊外の一本道。


道路標識にはドイツの街の名前とキロ数が表示してある。


その道路標識を見てスペルを確認しながらギターケースの裏にガムテープをちぎって文字を書いていく。

これが俺の昔からのヒッチハイクのやりかただ。


わざわざダンボールを調達する必要もないし、ギターを持ってるということで車が止まりやすくなる。

楽器は音楽をやってる人たちに親近感を湧かせるし、ほんのわずかだけどマトモな人間だということのアピールになる。



これまでヒッチハイクで本当にいろんなところに行ってきた。

親指ひとつでどこにだって行くことができるというのは、電車もろくに走っていない田舎で育った子供からしたら魔法みたいなもんだった。


今もまだ魔法は解けていない。







道路脇に立ち、親指をビシッと立てる。


通り過ぎて行く車にしっかりアピールするために、元気よく伸ばすのがコツだ。

他にもコツは色々あって、車が停まりやすいように路肩の広い部分に立つことは最低限のルール。


見通しの悪いカーブの途中なんか絶対ダメ。事故に繋がる可能性がある。


上級テクニックだと、ヒッチハイクってのは一度通り過ぎた人がやっぱり考え直して戻ってきて乗せてくれるというパターンが5割くらいあるので、少し先にUターンできるような脇道があることも計算して場所選びをすることが大切だ。


さらに小汚いやつだと乗せてもらえないので、身だしなみもある程度は整えていないといけない。


あとは不審者だと思われないように、爽やかな笑顔で無害極まりない人間だということをアピール。


これで完璧。


俺ほどのヒッチハイク職人になるとハッキリ言ってヒッチハイクで行くのもバスで行くのも同じようなもんだ。

時間のロスもほとんどないし、お金の節約にもなるし、思わぬ現地の人との出会いもある。


旅とヒッチハイクは切っても切り離せないもの。

さぁ、いまどき時代遅れなワイルドな旅の始まりだぜ!!!









中指を立てながら目の前を走り過ぎて行く車のドライバー。





………………う、うん、こういうことも…………あるよね…………





ファックの威力ハンパねぇえええ…………



ま、まぁへこたれてたって前には進めない。

諦めずに親指を立て続けるしかない。










旅には色んなコツがある。

ヒッチハイクにしてもそうだし、路上にしても、野宿にしてもそれなりのコツがある。


路上で1番大事なのは、やはり何よりも場所選びだ。


天下の路上でいきなりパフォーマンスをかますわけだから当たり前にそれなりの技術がないといけないわけだけど、場所が悪ければ一流のプロミュージシャンでも稼ぐことはできない。


