2003年、10月16日。
車の免停期間が終わるまでこのままボーッとしてるのももったいないので、なんかバイトでもしようかと思ったんだけど、2週間ぐらいの短期バイトはつくば近郊にはないみたいだ。
どうしよう。
もう免停がとけるまでギターの練習とかしてればいいじゃんと美香は言うけど、少しでも金を稼いでおきたい。
グータラしてるわけにはいかない。
というわけで、つくばを後にして花の都、東京に向かった。
東京駅、とてつもなくでかい!!!!
忙しそうに行き交う人々の中でパニック状態。
電車に乗ろうにもどれがどうなのか、さっぱりわからん。
無数の路線がクモの巣のように張り巡らされていて、しかも同じぐらいの量が地下にも通ってる。
1時間半に1本くらいしか電車がやってこない陸の孤島、宮崎育ちにはバビロンすぎる。
いやぁ、東京怖い…………


そんな東京で、綾瀬ってところにある兄貴のアパートに転がり込み、バイトに明け暮れた。
やっぱり大都会。
短期のバイトがいくらでもある。
★満員電車で臭いオヤジたちにタックルをくらいつつ、五反田の工事現場へ行き、掃除作業。
★大工さんの手伝い。
「おい、おまえだず、こっちさ手伝ってくれ。」
大工さんめっちゃズーズー弁。
★養生のプラスティックベニヤを剥いだ後の粘着剤の残りをシンナーで擦って落としていく作業。
「次、何やればいいですか?」
「あーそこ片付けといて。」
これでお金もらっていいの?ってくらい楽勝。
★ えびす駅の解体工事ではつったコンクリガラや建材を運び出す。
★ ときわ台駅で新築のアパートの部屋にドアやら扉やらを搬入していく作業。
6階建てで1フロア7部屋。1部屋にだいたい20枚ぐらいづつ配っていく。1枚20Kgぐらい。
★ 建設中の巨大なタワーマンションで、各部屋にある下駄箱の組み立て。
下駄箱の中の丸い穴に小さな金具をはめて棚を乗せる。それだけ。
でも部屋がマジで無限にあるので永久に終わらない。

派遣なんて大した仕事は任せられないので基本退屈な作業ばっかりだったんだけど、その中で国会議事堂の隣にある衆議院議員会館で、部屋のリフォームの作業をしたのは面白かった。


建物の中には国会議員1人1人の部屋があるんだけど、今回の総選挙で引退する人の部屋をリフォームするっていうのが作業内容。
部屋の表札を見てると、小泉君、鳩山くん、志位くんなんていうめっちゃ有名な政治家の名前がつけられてる。

今日は亀井君の部屋のお掃除をしたけど、秘書たちが美人すぎてビビった。
議員の秘書ってみんな美人。
絶対愛人のはず。
ていうかこの前までいた大阪の鳶会社が地獄すぎたので、派遣の作業があまりにも簡単に感じる。
あの会社に比べたら10分の1も疲れない。
あと思ったんだけど、こういう派遣会社ってやっぱり大学生が多いんだけど、それと同じくらいダメそうなオジサンもいて、若者に偉そうな態度をとってくる。
こんなサルでもできるような仕事で、あいつは使えないよねーとか、あそこの仕事はキツイよねーとかよく言えたもんだ。
いい歳して派遣会社で日当もらって、それでお山の大将気取りなんて見てらんねぇよ。
おかげで友達ができない。
みんな生気のない顔で日当をもらって帰っていく。
東京では友達を作るということがとても難しい。
なんでだろうな。
みんな、俺も含めて心を閉ざしてる。
バイトの合間に下北沢にライブを見に行ったりもした。
駅から出るとたくさんの若者達が行き交っている。
高いビルはなく、裏通りのような細い路地に、おしゃれな雑貨屋さんや古着屋さんが並んでいる。
全ての店が隠れ家的な雰囲気だ。
これが下北沢か。
下北沢ガレージっていうライブハウスに着くと、すぐにライブが始まった。
まばらにしかお客さんのいない中、色んなバンドが出てくる。
わざとチューニング狂わせたギターでハーモニクス鳴らしたり、手のひらでスクラッチしたりするわけわからんバンド。
次はシーフーという女の子ヴォーカルバンド。
元気なロックバンドで、オリジナリティーもあってとても良かった。
そして3バンド目は今度インディーズでCDを出すってバンドで、ステージ慣れもしていてテク的にも良かったが、曲が似たようなカンジすぎて、最後の方は飽きてしまった。
4組目が一番良かった。
ステージの前にテーブルを出して、マックのノートパソコンを2台と機材をセッティング。
楽器はドラムだけ。
メンバーは2人のみ。
突然流れ出した中国の音楽。
それに合わせてドラムがリズムを刻む。
そこから急にクラブのようなトランスに。
ドラムのスネアの音にリバーブをかけたり、かなり実験的な内容。
コンピューターを駆使したDJだ。
40分ぐらいイカした音楽が続き、「ありがとうございました。」と音流しっぱなしでそでに消えたかと思うと、タイマーでもセットしてたのか、その2秒後くらいにパッと音が止んだ。
やるなー。
気づけばいつの間にか店の中はたくさんの観客で賑わっていた。

