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日本屈指の聖域、高野山に突撃!!








2006年3月12日 【和歌山県】





「じゃあねー。」



「元気でやりよしー。」



数日間、お世話になったミキさんマユミさんの部屋を出て、手を振って車を走らせた。


そして途中にあったコインランドリーにカズさんを降ろしたら一気に北に向けてアクセルを踏んだ。



田辺いい町だったな。


やっと、やっと先に進めるよ。











海岸線をガンガン北上し、湯浅から山に入り、ひたすら奥地へと車を走らせる。


しばらくハンドルを切っていると霧が立ち込め始めた。


白い霧が視界を遮る深山幽谷の森の中、グニャグニャと伸びる道。


まるで違う世界に向かっているかのような錯覚。


今日俺はどこに辿り着くんだろう。









17時を過ぎた頃、霧の中に看板が現れた。



『高野山 宿坊案内』



やってきたのは日本最大の宗教都市、高野山。


弘法大師空海が開いた真言密教の本拠地で、仏教の聖地だ。





森しかなかった山の中、先に進んでいくと、やがて建物が増えてきた。


な、なんじゃこりゃ?


町の中、いたるところに巨大なお寺だらけ!!



驚いたのはここが普通の町になっていること。


寺がありすぎて人口が多くて町になってる。


コンビニでは若い坊さんたちが漫画を立ち読みしたり、ケータイで喋ったりしている。


マジでお坊さんのための町だ。









やがて夜が訪れ、ひと気がなくなったのを見計らって、適当にそこらへんの寺の境内に入ってみた。


夜のお寺ってあんまり入ったことないもんな。


山の静寂がピンと張り詰めていて、すごく厳粛な空気だ。






真っ暗な境内にうずくまる巨大なお堂の数々。


燈籠の明かりを頼りに歩く。


霧雨が降っていて燈籠の明かりが丸く滲んでいる。









その時、ふと木々の向こうに光る巨大な塔が見えた。



うわ…………なんだこれ…………





朱塗りの塔の目の前に立ち尽くす。


あまりに巨大で、自分がとてつもなく儚い存在に思えた。



この無音の山の中に、頭を剃り上げた仏に仕える人間が無数にいる。

これが東京なんかと同じ世界とは思えないほどの神聖さ。


闇に霧が波打ち、巨木が静かにざわめく。



なんてこった。

ここも日本の町の1つだ。














翌日。










寒い…………






寒いよ……………







うぅ、寒すぎる………………








……………………はっ!!






目が覚めたら車の中が暗い!!!!



な、なんだこれ!?!?



もう朝なのに暗い!!!!



外が見えない!!



なんだ!?




軽くパニックになりながらよく見たら、ガラスに雪が積もって光が遮られ車の中が真っ暗になっていた。


ぬおおお…………車が雪に埋もれてるやん…………


こりゃ寒いわ。










朝7時に車を降り、スキーウェアに長靴という富良野で着ていたファッションに身を包んで雪の駐車場を歩き出した。


まずは奥の院からだ。



弘法大師空海。


お大師さんと言ったほうがわかりやすいかな。


平安初期、今から1200年前に中国、当時の唐に渡り、仏教の中でも奥地の部分とされる真言密教について学ぶ。


2年の修行の後、帰国する際に中国側から日本に向け独鈷を投げた空海。


そして日本に無事戻り、布教の拠点とする霊山を探している時、とある山で中国から投げた独鈷を見つける。


これが高野山誕生の逸話だ。





それにしても日本中、1県に1ヵ所は絶対あるんじゃないかな。

空海ゆかりの名所が。


とにかくロックの歴史でエルビスが欠かせないように、空海は日本の歴史上絶対にはずせないビッグネームだ。




その空海の御廟、つまりお墓があるのが、この高野山の中でも聖域中の聖域となっている奥の院。


降り積もったばかりの雪が木々の間に道を浮かび上がらせている。













鬱蒼と繁る杉木立の足元に、夥しい数の墓石や慰霊碑が並んでいる。


これらは20万基以上あるといわれていて、個人の墓だけでなく、有名な会社の慰霊碑とかもある。


グリコ、UCC、もちろん第二次大戦に関するありとあらゆる慰霊碑も。




おおおおお!!!



いきなりビッグネーム、親鸞の墓!!!



親鸞て!!!!


歴史上の人物すぎる!!!