プロバイオリニストが顔にマスクをかぶって演奏した実験があったけど、ほとんど誰も足を止めず全然稼ぐことができなかったというのを見たことがある。

逆に下手くそでもステキな見せ方のアイデアさえあれば人だかりを作ることができる。


要は自分が活きるシチュエーションを演出するのが大事ってことだ。

人が多ければ多いほどいいっていう単純なものではない。



まずは街の中のホコ天の通りに行き、太ももを叩き、パン!!と音を立てる。

すると周りの建物に響いて音が少し反響する。

これで通りの音の響きかたを確認するのが俺の昔からのやりかただ。


ギターの音と歌がいい感じに響く場所を、建物と通りが入り組む町の中から探し出すのが路上ミュージシャンの最初の仕事であり、もっとも大事な作業。




そして周りのお店の雰囲気もしっかりチェックしないといけない。

演奏場所は店舗の入り口に近づきすぎないようにし、ショーウィンドウを隠さないよう気をつける。


路面だけじゃなく、建物の上のアパートの窓が開いていないかどうかも気を配る。

中で人が寝てるかもしれない。

音を出してもいいかどうか、周りの様々な環境を考慮して場所は選ばないといけない。


本当に路上場所ってのは大事で、面白いもんでまったくもって反応が悪いなぁと思っていても、わずかに5メートル横にズレただけでとんでもなく人だかりができたりする。




路上に立ち、芸を披露して、チップをもらう。

これ以上ないほどシンプルなことなのに、路上にはすごくたくさんの秘密が隠されている。

それがたまらなく面白い。



まぁ俺くらいのベテランパフォーマーにもなれば研ぎ澄まされた場所選びの感覚でヨユーで街のベストスポットを見つけ出して…………



「うるさいのよ!!!シャラップ!!!!」



演奏を開始すると一瞬で向かいのアパートの窓からおばさんが顔を出して絶叫。



…………う、うん、こ、こういうこともあるよね…………










野宿にももちろんコツがある。


コツっていうか感覚勝負かな。


街の中を歩き回り、寝床を探すわけだけど、まず狙うのは雨を防げる橋の下、それか公園の東屋のベンチ。

墓地の中も静かで寝やすいポイントだ。


人の目につかなさそうな場所でありながら、あまりにも人がいない場所だと万が一の時に助けを求められないので、ある程度民家が近くにあることが大事。


公園も芝生が綺麗に刈り込まれていたり整備されすぎていると警備員につまみ出されるので、ほどほどに荒れているところがいい。

夜の闇の中でその絶妙なバランスを考えながら場所探しをするのはなかなか難しいけど、お金を節約するためにはしかたない。


まぁ俺ほどの野宿のプロともなると場所探しなんてお茶の子さいさいですぐにベストスポットを探し当てられるけどね!!






橋の下で寝ていると、足音がしてふと薄眼を開けると、頭の横に黒人のオッさんが立って俺のことを見下ろしている。




ちょ!!!!!!

こ、怖すぎる!!!!!

な、なんなの!?!?なに!?なんですか!?!?

なんでそんなに見下ろしてるの!?!?

なんでそんなに微動だにしないの!?!?!


飛び起きそうになるほどビビりながらも根性で寝たフリをかますけど一向に動く気配のないオッさん。


見下ろし続けるオッさん。


心頭滅却!!!心頭滅却!!!


そう!!!きっといい人!!!!

こんな落書きだらけのガラの悪い橋の下だけどきっとめっちゃ優しいおじさんでこんなところで寝ている俺のことを心配してくれてるだけのはずっていうか、向こうのほうにゴミとか買い物カゴが置いてあったのおじさんの住処なんですかね!!!

ごめんなさい!!おじさんのテリトリーで勝手に寝てごめんなさい!!!


ていうかいつまで見下ろしてんだよこのオッさん!!!!

早くどっか行ってくれ!!!!


口から心臓飛び出るくらい鼓動が早くなっていると、ようやく動いたオッさん。


やった!!!頼むからそのままどっか行ってくれ!!と思ってたらその場に座り込んだ。



なんなんだよおおおおおお!!!!!



プシュ!!!



プシュッていった!!!!

ええ!?!?なに!?!?完全に缶ビール開けた音!!!!

なんで!?!?なんでここで酒盛り開始なの!?!?

どこでもいいのになんで俺が寝てる真横でプシュッ!ってやるの!???!

謎すぎる!!!!



