2006年7月24日 【北海道】
中田さんちの奥の間で柔らかい布団の中、目を覚ました。
よし!!
今日は忙しいぞ!!
今回の来道の目的は和太鼓グループ『志多ら』の公演を観るため。
4ヵ月前に志多らと出会い、「もっと演奏できる場所を探している」という彼らの公演を富良野で出来ないか?と中田のおじさんに相談したのが始まりだ。
おじさんは顔も何も知らない志多らサイドと連絡を取り合ってくれ、時に俺が間に入り話を進めた。
興行のボスなんてやったことのないおじさんだったが、長年の人生経験と役所勤めという職業柄で、見事なまでに完璧に準備を整えてくれている。
実行委員会のメンバーである大工の山田親方、スイカ組合のボスである福永さん、富良野和太鼓グループ『弥栄太鼓』会長の高橋さん、そして新プリンスホテルの営業マンの鴇田君。
他にも富良野で知り合った方達に声をかけ、みなさんの努力により現段階でチケットの売れ行きは300枚を越えている。
志多らへのギャラ、メンバーのアゴ、アシ、マクラ、懇親会の飲食代。
すべてをクリアーする金額まであともう少し。
「もしチケットの売り上げで足りなかったらおじさんが出してやるー。乗った舟なんだから最後まで面倒みてやるから心配するなぁ。ハハハー。」
そこまで言ってくれる中田のおじさんに自腹切るなんて絶対にさせない。
本番まであと2日。
俺もとにかく足を使って挨拶回りだ。
ヒロちゃんから借りた自転車のカゴに、羽田空港で買ったお土産を突っ込んでペダルを踏む。
いい天気だ。
富良野の広すぎる空の下、心地よい冷たさの風を切る。
ペンション『ラベンダー』、カフェ『野良窯』、フクシカメラ、山中さん、北さん……………広大な畑の中を自転車をこぎ、挨拶と一緒に公演のチラシを配りまくる。
富良野を出てから1年間、食べたくて食べたくて一度たりとも舌から消えることのなかったあの味噌ラーメンを食べに千石食堂へ。
「あれーーー!!久しぶりーー!!!」
「なんだおめー!!まだ富良野いたのか!?はっはっは!!ホラ座れ!!」
みんなみんな笑顔で両手を広げ歓迎してくれる。
絵画の中のような風景、ささやかな生活、なんて人間らしく生きられる土地なんだろう。
そしてなんて創造にあふれた町なんだろう。
改めて富良野の魅力にとりつかれるよ。
味噌ラーメン土下座するほど美味しい!!!
18時半になり、富良野のバンドマンたちがいつも練習をしているスタジオにやってきた。
玄関を入るとバスドラの音が聴こえる。
奥の重い扉を開けると中学生の女の子バンドが練習しているところだった。
そこに大きな声で怒鳴り散らして指導している髪の毛が腰まであるおじさん。
「磯江さん!!」
「ん?………………おー!!久しぶりー!!」
富良野を代表するメタルバンド、ブラストジェイルのフロントマン、磯江さんだ。
富良野は実はバンド人口が結構多い。
ベテランのおじさんたちがまだまだ現役でバリバリなので、そんな先輩たちが機材を提供してくれており、きちんと申し込めば高校生でも無料で音が出せるのだ。
初心者でもいい楽器を貸してもらえ、マーシャルで爆音を出せ、ジルジャンを叩ける。
金のない学生バンドにとってなんていい環境なんだろう。
これで上手くならなかったらウソだよな。
「ヴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!」
ブラストジェイルやっぱカッコいい!!
しばらく見学させてもらいチラシを配り、次に保健センターへ。
今日は実行委員会による最後の打ち合わせだ。
自転車をかっ飛ばし、20時に会議室に到着。
テーブルにはあの懐かしい山田親方。
みんなに挨拶して席につき、チケットの売上状況の決算書に目を通す。
さすがは中田のおじさん。
書類づくりがうますぎる。
すごくわかりやすい。
21時に打ち合わせを終え、福永さんの車に自転車ごと乗っけてもらい、中田さんちに送ってもらった。
中田さんちに帰ると、用意されていたのはお寿司。
うひょーーーい!!!
うますぎるーーー!!!!
しばらくみんなでワイワイやってから、今夜も暖かい布団で寝かせてもらった。
翌日。
今日も朝から自転車にまたがり行動開始!!
