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インドですごい歓迎が待っていた

2016年2月20日(土曜日)
【インド】 チェンナイ







納豆。


大豆を発酵させた日本独特の食べ物。


糸を引く豆に醤油を垂らし、かきまぜる。


ネギや辛子を入れるとなお良し。




充分にかき混ぜたらそれをご飯の上に乗せたり、ソバと和えたりして食べる。



水戸の一粒というブランド納豆はとても美味しかったけど、普通に家で家族と食べる納豆がいい。













なぜ納豆の話をいきなり書くのか。






飛行機の中に納豆の臭いが充満している。




これはなぜだろう不思議で仕方がない。





まさか機内食に納豆が出るとでもいうのだろうか。
このインド人しか乗っていない飛行機で。






どう考えてもおかしい。

まるで鼻の穴に納豆を詰め込まれているように逃れられない納豆臭。



この臭いが本当に納豆ならいいんだけど、この機内に納豆がある可能性は限りなく低い。




まさかこの隣に座っている鼻ヒゲで腹の出たクセ毛のインド人が納豆をこよなく愛する男だとでもいうのか。



頼む……………足の臭いではないと信じている………………







お、隣の鼻ヒゲで腹の出たクセ毛でまつ毛の長い彼が機内食を注文したぞ。



いい飛行機ではないのでどうやら機内食も飲み物も全部有料のパターンのやつだ。

10シンガポールドルをスチュワーデスさんに払っている。

何を頼んだんだろ。





お、来た。










うそだ、嘘だろ…………





目の前の光景が信じられない。








隣の鼻ヒゲで腹の出たクセ毛でまつ毛の長い哀愁のある目尻をした彼が注文したのは、なんとカレーだった。



今から数時間後にカレー食いまくれるというのに。

美味しそうにカレーを食べ終えた彼はおもむろに呼び出しボタンを押した。




そしてスチュワーデスさんがやってきた。



隣の鼻ヒゲで腹の出たクセ毛でまつ毛の長い哀愁のある目尻をした肌の黒いジャイアンは、こう言った。





「ウォーター。」





カレーを食べて喉が渇いたらしい。

俺も欲しかったけど我慢した。


なんか面白かった。




















半端ない納豆臭で一睡もできないまま飛行機は綺麗に着陸。




つ、着いてしまった……………

インド………………




前もってビザをとっていたので軽く質問されたくらいであっさりイミグレーションを通過。

荷物チェックもなんなく通ってついに戦いの地、インドに入国した。













建物を出るとむわりとした熱気が首筋にまとわりついた。

シンガポールの暑さとはまたどこか質の違う暑さ。

夜の黒がねっとりと体にへばりついてくるかのように不快だけど、きっとすぐに慣れるだろう。



とにかく今夜はすでに夜中の1時半。

このまま空港泊をして明日の朝から行動を開始するとしよう。







と思っていたら…………




「サー、チケットがないと中には入れませんよ。」




一旦外に出てしまったらもう中には入れませんよと警備員に止められてしまった。


ちょ、ちょっと待って。



今到着したところで、このまま朝まで待っときたいんですが………とお願いするが、ダメの一点張り。




ま、マジですか。


暑い夜の中で呆然としていたらそこにやってきたのは…………




あぁ………これだよ…………






「タクシー!?ユーウォンタクシー!?ホテル!?」



「タクシー!?バス!?バイク!?」



「タクシータクシー!!タクシー!!」




あまりの鬱陶しさに逃げるように急ぎ足で離れようとするが、インドの客引きはそんなもんで諦めてくれるほど可愛くはない。




タクシー!?ミスター!!マイフレンド!!ブロー!!タクシー!!と叫びながらどこまでもついてくる。


あああ!!もういやーー!!ダンニャワーー!!ってインドのありがとうを叫んで思いっきり逃げた。
















どうする。

とにかく、このチェンナイには友達がいる。


カデルというインド人で、もともとはショータ君の友達だ。



日本にカデルが来た時にショータ君たちとみんなでご飯を食べた。

そしてその時に俺がインドでストリートチルドレンたちに音楽教えようと思ってるんだよねーと話したら、それならうちの学校で教えればいいじゃん!とカデルが言ってくれた。


なんとカデルはインドで生徒を700人も抱える学校を経営する家庭の坊ちゃんだった。






それから話が進み、今回のインドになったわけなんだけど、俺の目的はあくまでストリートチルドレンに音楽を教えること。


カデルの学校に通ってるような金持ちの子供たちには俺が出来ることなんてない。