暗闇の橋の下でビールを飲むホームレスの黒人のオッさん。

その横で寝袋にくるまって寝るアジア人のオッさん。


謎すぎる。



うん、場所探しってやっぱり難しい…………













路上で歌ってる時にイカれたホームレスがやってきていきなりギターケースの中のお金を奪われて逃げられたり、


演奏中にゲイがやってきて体をベタベタ触られてホッペにキスされたり、


テントの中で寝ているときに夜中に暴風雨が降ってきてテントがベキベキにへし折れ、一晩中テントの中で漏れ込んだ水に濡れながら朝を待ったり、



まぁ上手くいかないことももちろんある。

というか上手くいかないことのほうがほとんどかもしれない。


でもだからこそ旅は面白い。

だからこそ、瞬間瞬間の喜びに、最高の風に出会える。







ヒッチハイクで乗せてくれたトラックの荷台で浴びる風。


路上で拍手を浴び、小さな子供にお花をもらったり、カップルが歌を聴きながらキスをしたり、そんな時に路地裏に吹く風。


テントを開けた瞬間、涼しい風が吹き込み、目の前に美しいヨーロッパの草原が広がる。



たまらなく気持ちよくて、目を閉じて体をその風に任せる。


体の、心の隅々が乾いていく。

自分の中の影が取り払われていくような、そんな開放感。


旅は今も俺を虜にしてくれる。













ドイツの中央部を一路南に下り、ケンプテンという小さな町に着いた。

こんな観光地もまったくない地味な町に来たのには理由がある。


ヒッチハイクの車から降りて、ささやかなショッピングストリートを歩くと懐かしい思い出が蘇ってくる。

ずいぶん昔にこの町の友達とよく一緒に遊んでいたもんだった。




遠い記憶を頼りに歩き、ショッピングストリートを抜けて裏通りにある古いバーの前にたどり着いた。


「まだあったんだなこの店。」


店のドアを開けると店内は地元のオッさんおばさんたちで賑わっていた。

ガヤガヤと活気があり、誰もが地ビールの瓶を傾けて陽気に笑っている。


昔よくここで友達と飲んだもんだけど、あいついるかなぁ。

だいたい毎日のようにここで飲んでたけど、もう30年も前のことだもんなぁ。

元気な顔が見られたらいいんだけど。



その時、賑わうお店の中にひときわ声のデカい男を見つけた。

歳は60歳くらい。楽しそうにビールを飲んで、店員の女の子に冗談を言って笑ってる。


うおおお、マジかよ。


こんなことあるもんだなぁ。

だいぶ雰囲気は変わっていたけど、それは確かに30年前に遊んでいたかつての友達だった。



「ハーイ、ハロー、ハロー、マイケル?マイケルだよな?」



「ああああ~ん?なんだ~?誰だオメェ~?………………」



「………………」



「…………………………フミ?…………フミか?」



「マイケル、久しぶりだな。」



「………………………フオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!これは夢か!!!!絶対夢だ!!!間違いねぇ!!!お前はアフリカのどっかでのたれ死んだはずだ!!!!」



「勝手に殺すなよ。」



「フミ!!!!このクソ野郎!!!ファック!!!ファック!!!」



相変わらず体の大きなマイケルがものすごい勢いでハグしてきて息が苦しい。

クマみたいなヒゲを生やしてるくせにすでに目を赤くして泣きそうになってる。

昔と変わらない感動屋だなぁ。





マイケルと出会ったのはこの町の路上だった。


30年前にヒッチハイクでたまたまたどり着いたこの小さな町。

仕方なく路上で歌っているところにマイケルが話しかけてきて、意気投合して仲良くなった俺たちはいつも一緒に遊んでいた。


マイケルの家に転がり込み、人生について語り合い、毎日のように飲みに来ていたのがこのバーだった。



「いやー、マイケル懐かしいな。まだここに来てたんだな。」



「こんな小さな町だからな。他に行くところもねぇしな。それよりフミ、どうしたんだよいきなり来て驚いたよ。何かあったのか?1人で来てるのか?」



「ああ、妻が死んでな。また1人で旅をしてるんだよ。」



「本当か…………」



「マイケルも、エミリーとはどうなったんだ?」



「エミリーか。もうずっと昔の話だな。とっくに別れて、もうどこにいるかもわからないよ。」



年老いたマイケルの眉毛には白髪が混じっている。

シワも増えて、どこにでもいるジャーマニーのおじさんだ。

お調子者で、でも神経質で、落ち込みやすいところがあるけど、とても友情を大事にする本当にいいやつだ。












久しぶりの再会で、あっという間にテーブルにはビールの瓶がたくさん空いた。


美味しいドイツビールにプレッツェルのスナックをつまみ、思い出話に花が咲く。



「あの時クラブで捕まえたあの女覚えてるか?あのオッパイがメチャクチャ大きな女。」



「覚えてる覚えてる!!!マイケルがちょっと気に入ってて、向こうも惚れてるみたいになってて、いい感じだった女だよな!!いやー、あれは衝撃だったな。」



「俺がトイレから戻ってきたらどこにもいなくて、そんで外に探しに行ってみたら知らない男とディープキスしながらオッパイをすごい勢いで揉まれてたんだよな。あの男絶対イタリア人だったはずだ。いっつもピザこねてやがるから。」



