2006年4月14日 【岐阜県】
「おー、元気にしとったか!?」
待ち合わせ場所に登場したのは、前回この飛騨高山にやってきた時にお世話になった日野龍平さんだった。
まぁ久しぶりといってもまだ1ヶ月も経ってないんだけど。
黒く焼けた肌に豪快な笑顔が眩しい人だ。
「今日は金丸君のためにみんな集まってるでのー。どーらー楽しみにしとるでぇ。」
まずは日野さんの家に行き、そこでオールバックのどう見てもカタギには見えない尾上社長と合流し、3人で高山の街にくりだした。
市内に入ると町のあっちこっちに規制がかかっていてすごい人ゴミだ。
町中が沸き立っているような活気。
そう、今日は天下の美祭、高山祭りの夜。
こいつを見るために深い山を越えて高山までやってきたのだ。
むせ返る熱気の中、ネオン街に行き、あの優しいママの店『花希』に入る。
「あらー!!久しぶりー!!待っとったでやぁー!!」
バッチリメイクのママと数人の女の人が笑顔で迎えてくれた。
ありがたいことに、今夜はこれからここで宴会をしてくれることになっている。
この前知り合ったばかりの俺のためにこんなことしてくれるなんて恐縮すぎる………
とりあえずまだ少し時間があるので、軽く挨拶をすませて、1人で店を出た。
先に夜祭を見ておくぞ。
メインストリートの商店街にはテキヤの出店が連なり、地元の子供たちがはしゃぎまわっている。
観光客の中には外国人の姿も多いな。
さすがは天下の美祭だ。
人だかりができている方に行くと、群がる群衆の頭越しに巨大な屋台が見えた。
赤提灯を無数にぶらさげた屋台には絢爛豪華な彫刻、装飾が施されており、獅子舞や侍行列を引き連れてゆっくりと進んでいく。
太鼓神楽の鼓手もまるで野球のピッチャーかのように思いっきりバチを振りかぶって叩きつけている。
「待ってましたー!!日本イチー!!」
威勢のいい掛け声が人垣の中から飛び出す。
やっぱり祭りはいいなぁ。
みんなが待っているので、1時間も見ずにすぐ『花希』に戻る。
店のドアを開けると、すでにかなりの人数が待ち構えてくれていた。
さぁ、飲みまくりの食べまくりだ!!
ママが気合いを入れて用意してくれていた飛騨牛のタタキが運ばれてきた。
うますぎるー!!
俺もお土産で福井の地酒『黒龍』を持ってきている。
龍平さんと龍繋がりで持ってこようって決めてたんだよな。
すごく喜んでくれてホッとした。
「よっしゃ!!じゃあそろそろやってくれや!!」
龍平さんが「すっごいから!!」とみんなの期待を膨らませまくっていたのは、
そう俺の歌ですよね…………
緊張したけど全力で数曲歌った。
「よし!!じゃあワイたちからもめでたやるでぇ!!」
「それがいいわ!!」
めでた?
何だそれ?
すると今まで好きな態勢で飲んでたみんなが姿勢を正しだした。
次の瞬間、日野さんの野太い歌声が店内に響いた。
合わせて全員がもみ手の手拍子をつけながらその民謡を慣れた節回しで合唱。
おじちゃんおばちゃんから若いカップルまでがいつものことのように歌っている。
民謡の郷愁を誘う節回しに飛騨の森が目に浮かぶ…………
「これはなぁ、飛騨の材木を水運で出す際に、無事に港に着いてくれっていう願をかけて謡う唄なんでぇ。金丸君も無事にゴールするんだでぇ。あとな、飛騨のならわしでは宴席でこの唄やったらそっからは無礼講ってなるもんでぇ。ほら飲め!!」
酒を一気にあおった。
うまい!!
こりゃ絶対明日も二日酔いだな…………
「私ら3Kって言われてるんだからー!!」
「キツい、キレイ、汚いがあんた。」
「何言ってんだー!!どーらー失礼だでー!!あんたのオッパイなんて腹の肉もってきてるだけだー!!ねぇ金丸ちゃん。」
「あ!!アンタ何金丸君の手握ってんだやぁ!!ギター弾けなくなるでやぁ!!」
「そうよ!!何十年ぶりに男の子の手握って!!」
「いいの!!ね、金丸ちゃん。」
「あ…………手そろそろいいですか…………?」
「ヒャアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「ウヒョヒョ!!!ウヒョヒョヒョ!!!!」
けい子さんレイ子さんえり子さんの3Kトリオのマシンガンのようなお喋りが面白すぎてみんな悶絶するほど大爆笑。
「よし、金丸君、いいとこ行こうか。」
宴席の最中なんだけど、今度結婚するというお兄さんと婚約者のお姉さんと3人で外に出た。
ネオン街の中を歩いていき、飲み屋通りのちょうど真ん中くらいにある1軒のお店に入った。
うわっ!!
