2006年3月4日 【和歌山県】
和歌山県1発目の夜は11000円だった。
新宮市っていう小さな町でやったんだけど、飲み屋街もささやかなもので、ちょっとした雑居ビルの前で歌ってなんとかこれだけ稼ぐことができた。
和歌山攻め、なかなかいい出だしだ。
翌日、いつものように日記を書きながら和歌山県のルートを決めていく。
観光地、名所、酒蔵、イベント、お祭り、いろんな要素を加味しながら考えていくこのルート決め。
なかなかベストのルートを決めるのは難しいんだけど、最近ではパッと地図を見ただけで大まかなルートが浮かび上がってくる。
和歌山県ってどんなとこなんだろうな。
今日はこれらの事務作業で時間がかかるので動かんとこうかなと思っていたんだけど、あんまり天気がよくて気持ちいいので1ヵ所だけ行くことにした。
海岸線をながめつつ走り、那智駅から山に入る。
目指すは熊野三山の1つ、那智だ。
全国に5000以上ある熊野神社の総本山である和歌山の熊野三山。
はるか昔から信仰を集め、やがて紀伊山地の深い山の中にいくつもの参道が形成された。
人々がぞろぞろと列をなして参道を歩く姿は蟻の熊野詣とまで言われたそうだ。
高野山、奈良の吉野にまでこの古道は繋がっており、国道から離れた森の中を通る信仰の道は、まるでお伽の国のように俗世離れした光景で、南紀伊の霊場と参詣道は平成16年に世界遺産にも登録された。
神社への登り口に大門坂という場所がある。
この大門坂も熊野古道のメインの1つだ。
樹齢800年クラスの杉がうっそうとそそり立つ中、苔むした石段が曲り、うねり、木々の向こうに見えなくなっている。
普通の観光客はみんな車道で一気に境内まで登っていくので、静かに歩くことができるのがいい。
30分で森を抜け、土産物通りへ出てきた。
ここからがいよいよ境内だ。
那智大社へ神妙にお参りをする。
うおー、これが日本を代表する超有名どころの神社かー………
俺はどの神社仏閣でもいつも5分以上は拝殿の前で感慨にふける。
だって感動的だから。
でも周りの人は賽銭投げて手を叩いたらさっさと帰っていく。
普通そんなもん。
宗教はごく日常的なものだ。
すぐ隣には青岸渡寺。
古めかしい立派なお寺がほぼ同じ境内の中にある。
普段は実感しないが、神仏融合の日本の独特な宗教観が垣間見られた。
寺の前が展望台になっていて、那智の宿坊などの社寺を一望できるのだが、その向こう側、なにやら山の緑の中に白い1本の線がスーっと垂れているのが見えた。
…………………あ!!!!
あれか!!
あれが日本3名瀑の最後の1つ、那智の滝だ!!!!
なんて神々しい姿だ…………
こいつは否が応でも期待が膨らむ。
急いで車道に出て、飛瀧神社の鳥居をくぐって森の中を突き進んでいく。
しばらくいくと木々が途切れ、滝の真下に出てきた。
ぐおおおおおおおあおおおおおあ!!!!!
ちょーーーーでけぇぇぇーーーーー!!!!
落差133メートルの筋が山を割るように垂直落下!!