「あははははー!!あー、面白い。いやぁ、ロクなことなかったけど、毎日面白かったよな。」



「いやー、昔の話だよな。ヨーロッパも何も変わってないようで、ずいぶん変わったよ。」



賑やかなお店の中、2人赤い顔をしてビールを傾ける。

歴史あるヨーロッパの町並みは何百年も前の姿のままで、中に住む人々が入れ替わってきただけだ。


マイケルの顔を見ていると、何も変わっていないように感じるのは自分たちが変わってしまうからなのかもしれないと思えた。


周りを見渡せばそんな古い人間がたくさんいる。

ドイツの人たちはお爺さんになってもこうしてよく外でビールを飲んでいる。


古いものに抱かれ、町は洗練されているように見えるけども、人は素朴で、その素朴さが哀愁になって、ヨーロッパの寂しげな品になっていると思う。












こんなに月日が流れても、面白いもんで気の合う人間ってのは会えばすぐにあの時と同じように話ができるもんだ。

話は尽きることなく、大笑いしてビールが空く。

こんなに遠く離れた国にいたのに、昔のお互いを知っている仲間がいるなんて不思議なもんだなと思いながらトイレに行って用をたしていた。


と、その時、外から大きな声が聞こえた。


女の人の叫ぶような声と、グラスの割れる音。


誰かがグラスを落としたかなと思いながらトイレを済ませて店内に戻ると、そのグラスを落とした犯人はマイケルだった。


あぁあ、なにやってんだマイケル。だいぶ酔っぱらってるな。


マイケルのすぐ横には若い女がいて、服が濡れてしまっていた。


どうやら酔っ払ったマイケルがカウンターにビールを取りに行こうとしてその女とぶつかり、隣のテーブルのビールをこぼしたか何かで女の人のお尻あたりが濡れていた。


マイケルはすまないすまないと慌てて女の服を拭いてあげようとしている。

そしてマイケルがお尻のところを拭こうとすると、女がキャア!!なにするのよ!!と声をあげた。


なにやってんだよ、やっぱり面白いやつだなぁマイケルは。

笑いながら席に戻ってるところだった。




いきなり人だかりを割って入ってきた男がマイケルをぶん殴った。

その男は若く、体格がマイケルよりもさらに大きく、かなりガッチリとしており、ワルそうな風貌だった。

女の彼氏のようだ。




テーブルに突っ込みながらぶっ倒れたマイケル。

店内が騒然となり、人だかりがマイケルたちを囲む。


慌ててその人だかりの中に入り込み、マイケルのほっぺたを叩いた。



「おい!!おい!!マイケル大丈夫か!!?おい!!意識あるか!?!?」



「あああ…………ううう…………」



「この野郎!!」



いくらなんでもやりすぎだ!!