なのでカデルの学校では生徒たちと音楽をして遊び、日中はチェンナイの街に出てストリートチルドレンに音楽を教えようという計画を立てていた。



世界各地を放浪しながら作品を撮っている写真家のショータ君も、現在チェンナイに来ている。


去年の夏、2人で大きなコンサートをやった大切な仲間のショータ君。




このインドで再会なんて、本当面白いもんだ。














というわけで明日の朝にカデルが空港まで迎えに行くよ!と言ってくれていたので、とりあえず着いたよーのメールを送ろう。





えーっと、空港のワイファイは……………







うん、ないよね。


空港なのにワイファイないよね。







ないよねえええええええけえけあえあああえ!!!!!!

カデルと連絡とれねええええええええええ!!!!!!








ど、どうしようマジで。

空港といっても広いので、見つけてもらうなんて至難のわざだ。

それに連絡がとれないから迎えに来ずに学校で待っているかもしれない。


もー!!なんでワイファイないんだよおおおお!!!!









と、とにかく眠い…………


日中に雨の中駆けずり回ったので疲れおり、どっかで横になりたい。


しかしチャンギみたいな綺麗なベンチなんてあるはずもない。



ていうかインド人、そこらへんで寝すぎ。

お、俺まだそんなに強くないです……………









しかも野良犬がウロつきまくってる。

ここ空港ですよね?










しかも建物がボロすぎる。

空港なのにまるで廃墟みたいに窓にガムテープが貼ってあったり、ベニヤ板で封鎖されていたりしてる。


ゴミの山が通路をふさいでおり、泥まみれで、そこでインド人たちが普通に寝てる。


しかも2月だというのにものすごい数の蚊が飛んでいてすぐに身体中が痒くなってしまった。





ああああ!!

シンガポールからの振り幅がすごすぎて色々ついていかない!!!!























やることもないのでとにかく空港の前の石段に座って日記を書くこと数時間。

朝の4時半になり、ここから動くことを決めた。




どこに行けばいいかよくわからないけど、一応カデルの学校の住所はケータイに入っている。

この住所がどこなのかもまったくわからない。


前もってチェンナイのことについて調べてもいないし、ワイファイがないから地図を確認することもできない。




とにかくこの住所だけが唯一の手がかりなので、空港のスタッフにそれを見せた。


すると優しいインド人の男性が、これならアラコナムという町まで電車で行くんだと教えてくれた。

向こうに駅があるからと。


どうやって行けばいいかまったくわからない。

でもまずは1つ目の手がかりだ。












徹夜で疲れた体で重い荷物を持ち上げて歩き始めるとすぐに汗が吹き出してきて、そこにタクシーの運転手たちが群がってきて鬱陶しさに拍車をかける。


横を歩きながらタクシータクシー!とわめき立ててくるオッさんたちをふりきり、空港のスタッフに教えてもらった方向へと歩く。


この先に電車の駅があるはず。




しかしシンガポールの空港みたいにわかりやすい看板などひとつもなく、マジでこっちか?というひと気のない暗がりへ進んでいく。


廃墟みたいな大きな建物がそびえ、地面もボコボコの広場を抜けていくと、そこには立ち入り禁止みたいなバリケードが張ってあり、その隙間から人が入っていくのが見えた。





おいおい、マジでここか?



バリケードの先には廃墟の入り口みたいな黒いトンネルがポッカリ口を開けていた。




















そこに入っていく人の後ろについて中に足を踏み入れる。


真っ暗闇。


嘘だろ?
ここ電車の駅だよな?


なんで電気ついてないの?


インドってそこまでヤバい国だったっけ?


シンガポールがすごすぎたっていうかこれはさすがに怖すぎるぞ。

















足元を確認しながらゆっくり歩いて行くと、その先にかすかな明かりが見えた。

ぽつりと光るその明かりはチケット売り場だった。


金網の向こうに人が見えた。



「アラコナム、アラコナム!」



「アラコナム、25ルピー。」




25ルピーがどれだけの価値だったかも覚えていないけど、とりあえず800ルピーくらいは用意していた。


後から知ったけどたったの40円だった。

これがどれほど安い値段だったかは、それからの移動時間で思い知った。















暗闇の向こうからヘッドライトを光らせてやってきた前時代的な電車に飛び乗ると、ボロボロにもほどがある車内で数人のインド人たちが座っていてギロリと俺のことを見てきた。


この電車で行けるのかなとそれらの人たちにたずねると、みんな何か違う駅の名前を口にする。



え?パークステーション?