古代から神の化身として崇められ、この飛瀧神社のご神体として祭られている。
自然の営みってすごすぎだよ。
東京のあのコンクリートジャングルはまったくの別世界だ。
いやぁ、こりゃ確かに3名瀑だわ
肩書きに恥じない荘厳さと規模。
しばらく堪能してから引き返し、大門坂を下って車に戻ると一気に俗世に戻ったようで何となく空気に淀んだものを感じた気がした。
それだけあの山一帯が清浄な空気に包まれていたということか。
那智、マジですごいわ。
霊場ってこのことって感じの神聖さだった。
それから温泉で有名な勝浦の港町にやってきた。
小さい町だが、船が入るためか結構飲み屋がある。
でも路上やるほどではないかなぁ。
公衆浴場の『はまゆ』に入り、結局新宮に戻って今日も路上。
だが人が少なすぎるのとあまりにも寒いのとで24時で退散。
でも6000円にはなったのはありがたかった。
最近、大きな街を離れて、田舎にある日本を代表するような神社仏閣をたくさん巡っていてよく思う。
人生一瞬。
80年の人生なんて宇宙の歴史からしたらミジンコだ。
誰もが老いさらばえ、誰もが死ぬ。
それは一瞬の火花だ。
ならば何を思い悩み、何を思いつめ、そしてなぜ生きてるうちに積み上げるんだろう。
どうせ死んだら全ては消えるのに。
この魂は何を望んでいるのか。
魂は解き放たれればまた違う世界に行って1からスタートするんじゃないのか。
だったらこの人生に固執することはない。
楽しむために、もっといろんなことをやって色んな人と関わろう。
やり残したことのある人生なんて絶対にいやだ。
ってそれもなんか宗教っぽいかな。
翌日。
今日は1発目に新宮市の熊野速玉大社にやってきた。
熊野三山の中で1番交通の便の良いところだが、その分神秘さには欠ける。
社宝の多さが売りで、国宝・重文の文化財が500円で見学できたのはお得だったな。
168号線で熊野川沿いに北上していく。
途中脇にそれ、百名瀑の桑の木滝に寄ってみた。
穴場ムードたっぷりのサバイバルな山道を歩いていく。
看板とかろくになかったからあんまりたいしたことないなかぁと思っていたが、これがどうして、盆栽のようにコンパクトながらも滝の魅力を凝縮したような名瀑が現れた。
ちょっと厳しい道のりなだけに秘められた幻の滝だ。
そこからもさらに熊野川を北上。
悠久の歴史を湛えた熊野川の緑色の流れの神秘さといったら、まるで黄泉の国にでも向かっているかのようだ。
そうして流れが川幅を狭め始めた頃に、熊野三山最後の1つにして最も位の高い本宮大社に到着した。
神聖な空気が凛と張りつめる社殿はさすがの風格。
ちょうど『正式参拝の儀』なるものをやっており、信者さんたちの不思議な踊りをしばらく見学することができた。
それにしても日本地図で紀伊半島を開いてるんだけど、車道が通ってるだけでもすごいような深い山なのに、その山並みの中をいくつもの細い道ともつかぬ参拝道がはりめぐらされているってんだからにわかに信じがたい。
現在も修行の道として実際に使われており、法螺貝を持った山伏たちが往く姿もまれに見られるという。
そんな話を聞いたら冒険心がムラムラ湧いてきて、どこか熊野古道の奥の方まで入っていってみることにした。
請川の古道入り口から民家の庭を通って山に踏み入る。
今16時半。
夕日がきれいだという目的地までは2時間弱。
車に戻るのは20時か。
歩き続ければ那智まで繋がっているというが、朝になってしまうのでそこまではしない。
帰りは真っ暗闇の山道になるだろうけど、まぁなんとかなるか。
別に石畳があるわけでもなく、何かの跡があるわけでもない。
ただの山道。
しかしだからこそ逆に古道らしい。
紅い夕日が山並みに沈んでいくのが木々の間から見える。
森の中を急いでかけぬけ、目的地の百間ぐらへ急ぐ。
1時間半後。
木々のトンネルを抜けた時、目の前に幾重もの山並みがうねる大樹海が見渡せる丘の上に出た。
すげぇ……………
そこにひっそりとたちつくす一体の小さなお地蔵さん。
何十年もあんたはここで風雨にさらされて夜を過ごしてきたんだな。
「お、こっちから来たんか。無茶しよるな、兄ちゃん。」
こんなとこ誰もいないだろうと思っていたのに、そこには先客のおじさんがいて、カメラを構えて夕日の写真を撮っていた。
「何や、戻るつもりやったんかい。残念やったなー、この先10分くらいで車止めるとこがあるんやで。」
なんだとおおおおおおおおお!!
そんなとこがあったのかーーー!!!
1時間半も歩いたのにーーーーー!!!!
まぁ歩いて損はないか。
おじさんいわく、この時間にここを狙うなんてセンスがいいな、とのこと。
ここは穴場で、古道の中でも1~2を争うビュースポットだという。
確かに素晴らしい景色だった。
体にへばりついた煩悩や未熟な垢が剥がれ落ちていくようだった。
夕日を堪能し、戻りはおじさんの車でファントムまで送ってもらった。
いやー、熊野古道って古い人間の遺跡ではあるけども、これって宗教遺跡なんだよなぁ。
考えれば考えるほど宗教と人間の深い関わりに興味が湧いてくる。
宗教が人間の心の拠り所になるというのは、ずっと昔から変わらない事実。
人間ってなんで祈るんだろう。
その理由をいつか見つけられたらいいな。
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