アリさんとズラちゃんと連絡先を交換し、大きく手を振って彼らの車を見送ったら、カフェに向かった。
ほとんどのお店が閉まっているけど、カフェはチラホラ開いている。
まず驚いたのがヨユーでビールのメニューがあるということ。
あああ………ようやくお酒に厳しい国々の旅も終わったんだなあと実感した。
次に驚いたのが値段。
なんとビールが2.5レフ。160円。
店で飲んでこの値段!!!
ぐおおおおおおおおおおおおおおお!!!!どこでも飲める上にこんなに安いなんて天国でしかない!!
「カンちゃん!!ここはもういっちゃいましょう!!」
「いっちゃいましょうか!!」
今日は路上はなし。だったらもう昼から飲んじゃおう!!
いやー!贅沢すぎる!!贅沢すぎるのに2人で300円くらいやし!!
さらに驚いたのは、カフェを出てから見つけたピザ屋さんの値段。
顔くらいあるでっかいピザの横に1.2レフと書いてある。
文字がキリル文字で想像もできないくらいまったく理解不能ではあるけど、多分この1.2レフというのはピザの値段だろう。
でも待て。1.2レフということは75円だ。
このでかいピザが75円?
何かの間違いだろう。インドでもそんなことない。
でもマジで75円。
ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!物価死ぬほど安いいいいいいいいいいいいいい!!!!!!
しかも商店でビール買ったら1レフ。63円。
アル中確定。
前回はヨーロッパのほうからゆっくり降りてきたのであまり大きな変化は感じなかったけど、トルコから入ると宗教も物価もかなり変わるのでマジで面白い。
あぁ、そうかー、3年前のあの日々に戻ってきたんだなぁと感慨にふけっていると、いきなりゴーン、ゴーン………という鐘の音が響き渡った。
マジで震えた。
教会の鐘だ。アザーンじゃない。
ここから先、ずっと教会の鐘が鳴り響く町を進んでいく。
冷たくて、寂しくて、孤独だけど充実していた前回のヨーロッパ旅。
でも今回はカンちゃんが一緒だ。
あの時みたいな旅はもうできないけど、今回は今回しかできない素敵な旅にするぞ。
あぁ、鐘の音があの日々をフラッシュバックさせる。
さて、そろそろ今日最大のミッションを開始しよう。
野宿だ。
俺はまぁ慣れたもんだけど、カンちゃんにとっては昼間のヒッチハイクと同じく初体験。
バッグの中にはこの日のために野宿セットを入れている。
地図をにらみつけ近場の大きな公園を探すと、中心部から10分くらいのところに整備された公園があるようだ。
航空写真に切り替えると、木々が多く、遊歩道もあり、大きなスタジアムも見える。
ここに狙いを定めて歩いた。
夜の町をあてもなく、大きな荷物を持って歩くのは普通の人ならそこそこ不安になると思う。
でもカンちゃんは何も言わずについてきてくれる。
あ、着いてくるって言ったらカンちゃんに怒られてしまう。
これは私にとって、フミ君に着いていく旅、ではなく、2人の旅なんだからとカンちゃんに言われている。
坂道を登っていき夜の公園に入っていくと、どうやらそこは夜景スポットみたいになっており、あちこちに若者たちがたむろして騒いでいた。
高校生くらいの子供たちが夜遊びする場所みたいになってるようだった。
暗がりに人の姿がたくさん見える。
害はないだろうけどあんまり騒がしいと眠れない。
ここはダメ。
遊歩道を歩いて奥に進んでいくと、スタジアムらしき建物が見えてきた。
ただかなり寂れており、使われているのか怪しい雰囲気が漂っている。
夜の中で見るとなおさら不気味だ。
「カンちゃん大丈夫?」
「うん………ちょっとドキドキするかなー。でもフミ君がいるから安心!!」
確かにこうやって夜の建物の横の細い道を歩くのはかなり怖いはず。
街灯もなく、足元もよく見えないくらい真っ暗だ。
いきなり横の藪から男が飛び出してくるかもしれない………なんてことも想像してしまうかもしれない。
俺はむしろ、今人が俺のことを見たらマジでビビるだろうなと思って全然怖くはない。
「フミ君はこうやって世界中で1人で野宿しながら回ってたんだね………私には無理だなぁ。」
うん、カンちゃんは1人で野宿なんか絶対しないでね。
