2006年 2月20日 【三重県】
道幅の広い国道の横に広がっているのは、とてつもなく広大な工場地帯だ。
煙突やタンクなど、鉄の塊が複雑に入り組んだ無機質な工場がどこまでもどこまでも続いている。
普段過ごしている街の風景とはかけ離れた異世界といった感じで、俺はこうした工場地帯の雰囲気が嫌いじゃない。
豊かな自然には人知の及ばない畏れがあるけれど、工場地帯にも同じような畏れがある。
大自然の前で感じる無力感、とてつもない人工物の前で感じる無力感、それがないと生きていけない現代人の無力感。
種類は違うけど似てる気もする。
ここが四日市ぜんそくを生み出した中京工業地帯だ。
なるほど街に入った途端、何か硫黄のような臭いがしないでもない。
ゆうべは四日市のネオン街で歌ったが、日曜の夜なのでまったく人がおらずたったの1000円止まりだった。
6連チャン目の路上でかなり喉がやられていてほとんど声が出なくなっているってのが理由とは思えないんだけどなぁ。
ガソリンがない。
オイル交換しないといけない。
新しい県に入ったので情報誌の『るるぶ』を買わないといけない。
デジカメのデータ落としもしないといけない。
でも金がない。
そしてこの喉じゃ今日はさすがに歌えない。
やべーなぁ。
夜になり美香から電話がきた。
美香は今、大手外資系の会社に転職してOLを頑張ってるんだけど、なんとその会社のアジア諸国にある全ての支社の中で10人しか選ばれないという功労賞をもらったらしい。
ほぼ同時に入った友達の由ちゃんもソッコーでリーダーに昇格したらしいし、2人して出世スピード早すぎ。
いやぁ、すごいなぁ。
でもすごいなぁと思いつつも、早速いつものケンカモードに突入。
「文武っていつも私のこと見下すように話すやん!!それがイラつくとよ!!」
「美香の方が勝ってる部分なら素直にすごいって認めるやん。そんなに全てにおいて俺より上じゃないと気がすまんと?」
「文武にバカにされるとむかつくとよ!!」
「別にバカにしてないやん。」
俺も美香もかなり我が強い。
お互い要求しすぎなんだよな。
「こんなすぐケンカになるんだから、わざわざ結婚する必要ないやん。じゃ、おやすみなさい。ガチャプープープー。」
一瞬で電話を切る美香。
口挟む暇がねぇ。
はぁあ、頭ぐちゃぐちゃになるわ。
今夜も工業地帯の無機質な灯りを眺めながら布団にくるまった。
翌日。
金がないので今日も動くことができず、1日中、車の中で日記書きと曲作りをして過ごし、夕方になり銭湯に入って近鉄四日市駅の横にあるネオン街にやってきた。
今日稼げなかったらまた明日も動けないぞ。
っていつもこんな状況になったら、だいたいその夜に稼いで貧乏脱出するんだけどね。
喉はだいぶかすれてしまってるが、根性で声を出す。
おりゃあああああああ!!!
こんな時に限っていきなりイチマンエンンンンンン!!!!
と言いたいところなのに…………なんだこりゃ。
信じられんくらい全然金が入らない。
金どころか誰も立ち止まりもせん。
ウソだろ四日市ー……………
結局まさかの、まさかの久しぶりの0円。
紛れもなくゼロ。
空っぽのギターケースを片付け、焼肉屋のうまそうな匂いにフラフラしながら車に戻った。
うううう…………三重県……………
初っ端から不調すぎるぞ……………
腹減った……………
翌日。
マジで笑えんくらい金がなさすぎて今日も車の中に引きこもる。
車を動かしたらガソリンが減るし、腹も減る。
ちっくしょー……………なんとか打開しないと…………
今夜は四日市に見切りをつけ県庁所在地の津市に賭けることにした。
小銭をかき集めてカップラーメンを1つだけ食べ、なんとか夜まで待ち、ようやく出勤時間の21時。
よっしゃ行くぞ!!
ってナイスタイミングで雨!!
ギエエエエエエエエエエエエ!!!!!!
殺す気かあああああああああああああああ!!!!
でももう歌わんとマジでどうしようもねぇ。
とにかく津市のネオン街を探して回ると、すげーわかりにくいとこに大門という飲み屋街発見。
うれしいことにアーケードがある!!
よっしゃ!!これならいける!!
うおらああああああああああああ!!!!!
僕の歌で世の中の人たちに少しでも元気や勇気や愛を与ええええ!!なんて1ミリもどうでもいいから金くれええええええええ!!!!
おおおお!!!
いいぞ!!!!
津いいぞ!!!!
食いつきがいい!!
アーケードは音が響いてくれるからそんなに声量がいらないので喉の負担も少ない。
よっしゃあああ!!!
いいとこ見つけたぞおおおおお!!!!
ど平日で人出が少なかったこともあり、5500円どまりでフィニッシュ。
でも今の俺には大金だ。
これでいろんなことが出来るぞ。
ふーーーー、やっとこさ三重攻略スタートだ。
リアルタイムの双子との日常はこちらから