軽トラは広大な畑の中をゆっくりと進んでいく。
そうしてポツンとたたずむ薄汚い倉庫の前に止まった。
穴だらけのボロい倉庫の中には、使えなくなった農業機械や肥料が詰め込まれており、その奥に汚いイスやテーブルが置いてあり、炊事場なんかもある。
「部屋はここ。」
といわれ、ドアの中をのぞくと、2段ベッドがズラーッと並べられており、その中で何人か寝てる人がいた。
「みんな来るまでテキトーにしといて。麻の編み方教えてよ。」
というショータ君に簡単な編み方を教えていると農業機械の影からヌウっと誰かが出てきた。
「なーにやってんの?おっ!!俺にも教えろよ、それ。」
ヒゲをはやした北村さんというそのおっちゃんは、ニコニコしながら隣に座ってきた。
雨の降りしきる中、薄暗い倉庫の中で大の男3人が何もしゃべらずにもくもくと指を動かしている。
ここはサトウキビ刈りのバイト生が泊まっている倉庫で、現在6人が住んでいるとのこと。
みんなで共同生活をしながら、来る日も来る日もサトウキビの植え付けの作業をするみたい。
石垣島でサトウキビバイトといえば季節労働をする若者の間ではすごく有名なものだけど、ついに俺もその場所に来てしまった。
バイト生のみんなが俺の歓迎会を開いてくれることになり、みんなで軽トラに乗り込んで町に買い出しに向かった。
ドライバー、助手席、そして荷台に3人が乗り、小雨が舞う凸凹の畑道を突っ走っていく。
「ウオー!!」
「ギャー!!」
「かかってこいオラー!!」
真っ暗な畑の中、みんなでめちゃくちゃに叫びながら走っていると、まるで地元のやつらと遊んでるような気分だった。
「カネマル君、収容所にようこそー!!!」
スーパーでビールと泡盛を買い込み、倉庫に戻ってすぐに宴会が始まった。
ここは住み込みのバイトができ、簡単に雇ってもらえるため金に困った旅人がよくやってくるらしい。
①周りに何もなく、
②朝から晩まで働き、
③休みは雨が降るまで無い。
まさに収容所。
「はい、どーもー!!」
時計回りに一気飲みが始まり、この収容所にすでに7ヶ月もいるという佐藤君(20歳)が泡盛「八重泉」(30°)をロックで一気飲みした。
1ヶ月間修羅場をくぐると、いつのまにか並の旅人に負けないほどの土産話があり、みんな俺の話に耳を傾けてくれる。
一升瓶と5合瓶が空いた頃には、佐藤君は犬のミックに顔をペロペロされながらコンクリの地面に寝ゲロをまきちらしてぶっ倒れてた。
「おーい。大丈夫かー。」
「部屋まで運ぶかー。」
「いいや……ここでいい…………ここがいい…………ゲロゲローーー!!!」
みんなでゲロを片付け、そろそろお開きということでそれぞれベッドに戻っていった。
俺とショータ君はそれからもまだ寝ず、しばらく起きていた。
ショータ君はもくもくと麻の編み物。
俺はその横で日記を書く。
畑のど真ん中にある倉庫なので虫の鳴き声がものすごい。
この空模様じゃ明日は仕事は休みになりそうだ。
しばらくするとショータ君が部屋に戻り、1枚のCDを持ってきた。
「これ聴いてみてよ。絶対気に入るから。」
端っこに置いてあるCDプレイヤーの再生ボタンを押すと、聞き覚えのあるコード進行のピアノが倉庫に響いた。
それに続くしゃがれ声…………
トムウェイツの『Ol’55』
思わずショータ君とがっちり握手した。
こんなところでまさかトムを知る人間と出会えるなんて。
トムウェイツは中3の頃からずっと俺のヒーロー。
天井の高いコンクリの倉庫に反響しゆっくり流れる、俺の血肉となった音楽。
泡盛で酔っ払って夢見心地だった。
「起きろゴルァァァァァァアアアア!!!!!」
はっ!!
とんでもない絶叫でベッドから飛び起きた。
な、なんだなんだぁ!?!?