ライブが終わって、ひと気の少なくなった街を歩いた。
駅ではギターの弾き語りが20人ぐらい人を集めていた。
そんなある日、バイトが休みになったので、高校の同級生の光ちゃんに会うために渋谷にやってきた。
関西と違ってエレベーターの追越し側が右側でまごついてしまいながら、なんとか渋谷に到着。
すげーーー……………
ここが渋谷かぁぁぁ……………
まぶしいほどのネオンが街を覆いつくし、お祭りでもこんなにいないぞ?ってくらいの数の人が蠢いている。
そんな渋谷にバイクのマフラーを響かせながらやってきた光ちゃんのナナハンに2人乗りし、246を爆走して武蔵小杉ってとこにある光ちゃんのアパートへやってきた。
部屋の中には7本ものギター。
中には40万のギブソンもある。
他にもデカい録音機材があったりして音楽一色の暮らしだ。
高校生の時に一緒にバンドをやっていた光ちゃん。
あの時からギターがものすごく上手くて、高校を卒業したら光ちゃんは東京の音楽の専門学校に行った。
東京で腕を磨く光ちゃん、俺はといえばギターを持って旅に出た。
ビールを飲みながら、2人でギターを弾いた。
中学2年の頃、2人でギターに目覚め、寝食けずって夢中になって練習した。
2人が中心になり、バンドを組み、軽トラで近くの山にある農機具小屋にアンプを持っていき、爆音で練習しまくった。
ムカデやら蛾やらを殺しまくりながら一晩中練習し、山小屋を出てころには空の端っこが明るくなっていて。
夏の日には、クソ重いエレキを担いで、小さいアンプを籠に押し込んで、海を見渡せる丘の上の野外ステージに向かって自転車をこいだ。
汗だくで足プルプルになりながらも、坂の向こうから聴こえてくる爆音に大興奮して、競争してスピードをあげたもんだった。
練習して練習して、光ちゃんと2人でライブを企画し、バンドを集め、場所を押さえ、チケットはあーだこーだ、打ち上げはあーだこーだと言ってるときが一番楽しかった。
タバコで謹慎になってライブ1本つぶしたこともあった。
地元ではギターが上手くて有名な光ちゃん、歌が上手いって多少有名だった俺。
そんな俺たちのコンビは絶対誰にも負けねぇって思ってた。
それが今、俺も光ちゃんも音楽が恐くて仕方がなくなっていた。
この東京で、全国から集まってきた凄腕のギター弾きたちに揉まれ、自信を失いかけてる光ちゃん。
俺だってそう。
世の中には上手い奴は腐るほどいる。
そういう現実を目の当たりにして、みんな音楽を辞めていってしまうんだよな。
音楽とは「音我苦」って、高校生の時に会ったおじさんバンドの人が言ってたのを思い出す。
「フミちゃんがこっちいる間に、2人でCD1枚作りたいね。」
宮崎の片田舎で、絶対誰にも負けないって思ってた俺たち。
今、大都会のど真ん中でギターを弾いている。
なんの道でも、結局は自分を信じてあげられるかどうかなんだろうな。
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