2005年8月24日 【秋田県】
朝、目を覚まして黒田さんを起こし、コンビニの駐車場にパイプイスをひろげる。
食パンを買ってきて、函館で黒田さんが作ったというブルーベリーのジャムをつけてほおばった。
「路上で歌と似顔絵のコラボやりましょうね。」
秋田美人を探して走り去っていった黒田さんを見送り、さぁ、俺も秋田県スタートだ。
ところで秋田犬はアキタケンと言っても伝わらないらしい。
アキタイヌと呼ぶのだ!!
大館市はそんな秋田犬の発祥の地で、すなわち渋谷の忠犬ハチ公も大館出身。
今では天然記念物に指定されているそうな。
ちょっとだけ賢くなった気がするけど、正直読み方とかどうでもいい!!!
てなわけでまずは比内町にやってきた。
ここは比内鶏の産地。
日本三美味鶏の比内鶏は今や天然記念物ということで食えないので、アメリカ産の鶏とかけ合わせて比内地鶏という品種で全国に出回っている。
その比内地鶏で作った大館名物の駅弁『花善の鳥メシ』を食べてみた。
ダシの甘みのきいたあきたこまちと、珍味のように旨みの染み出す鶏のマッチはもう絶品。
しかし850円は高い。
ていうか駅弁ってどれも高いよな。
でもめちゃくちゃ美味しかった。
大館から北上、小坂町にやってきた。
一時期、金と銀の産出量が日本一だったという小坂鉱山があった町で、当時の面影がそこかしこに残っている。
その中でも1910年に労働者たちの娯楽施設として完成した芝居小屋、康楽館がこの町の目玉。
600円で中に入ると、なにやら舞台で演劇をやっていた。
よく見る、田舎のスーパー銭湯とかで白塗りで眉毛をキリッと書いて女形とかやってる大衆演劇ってやつだ。
普段から常設で公演してるらしく、終わりかけということでほんの少しだけ観ることができた。
ほんとは公演を観るには1700円。
この日本一古い木造の演劇小屋は芸の世界ではかなり有名な場所のようで、ここの舞台に立つことは役者にとって大きなステイタスとされ、現在でも大御所から無名に近い劇団までがここで公演してるんだそう。
花道、舞台下の奈落、人力による舞台装置の仕掛け、
『すっぽん』と呼ばれる舞台下からウィーーンと台がせり上がってきて登場する仕掛けは、妖怪モノの時だけしか使えない決まりなんだって。
すっぽんは花道と舞台の7対3の位置にあるっていうのはどこの小屋でも一緒。
そういう細かい決まりごと、ハレとケが縦横に張り巡らされている。
伝統ってのはかたっくるしいけど、でもそういうものも含めてかなり面白かった。
浅草や九州・四国にも昔ながらの芝居小屋はいくつかあるらしいので、一度こういうところで芝居を見てみたいな。
百名瀑の七滝を横目に見ながら十和田湖方面へ走った。
十和田湖展望の最高といわれる発荷峠展望台は人多すぎて全然楽しめなかったが、それより山道を奥の奥まで走ったところにある甲岳台展望所は、人もいないし、静かな自然の中で見られるのでとてもいい。
今日は快晴。
最高のレイクビューだ。
鹿角市の道の駅で情報収集しつつ、200円で初めてのキリタンポを食べてみた。
細長い!!
なんて卑猥な食べ物なんだ!!!
ていうか今までこの細長いのがキリタンポというのだと思っていたが、どうやらこれはみそ焼きタンポというものらしい。
米を潰して団子状にしたこいつを、切って鍋に入れたものを切りタンポっていうんだって!!
これから秋の新米の季節になれば、どこの家庭でもタンポを作り、比内地鶏と熟成した秋上がりの新酒とで、秋田の食は一気に華やかさを増すという。
んー、食は文化!!
さてさて、秋田を回る上で、もちろんここでもお祭りを見たいと思っていたんだけど、函館にいた時点で、秋田で1番有名なお祭り、竿燈祭りには間に合わないと諦めていた。
でもそれだけじゃなく、他にも「西馬音内盆踊り」や鹿角の「花輪ばやし」などのお祭りがここ数日内で開催されていたようで、せっかくのたくさんのお祭りを見逃してしまっていた。
毛馬内の盆踊りも昨日までだったし…………
ああああ、マジでもったいないことした…………
ちゃんと調べていれば被害も最小限だったのに…………
俺としたことが油断したなぁああああ……………
まだまだ旅下手くそだわ。
いかんいかん、へこんでないでとにかく進まないと。
ショックで気落ちしながら車を走らせた。
八幡平温泉郷は勘弁してくれよってくらい無数に温泉が散在しており、硫黄の匂いただよう山道を走れば、いたるところから湯気が立ち昇っている。
どんどん山を登っていき、八幡平の頂上、岩手との県境にある展望台で車を止めた。
なんてきれいなんだ。
どこまでもどこまでも連なる山並みに薄く霧がかかり夕日が色をつけている。
よほど高所なんだろう。
冷たい風が髪を揺らす。
まぁ、祭りには間に合わなかったけど、だからこそこの夕日に出会えてるんだよな。
そう思えば全てが巡り合わせだ。
東北のど真ん中でいつまでも夕日を眺めた。
翌日。
朝の八幡平で目を覚ました。
標高1000メートルの見渡す限りの草原の中を走っていく。
のびやかな丘がどこまでもうねりながら広がる中、キョロキョロと周りを見渡す。
とある場所を探すためにわざわざこの辺りまで走ってきたんだけど、詳しい場所までわからないんだよな…………
確かこの辺のはずなんだが…………
と、その時だった。
あっ!!あれだ!!