時計を見るとお昼の11時。
今日は雨でバイトは休みのはずだけど…………
「焼肉食いたくねぇのか?」
「行きまーすっ!!」
絶叫したのはバイト施設のボスである田村さんだった。
この人が俺たちの雇い主であり、この倉庫の持ち主さんみたいだ。
みんなでぞろぞろとついて行き、食べ放題の焼肉をご馳走になり、午後は倉庫の周りの荷物運びを手伝った。
しかしちゃんとしたバイトは連日の雨のせいでいつまで経っても始まらなかった。
バイト代はここの収容所の宿泊代を引いて5千円。
働けなければ金が貯まらない。
何もすることなく、みんな寝るか、テレビを観たりしている。
ショータ君と北村さんは俺が教えた麻の編み物にすっかりハマってしまったようで、朝から晩まで精を出している。
それにつられて50歳くらいの最年長の桜井さんまでもが麻編みを始めた。
「あの店のアケミにあげるんだ。」
いいおやじが飲み屋の女の子にプレゼントするために一生懸命麻を編んでいる。
平日の午後。
雨音に包まれた倉庫の中で、大の男4人が無言で編み物をしている。黙々と。
さすがに体に苔が生えそうなので、みんなでドライブに出かけたりもした。
石垣では有名な明石食堂ってとこでソーキそばを食べた。
うん、美味しい。
うがん埼もすごく綺麗。
いや、観光なんてしてる場所じゃなくて早く働きたいんだけどなぁ…………
「おらぁぁぁぁああああああ!!!!起きろおおおおおおおおおおおおおお!!!!」
その日もまた田村さんの絶叫で飛び起きた。
久しぶりに雨が降っておらず、やっと今日から仕事が始まるみたいだ。
みんなで軽トラの荷台に乗りこみ、事務所に向う。
俺は北村さんとサトウキビの苗の植え付けとのこと。
トコトコと進むトラクターの後ろに乗って、スクリューの中にキビの苗を放り込んでゆく。
ザクザクと刻まれたキビはそのまま畑の土の中に埋まっていく。
それをひたすらポイポイ放り込んだ。
1日中放り込んだ。
そうして倉庫に帰ったのは19時。
別に疲れてはいなかったし、今日は土曜の夜なので歌いに行くことに。
軽トラに乗ってやってきたのは石垣島の最大の繁華街、みさき町。
島の規模にしてはお店の数も多くて結構賑やかだ。
飲み屋ビルの前の大きな階段に座り、どこで歌おうかと、路上でアクセサリーを売ってる兄ちゃんに声をかけた。
「ここら辺で歌ってる人ってどの辺で歌ってます?」
「歌ってる人はいないよ。半年くらいここで店出してるけど、1人もそんなヤツは見たことないね。それにこの辺、ヤクザうるさいし。」
ヤクザが怖くて路上で歌えるか。
今までチンピラやら酔っ払いやらに叩きまわされて、鼻血まみれで逃げたりしたこともある。
それに本物のヤクザさんは、やたらめったにいちゃもんをつけてきたりはしない。
飲み屋街のド真ん中で、久しぶりに声をふりしぼって歌った。
ギョッとしたように振り返る人たち。
なんだこいつは、みたいな視線。
でもその視線もしばらくすると、歓迎の色に変わった。
「よっ!いいぞ!にいちゃん!!」
「おー!!がんばれよー!!」
最高だぜ。
さっきのアクセサリーの兄ちゃんをちらっと見て、どうだっと思いながらガンガン歌った。
いろんな人が話しかけてきた。
酔っ払い石垣んちゅ、観光ナイチャー、旅人…………
そして一番嬉しかったのが島の女の子。
めっちゃかわいかった。
「今度飲みにいきましょー。」
「あぁ、いいよ。」
「えっ!!じゃあ電話してください!」
電話番号を交換してガッツポーズ。
金も2千円入った。
矢田亜希子似の女の子には飲みに誘われるし、久しぶりに歌って気分爽快だし、やっぱ路上は最高だなぁとウキウキで倉庫に帰り着くとまだ電気がついていた。
もう夜中の1時。
まさかと思い中に入ると、予想通りショータ君が1人で編み物をしていた。
ハマりすぎ。
これこれこういうわけで近々合コンの可能性大です、と言うと、ショータ君の手がピタリと止まった。
