スポンサーリンク もう嫌だってへこたれてしまう時 2016/12/26 2016/12/01~ イギリス, ■彼女と世界二周目■ 2016年12月14日(水曜日)【イングランド】 イーストボーン ~ シーフォード朝からすごくいい天気だった。青空が見えると心も晴れる。このどんよりしたイギリスの空気に湿っていた心が気持ちよく乾いていく。今日もイーストボーンの崖を見に行くことにした。ロンドンの大学生であるSさんに、セブンシスターズという白い崖があるという話を聞いていたんだけど、まさにこのイーストボーンの海岸沿いがそのセブンシスターズだった。ドーバーでも白い崖を見たけれど、きっとこのあたりのサウスコースト一帯はそういった地質でできているんだろうな。車を降り、崖のほうへと歩いて行く。草原が辺り一面に広がり、とてものびやかで気持ちよかった。風が吹き、いろんな感情が生まれてはどこか遠くに飛ばされていきそうになる。草原は突然切れ、ガックリとそこから崖になっている。目の眩むような高さで海からそそりたっており、怖くて覗き込もうとすると腰が引けてしまう。見渡す限り、ずっとはるか向こうまでこの白い崖は続いており、かなりの規模だった。セブンシスターズってのは、崖のデコボコした出っ張りが7つあることから名づけられているんだそう。この白い崖と海と水平線という組み合わせは、すごく感情的になる。不思議な夢の中のようなおぼろげな光景だから。潮騒が風に乗って吹き上がり、いつかの記憶を蘇らせる。寂しくて、美しくて、心がむき出しにされてしまう。髪が巻き上げられ、コートの襟が揺れ、そんな映画の中のワンシーンに、ウミネコが飛び去る。ゆっくりと、俺たちのことを眺めながら、ウミネコは空を進んでいく。本当にいい場所だと思った。こういう場所に出会いたくて俺は旅をしてるんだ。このサウスコーストの白い崖はイギリスに来たなら行くべき場所のひとつだろうな。さぁ、そんな観光をしながらも今日は朝から気が気じゃない。なんとしても路上で稼がないと。すでに街の下見は昨日のうちに終わらせているし、ホコ天のショッピングストリートも見つけてある。それに加えてこの天気。青空の下できっとたくさんの人たちが街に出ているはず。稼げる。この状況で稼げなかったらいよいよ終わりだ。今日の路上の出来がこれまでと同じようなもんだったら、この先イギリスで金を貯めるという目標は潰えて、ただ金を消費するだけの観光旅行になる。もちろんそれも悪くはない。イギリスは見所が満載だ。でも俺たちがアフリカよりもイギリスを選んだのは、同じ行きたかった理由の他に金が貯められると見込んでいたからだ。なんとかしないと。街にやってくると、予想どおりたくさんの人が歩いていた。ホコ天には溢れんばかりの人がいて、とても賑わっている。ドキドキしながら通りを歩いてベストのポジションを探す。奥のほうには露店のテントも出ており、お祭りみたいに活気があった。よし、いいぞ、いいぞ!!これならいける!!!やっとこの国で稼げるかもしれないと興奮していたその時だった。どこからともなくギターの音が聞こえてきた。この音は…………マジかよ…………アンプだ…………しかもギターの音に続いてボーカルも聞こえてきた。その音はホコ天の真ん中から聞こえてきていた。近づいていくと、1番人が集まるショッピングセンターの前で、地元の若い兄ちゃんがマイクスタンドを立てて爆音で弾き語りをしていた。嘘だろ……………なんだよその音量……………ストリートパフォーマンスの音量超えてるよ……………どんなアンプ使ってんだよ?って見てみると、別にそんなにデカいアンプでもない。2チャンネルか3チャンネルついてるストリートライブ用の充電式アンプだ。そんなデケェ音出るんだね…………ホコ天の真ん中でこんなデカい音でやられたら、どっちに行っても音がかぶってやれそうになかった。完全に兄ちゃんのひとりじめだ。くそ!!こんな静かなホコ天の道でそんなアンプ使う必要がどこにあるよ!?どれほど遠くの人にまで聞かせたいんだよ!?ってネガティヴなイメージがもやもやと胸の中に立ち込めてくる。地元の兄ちゃんだろうから、おそらくいつもこうやって演奏しているんだろう。実際演奏も上手だ。文句を言う人もいないし、彼を止める権利は他のパフォーマーにはない。俺はアンプ使わないんだからお前もやめてくれよ、なんて俺のやり方を押しつけることはできない。イギリスでは、アメリカやオーストラリアみたいにアンプを使う路上ライブが基本だ。もはやこのメインストリートには歌える場所はなかった。とぼとぼと街を背にする。いや、正直やろうと思えばホコ天の端の端で歌えたかもしれない。多少強引でもなんとかやれたはず。でも気持ちが沈んでしまって、あのデカいアンプの近くでやる気になれなかった。彼はなにひとつ悪くない。イギリスも悪くない。ただ俺が1人でビビってスネてるだけだった。