まずはかつてのバイト先、新プリンスホテルからだ。
懐かしのロビーに入ると見慣れた顔ぶれが揃っていた。
「あれー?何してるの?」
「あ!!金丸君!?」
「お、今度ホテルでライブしなよ。」
俺のこと覚えてくれていたみんなが声をかけてくれる。
広い窓には青々とした緑の芝生。
俺がバイトしていたころは毎日毎日白銀の世界だったよな。
あー、懐かしい。
それから坂道を滑り降り、車のことでめちゃくちゃお世話になった総島自動車にやってきた。
「おう!!あのポンコツまだ動いてるか!?ガハハ!!」
相変わらず豪快な総島さん。
「なんだー!?この太鼓グループ、中田さんから聞いてたけどお前が呼んだのか!?もっと早く言えやー!50枚くらい簡単にさばいてやったのによー!!電話1本で『10枚つき合ってくれんかい?』ですぐつき合ってくれる社長さんいっぱいいるんだぞ?俺もつき合いでよく券買うんだよ。たいがい行かねーけどな!!ガハハハハ!!」
今日も千石食堂で昼飯を食べようとチリンチリン走っていると、目の前に1台の車が飛び出してきた。
なんだ?!
「金丸さん!!メシ行きましょうか!!」
新プリンスホテルの鴇田君だ!!
礼儀正しく元気で明るい。
ノリもいいし酒も強いという営業マンの鏡のような彼。
一緒に千石でメシを食べ、穫れたてのメロンをごちそうになった。
「僕時間あるんで乗せていきますよ。」
営業の外回り中だった鴇田君。
というわけで一緒に山部に向かう。
1年前、苦心して作り上げたあの旅人バスの様子を見に行こう。
青空と緑が輝く太陽の下、山部に向け走る。
どんな風になっているだろう。
ボロボロに荒らされていないだろうか?
変なホームレスが住みついていないだろうか?
ドキドキしながら懐かしの角を曲がり、緑豊かな森の前に着いた。
そこには山部の自然にピタリと馴染んでいる旅人情報交換所があった。
予想以上にきれいに手入れされている外観。
中をのぞくと多少物が増えているけれどもきちんと整頓されている。
壁の旅情報の書きこみも、雑記ノートの記入もかなり増えている。
ここを訪れた色んなライダーさんによる、『バスがいつまでも残りますように。』というメッセージに胸が熱くなる。
最近では山部地区の商工会のホームページに山部の名所の1つとして紹介されているし、ちゃんと地元にも受け入れられているようだ。
ドラマ『北の国から』のロケセットで富良野を代表する名所になっている『拾ってきた家』は有名だが、旅人の間ではこのバスは『拾ってきたライダーハウス』としてひそかに浸透してきてるらしい。
「おーい、あんちゃん。やーっと帰ってきたなー。もう帰さんからな!!へへへ。」
やってきたのは地主の佐藤さん。
体を壊したと聞いていたが、どうやら元気そうだ。
「あんまりお客さん来ないぞあんちゃん。金入れていかないやつもいるし。」
利用料は相変わらず寸志制。
なので寄付金ボックスにお金を入れてくれる人もいれば入れない人もいる。
佐藤さんのもどかしい気持ちもわかる。
でも2シーズン目に入り、確実に口コミで広がってきている。
3年目、4年目になったらきっとたくさんの旅人たちでにぎわうようになっているはずだ。
俺はここは旅人たちにとっての『穴場』であって欲しいと思っている。
連日お客さんでワイワイにぎわっているのもたしかに楽しいだろうし、佐藤さんの収入も上がるだろう。
しかしただの観光地になってしまったら本当に貧乏な旅人が泊まれなくなったり、くつろげなくなってしまう。
そうなったら最初の俺の想いから外れてしまう。
ビジネスライクになれば佐藤さん1人ではきついところも出てくるだろう。
なるべく周りに干渉されず、豊かな自然の中でゆっくりと自分を見つめられる場所。
それが最初の趣旨だ。
俺がかつて鹿児島のトカラ列島、宝島の荒涼とした海岸でキャンピングカーの中夜をすごした、あの時の雰囲気を再現したい。
佐藤さんもそこは理解してくれていて、なるべく泊まっている人にベッタリにならないように放っておいてくれているようだ。
しかし土地を貸してくれている佐藤さんとしてはもっと賑わうことを望んでいる。
んー、悩む………………
バスの裏を見てみると、佐藤さんがどこからか持ってきたゴエモン風呂の釜が4~5個置いてあり、何人かのライダーさんが薪を焚いて利用していっているようだ。
山部には風呂屋がない。
このあたりはキャンパー・ライダーだけでなく芦別岳への一般の登山客も多いので風呂に入れるということはすごくありがたいことだ。
帰るまでにキチンとした風呂場、そして雨の日用の車庫を作ってしまいたいな。
「いつでもいいから手が空いたらまた来てくれー。」
佐藤さんいつもありがとうございます。
バスの中にある寄付金ボックスに、ポケットの中の小銭を全部入れた。
「金丸さん、ロープウェーって乗りました?」
十勝岳のすそ野から、麓郷、富良野盆地まですべてを一望できる新プリンスホテルのロープウェーは、富良野に来たなら必ず乗っとくべき観光ポイントだが、俺はまだ乗っていない。
「行きましょうか。モチ僕の顔で。」
「時間大丈夫やと?」
「いーんですよ。これも営業のうちです。」
そして鴇田君の顔パスでゴンドラに乗りこむ。
結構なスピードで高度を上げていく。
うおおおおおおお!!!!
