2006年8月18日 【山梨県】
「………………んん……………はっ!!」
目が覚めたら7時だった!!!
ぬおおおお!!!ヤベェ!!!!
ゆうべ車でビール飲み過ぎて寝たの2時だもんな。
こんな寝不足状態で登ろうなんて日本一の山なめすぎ。
M浦さんをゆすり起こし、急いで馬返口に向かう。
俺のバッグに防寒着をしこたま詰め込み、M浦さんのバッグに食料を詰める。
俺はジャージ上下に地下足袋に頭にタオル。
M浦さんはスニーカーにハーフパンツにTシャツという、コンビニにでも行くんですか?って恰好。
相棒のギターを担いだら、さぁ出発だ。
車を止めて歩いて行くと、登山口に禊ぎ場があった。
富士山は信仰の山。
ここから先は霊域となる。
1合目地点までは15分で到着した。
「はぁはぁ……………はぁはぁ……………カネヤン……………帰ろう…………」
「何言ってるんですか。まだ1合目ですよ。」
2合目地点はそこから20分。
まだこの辺りは樹海の中なので木々の間を登っていく。
「カネヤン…………マジでもう帰ろう……………」
「まだ3合目ですよ。ハァハァ。」
ところどころに崩れた廃屋や石標が見られる。
5合目まで車道が通ったことでこの道から登る人はほとんどいなくなり、そのため登山客をもてなしていた茶屋も廃れてしまったのだ。
古きよき富士登山の面影を追いながら歩を進める。
5合目にある初の有人小屋の佐藤小屋に着いたのが11時。
すでにここの小屋の時点でジュースが300円、ペットボトル飲料500円という山値段に変わった。
町で買ってきてよかった。
パンを食べて腰を上げる。
5合目からいきなり風景が変わった。
高山特有の背の低い植物になり、足元もゴツゴツした岩場になり荒涼とした雰囲気だ。
キリが多く遠くがまったく見えない。
「これで登って何も見えなかったら……………俺は怒る。ハァハァ。」
マジで上まで行って真っ白だったら最悪だ。
大丈夫だろうか。
それにしてもいきなり人が増えてきやがった。
みんなカッチョイイ登山用の服で身を固め、しょってるバッグもすごいコンパクト。
元気に走り回ってる子供もいる。
どうやらここまでバスが来ているようだ。
「ハァハァ……………こんなとこまで……………バスできやがって…………ずりぃ………………ハイキング気分か!!ハァハァ……………」
しばらくすると一気に傾斜がきつくなってきた。
石がゴロゴロ転がる道なので思うように踏ん張れず体力が削られる。
上を見上げるとくねくね道の先にいくつもの山小屋が見える。
まるでラピュタだ。
「まぁー、すごーい。」
「あら、若いわねー。」
背中にギター、前にでかいバッグを担いでるやつなんてもちろんいない。
はっきり言ってめちゃくちゃきついです……………
6合目、7合目、途中途中の山小屋には食料品やお土産の数々が並んでいる。
カップヌードル500円?
焼き印押しというのもやっていて、みんな専用の杖に合目毎に焼き印を押してもらっている。
もち有料。
1発200円。
みんな5合目から登るので、5合目までの焼印がすでに押されてる杖が山小屋に売ってある。
なんじゃそれ!!
「あーきつい。富士山ってきついねー。」
「……………ボケどもが………………5合目からのくせしやがって……………どいつもこいつも山小屋に泊まるから…………荷物ほとんど持ってねぇじゃねぇか………………ハァハァ。」
M浦さんとぼやきながら岩場をよじ登っていく。
ロープにしがみつきながらじゃないと登れないようなかなり危険度の高い難所もある。
転げ落ちたら1発で1合目までノンストップっていうような急斜面。
ギターが背中を圧迫して動きづらい。
ようやく、ようやく8合目までやってきた。
「M浦さん……………バッグ交換して下さいよ……………そっちもうほとんど空じゃないですか……………ハァハァ。」
俺も体力が底をついてきた。
M浦さんのバッグには食料が入っているので時間と共に必然的に軽くなっていく。
スイスイ登っていくのでわがまま言ってバッグを交換してもらった。
俺の荷物はギター7キロ、防寒着のバッグ8キロの15キロってところ。
山小屋に泊まる人はせいぜい3キロくらいだ。
本8合目に到達したころには18時になっていた。
ここからは1時間もあれば頂上らしい。
そしてこの時間になると山から人の姿は消える。