広大な草原の中に、突如現れる巨大な団地の廃墟群。
うおおおおお!!!!
スゲェあれだ!!!!
この松尾鉱山跡は、その昔、世界一の硫黄鉱山として栄華を極めたところらしく、今もこの足の下をアリの巣のように坑道が張り巡らされているという。
その大量の労働者を受け入れるため、当時では大都会にしかなかった鉄筋コンクリートアパートが次々と建設され、まだ近隣ではどこにもきていなかった電気もここにだけ引っ張られていた。
病院も学校も映画館もあり、標高1000メートルの高原に出来あがった即席の街は、誰もが羨む楽園だったそうだ。
だが時は経ち、鉱物も採り尽くしてしまい40年ほどに前に鉱山は閉山。
人々はみな山を降り、この鉄筋コンクリートの団地だけが草原の中に置き去りにされた。
マジの廃墟の頂点みたいなこの場所。
覚えてないけどどっかでテレビで見て、いつか行ってみたいと思ってたんだよな。
中に入りたかったがもちろん立ち入り禁止。
うん、立ち入り禁止。
諦めて帰りました…………ということに。
(このブログは約20年前のことなので色々書こうかと思ったけど、一応やめときます。)
さて、2時間ほどして松尾鉱山跡を出て秋田県側に戻ってきた。
八幡平には温泉が腐るほどあってどこにするか迷ったんだけど、ここはおそらく1番有名であろう玉川温泉にすることに。
まーーー、めちゃくちゃ。
爺ちゃんと婆ちゃんがひしめきあっていて、それを押しのけるように観光バスが次から次へと突っ込んできては、また爺ちゃんと婆ちゃんを吐き出している。
まともに歩けもしない。
なぜか熊いる。
ようやく600円払って内湯にやってきた。
べらぼうに強い酸性の泉質のため、入った途端体中がピリピリし始め、アトピーの部分は軽く痛いくらいだ。
殺菌力があり水虫の人に人気とのこと。
すると、爺ちゃん婆ちゃんがゴザをかついでどっかに歩いていく。
ついていってみると、そこかしこから湯気が噴き出す荒涼とした岩場にやってきた。
黄色い川、灰色の岩、まるで黄泉の国。
見渡すと、そこら中の湯気の中で爺ちゃんと婆ちゃんがひっくり返ってる。
いやいや、見たまんま黄泉の国やん。
どうやらこれは天然の岩盤浴。
ラジウム放射能が地面から出ているらしく、その熱でじんわり体を温めるという。
末期癌に効果があるという風の噂があるみたいで、それでこんなに全国から爺ちゃん婆ちゃんが集結してるみたいだった。
ここの源泉が沈殿して鉱石となったものを北投石というらしく、それが放射線を放出し、ガンに効くんだそうな。
南下して田沢湖の近くで情報収集し、山の中の小さな食堂でおばちゃんとお喋り。
「乳頭温泉?あっだら濁ったきだネェとこわざわざ地元の人間はいがネ。」
秋田弁マジ何言ってるかわがんね。
特に語尾。
「そごの信号のぼっでシュビドゥバ。」
マジでそんな感じ。
あのシュビドゥバ、一体なんて言ってるんだろう?
とりあえず調べてみると、乳頭温泉の代名詞『鶴の湯』は15時で日帰り入浴は終わりみたいだ。
今日は早めにストップして溜まってる日記を書きまくるとするか。
毎日毎日同じような景色、同じような歴史、同じような食べ物。
これはすごい!!って銘打ってるものでも、本当に俺の度肝を抜いてくれない。
旅の意味ってなんだ。
何を学び、何を吸収し、どう将来に役立てるか。
どの道を選べばより意義を見出せるのか。
くそ、一生後悔しない仕事を仕事する前から選べるかよ。
人生って天職以外で満足できんのかよ!!
あー、旅も5分の3が終わった。
あっという間だった。
もう3年。
終わりが近づくにつれ身の振り方に現実味が出てくる。
あと2年か。
悩み続けるんだろうな。
一生悩み続けるのかな。
美香のあの柔らかい腕の中で無防備になりたい。
でも美香、今怒ってる。
うだうだ考え、目が冴えて眠れなかった。
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