宝島を朝7時に出港したフェリーは、小宝島、悪石島、諏訪瀬島、平島の順に十島村の島々に寄港し、12時40分くらいに目的地、中之島に到着した。
周囲32kmのこの島には、標高約1000mの御岳という火山があり、薄く雲のかかった山頂から煙が昇っている。
山だらけのこの島にはいろんな野鳥が生息しており、国の天然記念物に指定されているアカヒゲという小島や、日本馬の原種といわれているトカラ馬なんかもいるとのこと。
このトカラ列島を全部回るのは時間的にも予算的にも不可能なので、2つだけ回ろうと思ってた。
宝島と、もうひとつはここだ。
宝島よりは少し整備された港を出て、カップラーメンでも食べようと、庭先で爪を切ってるおじさんに話しかけた。
「すみませーん、売店ってどこにありますか?」
「あー?夕方からしか開かないよー。17時ぐらいからしか。」
少し立ち話していると、家の中に荷物を中に置いといていいよと言ってくれ、カップラーメンまでごちそうになった。
ありがたい。
俺が御岳に登りたいんですと言うと、
「御岳は片道2時間はかかるぞ。いくら兄ちゃんが若いって言ってもな。」
4時間で帰ってくれば19時。
まぁなんとかなるだろう。
「ちょっと行ってきます。」
とデジカメだけ持って外に出た。
しばらくテキトーに歩いてみたが道が分からないので、すぐそこの岸壁で釣りをしている人たちに尋ねてみた。
「すいませーん、あの山に登りたいんですけど。」
「あーダメダメ、今日はやめろ。」
聞くと、道が途中までしか舗装されてなく、頂上付近はけもの道になってるという。
しかも火山なので、雲のかかってるときに登るとガスが充満しててかなり危険なんだそうだ。
そのとき、隣のじいちゃんが一本釣りの竿で巨大なフグを釣り上げた。
さすがに地元の人にこんだけ言われたら無茶なことはやめとくか。
すると、登るのをやめろと言ったおじさんがコーヒーを買ってきてくれた。
偶然にもこのおじさん、さっきカップラーメンを食わしてくれたおじさんが住んでる借家の家主さんらしく、今夜あそこに泊めてやるとのこと。
ラッキー。
やることもなくなったので、町の中を散歩して、夕方になって荷物を置かしてもらっているおじさんのところに戻った。
味噌汁を作っていたおじさんに、焼酎2合を買ってってあげるとすごく喜んでくれた。
するとそこにさっきの釣りをしてたおじさんもやってきて、釣り上げた魚を慣れた手つきでさばいてくれた。
さぁ宴会の始まり。
ここに住まわせてもらってる住所不定のシゲルおじちゃん。
いろんな土地を渡り歩き、歳をとってから生まれ故郷のこの島に帰ってきたらしいが、浦島太郎状態で知り合いもおらず、仕事も無く、倉庫みたいなこの小屋で1人で暮らしている。
酒が進むとシゲルおじちゃんの昔自慢大会が始まり、釣りのおっちゃんこと田中さんと2人で何時間も彼の独演に相槌をうつ。
「おい、温泉つかってくれば?」
気を使ってくれた田中さんの言葉に甘え、歩いて30秒の防波堤沿いにある温泉へ。
ほったて小屋みたいな簡易的な公衆浴場だったんだけど、お湯は最高だった。
こりゃアトピーにも喘息にもいいなぁ。
「ここの温泉は湯冷めしないよ。」
と小指のない田中さんの言葉どおり、夜道をポカポカで歩いた。
「ただいまー。」
「だから本当にもうね!!あのね!!」
まだやってる…………
それからも数時間シゲルおじちゃんの武勇伝話は続き、田中さんがちょっと怒りモードに突入して帰って行ったころにはとっくに24時をまわっていた。
そろそろ寝ましょうと強引にお開きにして、防寒具を何も持ってないという俺に、バカか!!と田中さんがくれた寝袋にもぐりこむ。
布団の中でまだしゃべり続けているシゲルおじちゃんの横で目を閉じる。
はー、明日は雨かぁ。
これじゃあ山登れねーな。
せっかくそのためにこの島に来たっていうのに。
あー疲れた。
あー…………美香を抱きしめてー。
翌朝、シゲルおじちゃんに揺さぶられて目を覚ました。
「ご飯できとるぞ。」
昨日の残りの味噌汁と、ガスで炊いたご飯。
テーブルの前に座る。
「ご飯できとるぞー。おかわりあるからなー。」
昨日の酔いがまだ覚めてない様子のシゲルおじちゃん。
朝っぱらから昨日の残りの焼酎をあおっている。
千鳥足で何度も同じことを言う。
「おかわりするか?」
「いやいいです。朝はあまり食べないから。」
「本当にいいのか?」
「はい!!いいです!!」
外はあいにくの雨。
山には登れそうにない。
しょうがないから今日は14時からしか開かないという歴史民俗資料館と灯台に行くことに。
「おかわりするか?」
「だから、いいですって…………」
シゲルおじちゃんにはお世話にはなってるけどさすがにイライラしてしまった。
ガジュマル林をくぐりぬけ、盆地に出ると、広大な草原にトカラ馬がヒヒーンと走り回っていた。
資料館にたどり着いたのは13時頃。
何やら工事をしている。
「今日は閉館だよー。」
と、塗装屋さん。
マジかよ、なんも見れんじゃねぇか。
仕方なく灯台があるという場所に向け歩き続ける。
片道3時間。
強風に傘がガボッ!と裏返ったりしながら歩き続け、やっとの思いで灯台にたどり着いた。
しかし別になにも景色良くねぇ…………
このままじゃ帰れないと思い、灯台の裏の牧場の中を牛のフンを踏まないように慎重に歩いて先の先を目指した。
俺の身長なんかより余裕で高い草むらを傘でかきわけながらズンズン進んでいく。
そして草むらをぬけた瞬間だった。
急に足場が消えた。
いきなりの断崖絶壁。
あっぶねええ!!!
