2016年4月6日(水曜日)
【インド】 アラコナム
荷物をまとめてホテルマリアのゲートを出た。
ピンク色のTシャツを着た小柄なおじさんが笑顔で見送ってくれる。
このおじさん。
スタッフの接客がクソほど悪いこのコルカタの安宿街において、奇跡的に親切で気配りができ、インド人には珍しくとてもキビキビ働く人だった。
この人のおかげでとても快適に過ごすことのできたコルカタでの日々。
路上で歌い、少し観光をして、お気に入りの食べ物を食べ、ビールも飲んだ。
サダルストリートにある大好きなお惣菜屋さん。
ここのカレーはインドで食べたカレーで1番美味しい。
汚い安宿はバッグパッカー旅をしているという実感も与えてくれた。
本当ならそれなりに充実した旅の日々だったはず。
でも全然充実してない。
もうこれでコルカタを離れるのかと思うと、胸がかきむしられるようだ。
なんの成果も出してない。
物乞いの子供たちにリコーダーは配ったものの、彼らに教えるどころか、彼らが吹いてるところもほとんど見なかった。
1ミリくらいは彼らのためになっただろうか。
俺が彼らにしてやれることって、たったこれだけのことだったのかよ。
まだ終わってはいない。
これから南インドに戻ったらまだ行くべき場所が数ヶ所残っている。
とある縁で繋がることができた孤児院にも行く予定だ。
まだまだ日本から持ってきたリコーダーは残っている。
なんてこった。
物資のたりない学校なんてこのインドには腐るほどあるのに、その学校と縁がなくて楽器がこうして余ってるんだもんな。
完全に俺の努力不足だ。
サダルストリートから歩いて10分ほど。
ローカルのバス発着所で空港行きのバスを待つ。
タイミングが悪くて1時間も待ってしまったが、ようやくやってきたエアコン付きのバスに乗りこんだ。
料金は50ルピー。80円くらい。
懐かしい。前回のコルカタでもここから空港行きのバスに乗ったんだけど、エアコン付きじゃなくてボロボロのローカルバスだった。
なのに集金係の兄ちゃんはニヤニヤしながら200ルピーと言ってきた。
本当の値段は8ルピー。
馬鹿げた話だ。
10ルピーだけぶん投げてバスを降りたあの日、バスは空港の外までしか行ってくれず、敷地をだいぶ歩いてターミナルまでたどり着いた記憶がある。
でも大丈夫。
今回のバスはエアポートバスだ。
ターミナルの入り口に横づけしてくるやつだし、エアコンも効いて快適だ。
その上、ローカルバスみたいにそこら中で客を拾わないのでスピードも速い。
1時間待ったのは誤算だったけど、余裕で空港に着ける。
と、余裕をかましていたら空港までまだ半分しか行ってないところでバスが止まって降ろされてしまう…………
は?ここ空港じゃないですよね………?
意味がわからないままバスは乗客を全てほっぽり出して走り去った。
灼熱の太陽が照りつける道路脇、叫ぶ人々、クラクションの嵐。
えー………またインドの得意なやつやん…………
なんで勝手にルート変えるの…………
ボーゼンとしていると、同じバスから降りた兄さんが話しかけてきた。
「空港に行くんだろ?こっちだ!!」
親切な兄さんに着いて道路を渡り、人がたくさん集まっている場所にやってきた。
どうやらここに空港行きのバスがやってくるようだ。
もうすでに汗だくになっており、クラクション地獄でイライラがつのる。
本当だったらパークストリートからエアコンバスで快適に空港に向かっていたのに、1時間も待たされるわ、空港行きだよー!!とかいうバスに乗れば途中で降ろされるわ、本当インドの交通は混乱しか招かない。
「あのバスだ。あの綺麗なエアコンバスが空港行きだからね。僕が止めてあげるからここで待ってて。」
向こうの方に信号待ちをしてる綺麗なバスが見える。
よかった、まだ時間はあるけどさっさと空港に行ってしまわないと心配だ。
そして信号が変わってバスが動き始めた瞬間。
凄まじい勢いでオンボロバスが突進してして、俺たちの人混みを押しのけて目の前に止まった。
さらに何台ものバスが後先考えずに我先に道路に突っ込み、交差点の真ん中で止まって他の車線を遮断。
集金係の兄ちゃんたちが行き先を絶叫しながら全速力でダッシュしてきた。
凄まじいクラクション地獄の始まり。
怒号、怒号、怒号。
お、おい、こんなにバスが道路を遮断してたらエアコンバスが止まれな…………
あ!!エアコンバスがこっちに来ないでオンボロバスの向こう側を走っていく!!!
