2006年11月22日 【山口県】
阿武川から分かれる松本川と橋本川に挟まれた中洲に形成されているこの萩市。
この中洲全体が城下町のままの古い迷路になっている。
土塀の平安古鍵曲り、久坂玄瑞の旧宅、伊藤博文などの若き青年が勉学に通った円政寺などを見学してから萩を出発した。
ゆうべの美香からの電話がずっと頭から離れない。
早く進まないと。
山口には山間部に湧く名湯が数多く点在する。
その1つである湯本温泉は、川の両側に大きなホテルが立ち並ぶひなびた温泉街だ。
ネオン管がレトロさを演出している共同浴場の恩湯は140円という湯治場らしい安価だが、風呂には昨日入ったからな。
とにかく先を急ごう。
山口県のことを長州というが、これは長門という旧国名の略称だ。
その名が残る長門市の町中を通り、橋を渡ってから日本海に浮かぶ青海島にやってきた。
この島の先端にある通という集落には、『くじら墓』なるものがある。
港町らしいごちゃごちゃとした民家群の中に、ひときわ目立つ鯨の模型が飾られた建物、くじら資料館へ。
当時、鯨漁は『陸のたたら 海のくじら』と言われるほどに一大産業だった。
この通は日本海の海流にのって回遊する鯨が入りこんでくる内海を形成しているため、捕鯨の町として栄え、1673年から明治41年まで235年間にわたって古式捕鯨で国の財政を担ってきた。
漁が行われるのは秋から春にかけての半年間。
厳寒の日本海にふんどし一丁の200人の男たちが小船で編成を組み、海にこぎだす。
船のふちをガンガンと叩いて音を出し、囲み網よって鯨の自由を奪い、手投げのモリを打ちこみまくるといういたってシンプルな漁法。
しかしだからこそコンビネーションが非常に大事で、統率する親方の指令は絶対。
若者宿という小屋が町に残っており、昔は17歳になったらここに入り、漁の技術や手順はもとより心構えや礼儀作法にいたるまで、軍人なみに厳しい教育が施されていたという。
えー、鯨さんを殺すなんてかわいそう…………なんて偽善者が現代にはたくさんいる。
残酷な仕事のようだが、漁をする者は消費者よりもはるかに命の尊さを知っている。
まれに、捕獲した鯨を解体するときに体内から胎児が出てくることもあるそうだが、人間と同じ哺乳類である鯨の胎児はさすがに不憫に思うところがあったのか、丁重に埋葬されてきたようだ。
なんてかわいそうなことを!!とか言う人もいるけど、人間は卵を親鳥にかけて親子丼とかするんだからよっぽど残酷だ。
くじら墓というのはそうやって海を見ることなく死んでいった72頭の胎児を埋葬したお墓なのだ。
捕獲した親鯨に対してもそうで、戒名をつけ、位牌をつくり、仏教界では人間以外には行ってはいけないとされている回向までしているそう。
1頭で今の金額で3400万円にもなった鯨の命。
鯨は食肉としてではなく鯨油に精製され、余すところなく使用される。
明治後半になり、欧米諸国の近代捕鯨が進むにつれ古式捕鯨は一気にすたれ、この町の栄華は終わりをつげた。
人影のない裏路地を歩くと昔のにぎわいが聞こえてきそうだ。
現代は捕鯨をやめろという声が高まっている。
長い年月の中で培われてきた民族ごとの風習や文化を、他のものが強制的にやめさせるなんて理不尽な話だ。
グローバルという概念は人間の大切なものをどんどん食い尽くしてしまう。
そりゃ人間のせいで絶滅した動植物は数知れないだろう。
しかしそれも自然の節理というものだと思う。
象が増えたら草が踏み殺されて草食動物が飢える。
だから象を間引く。
そんなこと人間が口出しすることではない気もする。
消えていった命の上に今の自分の命はある。
『生きる』ということは『殺す』ということを知り、すべての自然に感謝することを忘れてはいけない。
山口の名湯の1つ西日本最大級の湯治場といわれる俵山温泉へ。
淡い外灯に滲む旅館街を歩き、共同浴場の『町の湯』360円へ。
全身にまとわりつくヌルヌルとした滑らかなお湯。
濃い、と実感できる名湯だ。
ここはかなりオススメ。
長門でメシを食い、車をとばす。
山口の北西部なんてまず来ることのない場所なので、世界に取り残された場所みたいで寂しくなってくる。
でももちろんここにも人が住んでいる。
山を登り、やがて暗闇の展望台に着いた。
だだっ広い駐車場のすみに車を止めてエンジンを切る。
暗闇の向こうから聞えてくるシュンシュンという轟音は巨大な風力発電の風車のものか。
強風がグラグラと車を揺らす。
夜の底に1人ぼっち。
ここまで来れば、行こうと思えばすぐにでも美香のところに行ける。
辛いだろうな。
今、美香は俺を求めているのか。
俺は美香を求めているのか。
翌日。
目を覚ますと相変わらず車は強風にグラグラ揺れていた。
布団から出て車のドアを開ける。
「うおー……………すげぇ……………」
そこは大展望台、千畳敷。
見渡す限りの日本海が波涛をうねらせ荒れ狂っている。
シュンシュンという音はやはり風車で、あの巨大な羽根がかなり勢いよく回っている。
それほどの強風で立っているのもやっとだ。
朝からダイナミックな景色に気合いが入る。
うおっしゃー、進むぞ!!!