下を覗くと、目がくらくらした。
侵食された岩肌に打ちつけられた波がしぶきを上げ渦巻いている。
東映のザッバーンなんか、まるでメじゃない。
それでもまだ満足できないので、強風に混ざって顔に当たる小雨をものともせず、絶壁を途中まで降りてみた。
足を滑らせたら激流の中に真っ逆さまだ。
なんでこんなとこにいるんだろう。
いつもこんなわけのわからないところまで来てしまう。
どこまでも行ってみたくなってしまう。
崖の途中まで降り、これ以上は無理そうなので、そこの岩肌に10円玉でJOEと刻んだ。
大好きなトムウェイツの歌の主人公。
こんなところ絶対誰も気づかないだろうな。
変な達成感を胸に、もときた道を戻った。
17時半には真っ暗闇になり、わずかに光る濡れたコンクリートの明かりだけを頼りに足を進める。
灯台を出たのは16時半。
行きで3時間かかってるからな。
トカラ馬のヒヒーンといういななきが闇の中から聞こえてくる。
いきなりバサバサッと飛び立つ野鳥。
吹き荒れる強風に傘ごと奪われそうになる。
暗い空にさらに暗い山々が陸線を引く。
びしょ濡れでシゲルおじちゃんのとこに戻ったころには19時になっていた。
すぐにカップラーメンを2つ食べ、冷えた体を温めるため温泉に行った。
温泉の入り口には寄付金箱が設置されている。
毎年台風でぶっ壊されて、維持費が結構かかってるみたいだ。
温泉から戻って、シゲルおじちゃんと少し話した。
昨日、田中さんに仕事どうにか世話してくれんね、と20回ぐらい言ってて、田中さんはまず住民票をこの島に移すこと、それから真面目に暮らすこと、と20回ぐらい答えていた。
わかったーわかったーと言っていたシゲルおじちゃん。
何もしないで朝っぱらから酒飲んで19時は寝て、島に溶け込もうとする態度には俺には到底見えない。
そんなことだからこの歳になって身よりも無くこんな暮らしをすることになるって、わかることだよなぁ。
もうちょっと頑張ってみようとか思わないのかなぁ。
俺は絶対こんなオヤジにはならねぇって思いながら寝袋にもぐりこんだ。
翌日、シゲルおじちゃんに別れを告げて港まで歩いた。
相変わらず小雨がパラパラと降り続いている。
中之島から鹿児島本土までは6千円。
これで残金は1万4千円。
キビ狩りのバイト代はもう少ししたら口座に振り込まれるはずだ。
時化で入港時間がだいぶ遅れたが、14時ごろになるとようやく霧の向こうから霧笛が聞こえた。
山にこだまし、2度響く。
久しぶりの内地である鹿児島市に到着したのは21時半だった。
ようやく帰ってきた。
ここからは陸路で日本の旅が始まる。
と言いたいところだけど、まだ大事な島が残っている。
種子島行きのフェリー乗り場に向かい、チケット売り場の建物の陰に荷物を隠し、天文館に向かった。
たくさんの人で賑わうアーケードがとても懐かしかった。
たった2ヶ月前まで俺はここにいた。
でもその2ヶ月はあまりにも濃厚な日々だった。
これまでの経験が変な自信になり、にぎわう繁華街の人ごみの中を堂々と歩かせてくれる。
旅人いないかなー、とキョロキョロしてると、いかにもって感じの兄ちゃんが露店を出していた。
売り物はお決まりのヘンプだ。
「こんばんはー。」
「こんばんはー。見てってねー。編みこんでるのは天然石だよー。」
日本を南下中というこのお兄さんは、つい先日、屋久島、種子島から帰ってきたばかりだという。
「屋久島はねー、帰りはねー、貨物船に乗せてもらうといいよ。2千円で乗せてもらえるから。直接港に行って船長に金渡すの。貨物は旅客乗せちゃいけないからね。まーワイロみたいなもんだよ。」
いい情報を聞いた。
屋久島、種子島を回ったらフェリー代で1万5千円ぐらいかかると予想していたのに、おかげで全部で6千円で帰ってこられそうだ。
やっぱり表面だけの情報で動いちゃだめだね。
いろんなとこから情報は集めなきゃ。
他にもいろんな情報を交換し合った。
屋久島の山での過ごしかたとか、ヘンプの俺の知らない編み方とか。
俺は沖縄での情報を提供した。
港に戻り、誰もいない駐車場に座り込んだ。
寒くて防寒着をだして着込み、ギターを弾いく。
ポロポロと弦をはじく。
ハマショーの『Midnight Flight』を口ずさんでみた。
「あの子乗せた翼、夜空へ消えてくー、空港の駐車場ー、もう人影もないー。」
古い歌を歌うと、それぞれが違った場面を思い起こさせてくれる。
この歌は宮崎で、友達の車の中でよく流れていた。
この歌を聴きながら、夜そいつと2人でドライブしたもんだった。
みんな元気かな。
そんなことを思いながらギターをしまい、寝袋にすっぽりともぐりこんだ。
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