2005年 3月 【富良野新プリバイト】
バスに行き、1人ぼっちで作業をする。
丸ノコでベニヤを切り込み、床板がぴったりと収まり嬉しくてケータイをとる。
「俺天才だよ!!やった!!」
「やったねー。フミすごい!!」
今まで当たり前だった美香の声。
あの暖かい声を聞くことはおろか、電話をかけることすら今はもう出来ない。
山田親方に誘ってもらって山田親方の家でみんなで集まって鍋パーティーをした。
大工さんの家らしく、遊び心に溢れた木の温もりに包まれた開放的なリビングでビールをあおる。
毛ガニがすごく美味しい。
『やぁ僕はウサギ!!何の取り柄もないカスさ!!』
そんなセリフから始まる、親方の娘、シホちゃんの絵本にみんなで大笑いする。
楽しくてしょうがないのに俺の心は黒い布をかぶせたように表情がなく、閉ざされている。
これがいつまで続くのか。
一生このままなんだろうか。
(やぁ僕は文武!!なんの取り柄もないカスさ!!)
春が近づき、湿った雪が降りしきる中、外まで全員で見送ってくれた山田さん一家。
みんなに手を振って車に乗り込んだ。
翌日。
ホテルのプールでぼんやりと水面を眺める。
テーブルの上には三浦綾子の「塩狩峠」が読みかけのまま置いてある。
仕事を終えて山部に車を飛ばす。
この前の陽気で一度は溶けた雪が、またしんしんと降り注いでいる。
ルームミラーに引っかけたお守りは美香が富士山に登った時に買ってきてくれたもの。
俺の無事を願って。
2人で買ったもの、思い出のもの、数え上げたらキリがないほど身の回りにたくさんある。
ふとケータイを見ると、待ち受け画面に笑う2人。
テディーさんに作ってもらった皮のストラップには「Joe & Mika」の文字。
雪はしんしんと降り注いでいる。
3月31日。
今日で新プリでの仕事もラスト。
最後かと思うとロビーの雑踏も、並べられたスキー板やボードも、プールの湿った待機所も名残惜しかった。
「カオリさん、お疲れ様でした。」
「フンッ!!…………慰労会きなさいよ。」
ホテルを出るとポトポトと大玉の雪が振っている。
雪の降り始めもこんな大玉だった気がする。
凍てつく寒さも、樹氷も、川霧も、もうこれから何年も見ることはないだろうな。
バスの作業に行き、ひたすらペーパーがけをする。
時間はあまりに早く、無言の時が木屑とともに舞い落ちる。
夜の闇が白い風景を包み始めたころ、バスの後部が完成した。
少し遅れて富良野の有名なご飯屋さん「くまげら」に到着し、中に入った。
「おーー!!金丸遅えぞおおおおーー!!」
「ホラ!!早く飲め!!!」
新プリの慰労会には数十人の人たちが集まっていて、大宴会をやっていた。
知らない顔もたくさんある。
俺が関わったのなんてベルとクロークと売店くらいのもんだったもんな。
賑やかな時間が終わり、1人夜の町を歩いた。
もうだいぶ暖かくなってきていて、凍えることもない。
その時、冬のはじめの頃に山田親方と行った外壁塗装の現場の前を通った。
ああ、ここをやってる時は雪が降り出したころで、嬉しくて浮かれていたよな。
一生懸命塗った階段の赤いペンキが夜に浮かんでいる。
外灯に照らされ、数ヶ月ぶりに顔を出したアスファルトに足音を刻む。
何やってんだ俺。
【雪の富良野 新プリバイト編】
完
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