なんだこれ!?
店の中がいきなり弓矢の道場になっている!!
「半弓っていって高山の名物だで。ハマるよ。」
弓矢て!!!!
なんでこんなもんが飲み屋街のど真ん中に!!!
飲みに出た時のストレス発散なのかな。
10本200円を払い、イスに座って弓をひく。
祭りみたいに高得点だったら賞品、なんてもんはなく、70点以上とるとランキング表に名前が載るというだけ。
高山の人にとってはちょっとしたステイタスなんだろうな。
今までの最高得点は白川さんって方の98点。
10本中9本を真ん中に当てる!?
すげすぎ!!!!
「絶対ムリですよー。」
「あ、その隣の方が白川さんよ。」
「えっ!!」
ちょうど居合わせた達人に手ほどきしてもらうが、まったく当たらない。
でも最後の1本だけ8点枠に命中!!
気持ちいい!!
いやー、これ考えたら馬に乗って射る流鏑馬って相当難しいな。
戦国時代の人なら何点とるかな。
ネオン街に弓矢の娯楽。
歴史が色濃く残る高山ならではの名物だ。
『花希』に戻ってからまたひとしきり笑い転げ、今度は日野さんと尾上社長と3人で高山一の高級クラブにやってきた。
うおー、すげー。
こんなに全員美人なお店見たことないぞ。
接客も完璧だし、さすがそこらのバカギャルの安スナックとはわけが違う。
「今なぁ、日野ハウスっていう施設作ろうとしてるんだ。」
日野さん、尾上社長を中心として何やらすごいことを進行中だというお2人。
詳しくは聞かなかったが、コンセプトとしては強い者だけが生き残れるこのすでに沈みかけている日本で、1人でも多くの弱者を救済しようというものらしい。
私財を投げ打って児童施設に寄付をしたり、助けを求めている人を救おうと日夜努力している団体がすでに日本にはたくさんあるという。
日野さん尾上社長も今は少ない有志団体だが、それぞれが資金を持ちより、援助などは一切受けないで行動を起こそうとしているところらしい。
すげー……………
そんな話しをしている時だった。
お店の女の人が急に真面目な顔になって詰め寄ってきた。
「現場ちゃんと見てるの?私は見てきた。病気になってもほったらかされている子供や、不充分な医療、自殺していく人たち。現場はそんなに甘いもんやないよ。」
え?
な、なんだこのホステスさん?
何をいきなりこんな急に喧嘩腰になってるんだ?
「甘くないからって何もせんかったら1人も救えんだで!!」
白熱する討論。
世の中必要以上の金はいらん、世のため人のために何かできるんやったらせにゃいかん!!と熱弁する日野さん尾上社長に、あくまでクールな態度の女の人。
よっぽど辛い現実を見てきたんだろう。
普通に生活してきた俺はそんな世界を体験したこともないし、ほとんどどういうものなのかも知らない。
「金丸君はどう思う?」
「んー、確かに僕はそういう世界を知らないです。触れる機会もなかったので。」
「平和な世界で生きてきたんやね。」
汚いものでも見るかのように冷たく一瞥されてしまった。
……………は?
なんだよ、それ。
だって知らないもん。
何不自由のない中流家庭で生きてきた俺の周りにはそういった現実はなかった。
だからといってそれを軽蔑するのはお門違いだろ?
俺もユイマールを回してもらっているんだ。
困っている人がいればできる範囲で救いたい。
それが人間やん。
そしてそういう俺みたいな人たちが世の大半だというのに、『辛いから』って言って拗ねて諦めて発信しなかったらなんにもならないやん。
日野さん、尾上社長、2人はすごいよ。
そしてすでに活動している方たちも。
俺は目の前に困っている人たちがいたら助ける。
でも多少なり見かえりを期待する。
しかし彼らは困っている人たちに見返りなく私財を投げ打つほどの覚悟がある。
この差は一体なんだ。
すさまじい信念だ。
飲み会の帰り、酔っ払った頭で考える。
悶々と考えが渦巻く。
きっと今日で俺の視野は少なからず広がったはずだ。
もっと目をこらして見えていなかった部分も意識し、そして見てみぬ振りをしてきた部分もしっかり受け止めるんだ。
救う心、優しい心、慈しむ心、人間は弱い生き物だ。
だから助け合う。
弱さを知ってるからこそ人に優しくできる。
頑張ってる人のことを何もかも知ったふりして馬鹿にするなんてめっちゃ貧しいよ。
知ってるんなら協力しようよ。
あー、やっぱり明日二日酔いだろうな………………
翌日。
「おはよう!!」
……………はっ!!