違う、俺はアラコナムに行きたいんですといくら言っても、パークステーションだとみんな言う。




あああ………この感じ。


英語が通じなくて謎の言語を聞き、単語や身振り手振りからヒントを得てイマジネーションで理解しないといけない。




話から推測するとパークステーションという駅で降りて道の反対側まで歩いて別の場所で乗り換えをしないといけないと理解した。

















インドの電車は入り口が閉まらなくて、スピードを上げて走る電車の車内は夜風が吹き荒れる。

髪の毛が巻き上げられ、汗が強引に乾かされた。



肌の黒いインド人たちに混じって少し緊張しているのは、前回インドの電車の中で全財産の入った財布をスラれたからだ。

あれはバッグから離れてしまった俺のミスだとはわかっているけど、やっぱりちょっと気が張ってしまう。




天井に取りつけられた古い扇風機は全然回っておらず、塗料のはげた手すりや落書きされた木製の椅子をぼんやり眺めていた。




















いくつかの駅に止まりながら走り、30分くらいして止まった駅で人々は雪崩のように電車を降りた。









俺も人々に何度も聞きながらここで降り、また何度も何度も道を尋ねながら歩く。


ボロボロの地面でキャリーバッグが転がりにくく、顔を上げればトタンで仕切られた細い通路をたくさんの人が歩き、その足元で人が寝転がったり、何かの物を歌ったりしているのが見えた。