顔を上げ、ニヤリ。
「フフフ…………」
「ンフフフフ…………」
2人でずっとニヤついていた。
でも結論、女の子たちは電話には出てくれなかった。
切ない。
それからは雨休みとバイトが半々くらいの日々だった。
サトウキビの植え付け、苗の刈り取り、たまにビニールハウスを片付けたり。
ご飯はいつもカップラーメンと白メシ。
それと鮭フレークをマヨネーズとしょう油で混ぜくったヤツ。
倉庫は虫さえいなければ快適なんだけど、とにかく虫が多すぎる。
たしかに畑のド真ん中にポツンとある倉庫で、しかもドアとかほとんどないし、これだけ明るけりゃ虫も寄ってくる。
ヤモリが壁に10匹くらい張り付いてるし、いろんな種類の羽虫、茶羽ゴキブリやら何やらかんやらがうじゃうじゃ…………
布団に入ろうとしたらキリギリスが布団の下にいるし、カップラーメン食おうとしたら2秒で虫浮いてるし。
みんなすぐに免疫つくからって言うけど、無理だなぁ…………
挙げ句の果てにはボスの田村さんが口走った言葉に耳を疑った。
「お前らほんと、よくあんなとこに住めるよなぁ。」
あんたが言うな!!!!!!!
しかも宿代が毎日千円。高いわ!!!!!!
ほんとビビるわーー…………
そう思うんだったらもうちょっと綺麗にしてくれよ…………
そんなひどいところで寝泊まりしてるもんだから、共同生活してるメンバーとの絆も深まる。
みんな仲良く過ごしていたんだけど、そんなある日、ついに石垣島を出発する佐藤君の送別会が催された。
21時頃になると仕事仲間のオバァたちがドヤドヤと倉庫にやってきて、大量のビールと泡盛、それぞれが作ってきたチャンプルーや郷土料理、刺身なんかがテーブルに並べられた。
総勢14人が椅子につき、長老桜井さんの挨拶でパーティーが始まった。
「えーこの倉庫でね、このような盛大なパーティーが行われることは、本当にこれが初めてのことで、佐藤君に代わり私からも御礼を申し上げたいと思います。ありがとうございました。」
なんか、こっぱずかしくてむずがゆくなるような雰囲気の中、虫の鳴き声の響く倉庫に桜井さんのスピーチは続く。
「…………えーそれでは今後の佐藤君のご活躍と皆様のご健勝を願いまして、カンパーイ!!」
「カンパーイ!!」
「ギャハハハ!!」
「ウヒャハハハ!!」
「ギャーーー!!」
いかにも島人らしい色黒の、髪ボサボサの、でもおめかししてきたのであろうことが伺えるオバァたちの絶叫のような笑い声が石垣の闇に消えていく。
俺が中学の頃ギターを弾きまくってた時も、この島でオバァたちは酒を飲んで笑ってたんだなぁ。
今この瞬間、ギターを弾きまくってる奴がこの世界にどれだけいるだろう。
ドキドキしてくる。
しばらくすると佐藤君と特に仲の良かったカイヌマくんが、突然奥の部屋に消えた。
そして何かの箱を持って戻ってきて佐藤君に渡した。
「ぐっ……」
箱を開けた佐藤君が泣きじゃくり始めた。
覗き込むとチョコレートケーキだった。
「バイバイ佐藤。石垣脱出おめでとう」
と板チョコに書かれていた。
ありがとぉ~!!と泣きじゃくる佐藤君の手を引っ張り、1人のオバァがケーキにナイフを刺した。
「ケーキ入刀ー!!」
「ブギャハー!!」
「ファッハハー!!」
また絶叫が響いた。
24時を過ぎ、一段落すると案の定、歌えコール。
「別れ道」っていうオリジナル曲を熱唱すると、佐藤君また号泣。
夜がふけ、1人、また1人と帰って行き、若者組で花火をした。
石垣島はまだまだ暑く、一年中でも花火がよく似合う。
ロケット花火が夜空に消える。
5時半にみんなで軽トラに乗って港に行き、佐藤君を見送った。
フェリーに乗り込む佐藤くんに手を振った。
きっともう会うこともないんだろうな。
みんなこうして新しい旅に出るんだ。
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