山を降り、東後細の水平線をバックにした棚田、海食の穴から波しぶきの柱を吹き上げる竜宮の潮吹きを見て回る。
巨大扇風機で顔の肉が広がる、あれくらいの暴風で、海は逆巻く波が渦巻いている。
これぞ日本海だ。
世界三大美人の楊貴妃が実は大陸からこの日本に渡ってきて暮らしていたという微妙な伝説の残る久津の港町や、本州最西端の川尻岬と、人がまったくいない地の果てのような日本海岸を巡っていく。
そんな中、突如、海に向かってものすごく長い橋が伸びているのが見えてきた。
その先には島があり、名前を角島というそう。
こんな辺鄙な雰囲気の海沿いにいきなり海の上を滑るような橋が現れるもんだからなかなか面白い。
ハンドルを切って橋を渡ってみた。
細く長い橋の上では、この暴風の中、懸命に歩く爺ちゃん婆ちゃんたちの観光ツアーの行列があった。
いや、さすがにかわいそうじゃない………?
バスで行こうよ…………
本来なら静かなエメラルドグリーンのビーチが広がるおだやかな島なのだろうが、今日はこの天気。
荒涼とした草原にぽつんと立ち尽くすレンガ積みの灯台がさびしげに海を眺めていた。
この島いいな。
いつかまた来たいと思える場所にまた出会えた。
海岸線を一気に下り、ついに本州最期の町、下関に入った。
なかなか栄えてるな。
狭い関門海峡の向こうには、泳いで行けそうなほどに迫る故郷、九州の姿。
下関は日本の中でも歴史に名を残す名所の多い場所だ。
1つ1つ回るぞ。
まずは赤間神社。
曇り空に映える朱塗りの建物にお参りをすませ、本堂の横を入ると、そこには平家一門のお墓と耳無しホウイチ堂がある。
ここ壇ノ浦は、かの源平合戦、壇ノ浦の闘いの古戦場。
徳川幕府まで続く武家政権が始まった地だ。
そしてこの赤間神社は、合戦の際にわずか8歳で入水自殺した安徳天皇をまつる神社。
神社になる前はお寺だったのだが、その時にお寺にいたのが琵琶法師の芳一。
この芳一が壇ノ浦の平家の亡霊に夜な夜な連れていかれ、姫の御前と思って演奏していたのが、ここにある平家一門のお墓の中だったそう。
んー、ただでさえ怖い昔話だったのに実際に現場を目の前にするとさらに怖いな。
少し離れたところにあるミモスソ川公園には、源氏軍大将の源義経と平家軍大将の平知盛の像が、海峡をバックに立っている。
この海峡を埋め尽くす平家軍の船の上をピョンピョンと飛び回ったという義経のハッソウ飛び。
んー、さすが天狗の弟子、牛若丸。
長府のほうまで行ってみると、現代的な住宅地の中に土壁の屋敷が残る風情ある町並みが広がる。
その中の国宝仏殿を持つ功山寺へ。
鎌倉幕府の武家らしい豪壮な構えの本堂は、琵琶の音色でも聞こえてきそうなほどの妖しさを放っている。
境内の端っこのほうには馬にまたがる侍姿の銅像がある。
これは高杉晋作だ。
気合いと志があればどんな身分の者でも入れたという勤皇部隊、奇兵隊を旗揚げした高杉晋作。
みるみるうちに勢力を拡大していくと、これを機に各地でこぞって同じような徒党が組まれ、佐幕派だった長州藩は尊皇派へと転換する。
第2次長州征伐も先頭に立ってこれを退け、全国の維新志士たちに絶大なる希望を与えた。
情熱家ぞろいの維新志士たちの中でももっとも激しい炎を燃やした男だ。
しかしその後、高杉は肺結核が悪化して死ぬことになる。
享年がまたビビることになんと26歳。
今の俺くらいで日本中に影響力持ってたとか気合い入りすぎだろ。
昔の人って本当にすさまじい精神力を持ってるよなぁ。
維新志士たちは最期の侍だったんだろうな。
下関の市街に戻りながら海峡を見てみると、ポツンと浮かぶ小さな無人島がある。
あれが、かの有名な佐々木小次郎と宮本武蔵が決闘した巌流島だ。
源平合戦、武蔵VS小次郎、猪木VSマサ斉藤、と中世の昔から決闘の聖地とされてきたロマンの島だが、別に武蔵と小次郎の像が建っているというだけで他にはなにもない島。
しかもあんな泳いで行けそうなほど目の前にあるくせに渡航料1000円はキツい。
まぁ渡らんでもいいか。
くそっ…………………
ホントは行きたい………………
いや、諦めよう………………
…………………行きたい。
ついさっきまで降っていた雨もやんだ。
今日で本州最期の路上だ。
終わったら夜中に海底トンネルをくぐって九州に入る。
九州の残りは4県。
福岡が中途半端だったからそれも回らないといけない。
あああ、懐かしの九州。
ラスト1ヶ月!!
うわあああああああああああああ!!!
本州長かったよおおおおおおおおおおおおお!!!!
よし!!!
路上行くか!!!!
【山口県編】
完!!!
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