呆然としながら歩いていると、物乞いなのか客引きなのかわからないオジさんが、モジャモジャのヒゲの中の口を動かして言い寄ってくる。









こんな早朝だというのにすでにインドの胎動は始まっており、無秩序な雑踏に紛れながら歩いていると今日1日がどれほどの激動になるかが簡単に想像できた。




道の向こう側に行けと言われていたので歩道橋を上がると、熱気に包まれるインドの夜空がうっすらと明るくなってき始めていた。


足を止めて歩道橋の上からインドの夜明けを見つめた。



燃える赤が夜の底を焦がし、建物のシルエットがエキゾチックに浮かび上がっていた。


ここから2ヶ月のインドが始まるんだ。































道路の向こうにあった中央駅から無事アラコナム行きの電車に乗り込むことができたころには空はすっかり明るくなっていた。

時間は6時45分ぴたりに発車した。





ここでも何度も人に住所を見せて尋ねる。

どうやら比較的服装の綺麗な人に尋ねれば英語がしゃべれるということに気づいた。


南インドは北に比べて教育が行き届いていると聞いていたけど、確かにそれが感じられた。




「座っていたらいいよ。アラコナムは最終駅だからあと1時間半はかかるよ。」



おお、そ、そんなに遠いのか………完全にチェンナイを出るんだな。


ていうか2時間以上も移動するのに電車代が40円てどういうことだよ。

だいたいチケットチェックもまったくないのでキセルし放題。
そもそもインド人にチケットを買うという習慣はあるんだろうかとすら思えてくる。















全然スリにあったことから荷物から離れることができず、ずっと入り口のところに立って開け放たれたドアの外の景色を眺めていた。


町を出て、牧歌的な風景が広がり、廃墟がポツポツと見える。


緑が嫌に綺麗で、手つかずの原野の生命力が静かに横たわっている。








生ぬるい風に吹かれていると、24時間眠れていないせいでウトウトしてしまい、膝がガクンと曲がってしまう。



いかんいかん、こんなところでフラついていたら開け放たれた入り口から外に落っこちてしまう。

インドでは走っている電車のドアが開いていることが悪いんじゃなくて、不注意でそこから落ちてしまう方が悪いんだってことは俺でもわかる。











眠気を覚ますのに効果的だったのは物売りの人たち。

駅に止まるごとに色んな物売りの人が乗り込んできてハリのある声で口上をのべ、食べ物や日用品を売って回る。


クッキーがすごく売れていた。



盲目の人や老婆が乗り込んできて、不思議なインドの歌を歌いながら回ると、結構たくさんの人たちがコインを渡していた。


その旋律がとても異国的で俺も2ルピーコインをお婆さんに渡した。






















電車はようやくアラコナムの町に到着した。

すでに太陽はかなり高く上がっており、2月のインドの大地を焼き始めている。


どこまでも続くレールの向こうは白くかすみ、インドの広大さを少し想像した。






汗をかきながらボロボロの階段を上がると、インド人たちの渦に飲み込まれた。
荷物を蹴られながらなんとか歩き、とにかくワイファイを探す。

今日チェンナイに到着することはカデルには言ってあるので、すでにたくさんのメールが送られてきてるはずだ。




早く連絡しないといけないのに時間はすでに9時。

しかしワイファイが拾えない。





チクショウ、と焦りながらアラコナムの駅を出ると、目の前に田舎の光景が広がり、炉端で人が何かを売っているのが見えた。

そして、牛もいる。



小さな礼拝所があり、原色のヒンドゥーのカラーリングが施された建物にはたくさんの神様の彫刻があった。








よほど日本人が珍しいのか、人々がジロジロこっちを見てくる。

アラコナムなんて確かに初めて聞いた名前だ。

観光地なんかではない小さな田舎の地方都市なのでアジア人すらほとんど来ないんだろう。



マジでチラ見どころではない。

ただの凝視。




暑さと睡眠不足でクラクラしてきて、その視線に笑顔を返す余裕なんてまったくない。




















人々の歩く方向になんとなく勘で歩いて行く。


いくつかの商店が見え始め、インドらしいコンクリートのボロい建物が並んでいる通りに出た。


視線が集中し、俺が歩くたびにどこからか声が聞こえ、建物の窓からもこっちを指差している人がいる。



まるで自分が別の生き物みたいに思えてくる。


アラコナムまで来たはいいものの、ここからどうやってカデルの学校まで行けばいいんだ……………

疲れたよ………………









合計30キロ以上ある荷物を引きずりヨロヨロと歩いて行く。

しかしワイファイはどこにもない。


観光客向けの欧米風レストランでもあればコーヒーを飲みながらすぐにワイファイに繋げられるんだろうけど、そんなもんまったくなく、雑然としたローカルな商店があるのみ。






マジかよ…………とうんざりしながらしばらく歩くと、目の前をものすごいスピードでバイクが駆け抜けた。

大きな通りに出てきたようだった。



そう、忘れていた。

ここはインドなんだ。









大通りはバイクとトゥクトゥクと車とトラックとバスが、けたたましいクラクションを鳴らしながら狂ったように行き交っていた。



まったくの無秩序。



車線なんてないし、あっても彼らは無視する。

走りたいように走り、目に動くものが入ったらクラクションを鳴らす。



道路の脇にはゴミが山のように散乱し、その横をフロントガラスがなくてガッポリと風通しが良くなってるバスが砂埃を上げながら走っていく。
運転手は布を顔に巻いてマスクをしている。


