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山口市ってマジで住みたくなる町








2006年11月18日 【山口県】






徳山を出発し次の町の防府に入り、まずは阿弥陀時へ向かった。



森の中にある広大な境内を静かな雨が濡らしている。


国宝・重文の寺宝もあったようだが、そんなにそそられなかったので次へ急ぐ。






国分寺という名前の寺ってどこにでもよくあるよなー、と思いつつ防府の国分寺にやってきた。





奈良のお寺でよく見たようなボロボロの土塀で囲まれただだっ広い敷地に、ドでかい金堂が立ちつくしていた。


国分寺ってのは、仏教が国教として浸透していった聖武天皇時代に、1国に1ヵ寺ずつ建てられた官の寺なんだって。


知らんかった!!








宗教が統一されることによって国としての基盤を強固なものにしようという政策だったんだな。










北野天満宮、大宰府天満宮にならぶ3大天満宮の最期の1つ、防府天満宮へお参りし、種田山頭火生誕の地、玉祖神社をスパパっと回り、ガンガン飛ばす。


明るいうちに宇部市の町までやってきたが別にこれといったものはなさそうだ。


ここの海岸線は九州までのぞめるきれいな場所らしいのだが、あいにく今日は1日どしゃ降り。


しかし土曜の夜だ。


ここんとこおひねりの入りがイマイチだったので無理やり歌ってやるぞ。







銭湯に入って、いざ宇部の繁華街の銀天街へやってきた。


うわー……………


路地裏形成でお店も結構あるにはあるんだが、この雨と寒さでまったく人いねぇ…………


店から出てもすぐにタクシーに乗っちゃうもんだから全然歩いていない。


それでも気合いで雑居ビルの階段下でギターを出す。


諦めたらそこで終わり。

物事はやってみなきゃわからない。



そうして3時間後。


ほらね、終わってみればなんだかんだ雨の中集まってきてくれて、久しぶりの13000円。





「おう、ワシはなぁ、ずっと音楽の業界にいたからのぉ。ホレ、そこの宇部会館とか道の駅にステージ組んだりしてのぉ。」



「へー、どんなのやってたんですか?」



「う、おう…………まぁ…………やってた……………な。すごいんだぜー。山口で1番になったこともあるけぇな。へへへ。」



ぜってーやってねぇ。









翌日。





今日は山口県の県庁所在地である山口市に突入だ。



山口市を『西の京』と呼ばれるまでに景観・文化ともに美しい町に仕立て上げた大内氏。


布教で訪れていたフランシスコ・ザビエルの聖堂。


中国地方の覇者・毛利氏の遺跡。


画聖・雪舟。


詩人・中原中也。



うーん、見所満載の渋い町だ。

こりゃ周り甲斐があるな。








まずは市内入り口にひらけた歴史ある温泉街、湯田温泉へ足を踏みいれた。


高杉晋作、木戸孝允、西郷隆盛、伊藤博文、坂本龍馬らの幕末の志士たちが、倒幕の会談をしたという旅館もあるこの湯田温泉。


そんな偉大なる思想家たちの足跡が残るこの温泉街に、1人の詩人の記念館がある。


中原中也だ。





明治40年、この湯田に生まれた中原中也。


18歳で上京し、たくさんの文学仲間との交流の中で詩人としての才能を開花させ、数多くの作品を送り出すが30歳で若くして急逝。


100年経った現代でも多くのファンを惹きつけている。


のだが、俺は全然読んだことないんだよな。


若い詩人というだけでなく、その黒いハットをかぶったあどけなくも鋭い瞳の写真に惹かれ、記念館に入館した。






ぬぬぬ……………


ヤバイ………………



ビンビンくる。

俺あんまり文学詩人ものには興味なかったんだけど、めちゃくちゃ良いやん中也。


ただの詩だけでこんなにも表現できるもんなのか。


んー……………

結構影響受けちまうかも……………






視聴覚コーナーに行ってみると、中也の詩に現代の音楽家たちが曲をつけたCDがあったのでヘッドフォンを手に取ってみた。


うおっ!!!!

マジかこれ!!!!??


あの友川かずきが歌ってる!!!!!



しかも有名な『サーカス』を!!!!!




興奮しながら再生!!!!




