朝起きると、美香の体は問題なさそうだった。
よかった…………あんなに転げ落ちて、本当怖かった。
婆ちゃんに見送られて出発し、山間の細い道をゆっくりと走る。
途中、森の中に廃墟があったのでちょっとだけ探検。
昨日のことがあるので無理はしないように。
最初の目的地は磐窟渓。
ひと気のない駐車場に車を停め、長いボロい石階段を下り、岩肌むき出しの山を下りていく。
この先にいい感じの洞窟があるはず。
美香を気遣いながら料金所に到着。
しかし金を払おうと思っても人がいない。
あれ?
「すみませーん。」
誰もいない。
こりゃラッキー!!
入場料が1人500円だったから1食分浮いたね、なんて言いながら洞窟内に入ると、照明がついてない。
は?
それでも進もうとすると、鉄格子が道を塞いであった。
「はい終了ー。」
「はいおつかれさまでしたー。」
ばかやろー!!ふざけんなー!!と霧のかかった山に2人して叫びまくり、すっきりしてから車に戻った。
「あー磐窟渓に行ったの。今シーズンオフだからやってないんですよねー。」
川上町のまんが美術館に行くと、館長さんは申し訳なさそうにそう教えてくれた。
川上町はマンガの町。
富永一朗さんの描いたキャラクターが、町の至るところに立ってて、この美術館には古いのから新しいのまで、恐ろしいほどのマンガが揃っている。
入館料1人400円だけど、マンガ好きの俺と美香にはたまらない。
2人無言で読みふけり、気がつくと16時になってた。
「まだ何もしてねーよ今日!!」
急いで次の町、矢掛町へ。
しかし着いた頃には、美術館もなんもかんも閉まりきっていて、力なく笑いながら今度は倉敷へ。
雑誌で見た「クロスロード」という何とも惹かれる名前のバーに行くため。
クロスロードなんて、絶対ライブ系のお店のはず!!
コンビニに行き、地図で場所を確認して向かう。
しかし、何度確かめてもない。
店がない。
細い道を何度もグルグル回りながらキョロキョロしたけど、どこにもない。
もう一度コンビニに行き、タウンページを借り、電話してみた。
「この電話番号は現在使われておりません…………」
俺たちいつもこんなんばっか…………
今日何もしてない…………
ヤケになって倉敷駅の裏にあったトンカツ屋さんでトンカツを食べまくった。
調子に乗ってご飯3杯も食べてらカツが食えなくなってしまい、悔しがってたら美香が突然トイレに立った。
戻ってきた美香が、ニヤリと笑ってこう言った。
「吐いてきた。フフフ…………」
全部食ってしまった。やるなぁ。
夜になり、玉島の下の沙美海岸に車を停めた。
今日はここまで。
明日は備前焼の岩谷窯の渡辺さんの所の見学に行くことになってる。
渡辺さんは、お母さんの看護学校時代の友達の旦那さん。
ここ岩谷で焼物をやってるので、お母さんに連絡取ってもらったのだ。
よろこんでお待ちしております、だなんて恐縮だなぁ。
恐縮の顔。
調子乗りすぎ。
次の日、ご飯を食べてから渡辺さんの家に向かうと、奥さんが家の外で待っててくれていた。
「ようこそ、いらっしゃい。」
家でかすぎ!!綺麗すぎ!!