スタジアムの裏手に回ると大きな駐車場に出た。
お、ここ良さそうだな。
駐車場の一角に屋根の出っ張った小さな建物があって、この下なら夜露も防げそうだ。
ここにしよう。
荷物を降ろし、マットを敷いて寝袋を出した。
今回の寝袋は2人野宿のためにスペシャルなものにしている。
右利き用と左利き用にしているのでふたつをひとつにドッキングできるのだ。
ファスナーを繋げると、ひとつの大きな寝袋が完成。
その中に入るとくっついて眠ることが出来るのでカンちゃんも安心できる。
星空を眺めながら寝袋に下半身を入れ、バッグから取り出したのは、ビール。
真っ暗な中でこうやって飲むビールが大好きだった。
「いいねー、ドキドキするけど美味しいね!」
ビールを飲みながらカンちゃんがガサゴソやってるので何かと思ったら、バッグからメイク落としを取り出した。
「野宿のために水を使わないメイク落としにしといたんだ!」
オイルのメイク落としで顔を拭いているカンちゃん。
そして落とし終わったら化粧水をパシャパシャ塗っている。
野宿で化粧水て聞いたことないわ( ^ω^ )
「野宿はいいのに化粧水はするって女子力高いのかどうかわからんね。」
「ねー。」
ビールで気持ちよくなり、買っておいた1リットルの水で歯磨きして寝袋に包まる。
そこまで寒くはないけど寝袋がなければ震えてしまうくらいだ。
大きな寝袋の中、2人でくっつくと暖かくて張り詰めてる緊張感がやわらいでいく。
静かな夜の駐車場。これなら眠れそうだ。
というところで、少し事件が。
いや、事件というほどでもないんだけど、向こうから車がやってきて一直線にこっちに向かってきた。
ヘッドライトが俺たちのことをガッチリ照らし出している。
おいおい、やめてくれよ………と思っていると車は俺たちの前で止まった。
それはパトカーだった。
3人のポリスが出てきて俺たちのところにやってきた。
ブルガリア語で声をかけられ、何を言っているかわからないがいつものようにパスポートを差し出した。
野宿していて警察が来るのはよくあることだ。
今まで何度もこのシチュエーションにはなっている。
俺の慣れた対応にカンちゃんも安心してくれている。
「ここでなにしてるんだい?」
1人英語をしゃべれるお巡りさんがいたのは助かった。
「ここで寝ます。」
「ホテルには泊まらないのかい?」
「お金を節約したいんです。」
「そうかー、でも泥棒が来て物を盗まれるかもしれない。オススメできんなぁ。」
お巡りさんは俺たちのことを心配してくれ、今から入れるホテルを探してくれ始めた。
「40レフのホテルが今から入れるけど、どうだい?」
「40レフ………2500円かぁ。今手持ち5000円くらいだもんなぁ。大丈夫です、節約しますので。」
「そうかー。うーん、わかった。それじゃあ何かあったら112に電話するんだよ。エマージェンシーナンバーだから。ハバグッドナイト。」
そう言ってお巡りさんたちはパトカーに戻って走り去って行き、駐車場はまた真っ暗な静寂を取り戻した。
「ドキドキするね。でもワクワクもする。」
カンちゃんの体を抱き寄せて寝袋に包まった。
しかし、この日の出来事はまだ終わらなかった。
カンちゃんが横で寝息を立て始めたころ、また遠くの方からヘッドライトが近づいてきた。
今度はなんだよと、日記を書く手を止めてこっそりとそっちを見てみると、それはまたパトカーだった。
おいおい、無理やり追い払われるんじゃないか?こんな夜中にまた移動なんて勘弁してくれよ………と寝たふりをしながら様子を伺っていると、パトカーが止まり、お巡りさんが降りてきた。
しかしそのお巡りさんは俺たちの横を通り過ぎ、裏手に周り、しばらくしてまたパトカーに戻った。
そしてそのまま物音を立てなくなった。
ずっとそこに止まっていた。
まさかこのパトカー、さっきのお巡りさんで、俺たちのことを心配して見守りに戻ってきてくれたんじゃないのか…………
俺たちの寝ている周りを巡回してくれ、そしてパトカーを横に止めて悪い奴が近づかないようにしてくれている。
寝ている俺たちに声をかけることなく、そっと何も言わずに守ってくれていた。
寝袋の中で寝たフリをしながら感謝の気持ちでいっぱいだった。
パトカーは夜が明けるまでずっとそこに止まってくれていた。