「ちょ、ちょっとー!!!待ってえええええ!!!!!」
助けてくれた兄さんと2人でダッシュするが、オンボロバスが完全にガードしてくれてるのでエアコンバス、そのまま走り去る。
「チクショウ!!なんてこった!!」
「大丈夫!!もう1台同じのが来てる!!あれを止めるんだ!!」
向こうを見ると確かに同じ形のエアコンバスがこっちに向かって来てる!!
インドっていうか途上国ではだいたい路線バスは手を上げてタクシーみたいに止めるものだ。
バス停でキチンと乗るようなそんな気の利いたもんじゃない。
つまり運転手に気づかれなかったら終わりだ。
「止まってええええ!!!!」
「ヘーーーイ!!!止まれえええ!!!」
「オラアアアアアアアアア!!!どけやコラアアアアアア!!!!」
「どけボケエエエエエエエエエエ!!!!」
またもやエアコンバスはオンボロバスの見事な壁ガードによって歩道に近づくことなく走り去っていく。
全速力で追いかけるが、人ゴミとオンボロバスの集金係のせいで身動きがとれず、またもやバスの後ろ姿を見送った。
「チクショウ!!なんなんだ!!」
「仕方ない!!もうこれに乗るんだ!!」
兄さんがオンボロバスに空港に行くか尋ねると、行くから早く乗れボケ!!!!と言われ、慌てて乗り込むと、勢いよくアクセルをふかして走り出した。
入り口から兄さんにありがとう!!と叫んだが、聞こえたかどうかはわからなかった。
本当だったら今頃とっくに空港に着いて、優雅にご飯でも食べてたはずなのに、オンボロバスの中でインド人に揉みくちゃにされながら汗を滝のようにかいている。
くそー……………前回のリベンジで楽勝で空港に行ってやりたかったのに、そう簡単にはいかせてくれないのはさすがインドだ。
そしてバスはやっぱり空港の敷地の外に止まった。はるか遠くにターミナルが見える。
はぁ、本当だったらターミナルの入り口まで行ってたのに………
クソーと思いながらバスを降りようとするが、ここでも大変だ。
インド人はいつもせっかち。
降りるときにも我先にと降りようとドアのところに集まって押し合いへしあいをする。
俺は荷物が多くていつもこの押し合いへしあいに苦労するんだけど、この時は降りようとした時に後ろからオッさんが手でドンッ!と押してきた。
ギターを持っているので手すりをつかめずにこけそうになった。
ものすごくムカついて、振り返ってオッさんに向かって全力で叫び倒した。
なにすんだボケコラアアアアアア!!!!ってバスに響き渡る大声で叫んだが、誰も顔色を変えない。
あぁ、イラつくなぁと1人で地団駄踏みながらとぼとぼとターミナルに向かって歩いた。
やっとのことでターミナルに着き、すぐにチェックイン。
普通、空港のチェックインといったらポールで綺麗に通路が作られており列に並び、窓口から少し離れたところに線が引いてあってそこで待ち、スタッフに呼ばれてからカウンターに行く。
これ世界共通。
普通。
でもインドでそんなことしてたら一生チケットをもらえない。
ここでも確かに、プリーズウェイトヒア、と書かれた線があるけど、誰も守らずに直接カウンターの周りにワラワラ集まっている。
イライラしながらやっと俺の番になり、スタッフの女の人にパスポートを渡して手続きしていると、横からやってきたオッさんがドンと自分の荷物を計量台に載せて俺が先だと言わんばかりにパスポートを出してくる。
おい………俺が今まさに手続きしてるだろ………?