アットホームな雰囲気とはこのことか、というような家に招き入れられ、リビングへ。
こざっぱり、というか空間持て余し過ぎってくらい広くてキレイ。
やっぱり陶芸家さんって何にしてもセンスがいいんだろうなぁ。
綺麗な部屋の中で2人でオドオドしてると、おばさんがお茶を出してくれた。
湯飲みと急須はもちろん備前焼。
「お昼ご飯ご一緒しようと思ったんだけど、思ったより大人で、もう食べてらっしゃったんですね。どうします?まだ食べれます?よろしければ出しますけども。」
「いただきます!」
先にご飯を食べてきたのなんて全然気を使ったつもりではなかったんだけど、それが礼儀正しいみたいに受け取られるんだな。
「ただいまー!お、いらっしゃい。どうも渡辺節夫といいます。」
仕事場から戻った渡辺さん。
笑顔がかっこ良くて、髪形がキースリチャードみたい。
一緒におでんとサラダを食べると、食後に奥さん手作りのアイスまで出てきた。
2人ともすごく上品で、間近にいると程好い緊張に包まれる。
「そろそろ行きましょうか。」
山にある窯までは歩いて5分ほどだった。
海沿いの家から山の仕事場まで5分なんて、岩谷はとてもいいところ。
窯にも何種類かあり、渡辺さんとこはのぼり窯という、部屋がいくつか分かれながら斜め上にのぼってるという形のものだった。
陶器を焼く時って、窯の周りに壁のように積み上げてある膨大な量の赤枕の割木を燃やし続け、1週間以上もの間なんと1300℃の高温を保つんだそうだ。
そんな高熱の中で焼くと、陶器の上に積もった割木の灰までが溶けて流れ、陶器の表面に色をつけたり、模様を創る。
これを釉薬っていうんだそう。
灰は自然釉というもの。
陶器を窯内のどこに置くか、置く向き、熱のまわり方などで千差万別の表情が出るので、焼く側も全く予想がつかないとのこと。
仕上がりは焼き終わって窯から出してのお楽しみっていうのも、備前焼の魅力のひとつなんだそうだ。
作品の展示室を見学し、焼き物の色んな話を聞かせてくれる渡辺さん。
こちらからの質問にもわかりやすく説明してくれた。
「これ読んでみてください。」
渡辺さんが書いた焼き物の本と作品集をいただいた。
「それじゃあ下の作業場で何か作ってみますか?」
「えっ!はい!!やったー!!」
「じゃあエプロン着けて、ここに座ってください。」
ドキドキしながらろくろの前に座り、手に水をつけ、土を触る。
微妙な力加減でぐにゃぐにゃになる土。
指先に全神経を集中させ、渡辺さんに手ほどきを受けながらなんとか湯呑み完成!!
美香もピルスナーを完成させた。
「2~3ヶ月で出来ますから、それくらいしたら連絡もらえますか?そのとき金丸さんが居る場所にお送りしますよ。」
もー、なにからなにまでVIP待遇すぎ!!
奥さんの昔の友達の息子だからと言っても、あまりにも良くしてくれすぎ。
備前焼のこれ以上のフルコースはないよ。
絶対何かお礼しなきゃ。
ものすごく有意義な時間を過ごさせていただき、2人見送られながら岩谷を後にした。
その夜は玉島の街中にある温泉に入り、タンタンメンを食べ、テキトーに寝床を見つけて毛布に包まった。
翌日、岡山市内に車を走らせた。
旅中、2度目の再会となった美香との日々も今日でラスト。
あああ、早かったなぁ。
もう帰ってしまうんだな。
でも美香といるとガンガン先に進めなくてもどかしい気持ちもあった。
岡山県にはもうすでにだいぶ長いこと滞在している。
早く次の県に進みたい。
岡山市内のバス乗り場から、小倉・博多行きの高速バスが出るのは22時なので、街中をブラブラして、古ぼけたパチンコ屋さんを見つけ、釘が抜けそうなレトロな台で3千円くらい負けた後、車の中で美香は昼寝、俺は編み物。
17時になり、見つけておいた老舗のカツ丼屋さん「野村」に入り、70年の伝統のカツ丼を食べる。
ご飯、キャベツ、ヒレカツ、その上からご飯が見えなくなるくらいデミグラスソースをたっぷりかけた見たこともないカツ丼は、すごく美味しいけど次食べるには1ヶ月は間を置きたくなるほどしつこかった。
それからJOY POLICEっていうものすごくデカいゲーセンに行った。
今まではただのたまり場としてしか使ってなかったゲーセンが、恋人と行くとこんなにも楽しいなんて知らなかった。
さんざん遊んだらいい時間になり、夜の岡山市を歩き、バス乗り場へとやってきた。
バスに乗り込んだ美香とガラス越しに顔を見ながらケータイで話をする。
いっこく堂みたいに、口をパクパクさせながら、
「声が遅れるね。」
なんて話してると、バスはゆっくり動き出し、岡山の街へ消えていった。
1人、ターミナルに立ち尽くす。
さっきゲーセンでとった、美香とお揃いのTHE DOGのケータイストラップがカチャカチャ音を立てる。
ケータイの裏には、これまたさっきゲーセンで撮った2人のプリクラ。
あんまりこういうのは好きじゃないと思ってたけど、やってみるとなかなかいいもんだ。
次に美香と会えるのは茨城だろうな。
それまで旅しまくるぞ。
美香がいた間、岡山市周辺から離れられなかったので、一気に岡山県北部の美作まで車を走らせた。
暗闇の道を、ロッドスチュワート爆音で飛ばすと、解き放たれた気分。
さぁージャンジャンまわるぞー!!
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