高速を使い、4時間かけてやってきたのは、徳島の海沿いの町、日和佐。
のどかな町中からさらに20分ほどガタガタ道を走り、いくつもの谷を越える。
しばらくすると森の間から海が見え、坂を降り、波がかかるんじゃないかってぐらいの波打ち際のコンクリートの道を進んでいくと、道のどん詰まりに民宿がたっていた。
ここかよ…………
「貸し別荘とってあるからなっ!!」
と、営業の緒方さんは自信満々に言ってたけど、これはどう見ても下宿ですよ。
ガタガタン!!と建てつけの悪い引き戸を両手で開け中に入ると、6畳2間の和室。
古ぼけた昭和の建物で、こんな山に囲まれた磯にどんなお客さんが来るんだろうって不思議になる。
今からここで3週間、泊まり込みで働く日々が始まる。
のどかな風景だけど、マジで周りは山と海で隔離されていて、軽い軟禁状態だ。
とにかく働くしかないな。
岡山から運んできた荷物を運びこむと、早速宴会の始まり。
四国の寂れた貸し別荘でビールを飲む。
はー…………もちろんケータイは圏外。
美香との電話もしばらくお預けだ。
そんな徳島県の僻地で始まった仕事はトンネルの工事だった。
トンネルの壁や天井に入ったヒビから水が漏れ出しているのを、樹脂を注入して止水していく。
山奥の690mのストレートトンネルが、工事が始まった途端、立ちのぼる粉塵のせいでさっきまで見えていた出口が見えなくなる。
壁は排気ガスで真っ黒。
不健康極まりない。
岡山大学で応援に来ていた2人、早崎さんと大原さんも今回の工事に参加しに来ており、合計7人。
もちろん毎晩宴会だ。
狭い民宿の部屋で7人の男が酒盛りしてるもんだからマジで足の踏み場もない。
これぞタコ部屋ってやつなのかな…………
主に営業を担当している緒方さんは、営業というだけあってすごく話が上手。
昔クラブシンガーをやっていたということで音楽の話も合う。
そんな緒方さんは料理も上手。
「炊事、洗濯、掃除、一通りの家事ができて、仕事もできる。そこで初めて嫁さんに文句が言えるってーもんだ。」
緒方さんが作ってくれた今日のメニューは野菜炒めと麻婆豆腐。
みんなの酒もすすむ。
「おーーーーーっし!!山行くぞ!!山の上!!みんな用意しろー!!」
みんなが一斉に出かける準備を始めた。
はっ?どこ行くの?!!
こんな夜に!!?
わけもわからず車に乗り込み、灯りの無い山道を突き進む。
10分ほど走ると、山の中にちょっとしたホテルが現れた。
こ、こんなところになんでホテル?
怪しすぎるだろ?
中に入ると、普通のフロントがある普通のホテル。
みんなは慣れた様子で細い通路を奥に進んでいく。
「プール」と書かれた部屋に入ると屋内プールがあり、その周りにはテーブルとイスが並べられ、誰もいないガラーンとした静寂の広場をミラーボールがむなしくクルクルまわっている。
さらに奥に進むと、今度は「カラオケルーム」と書かれた部屋があった。
中に入ると、そこは異国だった。
「イラッシャイマセー!!」
どう見ても日本人じゃないホステスがわんさか。
「ドーゾドーゾ」
戸惑う俺をボックスに座らせ、何も聞かずにウィスキーの水割りが注がれる。
「カンパーイ!!」
みんな、慣れた様子で肩を組み、腰を抱き、笑ってる。
とりあえず女の子と喋った。
「あの…………いくつですか?」
「ハイ?」
「え、いや、何歳ですか?」
「アー、イングリッシュプリーズ。」
日本語通じねぇのかよ!!!!
っていうか、こんな民家も無い山の中になぜフィリピンパブ?
人こねーだろ。
この女の人たちもどういうつもりでこんなところで客を待ってんだ?
