2016年4月16日(土曜日)
【インド】 アラコナム
「え?それならウチの学校で教えればいいよ。」
渋谷で出会ったインド人が居酒屋でポッと言ったその言葉。
酒の勢いもあったかは忘れたけど、ノリでいいねー!と答えてあれからわずかに10ヶ月。
今、あの約束が終わりを迎えようとしている。
何もわからないままこのインドに来て2ヶ月。
初めての音楽の先生という経験に戸惑いながら外国人の子供たちと向き合い、悪戦苦闘してきた日々。
怒ったり、笑ったり、これでいいのかと自問自答しながらも、やっとここまでたどり着いた。
思い出にはなる。でも思い出で終わらせてはいけない。
この2ヶ月が俺にとっても子供たちにとっても、人生の中で継続する課題の始まりであって欲しい。
ここが彼らにとって音楽の本当の楽しさを知った時であったら。
あの時、渋谷の居酒屋でベジタリアンフードしか食べられない!と笑っていたインド人、カデルの家で目を覚ました。
「フミー。カンちゃんー、コウチャデキマシター。」
そう言いながら寝ぼけている俺のお腹をポンポン叩いてくるカデルは、もうすでに古くからの友達みたい。
パジャマ姿のカンちゃんと起きてエアコンの効いた部屋を出ると、むわっとした南インドの熱気に包まれた。
そしてそんな熱気の中で熱い紅茶をすすると頭が少しずつ冴えていく。
いつものイドリーとカレー、玉ねぎがたくさん入ったオムレツの朝ごはんを食べたら、部屋に戻って着替える。
白いシャツに黒いズボン、靴下をはいて革靴に足を突っ込んだら今できる1番の正装だ。
そしてギターを持って家を出ると、すでに太陽がギラギラと照りつけて、木々の影がくっきりと地面に落ちている。
よっしゃいくぞ。
太陽の下、踏み出して、学校へ向かった。
午前中から俺が今まで教えてきた3グループの練習をそれぞれやった。
最初は幼稚園児たちのお空の星。
「きーらーきーらーひーかーる~~!!おーそーらーのーほーしーよ~~~!!」
みんなすでに歌詞を覚えてくれていて元気いっぱいに歌ってくれるんだけど、まだ半分くらいの子供が2番の歌詞がどうしても覚えられなくて、1番を繰り返して歌うのでもうぐちゃぐちゃなことになってしまうんだけど、まぁ可愛いからよし。
次にイマジングループだ。
この子たちは俺がたくさんいる生徒の中から選抜したエリートたちなので、みんな音感が良く、しっかり歌うことができる。
リーダー的存在のカニモリはとてもスマートだし、ニコニコ笑顔のマリはとても俺のことを慕ってくれている。
小さな女の子のミニーはいつも言葉が達者なおしゃまさんだけど、可愛くてみんなから好かれている。
そして1番音楽に熱心だったのがヒマン。
いつも俺の後ろをくっついてきて、フミーギター教えてよー、ねー教えてよーとしつこいくらいに離れなかった。
思えば生徒たち中でヒマンが1番過ごした時間が長かった。
Fコードが弾けなくて、握りこみの簡単なやり方で押さえようとしてるので、ちゃんとバレーで押さえないとダメだ!と言うと、しょんぼりした顔をする。
英語も上手だし、歌もかなり上手い。
そして素直でとてもいいやつだ。
ヒマン今日のステージ、頼んだぞ。
そして最後に翼をくださいガールズ。
勉強の合間をぬって俺の授業を受けてくれた彼女たちはみんなとても賢く、間違いなく将来有望な子供たちだ。
そんな彼女たちにテキストの勉強意外のことをどれだけ伝えられただろうか。
賢い彼女たちなら、きっと俺が話したことを胸のどこかにしまってくれたと信じたい。
「これからみんなが大人になって外国に行く機会もあると思う。そんな時に自分がインド人であることを誇りに思って欲しい。インドは素晴らしい国だから。そして言葉が通じなかったとしても、音楽があればすぐに壁がなくなるんだよ。だって音楽は、」
「インターナショナルラングエッジ!」
「インターナショナルラングエッジだもんねフミ!!」
ニコニコしているみんな。
そうだよ、ばっちりだよみんな。
卒業式は校庭で行われるようで、日中だと暑すぎてできないので日が傾く17時頃から始まる。
それまで時間があるのでカンちゃんと2人で校舎の中を歩いた。
俺たちは明日、この学校を離れる。
といってもまた来週の木曜日の夜に戻ってくるんだけど、すでに学校は夏休みに入ってしまうのでほとんどの生徒とは今日が最後になる。
それを知らない子供たちが、いつものようにフミー!!フミーー!!と手を振ってくれる。
俺もそれに手を振り、走ってくる子供たちの頭をなで、肩を抱き、一緒に歩いた。