うおー………………


なんてカンペキな出来だ………………


曲と詩と友川かずきの無愛想な東北弁の歌があまりにもハマッてる。

2人の表現者の世界観がめちゃくちゃマッチしてる。



それにしても中也いいなぁ。


瑞々しい感性で綴られたロマンチックでナルシストで寂しげな詩。


言葉はその組み合わせしだいでこれほどまでに人間の心を震わせるものになり得る。


感性だなぁ。








県立美術館では室町から戦国期にかけて活躍した画聖、雪舟の特別展覧会をやっていた。


国宝指定の6点のほかにも重文だらけという豪華さ。


これを逃したらもう簡単には拝めないということで、美術館通りにはすごい人ゴミ。


しかし………………1300円はきついなぁ。


かなり迷ったが我慢した。


んー……………国宝の水墨画見たかったな……………


シンプルな美しさ。

きっと中也ばりに感動しただろうな。








次に向かったのはザビエル記念聖堂。





フランシスコ・ザビエル。


もちろん学校で教わったことはある。


でもキリスト教を布教しに日本に来た人ってくらいしか知らん。


学校教育なんてそんなもんだ。

俺が不真面目だっただけかな。




世界中に多くの信者を持つイエズス会の創始者、イグナティウスさんは数多くの優秀な宣教師を育て上げた。


その中でもっとも気高く愛に満ちていたのがフランシスコ・ザビエルだったという。


世界中にキリスト教を布教しなさいというイエスの言葉を守り、宣教師たちは科学なんてまったくない時代に海を越え山を越え、人が住むところならばマジであらゆる土地に旅をした。


大いなる旅。


もちろん船が沈んだり現地で病に倒れたりと、そのほとんどが異国で死んだ。


そんな危険で無謀な旅をザビエルは必死で生きぬき、訪れた先々で言葉もわからん人々に、そしてどんなに文化レベルの遅れた原住民にだって、とにかくキリスト教の教えを説き、悩める民衆を救って歩いた。






そして1549年。


ついに日本の鹿児島に上陸したザビエル。

ここ山口県の萩にやってきて藩主の大内義隆に布教許可を得て、約2年間、山口を拠点にして日本中で布教活動を行った。



すごいよなぁ。

日本ではまずお城に連れていかれるわけだろ。


畳があって刀があって。


西洋では石のお城だ。


少数部落では土の屋敷もあっただろう。


どこに行っても首長がいる。


人間は自然とリーダーを作るもんなんだなぁ。





それはいいとしてこのアジアの島国でのキリスト教の評判は上々。


ザビエルさんは日本を離れてから中国に渡って死んじまったらしいが、キリスト教史上、ザビエルの東アジア布教はかなり偉大なものという位置付けらしい。


現在でも彼が布教を行った地域には、自分たちのことを『ザビエルの子』と誇りを持っている人々が多いという。


いやー、ハンパな精神力じゃねぇよな。


まだろくな地図もない、船だって帆船だったような時代にこんな旅をするなんて。


人間の生きる意義っていうのは無限にある。


何をしてどこに行くべきなのか。

それは自分で決める。


一度きりの貴重な人生を不本意なままに流されて生きるなんて、悲しすぎる。


魂の叫びを聞くんだ。









関ヶ原で西軍の石田三成についた藩は、その後の徳川政権の中で肩身の狭い思いをする。


外様大名ってやつだ。


江戸幕府初期はまさに減封・転封の嵐。


安芸の名家・毛利氏も例外ではなく、この山口に飛ばされた。


ので、ここにも毛利元就の菩提寺がある。


重文の観音堂がしみじみと美しい洞春寺にお参りし、いざ山口市を代表する古刹、瑠璃光寺へ向かった。



山口が『西の京』と呼ばれる所以に、この瑠璃光寺の美しさが大きく起因している。


それほど美しい寺だ。




車を止め、たくさんの観光客とともに境内に向かうと、まず目に飛び込んでくる雄々しい五重塔の姿。




日本三名塔の1つである国宝・瑠璃光寺五重塔だ。


いやー、端正だなぁ。

マジで見事。


池には鮮やかな錦鯉が泳いでおり、すべてが調和した美しさを演出している。


いやー、これは今まで行ったどの庭園よりも素晴らしい景観だよ。


日本は美しい。










日が沈み、肌寒い風に体を縮こめながら山口の町を歩く。


川端には古い民家が並び、レトロな外灯に浮かんでいる。


こりゃ西の京なんていわんでも山口は山口で充分独立した世界観を持っているな。





芸術にしても、歴史にしても、日本的な美しさにしても、山口市はマジで抜きん出てる。


久しぶりにこんなに文化の豊かな町に出会えたな。



「ゆあーん ゆよーん ゆやゆよーん」



中也の詩を口ずさみながら車に戻った。



リアルタイムの双子との日常はこちら





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