2005年 6月 【富良野旅人バス】
「佐藤さんー!!もうちょっと浮かしてー!!」
「はい!!いいよー!!今下ろしてーー!!」
温かな日差しの中、ユンボのエンジンが響き渡る。
この日の作業はバスの水平を取る工程。
バスを動かせたといってもテキトーに置いただけだし、このままだと自重で沈んでしまう可能性がある。
そうならないために、バスの下に土台を置いてきっちり水平をとらないといけない。
こんな難しい作業俺と佐藤さんだけで大丈夫か不安だったんだけど、そこに手伝ってやるよと言ってくれた山田親方。
めっちゃありがたい!!!!
山田親方のところにあった大きなコンクリートのブロックをいくつか分けてもらい、それをトラックに積み込み、タイヤショベルも載せてバスにやってきた。
まずは地面の整地。
そしてある程度水平をとったところで、ユンボのワイヤーでバスを少し浮かせ、タイヤショベルでブロックを突っ込んだ。
ひとつ70~80キロもあるコンクリートブロックを正確にバスの下に入れ込み、さらにそこに薄い石板を挟んで水平を微調整していく山田親方。
佐藤さんはユンボで絶妙にバスを浮かせ、息の合った連携だ。
俺も山田親方もバスの下に潜り込んでいるので、ここでワイヤーが切れたらバスの下敷きになってしまう。
ハラハラしながらも焦らず正確に微調整していく。
前方に2つ、後方に3つのブロックを入れ、全体の水平を取る作業が完了したころにはすでに16時になっていた。
一流の大工さんのおかげで今日1日でものすごく大切な作業を終えることができた。
「バスの周り、綺麗にしといたほうがいいべ。」
自分のところのジャミを持ってきてバスの周りに撒いて綺麗にしてくれた佐藤さん。
バスの手入れとか俺がたまに来てやってやるからと言ってくれてる山田親方。
中田のおじさんも見に来てやるから安心しろと言ってくれてる。
ホント、みんなのこの優しい想いを裏切ることは絶対にできない。
作業を終え、晩ご飯何しようかなーと思いつつコンビニに行ってると中田さんから電話がかかってきた。
何やらヒロちゃんが相談したいことがあるらしい。
家に入ると、亡霊のような顔をしたヒロちゃん。
「どうしたとや?」
「…………話したくない…………」
おじさんは気を遣って2階に上がっていく。
「ほら、お兄ちゃんせっかく来てくれたんだから話なさい。ヒロ子。」
「お母さんは黙ってて…………」
「どうしたと?」
「ほら、ヒロ子、話しなさい?」
「だからお母さんは喋んないで。何も言わないで聞いてくれるなら話す。」
「うん、わかったよ。何?」
「あのね、今日、なんか学校の友達が冷たかったの。だから私なんか必要ないと思ったの。あと部屋が汚いのに片付けられない自分がいや。」
「あのねヒロ子。みんながみんな、ヒロちゃんヒロちゃん言ってくれるわけないしょや。」
「でもマイちゃんは、うん、そうだねって言ってくれるもん。」
「慰めてくれればそれでいいのかい?だいたいあんたね…………」
「何も言わんでって言ったしょや!!黙れ!!」
「何その口のきき方は!!さっきもお父さんにあんな口きいて!!」
「あー!!うるさーい!!もういやー!!もういやぁぁぁああああ!!」
2階に駆け上がっていくヒロちゃん。
ドガン!!
