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病気で見る白い崖

2016年12月10日(土曜日)
【イングランド】 ドーバー





朝起きても体調は良くなっていなかった。

寒気と頭痛と身体中の痛みで起き上がるのもしんどい。


もう今日は無理だ……………

今日はなるべく動かずにずっとじってしておこう。



「そうだよ。思いっきり休もう。国が変わって色々環境の変化で疲れてるんだよ。ちゃんと治そうね。」



そう言って優しく俺の首元の布団を整えてくれるカンちゃん。

こうしてカンちゃんに看病されていると情けなくなる。

そして焦って焦って、気が滅入る。





まだイギリスに来て全然稼げていない。


昨日だって本当はダートフォードで路上をしたかった。

それがこんなに体調を壊してしまって、金も稼げずただ病に臥せって時間を無駄にしてしまっている。


自分がちゃんとやるべきことをキッチリやってカンちゃんをリードしていないと、自分がなんの役にも立たない木偶の坊みたいな気持ちになってしまう。


ちゃんと稼がないと。

ちゃんと頑張って歌ってイギリスの旅を楽しいものにしてカンちゃんを安心させてあげないと。




「私は全然心配なんかしてないよー。旅の心配よりもフミ君の体調が心配だよ。お金はどうにかなるから、思い詰めすぎないでね。」



カンちゃんありがとうね。


















ゆうべの食材の残りで鍋を作って食べた。

そして薬を飲んだら少しはマシになり、ちょっとだけ散歩に出かけることにした。



車を降りるとそこは草原の中の荒れた道で、地面がボコボコに凹んで、水が池のように溜まっている。



横の柵の中には牛がいて、辺りは霧に煙っていた。


イギリスに来てずっとこんなどんよりとした曇りの日が続いている。

冬のイギリスは雨ばかりだとは聞いていたけど、実際こんな暗い天気が続いていると気持ちもふさぎこんでしまう。

根が暗くなってしまいそうだ。














草むらの中の荒れた道をカンちゃんと手をつないで歩いて行くと、霧の向こうに灯台が現れた。




霞む空の下に無言で佇むその姿はやはり寂しさ以外のものはなく、変な夢に迷い込んだような、異様でおぼろげな感覚だった。


この灯台は、今も何かを照らしているのか。

岬の上で、ただひたすらに立ち尽くす忘れ去られた遺物でしかないのか。











その先に行くと視界が開け、草原が広がった。








静寂が霧の粒子と立ち込め、風が潮の匂いをはらんでいる。

この鼻をくすぐる海の匂い。

向こうから潮騒が聞こえる。



草原の上をふらふらと歩いた。


1歩1歩、地面を踏みしめるが、体調のせいで体重もあまり感じない。浮いているような柔らかい浮遊感。









これからどこに行こう。


とにかくイギリスには入れたし、この国々には美しい景色がたくさんある。

それらを見て、次はまた違う国へ行く。


新しい国へ行き、新しい風景と人の暮らしに出会い、そのうち日本へ帰るはず。


帰ったらすぐにカンちゃんとの腰を据えた生活が始まり、きっと忙しい日々を送ることになる。

全てが真新しく、そんな真新しいものを求めて旅をしてきた2人ならばきっと楽しんでやっていけるはずだ。


カンちゃんとならなんでも楽しめるはず。

カンちゃんがいることで、俺のこれまでの全てが肯定される。






そうしてやがて歳をとって死んでいく。

この人生が終わる。

親に育てられ、自分のやりたいことに熱中し、大好きな人を見つけ、きっと充実した人生ってやつになるはず。




でもそれが本当の本当に充実したものと言えるのだろうか。

何をもって、素晴らしい人生と言えるのだろうか。


この命の正しい使い道、それに答えはあるのか。



世の中の常識や、人の語る人生論に盲目になりたくはない。

この命が何を求めているのか、それにひたすら耳を傾け続けることを忘れてはいけない。



どうせ死ぬんだ。

この命を、今いるこの世界を楽しもう。

この世界に生まれたんだから。











草原が突然なくなった。




その先は切り立った崖になっていた。


かつて昔、世界の果てがあると信じられていた頃に、この大地がバッサリと終わってすべてのものがそこからこぼれ落ちていたという絵を思い出させるような、そんな圧倒的な断崖絶壁だった。


その崖は異様なほど真っ白だった。








岩肌がペンキで塗られたように真っ白で、まるで人工物みたいに不思議な光景だった。

きっと地質によるものなんだろう。


崖は垂直に下に伸びており、荒れる海に突きたっていた。









こんな崖、今まで見たことがない。

綺麗に垂直にそそりたった崖がどこまでも続いている。


海鳥が激しい潮風に逆らってホバリングしており、俺たちはそれを崖の上から見ていた。


変な感覚でふらついて、ついにこの崖から落ちてしまうイメージが頭の中をちらつく。

風邪で朦朧した意識だけど、そのイメージだけは嫌に鮮明だった。




「フミ君、気をつけてね。あんまり端に行ったらダメだよ。」




めまいがひどくて、遠くに見える白い灯台が霞んでいた。

結構遠くまで歩いてきたんだなと思った。





カンちゃんに支えられて草原をまた戻った。



孤独で、美しい場所だった。





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