フェリーは夜の海を走り、20時40分に那覇新港に到着した。
ターミナルには旅人目当ての安宿のバイトたちが、
「1日1500円でーす!!」
「1日2千円で、シャワー、テレビ、洗濯機タダだよー!!」
と、叫んでるんだけど、次から次に俺ばっかりに言い寄ってきやがる。
「あっ大丈夫です、野宿するんで。」
と、チラシを差し出す手をかいくぐり外に出た。
島巡りから久しぶりに戻ってきた沖縄本島。
背中には必需品を詰め込んだリュック。
右手にハードケースのギター。
左手で作業着4着ほど詰め込んだバッグを担ぎ上げて歩く。
マジで重過ぎる…………
10mも歩けない…………
もうたまらんと、道路に出て親指を立てまくった。
すぐに軽の兄ちゃんが止まってくれ、常宿であるとまりんまでお願いしますと言うと、あ、そんな近くでいいんだね、とのこと。
車の中で今までの旅のことなど、色んな話をした。
「久美っていう定食屋に行きたいんですよねー。」
「あっ、そこ俺も一度食べたかったんだよ。一緒に行こうか。」
那覇の街の中、路地裏にひっそりと店を構える定食屋の久美。
色んな人から美味しくて量が多くて安いって話を聞いてて気になってたんだよな。
お店を見つけ出して兄さんと店内に入ると、スターダストレビューの写真やらサインやらがやたらと壁に飾ってある。
おばちゃんにとんかつ定食となすみそ定食を頼んだ。
料理が来るまで、兄さんとまたいろいろ話してると、なんとこの兄さんも俺が以前ブタの餌やりやタイ米のバイトでお世話になった派遣会社で働いてるとのことだった。
「早く定職につきたいよ。」と言ってる兄さんは28歳だった。
とんかつ定食がきた瞬間、えっ?これ全部食べればタダってやつですよね?って思うほどの量。
この店本当に儲かってんのか?
沖縄の定食屋はとにかく量が多い。
地元の宮崎じゃいつも大盛にしないと足りないくらい大食いな俺だけど、沖縄で大盛なんて言ったら自殺行為だ。
結局ここでも食いきれず、おりに詰めて持って帰った。
兄さんに送ってもらい、とまりんにやってきた。
勝手知ったるこのとまりん。
快適な野宿スポットではあるけど、ここに来るとあのときの辛さを思い出してしまってなかなか寝付けなかった。
迷路のような真っ暗な立体駐車場の中を、雨の吹き込まない場所を探してビショ濡れで歩き回ったあの日。
監視カメラにおびえながら車の陰にうずくまってた。
雨に追いやられ、暗がりにうごめく浮浪者たちから離れ、1人雨の流れとネオンをボンヤリ眺めていた。
あれから2ヶ月が経った。
不思議にそんなに寂しくはない。
もう1人ぼっちの夜なんて恐るるに足りない。
翌日、派遣会社の事務所にバイト代をもらいに行った。
全部で39500円。
まぁ予想通りかな。
それから郵便局に荷物を取りに行った。
実家から防寒着とお母さんのデジカメを送ってもらっていたのを受け取る。
旅の中で身についた裏技、郵便局留めってやつだ。
俺のデジカメは落っことしたせいで電池入れの蓋がカパカパになっちゃってるから、修理に出してる間お母さんのを借りとくことに。
ヒッチハイクを開始できたのは13時くらいだった。
サーファーの兄さんたちに乗っけてもらい、平和記念公園へ。
兄さんたちの話によると、よく波乗りに行くスポットの近くの茂みから、戦時中に死んだ人の白骨死体が出たらしい。
激戦区だった本島南部にはまだ発見されてない白骨死体がたくさん埋まっているらしく、ヘタに道路際の草むらなんかに入っていったら見つけてしまうこともあるんだって。
沖縄本土に落ちた爆弾の数、畳1畳につき約15発だったという狂気。
平和記念公園内には修学旅行生たちが何校も来てて、ギャハハーと笑いながら真剣に見てる俺の横をろくすっぽ目をくれず、通り過ぎていく。
こんなもんだろうな。
俺も修学旅行だったら多分鬼ごっことかしてたはずだ。
平和の石碑には戦争で亡くなった人の名が各県ごとに分けて刻まれてあった。
楽しそうに記念撮影している修学旅行生たちの立っているすぐ後ろの崖は、追い詰められた人たちが次々と飛び降り自殺をしたというバンザイクリフ。
みんな本当にバイザイー!!って叫びながら飛び降りたのかな。
想像すると怖くなってしまう。
一通り公園内を見終わり、よし次行くかーと出口に向かって歩いていると、ミニスカートに編みタイツを履いたものすごくスタイルのいいお姉さんがベンチに座っていた。
ヤベーって思いながらお姉さんの足をチラチラ見つつ、外に出た。
次は玉泉洞だ。
もう16時半。
急がなきゃと道路に座り込み、ダンボールに玉泉洞と書いていると、いきなり誰かが声をかけてきた。
「乗ってきますー?」
顔を上げるとそこには1台の車が止まっていて、運転席に座っていたのはなんとさっきの網タイツの姉さんだった。
嘘ぉ!!!マジか!!!