たいがいの人はこの辺りで山小屋に入り、うまい飯食ってぐっすり眠って朝早くから登って日の出を見るという寸法だ。
「さ、M浦さんもうちょっとですよ………………行きましょう。」
「……………ねぇ、帰ろう?」
「何言ってるんですか。ここまで来たんですよ。」
すでに標高は3000メートルを越えており、日がかげると急激に寒くなってきた。
突風が吹きつける荒々しい岩場を登っていく2人に会話はない。
ハァハァとつく息だけが風の中に聞こえる。
誰もいない。
2人だけ。
「……………うわっ!!……………すげぇ……………」
遅れはじめたM浦さんを振り返ると、今までかかっていた霧が消え地上の光景があらわになった。
河口湖とおそらく富士吉田の夜景。
ちょうど雲の上と下が見えるところで、夕焼けに染まる雲の上は真っ赤。
しかし雲の下は真っ暗で町明かりが光っている。
よくこんなとこまで登ったな……………
「あ、どうもー。いやー宮崎からなんですよー。アハハー。」
なんか横向いて喋ってるM浦さん。
「M浦さん、誰もいないですよ……………」
「何言いよっとか!!失礼やろが!!いやーすみませんねー。アヘアヘ。」
M浦さんの気が狂いはじめた。
10メートル歩いては倒れ込み、引き起こし、また10メートル歩いては倒れている。
やがて山は暗闇におおわれ、上を見ると真っ暗な山の頂上に星のようにポツンと小屋の明かりが光っている。
すぐそこに見えるのだがそのちょっとがあまりにもきつい。
風もめちゃくちゃ強くて、凍てつく風に吹き飛ばされそうになりながらなんとか岩陰に隠れた。
「カネヤン……………俺もうダメ…………俺のことは気にせず先に…………スースー。」
「死にますよ!!M浦さん!!」
「……………あ、今死神さんが手招きしてた……………腹へったー…………寒いよおおおお……………」
ロードオブザリングのクライマックスかよ……………
ありったけの防寒着を着込んでうずくまる。
4食分持ってきた食料はとっくに底を尽き、あとソーセージ1本づつ。
高山病で頭痛がひどい。
うー、さすがは日本一の山……………
30分ほど岩陰で仮眠をとってから、萎える気力を振り絞り登りはじめる。
足が笑い力が入らない。
突風によろめき、立入禁止のロープの外に落っこちそうになる。
もうちょっと………………
もうちょっと………………
あ………やった……………
頂上の鳥居が見えてきた………………
21時半。
山頂の山小屋の前にあるベンチで最後の食料をちびりちびりと食べる。
それから眠れそうな場所を探すがそんな都合のいいポイントなんてどこにもない。
しかたなく岩陰にうずくまり目を閉じる。
嵐のように吹き荒れる暴風。
体中の震えが止まらない。
見上げた夜空には手が届きそうなほど近い星がある。
これならいい日の出が見られそうだ、という期待が唯一の救いだった。
翌日。
「……………金丸………………金丸………………金丸!!」
「…………ん…………んんん……………なんですか………………うわっ!!!」
一瞬状況を把握出来なかったがすぐに異変に気付いた。
山の神は酷だ。
さっきまでの星空が嘘のようなどしゃ降り。
ソッコーで荷物を抱きかかえて近くの公衆トイレに駆け込んだ。
まだ時間は0時。
つらすぎる……………
けっこう小奇麗で座るスペースくらいはあるこのトイレ。
風も入ってこないし、この状況ではまるで天国のような場所だ。
濡れた体でガタガタ震えながらホッカイロを握りしめる。
するとドアが開いた。
やば!!山小屋の人が追い出しにきたか!!
「オー!!シット!!ライクストーム!!」
入ってきたのは欧米人の兄さんだった。
やはりズブ濡れでガタガタ震えている。
まぁ1人くらいならまだスペースあるなと思っていると、おいおい、次から次へと入ってくる。
しかも全員外国人。
総勢12人の外国人にギチギチに取り囲まれ俺とM浦さん、居心地悪いことこの上ない。
さらに1時間ほどすると何やら外国人さんたちがざわつきはじめた。
1人の兄ちゃんがいきなりゲロを吐いて震えだした!!
顔色も尋常じゃない。
周りの外国人たちが英語で慌てふためく。
ケータイを持っていた白人の女の人が警察に電話をかける。
「ワタシノトモダチ、トテモキモチワルイ!!アー、エー、テノキモチガアリマセン!!」
必死で話してるけどどう聞いてもいたずら電話にしか聞こえない。
あー!!まどろっこしい!!
