2005年 6月24日 【北海道一周】
朝4時。
動きやすい作業着と走りやすい足袋をはいて、薄青くなってきた空の下、そろりそろりと忍び足でゲートに近づく不審者が1人。
今工事中とのことだけど、現場作業ならば8時出勤のはずだ。
誰もいない間にゲート越えて行ってやるぜ。
と、思ってたら、あっ!!
何だと!!
ゲートの前にバンが止まっている!!
くそ!!俺みたいなバカなことするやつを見張ってやがるのか!!
遠くからそのバンがいなくなるのを待ち続けるが、どく気配なし。
こうなったら森の中をグルーっと迂回してゲートの向こうに出てやろうと、朝露にびょ濡れになりながら草木を掻き分け森に突入するが、どっちがどっちかわからなくなってきて濡れ損で車に戻る。
そうこうしてるうちに6時になってしまった。
もう知るか!!
とうとう待ちきなくなって開き直って堂々と歩いていく。
バンの横を通ってゲートをよじのぼる。
するとバンのドアが開いた!!!
くるならこい!!
「あ、あの…………ここから先、行けないんですか?」
「そうみたいだねー。私も開かないか待ってるんだけどねー。」
「…………え?もしかして工事の人じゃ………ない?」
「え?そうだよ。」
「行ってきます。」
ちくしょう、時間無駄にしちまった。
おじさんを尻目にヒョイとゲートを乗り越えた。
ジャングルに囲まれた砂利道を急ぎ足で歩いていく。
知床は世界でも有数のヒグマの密集地。
さっきのおじさんは何度も知床に来たことのある人で、この道で2度もヒグマを目撃していると言っていた。
熊鈴などの装備を持たないで山に入るのは自殺行為なんだと。
俺は熊鈴なんてもちろん持ってない。
唯一持ってきてるのは何を思ったかジッポーライターのみ。
こんなもんヒグマにどうやって使うんだ?
とりあえず人間の存在を動物たちに知らせるために大声を出しながら歩いていく。
知床の山の中、ハマショーを熱唱する23歳。
ガサガサガサ!!
「ぬおおおううう!!!!!」
50メートル自己新記録のダッシュで木に隠れる。
なんだ鹿かよ…………
こ、怖ぇ……………
生きた心地しないくらいビクビクしながら、耳と目に全神経を集中させて歩き続けた。
2時間後、森の中にクレーン車が見えてきた。
作業をしている人たちもいる。
「お!!何だお前!!まさか歩いてきたのか!?」
「よく熊に遭わんかったなぁ。湯の滝行くんだべ?こっからも多いから気をつけろよ。」
作業員さんたちに心配されながら、ここからは川づたいにジャングルに入っていく。
水にビシャビシャ浸かりながら岩を乗り越え、降り注ぐ滝をよじ登る。
完全にインディージョーンズの世界だな。
この川を30分ほど登ったところに、滝つぼが温泉というカムワッカ湯の滝があるはずだ。
いったいどれくらい登り続けただろう。
どんどん川が険しくなっていく。
両側の崖からはモクモクと湯気が立ち昇り、川の水はもうほとんどお湯で、岩肌も湯の花によって様々な色がついている。
次々と立ちはだかる滝、崖。
こんなんどうやって登んだよ…………?
上からズゴー!!っと流れ落ちてくる湯をものともせず、全身びしょ濡れになりながら、ほぼ90°の崖をよじ登っていく。
年間何人も救急車で運ばれるデンジャーなこのコース。
体力のない人はこのあたりの小さな滝壷につかって戻るらしい。
俺ロッククライマーになれるんじゃねぇか?ってくらい次々と難所を制覇して、ふと時計を見る。
……………もう1時間以上経ってるんですけど。
周りを見るともうほとんど源流のような水量と巨大な岩。
完全に行き過ぎだよなと思いつつも、こうなったら行ける所まで行ってやる!!と無謀スイッチが入り、さらに奥地に踏み入っていく。
その時だった。
崖をよじのぼり、ゼーハーゼーハー肩で息をしながらふと足元を見ると、恐ろしいものが転がってた。
まだ異臭を放っている角つきの鹿の白骨…………
そこらじゅうに散乱している茶色い毛の塊。
………………………やべぇ。
これはぜってーやべぇ!!!!!