えええ!!!どういう展開!?!?どういう展開!?!?
ていうかさっき足見まくってたの気づかれてた!?!?
怖い!!!!
ウヒョオオオオオオオオオオオオオ!!!!!と興奮していると隣に彼氏が乗ってた。
そういう展開ですか。
大学生の美香子さんと、絶対昔バリバリヤンキーだったなっていう、でもすごく優しそうなナオキさん。
俺が玉泉洞に行きたいと言うと、
「よーし、俺らも一緒に行くよー。」
とみんなで行くことになった。
俺の分まで入園料を払ってくれたナオキさんと美香子さんの後ろを歩いてると、オヤジたちが美香子さんの足をチラチラ見ていく。
俺もバレないようにチラチラ見る。
うーん、スタイルいいなぁ…………
ナオキさん、マジごめんなさい…………
なんかここの名物でハブ対マングースがあるらしいんだけど、動物保護法かなんかで戦わせちゃいけなくなったってんで、ハブ対マングースの水泳競争をしてた。
めっちゃどうでもいい。
「ちょっと付き合ってよ。」
玉泉洞を出るとナオキさんがそう言った。
「ウチの会社の下請けの社長さんとご飯行くから。おごってもらうから俺の友達のフリしてね。」
やったー!!
って、それ大丈夫か…………?
俺が行っていいの?
予想外すぎる展開にビビっているうちに、その社長さんの家に着いた。
「おー!!まぁ上がって上がって!!」
テーブルに3人正座。
正面にはいかつい、いかにも職人ってカンジのオジさん。
(えっ…………これ何??)
めっちゃ部外者で、気まずさにぶるぶる震えながらお茶をすする。
隣でナオキさんが真面目な仕事の話をしている。
足がしびれ始めた頃に、
「よし飯食い行こうかー。」
ということになり、4人で向かったのはサムズアンカーインという焼肉屋さん。
入り口に続く階段の壁には下地が見えないほど色んな名刺が画鋲で貼られている。
中に入ると外人さんばっかり。
「少々お待ちください。」
とセーラー服を着たウェイトレスがやってきて、俺たちが座っているテーブルにトランプのカードを置く。
しばらくすると、
「三つ葉の4の方、お待たせしましたー。」
ドアが開いた。
広い広い。
ガヤガヤガヤ…………
さっきのはただの待合室だった。
背広のピシッとしたおじさんにイスをひかれ、後ろから首かけを結んでもらった。
他の3人は平然としてるけど、俺は、も、もう、どうしていいかわからない。
高級店すぎる!!!
後ろから首かけとか赤ちゃんじゃあるまいし!!!
目の前の鉄板ではシェフが軽快にナイフとフォークみたいなやつをシャキンシャキンやってる。
パン、舞う舞う!!
コショーを振る木の棒、まわるまわる!!
アホみたいな顔で見とれてる俺に、社長さんがワインを勧めてくれた。
肉とワイン。
オリバみたいなことがやってみたくて飲みますとは言ったものの、メニュー表渡されたって絶望的なほど何もわからない田舎者。
困ってる俺を見てナオキさんが、
「あっ、じゃあグラスでお願いします。」
と、フォローしてくれた。
「サラダにかけるソースはブルーチーズとイタリアンとフレンチとアレとアレとアレと、どれにいたしましょうか?」
よくわからないのでテキトーにブルーチーズと答える。
「おー!チャレンジャーだね!!」
みんなが笑いながらそう言う。
え!?なに!?何がそんなにヤバいの!?
「ちょっ、ちょっと待ってください。やっぱりイタリアンで…………」
「かしこまりました。ではお肉の焼き加減はいかがいたしましょう?」
みんながミディアムというので、俺ももちろん真似てミディアム。
それ以外何かありましたっけ?
お肉を焼いてくれたシェフが一切れ皿に取ってくれた。
「焼き加減はこのくらいでよろしいでしょうか?」
「は!!は、はい、おいしいです…………」
…………今思い出しただけでも死ぬほど恥ずかしい。
みんなが食べきれなかった量を俺だけ綺麗に平らげ、店を出た。
「おやすみなさい、社長。」
と、社長を見送り、一息ついた。
彼とはどういう関係なの?とか聞かれたらなんて答えようかハラハラだったよ。
元走り屋のナオキさんは夜の国道をビュンビュン飛ばし、国際通りまで送ってくれ、2曲ほど俺の歌を聴いてホテルに帰っていった。
ナオキさん、美香子さん、本当にありがとうございました。
勢いでそのまま路上で12~13曲歌い、外人さんに2ドル55セントもらい、もはや懐かしい平和通りに向かって歩いた。
あの台風の後に見つけた平和通りアーケードの中にある野宿ポイント。
なんて寝心地がいいんだ…………
といっても雑居ビルの角の暗がりなんだけど。
それでも他の野宿場所に比べたら快適だ。
でも…………
うーん…………ジーパンの破れた部分を蚊が狙い打ちしやがる。
痒くて眠れないいいい………と思いながらすぐ寝た。
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