ドアを蹴り飛ばす音。
「私の居場所なんてどこにもないー!!ヒーン!!」
号泣する声が聞こえる。
おばちゃんは編み物の手を休めることなく、だいたいヒロ子は…………とブツブツ言っている。
そこへおじちゃんがドタドタ降りてきた。
「お前余計な口挟むなや!!文武が相談受けてたんだべや!!それを横からごちゃごちゃと。黙って聞いてれ!!」
初めて見た。
こんなおじさんの剣幕。
「お父さんだってあんな口きかれて何で怒らないのさ!!」
今度はこの2人でバトル。
俺、さっきから一言も喋ってないんですけど…………
まぁ、高1の年頃の女の子。
親の愛情を疎ましく感じてくる年頃なんだろう。
子育てって親も一緒に成長しなきゃいけないんだろうな。
うーん、にしてもこの歳の女の子の扱いって難しいなぁ…………
翌日。
朝イチ買出しをしてから旅人バスへ向かった。
内装は完成したし、簡易トイレの据え付けも完了した。
そして今日の作業は大事な大事な工程。
ホームセンターで買ってきたペンキと筆を取り出す。
そして想いを込めてバスの車体に注意事項を書いていく。
かつて富良野にあった鳥沼キャンプ場。
旅人の聖地みたいに言われて、たくさんのキャンパーが訪れていた場所だったが、そこに居座る流れ者たちのマナーの悪さから閉鎖。
地元住民にもかなりの迷惑をかけていたそうだ。
そうならないためにも、佐藤さんに迷惑をかけないためにも、旅人としての大事なマナーを書いていく。
ここは地主の佐藤さんのご好意によって成り立っている場所です。
どうかこの場所がたくさんの旅人たちの憩いの場所となりますように。
本当は、誰にも迷惑をかけたくないなら、こんな場所作らないほうがいいのかもしれない。
何もなく、何もせずやり過ごしていれば、波風のない人生を送れるはず。
でも俺は夢を叶えたくて、このバスを作った。
佐藤さんも、山田親方も、そんな俺の夢を応援してくれ、文武がいなくても見てやるからな、これから楽しみだわと言ってくれている。
6月の太陽が暑くて、上着を脱いだ。
熱い日差しがジリジリと腕を焼く。
お世話になった人たちの顔を思い浮かべながら、筆に心を込めた。
桜はもうほとんど散っていた。
16時に作業を終えてスーパーに向かった。
今日はバスの完成祝いで、協力してくれた中心メンバーだけのジンギスカンパーティー。
肉と酒を買い込み中田さんちへ行き、仕事から急いで帰ってきてくれたおじさんを乗せて、おばちゃんにバスまで送ってもらった。
すでに到着していた山田親方と息子のかっちゃん、地主の佐藤さん、雑品屋を紹介してくれ一生懸命手伝ってくれた坂本さん、色々世話をしてくれたおばちゃん、みんなが炭に火をつけて待っててくれていた。
俺と中田さんが加わり、この中心メンバーで乾杯。
「心配しなくても俺たちがちょくちょく見に来てやるからな。」
形となった夢の前で仲間と酒を飲む。
とうとうやった……………
よく投げ出さず、諦めずここまでこれた…………
思えば沖縄の頃から練っていたこの旅人宿泊小屋建設計画。
現実を見ればあまりに無謀な計画で、きっと周りの人たちは甘いヤローだ、と思っていたに違いない。
俺自身、心のどこかで「無理かも…………」という囁きがあった。
今こうして完成品を目の前にしても、自分が作ったものという実感がわかない。
それほどまでに予想をはるかに上回る順調さだった。
富良野以外では成しえなかっただろうし、ここにいる誰か1人が欠けても実現しなかったと思う。
今の俺ならやれる、だからこのメンバーと出会え、完成させることが出来たんだと思いたい。
やれない男にはチャンスは巡ってこないだろうから。
芦別岳に陽が沈み暗闇に包まれても、山田親方の持ってきてくれたランタンに灯りをつけ、笑い声はやまない。
川のせせらぎが夜になると一層大きく聞こえ出す。
大自然の中、ポツリと光る灯りに寄り添ってみんなで酒を飲む。
それからどれくらい経っただろう。
気がついたら静まり返った家の中にいた。
枕、そしてタオルケットがかけられている。
あれ?
俺、作業服のままだ。
ふと気づくと、横で1人黙々と編み物をしてる中田のおばちゃんがいた。
「起きたかい?」
時計を見るともう深夜の2時だった。
こんな時間まで起きててくれてたのか…………
そう思いながらむくんだ瞼を閉じると、またすぐに眠りに落ちていく。
部屋の灯りが消え、トントントンとおばちゃんが2階に上がっていく音がする。
「おやすみ。」
階段の途中で、おばちゃんが消え入るような小さな声でそう言ったのが聞こえたような気がした。
リアルタイムの双子との日常はこちらから