すげえええええええええ!!!!!!
もう信じられねーよ、北海道。
そして富良野。
ここに住んでる人達はこれが普通の光景。
東京はあんなにも落ちつかないし、大阪はあんなにもゴミゴミしている。
なんて美しい町なんだ、富良野。
地上に降りると15時を回っていた。
そろそろ『志多ら』のメンバーが富良野に到着するころだ。
中田のおじさんが押さえてくれているペンションに向かう。
すると駐車場に見覚えのあるトラックが止まっていた。
荷物を降ろしているの懐かしい面々。
「おーい!!久しぶりー!!」
「おー!!金丸君ー!!」
「元気にしてたー!!?」
弾ける笑顔で再会したのは愛知以来の志多らメンバーたち。
愛知の山の中で出会って、次が北海道の富良野だなんて面白すぎるよ。
こんな大人数のグループが俺からの紹介でここまで来てくれたことが誇らしくもあり、責任重大だ。
中田さんたちもやってきて、初対面の挨拶を交わす。
荷物を降ろし終えると、みんなウキウキでハイヤーに乗りこみ富良野観光に出かけていった。
俺はそれから鴇田君がパーソナリティを勤めるFMラジオ富良野のスタジオに行き、20分ほど明日の公演の宣伝をしゃべりまくり、スタジオを出たら急いでチャリンコで中田さんちに戻った。
シャワーを借りて身支度をし、おじさんと一緒にさっきのペンションにやってきた。
今日は実行委員と志多らメンバーの初顔合わせを兼ねた懇親会だ。
居酒屋の2階で総勢19名で乾杯。
1人1人自己紹介をし、大いに飲み、大いに食べた。
やはりこういう時の仕切りをさせても中田のおじさんは見事。
まとめ方カンペキ、段取りカンペキ。
貫禄があるからそれだけでメンバーも安心感を覚えてくれているようだ。
「それじゃ2次会行く人は外出てー。」
12~13人で富良野のささやかな飲み屋街に繰り出し、スナックでまたもどんちゃん騒ぎ。
もちろんこの飲み会費、さっきのハイヤー料金もチケットの売上げでまかなっている。
「石川君、タバコ買いに行くからつきあって。」
志多らの若手のエース、石川君。
彼は追っかけのファンがついているほどの男前だ。
クールな雰囲気だが実は結構イケイケなやつ。
2人で外を歩いているとどっかのスナックの女の子が店の前で電話をしているのを発見。
すかさず話しかける石川君。
やるな!!
2次会も終わりみんな帰っていくが、若い衆はまだまだ元気。
『志多ら』の石川君、吉田君、富岡君、そして鴇田君と俺でさっきの女の子のお店に行くことに。
「ん?お前らみゆきママのとこに行くのか?よし、俺の名前出したらいいからな。」
そう言ってくれたのは実行委員の福永さん。
5人でスナックで馬鹿みたいに飲んだくれ、帰るときに福永さんのことを言ったら、すでに連絡が入っていて福永さんのおごりになった。
ふ、福永さん、大人すぎる!!!!
ありがとうございます!!
ご馳走様です!!!!
まだまだこれから、と言いたいところだけど、さすがに明日があるので0時くらいで引き上げた。
街灯に照らされる夜の富良野。
アスファルトに雪はない。
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