日野さんの威勢のいい声で一気に眠りから覚めた。
ここは日野さんのお宅の2階。
フカフカの布団で充分に睡眠をとることができた。
1階のリビングで爽やかな朝食をいただいた。
ゆうべ帰って来たのは深夜2時くらいだったか。
若干気持ちが悪い。
「金丸は日本中にコネクション持っとるでなぁ。意識してないだろうがそれはどーらーすごいことなんだからな。だもんでぇ、何かあったときは相談するでな。はっはっは!!」
もちろん日野さんは俺からの見返りを期待してもてなしをするような小さい人ではない。
だからこそ俺にできることで何かないかと思ってしまう。
このご恩、いつか必ずお返しします。
国道まで送ってくれた日野さんに別れの挨拶を告げる。
「これ持ってけ。頑張れよ。」
手に握らせてくれたのはなんと1万円札だった。
ちょ、ちょっと待ってください!!と遠慮する俺を残して颯爽と帰っていく車。
握りしめた拳が熱い。
さぁ、いくぞ。
高山市内にやってくると相変わらずすごい人出だった。
車をとめて歩いていくと、動く陽明門と賞賛される美しい彫刻のほどこされた屋台が陣屋前に集結している。
すさまじい群集がそれらを取り囲んでいるのは、今まさに祭り最大の見せ場、からくり人形の上演の最中だからだ。
屋台の上部から飛び出した梁の上で、からくり人形がキリキリ、ジタバタと怪しく動いている。
普通に怖ぇ。
雨が降ってきたせいで屋台が一時小屋に戻ってくれたおかげで、高山祭りの写真のベストアングル、えびす橋から狙う中橋を渡る屋台をとらえることができた。
これで橋のたもとにある桜が咲いていれば言うことないんだが、祭りの時期に桜が咲くのはめったにないとのこと。
もし重なればめちゃくちゃラッキーなんだって。
さてさて、一通り満喫したので、高山はこれで終了だ。
車に乗りこみ、中山七里の渓谷美と満開の桜に見とれつつ一気に岐阜市まで戻ってきた。
よっしゃ路上やるぞ!!
雨は降っているが、それは想定内。
岐阜市のネオン街、柳瀬はアーケードの飲み屋街だ。
天気まで計算して街を選べるようになってきたんだから俺もだいぶこの辺りの土地に詳しくなったもんだ。
いつもの場所で歌い、なんとか6000円までいくことができた。
夜がふけて誰もいなくなった頃、歌ってる目の前で全力で踊りまくっていたフットルースなお兄さんが飲みに連れて行ってくれた。
「bottoms up」ってとこと、もう1軒は名前覚えてない。
ていうか兄さんの名前も聞いてない。
外国人ばっかりのバーで、そこでも歌を歌い、あんまり聞いてもらえなくてげんなりしてると、あいつらバカだよ!!と怒っていた兄さん。
店を出て、明るくなった朝の街を歩き、交差点で兄さんと別れた。
「君カッコいいよ。サイコーだぜ?」
上着を肩にかけてクールに歩いていった柳ヶ瀬のケビンベーコン。
お酒ご馳走様でした。
車に戻って日記を書いていると、ここ最近毎日のようにかかってくる電話が鳴る。
こんな朝に誰だよ…………?
もちろん相手は田辺のマユミさんだ。
ここところずっととんでもないことになっていたんだけど、2日前にミキさんが失踪して行方がわからなくなっているという終わった状況。
昨日も、どこに行ったかわからへんねん……………というマユミさんの話しを聞いていたのだが、やはり今日もまだ見つかっていないようだ。
ミキさんは夜の店で働いていたんだけど、店にももちろん連絡はなく、マネージャーや店長が怒りまくっているらしい。
「もう、あのコのこと何も信じられへんわ…………」
色々ありすぎて大変なのはわかるけど行方くわらますて……………
何か協力できることあったらしようと思っていたけどさ………………
こんなに周りに心配かけまくって、もう何考えてんだよ。
田辺でのあの日々がマジでボロボロだわ。