2005年 2月 【富良野新プリバイト】
いつものようにクロークの仕事を終え、ユウキにメールして迎えにきてもらったんだけど、いつまで待ってもやって来ない。
遅えなぁ、あいつ何やってんだ?
今日は悪天候で、窓の外では雪がうねり、ものすごい勢いで吹き荒れている。
周りの先輩たちが口々に、今日はすごい、帰れない、と顔をしかめている。
「もしもし、ユウキ?今どこ?」
「あーーーーーーヤバいヤバいヤバいヤバい……………死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ……………あーーーーーなんも見えん……………」
どうやらマジですごい吹雪になってるようで、山側の御陵線はとてもじゃないけど走れそうにないので、引き返して国道でこっちに向かってるとのこと。
視界0メートルで、フロントガラスに見えるのは前の車のテールランプだけ。
制限速度60キロの道を10キロくらいで進んでるそうだ。
社員食堂でタバコを吸っていると、やっとのことでユウキが到着。
帰りは俺が運転してみたんだけど、こりゃ確かにヤベェ…………
何も見えない!!!
横を向いても道路のどのあたりを走ってるのかすらまったくわからない!!!
いたるところでハザードをたいている事故車たち。
怖えええ!!!!
線路が跡形もない。
やっとのことで家に帰ってきたんだけど、いつも車を止めてるとこがわからない。
埋もれすぎて。
外に出ると目も開けられんような吹雪で、顔に雪が張り付いてくる。
ユウキと必死で雪かきして家の中に転がり込んだ。
一息ついてトイレに入ると、なぜか窓が白かった。
え?なにこれ?
なんで窓が白いの?
そう、窓の高さまで雪が積もっていた。
おいおい、家潰れねぇよな………?
まるで雪の大地に穴掘って地下で暮らしてるみたいな感じだ。
しかもこれが春まで溶けないんだからすごすぎる…………
でもこうした豪雪が降っても、次の日には道路は走れる状態になっているからすごい。
夜のうちに除雪車が道路を走って雪ハネしてくれるからだ。
ハネられて道路脇に積もった雪はダンプカーが排雪場というところに運んでいってくれる。
地下にお湯が流れていて、そこに雪を放り込んで溶かす設備なんてのもある。
南国宮崎では考えられないようなインフラが、雪国にはずっと昔から存在してきたんだ。
富良野も本格的な真冬に突入し、毎日が新鮮な驚きにあふれていた。
地元の人たちはうんざりするような日常だろうけど、南国育ちの俺からしたらすべてが楽しかった。
有名な旭山動物園でペンギンの行進を見たり、樹氷がきれいと評判の江丹別っていう小さな町を探検しに行ったり、冷え込んだ朝の川霧を見たり、金山湖にワカサギ釣りの様子を見に行ったり、全ての景色が鮮やかで美しくて、輝いていた。
犬たくましすぎ。
酒造りの時期なので、めっちゃ早起きして以前お邪魔した新十津川の『金滴』の酒蔵にも行った。
「おう、来たな。ちょっと手伝え!!」
甑から放冷機へ米を移している蔵人さん。
今時この木のスコップで蒸米すくってる蔵なんてそうはないぞ。
放冷した米を麹室に運び入れていくんだけど、みんな1人1人肩に担いで蔵の中を駆けずり回っている。
中にはかなり年配の方もいるのに、片手でいなせに担ぎ上げて、若い人よりも全然早い。
相当重いだろうに、これぞ年季が違うってやつだ。
お世話になってるスナック「啄木鳥」のマスターに誘ってもらい、ものすごい場所で歌ったりもした。
北の峰スキー場に冬になると特設される寒々村ってとこなんだけど、かまくらがいくつも並ぶ中に一際大きなスノードームがある。
中に入るとそこはバーになっており、カウンター、テーブル、グラス、ジョッキ、全てが氷で出来ているという観光客向けの場所だ。
「おう!!お疲れさん!!寒くないか!?」
音あわせをしているとマスターと、あと尺八奏者の山中さんのコンビがやってきた。