カッと頭に血が上って目の前に立っている男を見上げた。



「なんだよ?なんか文句あんのか?ナメた真似をしたのはそいつだろうが?なんだこのアジア人は?」



「俺はマイケルの友達だ!!ふざけんなこのやろう!!」



「ふ、フミ…………やめとけ…………」



その若い男の見下した態度があまりにもムカついて1発ブン殴ってやる!!と振りかぶって拳を放った。


そして五十肩で腕があんまり上がらなくてカウンターパンチをもらって綺麗に気を失った。













「………………おい………………ハロー!!………………コニチハー!!…………フミー!!フミ大丈夫かー!!」



「……………………ん…………んん…………あ、あれ?どうなってんだ?」



眼を覚ますと店の客たちが俺のことを覗き込んでいた。


さっきの男と女はすでに店を出て行ったようだった。



「フミ、やめとけって言っただろう?無茶しやがって。」



「いやぁ、慣れないことはするもんじゃないな…………」



「まぁとりあえず飲めよ。口の中切ってないか?」



「ヘイ!!ハポネス!!いい根性してるぜ!!」



「友達のために戦うなんてさすがカミカゼだぜ!!」



「プローストー!!」



「プローストー!!」



みんなが俺の肩を叩き、大盛り上がりになった。

床に座り込んだまま、店の中、マイケルとグラスを合わせる。



「サハラマラソンか…………フミならやれそうな気がするよ。アフリカにも行った男だしな。」



「まぁ、死なない程度に頑張るよ。あの頃みたいには無茶できないからな。」



2人でグラスをあおった。





















ケンプテンを後にし、郊外の真っ青な空の下、親指を立てる。


吹きっさらしの一本道は風が強く、立てている親指の感覚がなくってしまう。


ヨーロッパの冬は寒い。

このままじゃ雪が降り始めてしまう。


早いところ南に下って地中海沿いまで出てしまわないと凍え死んでしまう。




白い息を吐きながら通り過ぎる車に親指をあげる。

人差し指で下を指しながら通り過ぎていく運転手たち。


ヨーロッパではこうして、ここに住んでるものだから遠くまではいけないんだよ、とアピールして通り過ぎる運転手が多い。

ヒッチハイカーが多い地域なのでみんな俺みたいなやつには慣れてるだろうけど、ちゃんと反応を示してくれるところがヨーロピアンの優しさだよな。



そうして1時間くらい待ったところで、ようやく1台の車が目の前に止まった。


荷台のついたトラックで、運転席にはヒゲの生えたずんぐりしたオジさんが乗っていて、助手席に置かれた物を片付けている。



南方面に乗せてくださいと言うと、何も言わず首を傾けた。


笑顔もなく、無愛想な感じだ。

でもこうして止まってくれただけでも優しい人だ。


ありがたく助手席に乗せてもらうと、ボロいトラックはエンジン音をうならせて走り出す。



オジさんはなかなかの無口で、何か話しかけてもあまり返事はない。

というか英語があまり得意ではないのかな。


ヒッチハイクをしていると、当たり前だけど毎回愛想のいいドライバーというわけにはいかない。


何時間も無言ということもあるし、かつては夜にヒッチハイクをしていて車内でピストルを出されたことだってある。

こうした密室の中で相手の性格を読み取りながら何時間も一緒にいるというのはコミュニケーション能力の見せ所ってわけだ。


よーし、俺はこれまで何百台もの車にヒッチハイクで乗せてもらってきたんだ。


どんな個性的な人とだってなんとか合わせられるコミュニケーション能力を持っている。


なんとかオジさんをほぐして、あぁ、こいつを乗せて良かったなと思ってもらえるような時間にしてやるぞ。





なんとか頑張ってドイツ語で話題を振る。

たわいもない話題だけど、無言よりはマシだ。


おじさんは相変わらず無口だけど、うなづいたり首を振ったり、多少反応はしてくれている。


すると少ししてからオジさんがおもむろに口を開いた。

お、やっと心を開いてくれたのかな。


これで会話の糸口を見つけていい雰囲気にもっていくぞ!!




「お前のチンチンをくわえさせてくれないか?」



「…………嫌です…………」



「なぁ頼む。少しでいいんだ。」



「ソーリー………………」




キイイッ!!