全身の力が抜けいく。どうしたらいいんだろう。どうやったらこの国で自分のスタイルで路上ができる。今までもアメリカやオーストラリアなんかのハイレベルな路上パフォーマーで溢れる国を旅してきたけど、どこの国でも手こずりながらなんとか活路を見いだして乗り越えてきた。最初は苦労するけど、いつだってなんとかやってきた。イギリスもまだまだ始まったばかりだ。これからが本当にキツくなる勝負のはず。俺がこんなに凹んでしまっているのは、ひとつ前のオーストリアのイメージを引きずってしまってるからかもしれない。あの美しく、穏やかで、ゆったりとした時間が流れるオーストリア。街のホコ天はどこも静かで、人々はパフォーマーに対して敬意を払ってくれ、すごく稼げた。あのイメージがあるから、この慌ただしい経済大国の冷たさに馴染めずにいる。要はぬるま湯から厳しい環境に変わってビビってるんだよ。チクショー…………そんなこと分かってるんだよ。なんとかしないと。ガックリと肩を落とし、ため息をつきながら車のエンジンをかける。カンちゃんもかける言葉が見つからないよう。カンちゃんに心配かけたくはないんだけど、どうしても上手くいかなくて明るく振る舞う気にもなれない。どうしよう。どの町も稼げないのなら、次はどこに行けばいいんだろう。イーストボーンを出てしばらく草原の中を走っていたら、次の町が見えてきた。ほんの小さな海沿いの町だ。シーフォードというところらしい。気力のない目でぼんやりと町中を走り過ぎていたら、ふとこの町のメインストリートに通りかかった。ホコ天ではないけど、車道の両側にたくさんのショップが並んでおり、人が結構歩いている。これくらいの小さな町でも、メインストリートには人が集まってるのがイギリスなんだよな。見た感じ他のパフォーマーはいないようだった。もうなんかヤケになってそのまま車を止めてギターを持ってメインストリートの一角に立った。人がいればどこでもいいや。そしてビビりながらも心を落ち着けて、歌った。すると、1曲目の途中からいきなり1ポンドが入った。笑顔で親指を立てて歩いて行ったおじさん。うわぁ、1ポンドも入った……………1ポンドも入りやがったチクショウ…………オーストリアだったら1ユーロちょっと。いつもたくさん入れてもらっていたあの1ユーロと同じ価値のコインのはずなのに、比べものにならないくらい重かった。ギターケースの上で光るこの分厚い1ポンドコインの存在感が泣けるほどデカかった。チクショウー、入ったぜ………………それからもコンスタントにコインは入り続けた。ふた回し目になり、喉の調子が良くなってくるとさらに顕著に違いが出てくる。演奏が良くなると、明らかに人の反応が変わった。そしてレスポンスがあると俺の気分も乗ってきて、堂々と歌えるようになる。おどおどして縮こまって歌うんじゃなく、のびのびと体を使って演奏すると、子供たちもお婆ちゃんも目の前で体を揺らしてくれ、ついにこの国に入って初めての拍手をもらえた。ぐああああ……………長かった……………この拍手までの道のり…………辛かった…………始めた時間が遅かったこともあり、町はすぐに夜の闇が訪れ、外灯がともり始めた。そして暗くなると人通りも少なくなり、田舎の寂しい町の風景に変わる。イギリスらしい煉瓦造りの古びた建物が、クリスマスイルミネーションでささやかに飾りつけられていた。あがりは2時間で47.5ポンド。7000円。決して良くはない。オーストリアに比べたら……………いやオーストリアと比べるのはよそう。頭切り替えないといけないんだから。この7000円がこれからの基準になる。これが最高レベルに稼げた金額なのか。それとも平均金額だと言えるところまで持っていけるのか。とにかく……………とにかくやっとマトモに稼げたああああああ………………ああああああ、キツかったよおおおおおおお………………なんだよこのコインの立ちかた……………奇跡すぎやろ………………「やったー!!7000円も稼げたね!!すごいよー!!この調子でいこう!!さすがフミ君だよー!!私も美味しいご飯作るの頑張る!!」カンちゃんが喜んでくれてめっちゃホッとした。やっぱり、男が女に偉そうな顔ができるのはやるべきことをやってる時だけだ。男が男らしく食い扶持を稼いで、弱い女を守っていれば、女も男を頼りにしてくれるし、偉そうな顔ができる。何にもしない男はなんてみっともない生き物なんだろう。妻には涙を見せないで子供に愚痴を聞かせずに、って河島英五の歌みたいに女の前でカッコつけていられる男でいなきゃ。これからもカンちゃんに対してカッコつけていないと。ちゃんと頼れる男でいないと。まぁこの数日間、ゲロ凹んでるところ見せまくってたけどね!!マジでカンちゃんいつもありがとう!!今日に満足なんかせずに、これからどんどん稼ぎを上げていかないと!!!!ああああ……………マジでホッとしたー……………