じゃとりあえず金丸君は歌を歌えということになり、それならばとサイモン&ガーファンクルの『明日に架ける橋』を歌った。
「オォォォォォォォォォウ!!」
「イヤアアアアアアアア!!」
ガッツリ歌うと、フィリピンガールだけでなくフィリピンボーイ(バーテン)まで飛び出してきて抱きついてきた。
「I don’t wanna miss a thing. シッテル?」
「あー、知ってるよ。」
「ヒャァァアアアアアアアア!!」
エアロスミスの歌を歌うともう大興奮の女の子たち。
ピッタリした服を着て肌を露出しまくったエッチなフィリピーナたちにキスされまくりの俺。
わ、悪くないなぁ。へへ。
夜がふけてきたらもうみんな完全に壊れてる。
いつもすごく優しくてかっこいい山下さんは、なぜか裸になり、どっか他のお客さん達の前に行って、「ハッ!!ホッ!!」とかって、ボディビルの真似を披露してる。
叔父さんは「ヒッヒー!!」とショッカーの真似をしながら女の子を追い掛け回して、案の定、隅に置いてある植木をひっくり返した。
緒方さんは英語ペラペラでどうやら女の子を口説いてるらしい。
どんな状態?って思いながらも俺もだいぶ酔っ払ってる。
フラフラしながらボーイさんにトイレの場所を聞く。
「コッチ、コッチ」
ボーイのクリスはハンサムで愛想が良く、トイレまで案内してくれるってんだけど、なぜかどんどん奥へ進んでいく。
寂しいプールサイドを歩き、ミラーボールの下を過ぎ、え?そんな奥なの?ってくらい進み、やっとトイレを見つけ用を足してると、クリスが入り口でジーッと俺を見てる。
こ、怖い…………
トイレを終えて帰りもクリスと一緒に戻ってると、美香から電話が入った。
このホテルは電波が届くみたいだった。
脅かしてやろう、とクリスに電話に出てもらう。
「モシモシ、ボククリス、アナタフィリピン?」
爆笑しながら横で聞いてる俺。
「デンワ、キレマシタ、オコッタ。」
「アハハハ、サンキュー。」
謝ろうと美香にもう一度電話をかけると、クリスが近づいてきて耳うちしてきた。
「デンパダメ、コッチコッチ」
クリスに背を押され物かげに連れていかれる。
どんどん進み、暗がりに入った。
その瞬間、クリスが優しく抱きついてきた。
「ゴメンッテ、イッテクダサイ。ゴメンネェ………ハァハァハァ………」
ふと気付くと、クリスが俺のお尻をナデナデしてる。
はっ!!まさか!!
ほっぺたにくっつけられた唇がどんどん俺の唇に近づいてくる!!!!
や、やばすぎる!!
ヒイイイイイイイイイイイイイ!!!!!
「バイバイ美香!!」
あわてて電話を切りそそくさと歩くと、クリスも早足で俺の後をついてきた。
キャアアアアアアアアアアアアア!!!!
大急ぎでカラオケルームに戻るともうみんなほとんど死んでいた。
他のお客さんも入り混じり、カラオケにあわせみんなで踊りまくる。
叔父さんは、もうここには書けないくらい壊れてる。
「よし!!そろそろ帰るぞ!!」
頼りになる営業の緒方さんが強引に切り上げて全員を外に連れ出し、宿に戻った。
グデングデンの叔父さんを抱えて布団の上に寝かせ、みんなすぐに布団にくるまり、電気を消した。
なんだったんだあの空間…………
こんな山の中にたくさんのフィリピン人の女の子たちがいるホテルがあるなんて。
一体どんなお客さんが来るんだよ。
まぁ俺たちみたいな長期の工事業者目当てってことなのかな。
布団にくるまりながらポケットの中の紙を触った。
さっきお店を出るとき、ずっと俺の隣にいたシャネルっていういかにも源氏名の22歳のフィリピーナが、コソッと電話番号の書いた紙を渡してきた。
外国人の女の人の気持ちなんて、と思ってしまったけど、同じ人間なんだよなぁ。
今まで俺が相手してきたような女たちのように、繊細な気持ちのやり取りがある。
はー地球って不思議だ。
人間って不思議だ。
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