今日はこのドームの中でライブをするのだ。
いや、どう考えても人生で1番寒いライブ会場です…………
始まってみたら、まぁ歌どころじゃなかった。
息を吸うたびに肺がピリピリして胃液が凍りつきそうになるし、口の中はカラッカラだし、雪が音を吸うもんだから、モニターできなくて焦ってばっかで余裕ゼロ。
結局ろくな演奏にならんかった。
マスターたちの渋い演奏も寒さで音狂いまくりできつそうだったな。
そんなある日、これぞ冬の北海道ってイベントにも遊びに行った。
ホテルのルームメイクで働いてる最近仲良くなったカナちゃんを迎えに行き、旭川へ向かう。
「伊豆、横浜、大磯、軽井沢、各地のホテルで働いてきたからね。レジャーのことなら任せて!!」
女バックパッカーのカナちゃん。
これまでアメリカ、カナダも放浪してきたんだそう。
小さい体で元気いっぱいだ。
旭川市内のラーメン屋『梅光軒』でご飯を食べて、それから山のほうへ走っていく。
暗くなり始めた市内を出て、山道に入った頃にはもう真っ暗。
外灯もないようなクネクネの雪道を快調に60キロのスピードで走っていく。
もちろんスタッドレスタイヤを履いているし、もうすっかり北海道の運転には慣れている。
カナちゃんと楽しく会話しながら快調に車を、
「…………キャアアアアアアアア!!!」
一瞬の出来事だった。
ヘッドライトに浮かび上がったのはドでかいエゾ鹿!!
鹿と目が合った瞬間には、すでに対向車線をイニシャルD並みのドリフトで滑っていた。
切り返せば切り返した方にさらにドリフトし、ガードレールが迫る!!!
「ウワァァァアアアアアアアア!!!!」
「ヒィィィィィイイイイイイイイイイ!!!!」
マジで一瞬、森ダイブを覚悟した。
必死でハンドルを切りまくり、5~6回ケツを振りまくってかろうじて止まった。
あっぶねえええええええええ……………
よかった…………鹿とぶつかってたら廃車並みの被害だっただろうし、もし対向車が来てたら…………
ガードレールダイブしてたら…………
助手席で大笑いしているカナちゃん。
いやぁ…………肝が据わってるわ…………
それから慎重に車を走らせて到着したのは層雲峡温泉街。
川を囲むようにして巨大な、ほんと巨大な氷の城郭が出来上がっていた。
層雲峡氷瀑祭りだ。
虹色にライトアップされた氷のお城の周りには、色んなオブジェや建物が造られており、ひとつの氷の町になっている。
城はてっぺんまで登ることが出来るし、内部は氷の鍾乳洞になってるしかなり楽しめる。
氷の橋、氷のアスレチック、食堂もあってこれで入場料100円はすごく安い。
すごく幻想的で、おとぎの世界に迷い込んだような気分にさせてくれた。
冬の北海道。
宮崎にいるころはずっと人が住むような場所じゃないって思ってたけど、ここにも当たり前に人々の暮らしがあって、極寒の中で知恵を絞って生き抜いてきた歴史がある。
ロシアとか、極夜とか、灼熱の砂漠とか、世界にはきっともっと過酷な場所で生きている人たちがいるんだろう。
人間は強い。
もっと色んなところに行ってみたいな。
あ、そうそう、札幌の雪まつりにも行ったけどこっちはそんなに大したことなかった。
もちろん規模は半端じゃないんだけど、なんていうか、層雲峡の氷瀑祭りのほうが演出とかロケーションとか含めて良すぎたのでこっちは氷のオブジェ眺めて終わりって感じ。
行列ができてたので並んで食べた「欅」ってお店の味噌ラーメンは美味しかった。
ススキノの風俗店の名前が楽しい。
ライトアップはなかなか迫力あったな。
旭川の氷祭りも同じような感じ。
いやもちろんこっちも半端じゃない精密さなんだけど、富良野の毎日が楽しすぎて人口のもの見てもあんまり感動しない。
毎日の自然現象が俺にとってはとびきりのアートだった。
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