急ブレーキでいきなり止まった車。

外に放り出されるとトラックはすぐにエンジン音をうならせて走り去っていった。



ポツリと取り残されて周りを見渡すと、どこまでも広がる農村風景。


暮れていく夕日。



「チンチンて…………」



ここがどこかもまったくわからないけど、1人でトボトボと一本道を歩いた。











どれくらい歩いたか。


すでに日はとっぷりと暮れ、真っ暗闇の一本道をたまに車のヘッドライトが通り過ぎていく。


夜空には星空が輝き、オリオンが見えた。


そういえば昔中米を旅していた時、現地のおじさんにオリオンはドアオブヘブンなんだよと教えてもらったことがあった。

あの四角形は天国に通じるドアになっていて、その向こうから神さまがやってきてくれるんだよとおじさんは語っていた。


真っ暗な夜空に浮かぶ違う世界への扉。


真っ白い息を吐くと、俺は地上にただ1人。


広大な宇宙の中に1人取り残されたようで、命の輪郭をくっきりと感じられるこの孤独がずっと好きだった。


旅を始めたころはこの孤独が怖くて怖くて、いつも忍び寄る孤独の陰に怯えて、気づかないようにしていた。


でも旅を続け、遠くに行くごとにいつの間にかその孤独が逆に心地よくなっていって、1人でいることが嬉しかった。



旅は心地いい。

久しぶりのこの感覚が頭の芯を痺れさせる。


でも手はあの温もりを覚えている。

小さくて暖かいあの手の温もりを。



カンちゃんのことを思い出しながら、ドアオブヘブンを見上げる。


荷物が肩に食い込んで痛い。

歩き続け、寒さも気にならないほど汗がにじんでいた。













しばらくすると、木々の向こうのほうにわずかな外灯が見えてきた。

民家が並んでいて、ちょっとした集落になっていた。


心細さに引っ張られて外灯に近寄っていき、静かな住宅地を歩く。

暖炉で薪を燃やす匂いが薄く立ち込めている。


懐かしいこの匂い。


寒いヨーロッパの野宿の夜にいつもかいでいたこの匂いが、かつての旅を鮮明に思い出させてくれる。

薪の匂いと、湿った土の匂いと、張り詰めた冷気が混ざり合っている野宿の匂いだ。



その匂いに混じってこれまた懐かしい肉の匂いがただよっていた。

あぁ、腹減ったな。これはケバブだ。


住宅地の中に小さなケバブ屋があった。


中に入るとアラブ系の顔をした兄ちゃんが暇そうに携帯をいじっていた。

俺を見ると人なつこい笑顔になって、注文は?と聞いてきた。

俺もカタコトのドイツ語でケバブをひとつ頼んだ。


兄ちゃんは軽快な手つきでケバブの肉をそぎ落とし、パンを鉄板に挟んで焼き始める。


冷蔵庫の中にはアイランが並んでいた。



彼らは移民だ。

中東方面から職を求めてヨーロッパにやってきていろんな仕事をやっているけど、その中でもケバブ屋をやる人がとても多い。

日本の中国人がやってる中華料理屋みたいなもんだ。


彼らは英語はほとんど喋れない。

ドイツにやってきて、ドイツ語を勉強しているのでかなり流暢なドイツ語を喋ることができるけど、英語はからっきしっていう場合がほとんど。

それが俺たち旅行者からすると、なんだか違和感があるんだけど。



出来上がったケバブを受け取り、プラスチックの安い椅子に座ってかじりつく。

暖かいケバブの肉汁が口に広がってとても美味しい。

ちょうどいい塩とスパイス加減、香ばしい焼き目、ヨーグルト風味のガーリックソースも美味しい。

どこにでもある平均点のケバブではあるけど、このジャンクな味にすごくホッとしてしまう。


窓の外の寒い夜。

ケバブひとつで今夜もきっと乗り切れる。






食べ終わってお金を払おうとレジに行き、路上で稼いだコインを大量に取り出した。

路上ではたくさんのコインをもらうので、こうしてこまめに使っていかないと膨れ上がってものすごく重くなってしまう。

10セント、50セントとたくさんの小銭を積み上げて3.5ユーロのケバブ代をトレーに乗せた。


「チェンジチェンジ?」



アラブ系の兄ちゃんがレジの中から紙幣を取り出して見せて来た。


お、ありがたい。


たまにこうして俺のたくさんのコインを見て紙幣に両替しようか?と言ってくれるお店の人がいる。

彼らからしたらお釣りでコインがたくさん必要なので、こうして両替しようかと言ってくれるのだ。


向こうも助かるし、こっちも軽くなるしかさばらなくて助かる。

双方にとっていいことだ。



「どこから来たんだい?チャイナか?」



すると兄ちゃんがカタコトの英語で話しかけてくれた。



「いや、ジャパンだよ。君は?」



「俺はトルコだよ。」



「あー、テシュキュルエデリュム。」



「お!トルコ語がわかるのかい?!」



「昔行ったことがあるんだよ。トルコは大好きだよ。」



「ははは、本当にトルコは良いところだよ。あ、紅茶飲む?」



兄ちゃんはコインを紙幣に両替してくれると、あの懐かしいひょうたん型のグラスにトルコティーを入れてくれた。

角砂糖をふたつ入れ、小さなスプーンでカチャカチャとかき混ぜる。

熱い紅茶をすすると、甘さとほのかな苦味が鼻から抜けて体が温まっていく。



「今日はどこに泊まるんだい?」