確実に熊に食べられた鹿だ。
全身に走る鳥肌。
風にざわつく木々。
もうここは完全に獣のテリトリー。
これ以上いくなという警告と判断し、急いで引き返すことにした。
崖は登るより降りるほうがはるかに危険だ。
途中でカムイワッカ湯の滝に浸かってはみるが、ヒグマも入りにきちゃかなわん。
いてもたってもいられんでコケそうになりながらジャブジャブ川を下る。
この日は他の入浴者は誰もいなかったが、夏場の解禁中は北海道でもダントツ1位の混浴率らしい。
ヒグマと混浴するのだけは勘弁。
全身ずぶ濡れでクレーンの場所まで戻ってきた。
知床半島一周にはここから先に突き進まないといけないんだけど、この先からは道がなくなり本当にジャングル探検になるとのこと。
さすがに食われるよな…………
うん、やっぱり死ぬかもしれんのはやめとくか。
2時間かけてまたハマショーを熱唱しながらファントムに戻った。
ヒグマ、ちょっと見てみたかったんだけどな。
車のエンジンをかけたころにはすでに12時。
さっさと進むか!!と知床五湖を回った。
雪化粧の知床連山を映す鏡のように美しい5つの湖。
森の中に遊歩道が整備されているのだが、ここもまたヒグマ出没地帯。
すべての湖を周るコースは閉鎖されており、手前の2つだけを見て回った。
落ちついた柔らかい風。
日本最後の秘境の名に恥じない幽玄とした湖。
知床にはカムイワッカを含めナイスな無料露天風呂が5つある。
その2つ目、岩尾別温泉は森の中に、これ沼ですか?っていうような簡素な湯船が放置されているだけのもの。
もち混浴。
ていうか脱衣所もなんもねぇ。
さっき命がけで温泉入ったからもういいか。
知床横断道路は走り屋にはたまらない道だろうな。
レーシングコースのようにダイナミックに曲がりくねった道から望むのは、雪の残る知床連山とはるかオホーツク海にくっきりと浮かぶ国後島。
あそこはもうロシアなんだよなぁ。
横断道路の終わりにある熊の湯露天温泉にもちょこっと寄ってみた。
頑固そうな管理人のおじさんは、意外にとても気さくな方だった。
羅臼に抜け、海沿いに岬側に走ると現れるセセキ温泉。
波打ち際にある2つの湯舟は、海の中に石で囲いを作っただけのワイルドさで、満潮時には水没するという。
その先にある相泊温泉もこれまた簡単な作りで、海岸に掘っ立て小屋があるだけ。
昆布漁の帰りに漁師さんが体を温めるために作ったものらしい。
鹿児島県の中之島にあった温泉もこんなだったよなぁ。
よっしゃ!!
次々!!!
335号線で野付半島にやってきた。
この半島、地図で見ればよくわかるが、オホーツク海の潮の流れによりできた日本最大の砂嘴なのだ。
海に落ちるんじゃないか?ってくらい細く弧を描く道を走っていると両側の草むらにキツネや丹頂鶴の姿が見える。
この不思議な地形が人工のものでないことを実感する。
しばらくするとネイチャーセンターという小さな観光案内所に着き、パーキングから歩いて野付半島のメイン、トドワラに入る。
1日の命しかないエゾカンゾウの咲き誇る原生花園の中を2キロほど歩くと、足元が湿地帯になり、その中を木道が伸びている。
浅瀬にポツポツと白く朽ち果てた木の幹が立っている。
すごい光景だ。
海水に浸食されたトドマツの林が立ったまま枯れ果てていて、静寂に包まれ、まるで黄泉の国。
見渡す限り誰もいない。
1人ぼっち、ぼんやり歩いた。
風の強い、手すりもない木道の上を、海に向かっていく。
沈んでいく夕日が枯れたトドマツを色づけ、胸が締めつけられるほど綺麗だった。
シマエビ漁の打瀬船という小さな帆船がこの内海に浮かぶ時期はもっともっと幻想的なんだろうな。
今まで見た夕日の中で1番美しかった。
日も沈み、暗くなってきたところで野付半島温泉ってところを見つけたので入ってみた。
トロトロのお湯ですごく気持ちいい。
ここは今まで行った温泉の中で3本指に入るくらい気持ちよかった。
370円という値段もうれしい。
さっぱりして、暗くなった244号線を下り、日本最東の町、根室に入った。
まぁまぁ栄えている町の中にさびれた飲み屋街を見つけ、早速路上開始。
なかなか反応も良くて、すぐ横のバー『ダンディー』から声がかかり中で歌わせてもらった。
大盛り上がりになり、すぐ近くのスナック『キャンディー』でも歌うことに。
同年代のみんなと仲良くなり、そりゃもう大騒ぎ。
かわいいミクちゃん、アッカちゃん、アベ兄弟、みんな楽しいやつらだ。
深夜3時。
1日中動きまくってたのでヘトヘトになって店から出たんだけど、そこにはすごい光景が広がっていた。
なんだ!!
町の空が大変なことになっている!!!!
うろこ雲が真っ赤に染まり燃えている!!!
大火事か!?
「ごめん!!俺行くわ!!!!!」
「気をつけてなー。オゲェェェ!!!!」
ゲロ吐きまくっているアベ兄弟たちに別れを告げ車に乗り込んだ。
道なんか全然わからん。
とにかく空が1番真っ赤に染まっている方角に向かってハンドルをきった。
夜中の3時20分。
こんな時間になんで空が赤いんだ。
草原の中の1本道をかっとばしていく。
この先に日本の果て、最東端の納沙布岬がある。
日本の4つ角の最後の1つ。
そして日本で1番早く太陽が昇る場所。
そうか、だから空が赤いんだ。
時差があってもいいくらい、ここは東なんだ。
うわっ!!鹿の大群!!どけ!!
海沿いの草原を走っていると、横に広がる水平線から真っ赤に焼けた太陽が顔を出した。
「うおおおおおおおお!!!!」
窓を開けて、誰もいない草原の中、力の限りに叫んだ。
リアルタイムの双子との日常はこちらから