「M浦さん、僕山小屋行って人起こしてきます。」
「おう、行ってこい。ヘイ!!」
震える外国人に自分のホッカイロを差し出すM浦さん。
俺はドアを開け暴風の中に飛び出した。
よかった。
雨は止んでいるようだ。
暗闇の中、山小屋の明かりがついていた。
時間は夜中の3時。
日の出狙いの客のためにそろそろ開いてもいい時間だ。
「すみませーん!!」
ガラス戸の中で火を起こしてるおじさんがいた。
作業の手を止めず面倒臭そうにこっちを見る。
「高山病で低体温症になってる人がいるんですよー!!その人だけても暖取らせてやって下さーい!」
窓の外から大声で叫ぶ。
「あー?まだ開けられないよ。」
「はぁ!?今にも倒れそうなんですよ!!」
「まだ時間になってないから。8合目まで降りたら救護所あるから。」
な、なんて人だ…………
山での体調管理は自己責任ということか。
トイレに戻り事情を説明するとブチ切れてる外国人たち。
そりゃそうだ。
しかし20分くらいして他の外国人さんが小屋を見に行ったらいつの間にか開いており、震えていた兄さんも中に入ることができた。
知らせに来いよ……………
冷てぇなぁ。
10分が1時間にも感じられるような恐ろしく長い夜。
そしてついに4時。
トイレを出ると相変わらずの暴風だが、星空をおおっていた雲はすっかりなくなっていた。
あちこちに照明がともり、狭い山頂が人でごった返している。
みんな暖かい布団で寝てたんだなぁ。
展望広場のベンチに座るM浦さん。
「M浦さん、せっかくだからあっちの頂上から見ましょうよ。」
「あ……………ああ………………俺はいい……………行ってきなよ………………」
目の焦点が定まってななく、仔犬のようにぷるぷる震えている。
M浦さんを置いて俺1人で最後の丘の上に登り、座り込んでボーっと空の彼方を見つめる。
風でバッサバッサと乱れる髪。
黒い紙に火がつくようにじわじわとオレンジに染まりだす空と大地の境界線。
果てしなく広がる雲海。
すごい場所にいるんだな。
やがて空の彼方に真っ赤な太陽が顔を出した。
夜を切り裂き光の矢が放たれる。
体中にとりついた黒い影が風化していく。
すげぇ…………………
これがホントの夜明けか………………
そこら中から聞こえる万歳の合唱。
泣きじゃくってる若い女の子の姿もある。
バカらしいほど当たり前な自然の摂理にみんな何を感じているんだろう。
「M浦さん、すごかったですね。」
「あ………………ああ………………そんなこといいから早く帰ろう。」
まったく目の焦点が合ってない。
絶対日の出見てなかったやん……………
死にかけているM浦さんにちょっと待ってもらい、ミッションを済ませるため広場でギターケースを開いた。
日本一高いとこで歌う。
陳腐な発想だと言うやつは言えばいい!!
思いっきり息を吸い込んで歌った。
が、気圧が違うせいかギターの音狂いまくり。
暴風やかましすぎ。
寒すぎ。
高山病で頭痛ひどすぎ。
きつ………………
2曲歌い、人が集まってきたところで限界がきて立ち上がった。
「すみません!!もう無理です!!」
写真撮ってくださいという人たちと何枚か写真を撮り、ギターを片付けたら、さぁ下りだ。
とっとと山を下っていく。
これでゆっくり寝られる!!飯が食える!!
そう思うと不思議と力が湧いてきた。
M浦さんもさっきまでの死にかけが嘘のような体捌きで、降りている人達をゴボウ抜きで俺を置いてあっという間に見えなくなった。
早すぎる……………
さっきまで死人みたいだったのに……………
水分も食料も底をついてる。
早く降りてすき屋で牛丼豚汁セット大盛食うぞおおおおおおおお!!!!!
しかしこの後、大きな落とし穴があったとは…………………………
だいぶ下ったところにあった山小屋で最後の休憩をした。
いいペースですねー、と2人で笑う。
「いやー、ごぼう抜きでしたね。この調子なら10時くらいには車に着きそうですね。」
「………………なぁカネヤン、お前ここの小屋覚えてる?」
「………………はい?」
見渡してみると、確かに登ってきた時にこの雰囲気の山小屋はなかったような…………………
な、なにか嫌な予感……………
小屋の人に聞いてみた。
「えー!!あー、かわいそうに。こっちは須走口だよ。馬返口に降りるならこっから1時間半ほど上に分岐があったんだわ。」
……………………………
その時の俺達の絶望にうちひしがれた顔…………………
い、1時間半………………
あまりの疲労に笑う体力もない。
眼下には素晴らしい景色。
しかし逆にその素晴らしさが、現在地が地上からあまりにも離れたところという状況を思い知らせてきて力が抜ける。
どうしようもないのでまた登りはじめたが、もうマジで体に力が入らない。
だめ………………
死にそう…………………
それから数時間。
13時半。
助手席でマジギレしてるM浦さん。
「いやーM浦さん、一生忘れられない思い出になりましたね。」
「金丸への怨みも一生忘れない………………」
全身疲労でバッキバキになってるんだけど、ナチュラルハイすぎて眠気なんて微塵もないままアクセルを踏む。
そうして夜にはM浦さんを三重まで送り届けた。
「さ、M浦さん、飲みますか?」
「俺はもう寝る!!旅なめんなよ!!」
M浦さんとの東海道珍道中はこれにて終了。
はちゃめちゃな数日だったけど、富士山1合目から制覇の日本で1番高い場所でのゲリラライブというミッションもクリアーできた。
さ、長野の続きに戻るぞ。
ああああああああああああ!!!!
疲れたああああああああああああああああああああ!!!!!!!
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