「んー、わからない。いつも野宿しながら旅してるからね。」



「寒いだろう?」



「ノープロブレムだよ。インシャアッラーさ。」



「ははは!!そうだな!!インシャアッラーだよな!!」



神が望むなら。

イスラム圏ではこの言葉で全てが済む。


世界で悪い印象を持たれるイスラム教だけど、テロを起こすのは一部の人たちだけで、個人同士はみんなとてもいい人たちばかりだ。

馴染みがないとあの民族衣装はとても異様に見えてしまうが、彼らはいつも人に優しく、信心深く、助け合いの精神を持っている。


ヨーロッパでは彼らムスリムの移民は肩身の狭い思いをしている。

何かトラブルがあれば、必ずといっていいほど、あぁ、あいつはターキッシュだからな、と人々は顔をしかめる。

そうした差別意識はきっとなくなることはないけど、彼らの作るケバブがヨーロッパの人たちの胃袋を満たしているのも事実だ。

ケバブは世界を少し平和にしている。




「じゃあ、紅茶ありがとう。」



ひょうたんグラスをカウンターに起き、荷物を担いで店のドアを開ける。



「風邪引くなよ。」



「インシャアッラーだよ。」



「ははは!!インシャアッラー!!ははは!!」



心も体も温まり、白い息を吐きながら歩いた。


そして少しして住宅地の切れ目に大きな公園を見つけ、そこの端っこの目立たないところにあるベンチに今日の寝床を決めた。


ドサリと荷物を起き、マットを敷き、バッグを枕にして寝袋にくるまる。

ギターは足元に置いて、他のバッグと紐で結ぶ。



寝転ぶと木々の間から星が見えた。

晴れた夜は夜露がひどいけど、こうして木の下で寝るとだいぶ夜露をしのぐことができる。


寒くて鼻が冷たくなっていく。

いい夜だな。

明日もいい日になるといいな。









ドサリ。


するとどこから現れたのか、いきなり1人の兄ちゃんが俺の寝ているベンチの真横のベンチに座った。


ちょ、えええ…………なにもうううう………………


25歳くらい。1人で歩いてきて、寝ている俺に話しかけてきた。



「ここで寝ると寒いよ。よかったらウチに泊まるといいよ。」



ホントなら嬉しいお誘いだけど、怪しい奴の雰囲気はなんとなく分かるもの。

気分を害さないように断っていると、本音を出しやがった。



「I want to sex.」



なんなんだよ…………

今日ゲイばっかりやん…………



ごめんだけど俺は女が好きなんだよとやんわりと、でもバッサリ断ると、すごすごとどっか行ってくれた。


あー、ビックリしたああああ…………

ドキドキしながらも心を落ち着かせ、もう一度ベンチに横になった。

ゲイがウロついてる公園ってことで緊張してしまっていたけど、1日歩き回った疲れもあって、すぐにウトウトと眠りについた。







それから何時間経っただろうか。

横になったのが深夜の3時くらいだったから4時は回っていたと思う。


遠くでかすかな足音がした。

敏感になっているので、すぐにそれに気づく。

寝袋の隙間から外をのぞいた。


向こうから1人の男がこちらに一直線に歩いてくる。


ヤバイ!!


すぐに寝袋から上半身を出した。


すると男は隣のベンチに座った。


さっきのゲイやん…………



「あー、大丈夫大丈夫。寝てていいよ。」



そう言って座ったまま動かない。

俺の顔から1mくらいの距離。


もちろん眠るわけにはいかないので、警戒していない素振りをしながら神経を集中していた。

2人だけの静寂の公園に、張り詰めた空気が漂う。





するとその男、おもむろに自分の股間をなで始めた。


ちょっと待ってくれよおい………

なにしてんだよ………


そして次の瞬間、全身の毛が逆立った。

そいつの股間から、勃起したもののシルエットが闇の中に浮かび上がっていた。


そしてそれをしごいている。

俺の顔の目の前で。



ベンチから跳ね起きた。



「な、な、な、何してんだよ!!!やめろ!!やめてくれ!!」



「チョメチョメがしたいんだよぉ……俺を、ファックしてくれよぉ……う、ウフ、オフ、」



「うわぁぁぁ!!お、俺はゲイじゃないんだよ!!ここじゃなくて他のとこでやってくれ!!頼む!!」



「なんでだよぉ………プリーズ、ファックミー、ファックミー………オ、オフ、オフ!!」



股間をしごく手の動きが早くなる。
俺に唇を向けてチュパチュパと音を立ててくる。

こ、このままじゃ顔射されてしまう!!!



「頼む!!俺は日本人だ!!俺は恋人もいる!!ゲイじゃないんだ!!」




5分だったか20分だったか。

ヒッチコックの映画のシーンみたいな狂気の時間は、ついにゲイが諦めて勃起したものをズボンにしまってくれることで終わってくれた。


悲しそうに公園の外灯の下、歩いていったゲイ。


危なかった………

ケツもだけど、逆上してナイフとか出してこないかと、そんな考えが頭を支配していた。


怖かったぁ………



その夜はもちろん、一睡もできないままベンチに硬直していた。




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