彼らは待てない。
マジで。
ふぅと深呼吸して、落ち着けと自分に言い聞かせ、ボディーチェックゲートへ。
ここでもインド人たちは列に並ばずに、まず1番前に行き、手を伸ばして自分の荷物をレールに放り投げる。
そのせいでいつも1番前には人だかりができて押しのけあいだ。
これが普通なんだから文句もつけようがない。
でもたまにインド人らしくないインド人が注意をしてくれる。
すると口論が始まる。逆ギレもいいとこだ。
どんな言い分で口論してるのか知りたいよ。
いい加減イライラが止まらなくて、ああああ!!もう!!と俺もレールに乗ってるインド人たちの荷物を力任せに押しのけて、そこにギターを置いた。
かなり乱暴にやってイラついてるアピールをしたつもりだけど、誰も気にも留めない。
町から空港に行き、搭乗する。
ただそれだけのことなのにこんなにストレスを感じさせてくれる国もなかなかない。
いやー、いくらいても慣れんわ…………
飛行機は2時間のフライトでチェンナイに到着した。
ここからはもう地元みたいなもんだ。すべての道順が頭に入ってる。
タクシーの運転手さんをかわしながらまっすぐに電車の駅に向かうっていうか暑っ!!!!
暑すぎる!!!!
コルカタとは太陽がマジで別モンだ。
むふぁ……っていう熱気で一瞬で頭がクラクラしてくる。
さすがはインドでも1位2位を争う暑い県、タミルナド。
なのにチャイ屋を見つけたらフラッと立ち寄って1杯頼んでしまう。
こ、こんなに暑いのに熱々のチャイを飲むとか信じらんねぇ。
でも不思議と飲んでしまうんだよな。
オッちゃん可愛い。
電車に乗り込んでパークステーションの駅で乗り換え。
チェンナイセントラルからエクスプレスの切符を買って、電車に乗り込むともうひどい。
あまりにも乗客が多すぎて、立っとくスペースすらままならない中、かろうじて入り込めたのはトイレの前のスペース。
両側がトイレなので臭くてしょうがない!!
しかも1番奥なので風が入らず、熱気が充満して汗が流れ出てくる。
グラビアアイドルが濡れたシャツを着てる写真とかあるけど、マジであれくらいシャツがべっとり体にはりついている。
今日の気温は41°C。
人口密度が200パーセントを超えてるであろう電車の中で人に揉みくちゃにされてる。
これはヤベェ……倒れるかも………って思ってたら、そこに信じられないくらいデカい風呂敷を担いだ男たちが突撃してきて、俺の足元に荷物を三段で積み上げた。
もう身動きもとれない。
もう絶対何も入らないような状況なのに、男たちはさらに荷物を担いで運んでくる。
どこに置くんだよ!!もう無理だよ!!
って思ったら横のトイレのドアを開けて、トイレの中に荷物を積み上げ、その上に寝転がって快適空間の出来上がり。
う、羨ましい………わけない。臭すぎる。
トイレ1個潰してるのに平然としてる。
いやー………南インドでもやっぱりスゲェなぁ。
1時間ちょいの間、身動きがとれない体勢でトイレの激臭とぬるめのサウナくらいの暑さに耐えぬき、やっとアラコナムに帰ってきた。
も、もう少しだ…………
駅を出てすぐにオートリキシャーに乗ってセルバムスクールを目指す。
駅前を抜け、大通りを突っ切り、住宅地を通り、商店の角を曲がり、牛の大群をかわし、草むらの十字路を右へ。
見慣れた風景。もう道順も頭に入っている。
すると、隣の民家の前からフミーー!!!という声がした。
子供たちがこっちに手を振ってる。
俺のこと覚えてくれていて嬉しかった。
そしてやっとのことで10日ぶりのカデルの学校に戻ってきた。
「フミーー!!オカエリナサイ!!バングラデシュはどうだった?また体重減ったかい?」
ニコニコしながら出てきたカデルの顔を見たら一気に緊張がほぐれて体の力が抜けた。
「フミ!!コルカタは楽しかったかい!?」
「フミ!!家族のところに帰ってきたね!!」
パパとママがすぐにチャイを淹れてくれる。
あぁ!!なんて安全なところなんだー!!と言うと、ここには物を盗む人間も危ないこともなにもないのよ!!とママが可愛い笑顔で笑う。
家族のみんなに、そしてバラムルガンやムトゥたち学校の先生たちにお土産を渡す。
「フミ、気を使わなくていいのに!日本人だなぁ。あ、これ400ルピーもしたのかい?高いよこれ!」
あ、やっちゃった。お土産なのに値段を知られてしまうなんて。
インドの品物って商品のどこかに必ず値段が記載されてるんだよな。
とにかく帰ってきたぞ…………疲れた。