女の子も男の子も、小さい子も、大きな子も、みんな笑顔で挨拶してくれ、その健康的な若さがとても輝いていた。
インドの太陽が原野の木々と乾いた大地を照らし、熱風が吹き渡る。
原色の自然が力強くみなぎっている。
そこに生きる人々の表情は全てを悟っているようにも、全てを諦めているようにも見える。
それは音楽のようで、祈りのようで、しかし実は何気ない日常だ。
砂埃の向こうに佇む憧憬に、いつかの鼓動が聞こえる。
リフレイン。美しい人々。
風の声が聞こえる。
太陽が校舎に隠れ、グラウンドに影が伸び始めた。
いつの間にかステージの前に椅子が並べられており、ぞろぞろと父兄の人たちが集まってきはじめていた。
幼稚園のクラスに行くと、ちっちゃい子供たちが先生から面白い衣装を着させられていた。
それは大学の卒業式とかでよく見るコート、それに紐がぶら下がった四角形の帽子。
子供たちバージョンのミニ衣装だ。
わけもわからず、キョトンとしてる幼稚園児たちがその衣装を着させられる様子が可愛くて仕方ない。
校庭のステージのバックヤードには、今日の式典で出し物をする生徒たちが集まっていた。
俺もそこに混じって時間を待っていると、いきなりスピーカーからファンファーレが鳴り響き、父兄さんたちが整然と座る椅子の間のレッドカーペットを幼稚園児たちが歩いてきた。
今日は彼らの卒業式。
というかカデルの学校はエスカレーター式の学校なので正確には卒業式ではない。
進級式みたいなものだ。
イベントごとに力を入れているこのセルバムスクールではこうした思い出作りをキチンと行う。
来賓にはこのタミルナドの有力者も列席している。
うん、俺もそれなりに緊張してきたぞ。
いつものように天才カトリーンの流暢な英語による司会で式典はスタート。
タミルナドの伝統的な歌が歌われ、来賓のかたのスピーチというふうに進んでいく。
俺はバックヤードで子供たちと最後の打ち合わせだ。
みんな緊張した面持ちで出番を待っているので、少し冗談を言って笑わせた。
「フミ、次が出番よ。準備はいい?」
式の進行をしているハニーが真剣な顔で俺を呼んだ。
さぁ、ついにこの時がきた。
この2ヶ月の集大成を出すぞ。
ギターを持ってステージに出た。
日が沈んだ校庭で、カデルとカンちゃんと3人で椅子に座ってお喋りした。
ライトが照らす中、椅子や機材の撤収をしている人たち。
子供たちはもうみんな家路につき、学校は夜の闇の中でうずくまっている。
生ぬるい夜風が汗を乾かしてくれる。
幼稚園児たちの夜空の星は、まあぐっちゃぐちゃだった。
みんなバラバラで歌ってしまい、歌詞も違うし、かなりひどいことになってしまったが、まぁこれはもう仕方ない。
元気いっぱいで弾けるように歌うその姿を、父兄さんたちもニコニコしながら見ていた。
次のイマジングループは良かった。
歌詞の意味をどれほどわかってもらえたかはわからないけど、このインドの卒業式で大空の下、みんなで声を合わせた光景はとても素晴らしいことだったと思う。
そして最後の翼をください。
ビックリした。なんだよ、こんなにばっちり歌えるんじゃんかよと驚くくらいに綺麗に声が重なり、伸びやかに校庭に歌が流れた。
間違いなく、これまで歌ってきた中でのベストテイクだった。
ベストテイクすぎて嬉しくて俺がコードを間違えてしまったという、もうあれだ、そういうのもアリだ。
生徒たちみんなに良かったよ!!と言って回ると、フミ行かないでよー!!と周りに集まってくる。
次はどんな歌を練習するの!?と聞いてくる。
この子供たちが大人になった時に、どれだけの子がこの日々のことを覚えてくれているだろう。
会社に勤め、家庭を作り、子供ができ、日々の生活に追われる中で、ふとこの2ヶ月のことを思い出す時があるだろうか。
日本の田舎から来たギター弾きと、インドの田舎の町の子供たちがこの地球上で出会い、笑い、歌い、時間を過ごしたことの奇跡を素晴らしいことだっと思ってくれたら。
俺はきっと忘れない。
人生の中の大事な1ページがここでできたよ。
憧憬、リフレイン、風の声。
みんな、楽しい人生にしようぜ。
「フミ!ソバクダサイ!」
カデルが肩を叩いてくる。昨日のあまったソバを茹でて晩ご飯を食べよう。
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プリンスが死んでしまった。
この世界が偉大なアーティストを失ってしまった。
パープルレインを聞いた時のあの衝撃は絶対に忘れられない。
声も、ギターも、スタイルも、全部大好きでした。
素敵な音楽をありがとう。