実際に墓があるってことがその人が実在したということを物語っていて、めっちゃ感動する。



墓石の文字を見ていると、次から次へと飛び出す有名人のオンパレードに目を疑わずにはいられない。


法然上人、前田利家、豊臣秀吉、明智光秀、石田光成………………




マジかよこれ。


日本の歴史に名を刻む偉人たちがこんなにもここに祀られてるのか。


いかにこの高野山が常に日本人の心の拠り所であったかがうかがえる。


あ、織田信長もある。










そんな鬼太郎状態の墓場の中を2キロも歩き続けると、小さな橋が現れる。




御廟橋といい、ここから先は撮影・飲食は一切禁止。


そして内緒。


というかあの神聖な感覚は俺の文章力では説明不可能。


ただ、伊勢神宮よりもはるかに震えたことは確かだった。




空海のお墓の前に立ち尽くす。


お大師様、あなたが生きた時代から1200年経って今こうして僕はあなたの前にいます。



命すごいわ。










高野山内には、1つあればその県の目玉の名所になり得るだけの名刹・古刹が100以上ある。


とてもじゃないが全部は見切れないので外せない場所だけ回るとしよう。



















苅萱堂、徳川家霊台をさっさと見て、町からかなり外れたところになる女人堂へ。



高野山はその昔は女人禁制の山だったんだそうだ。


女の人は女人道という険しい山道を通り、遠くから大師の御廟を拝し、この女人堂にこもっていたという。





それからメインの金剛峯寺。





全国高野山真言宗3600ヵ寺の総本山で、高野山で1番格式の高いお寺だ。


というか正式には高野山自体が金剛峯寺という1つの寺なんだそうだ。


山口組の本家みたいなもんか。




毎日、日本中からうなるほど上納金がまいこむ一大企業だけに、お堂もさすがの貫禄。


雪がしんしんと降りしきる中、主殿内に入ると、狩野派の超有名絵師たちによる襖絵や、日本最大の石庭などがあり、これで拝観500円は安い。






ゆうべ霧の中迷い込んだ壇上伽藍は、お大師さんが高野山に最初に開いた場所らしい。


高野山はパーキングもほぼ無料だし、拝観タダのところが多い。


鎌倉みたいに商売っ気のないところがいいよな。



国宝の不動堂ではそのあまりの存在感になんか頭が混乱しそうになってしまった。


高野山の寺宝を保護収蔵している霊宝館は600円。






寺巡りでお腹が空いたらお昼ご飯へ。


高野山での昼飯は中華料理『ミッチー』がオススメ!!!





さぁまだまだ行くぞー!!


次は金剛三昧院!!!


源頼朝の菩提を弔うために北条政子が建てたこの寺。


鎌倉初期の創建時の姿を今に残しており、国宝に指定されている。


それが無料で拝観できる。


ナイス。

ていうか鎌倉時代の建物が今この時代にもあるて!!!


改めて日本の歴史すげぇ!!!








最後に山の総門となっている重文の大門へ。


奥の院から大門って順序が逆になってしまったけどそれもまたいいだろう。



誰もいない中、1人で必死になってセルフタイマーで写真を撮っていると、画角に入らないようわざわざ気を遣って陰に隠れてくれている人がいた。


あ、こんな寒い中で全然観光客いなかったけど、やっと他の人見かけた。



目が合った。




「クスクス。撮りましょうか?」



「あ、えーっと、大丈夫です。慣れてますから。僕こそ撮りましょうか?」



「じゃぁお願いします。」




1人でいたこの女の人。

そういえば彼女、今日1日色んなお寺で見かけたな。






「東京から1人旅です。よく1人で行くんですよ。」



親しげに話してくれる彼女。


落ち着いた雰囲気が何か秘めたものを感じさせる。

聞くと創作ダンスをしている方だった。



「宿坊はいいですよ。」



高野山117寺院のうち53ヵ寺が宿坊をやっていて、基本1泊2食で9500円から。


お堂の小さな部屋で肉・魚を使わない精進料理を食べ、般若心経の写経をし、朝はお坊さんたちの勤行に同席し、住職の法話も受けることができる。


仏教の世界を少しでも体感するためにはうってつけだろうが、俺は四国でお遍路をする予定だからその時にいくらでも寺には泊まれるだろう。



上品な中島晶子さん。

素敵な人だったな。


いつかまたどっかのステージでお会いできる日がくるかな。








いい出会いがあったなと思いつつ車に戻り、クネクネの山を降りていく。

やっぱ女性は知的で品があり愛想がいい人が理想的だよなぁ。


そんなことを考えつつ紀伊川まで出てきた。





4月上旬くらいに満開という安楽川の桃源郷は、一目百万本といわれるほどに一面ピンク色に染まる見事さだという。


暖かい春とともにピンクに染まる町。


美しい町だな。





空海亡き後の高野山のビッグネーム、興教大師が山を降りて創建した根来寺もなかなかのものだった。




時間も遅かったので境内には入れなかったが、外からでも十分見られる巨大な国宝の塔は圧巻のたたずまい。


柵の外からしばし見入っていた。









そうして和歌山市内に入った頃にはすっかり夜になっていた。


前回の和歌山の路上で色々とお世話になった割烹屋さんに挨拶に行ってみた。



「おー!!この前歌ってた!!よし!!これ食えっ!!」



ラーメンを注文すると、サービスでユッケ丼を出してくれた大将。




全部超うめぇ…………


従業員さんもみんないい方たちばかりだった。


『割烹 幸太郎』。


和歌山に行ったらここは外せないよ。











紀伊半島。


歴史の深い土地だった。



『人間どんなに成功しても失敗しても80年』



人類が誕生してから、膨大な年月の中で膨大な数の人間たちが思いわずらい、各々の人生観を抱きながら死んでいった。


いくら思い悩んでも銃で頭を撃ち抜かれればパア。




なぜ慎重になる必要がある。

なぜ人目を気にする。



どうせたったの80年ですべての責任から逃れられるというのに。



今目に映る世界はきっと自分が作り出した幻だ。


いや、そうのはず。


さぁ、先に進むぞ。




リアルタイムの双子との日常はこちらから





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