瓦礫の山の横で牛が歩き、痩せた野良犬が寝転がり、バイクが駆け抜け、音楽が流れ、人がうごめき、ああぁ………と声を出さずにはいられない。


インドだ…………………
















根性で歩いた。

クラクションと砂埃にまみれながら歩いて行くがどこにもワイファイが見つからず、もう体はへとへとだ。

人々の視線はやはり集中したままで、まるで動物園の中のペンギンみたいな人気者になった気分だ



「イヤッフー!!」



走り抜けたバイクに乗っていた若者が、横を通り抜ける時に俺の髪の毛をフワッと触ってきやがった。ニヤニヤしながらこっちに手を振っている。


ボケが!って思いながら汗を垂らして歩く。




シンガポールからこんななんの情報もないインドの地方都市に来て、住所だけを頼りに歩き回るなんてレベル高すぎるよ…………












そんな感じで30分くらい究極の雑踏の中をあてもなく歩いてみたけど、あまりにも疲れてしまい、テキトーにそこら辺にあったチャイ屋さんの前で荷物を降ろした。



「カレーカレー!!タージマハル!!」




眉間にインド人らしい赤い印をつけたオジさんが笑顔で声をかけてくる。

俺も力のない笑顔を返しながらチャイを1杯注文した。









カップを2つ使って、華麗に液体を入れ替えながら混ぜ合わせていくおじさん。


出来上がったチャイをすすると、甘い紅茶の香りとミルクの匂い、そして少しの生姜の匂いが抜けて、たまらなく、たまらなく美味しかった。











ご飯も昨日の夕方くらいから何も食べていなかったので、空きっ腹にその甘いチャイが染み渡って力が湧いてくるようだった。


ゴミが散乱して足にはハエがたかってくるけど、みんなその中でチャイを飲んでるんだから俺もそうしていたかった。



不思議な安心感が芽生えてくる。















そしてなんとなくそのチャイ屋のおじさんにiPhoneの中の住所を見せた。


するとおじさんはまたわからない言葉を言い、スタスタと通りに出てトゥクトゥクを止めてくれた。


何やら運転手と言葉を交わすと、トゥクトゥクがこっちにやってきた。

そしてチャイ屋のおじさんが指で70という字を書いた。





マジか、ここから70ルピーで行ける場所なのか?
100円ちょいだ。



選択の余地はない。

インドでトゥクトゥクに乗るということの意味はわかっているが、このチャイ屋のおじさんのことは信用できると思えた。


バイクが飛び交う道の上で荷物を積み込み、すでにたくさん集まっていた野次馬たちに手を振るとトゥクトゥクは勢いよくエンジンをふかした。


チャイ屋のおじさんに手をさし出すと、彼は親切をしたことを誇らしそうに握手してくれた。


























インドの地方都市がいかにボロボロか、走り出してからわかった。


アスファルトで舗装されているところはメインの道路くらいで、脇道に入った瞬間デッコボコの土の道になった。


トゥクトゥクは凹凸に飛び跳ねながらゆっくりゆっくりと進み、どんどん町から外れた方へ入っていく。








民家が少なくなっていき、牛がそこらじゅうで歩いて、やがて広大な原野になってきた。




こ、こんなところに学校なんてあるのか?


トゥクトゥクのドライバーは住所を理解してるのか?


あの時、日本の渋谷で一緒にご飯を食べたカデルがこの原野の先にいるとでもいうのか?



















やがてトゥクトゥクは道の終わりで止まった。


荒れ果てた原野には木々がちらほらと生えて、牛が散らばるかなりのワイルドプレイスだった。



そこにこんなものを発見。























ウケる(´Д` )









マジか!!ここがカデルの学校だ!!!!!










あまりの状況に笑顔で立ち尽くしていると、敷地の中から警備員さんが出てきた。


看板に書いてる俺の名前を指差すと、すぐにフレンドリーな表情になって中に入れてくれた。



戸惑いながらも建物の中に招き入れられると、そこにはいかにもママって感じのぽっちゃりした可愛らしい女の人がいた。




「あなたがフミね!カデルから聞いてるわ!!ようこそタミルナドへ!!」




タミルナドというのはこのチェンナイ、アラコナムのある南インドの州のことだ。





「ありがとうございます、ところでカデルはどこにいますか?」




「カデルはあなたを迎えに空港に行ってるわよ。」




「ああああああ!!!!なんてこった!!!」






悪い予感が当たってしまった。

やっぱりカデルは俺と連絡が取れないまま、空港に向かい、今ごろあの広い空港で俺のことを探しているだろう。


カデルの可愛い妹が電話をかけてくれた。





「カデルごめんー!!もう家まで来たよ!!」



「そうなの!?よく行けたね!今から帰るからゆっくりしてなよ!!」



















荷物を降ろして椅子に座ると、全身の力が抜けてしまった。

天井で回るファンが乱暴に風をおこしている。

疲れた………………




するとママが食べ物を運んできてくれた。








どら焼きみたいな形をしているけど、これはブラウンライスで作ったものらしい。


ふわっとして、モチっとして、パサっとして、なんかそんな食感。



味は穀物の甘みに不思議な酸っぱさがあった。

イドリというタミルナドの食べ物らしい。




それにつけるものは、当たり前のようにカレーだ!!






「ゆっくり休んでね。しばらくしたら帰ってくるから。」



イドリをふたつとカレーをたいらげ、カデルの部屋に入ると、エアコンがきいていて体が冷やされた。

そしてベッドに倒れると24時間眠っていない体はすぐに動かなくなった。



























「フミー。そろそろみんなが帰ってくるから起きてー。」




ママに起こされて、チャイを飲み、家の外に出ると、学校の入り口のところで生徒たちが隊列を組んで整列していた。


先生らしき人が前に立って、そこ!もうちょっと右だ!と指示している。


太陽の日差しが大地を焼き焦がし、その下で生徒たちは精悍な表情で真っ直ぐ前を見つめている。







すると向こうのほうから車がゆっくり走ってきた。

あれだ。


隊列を組んだ生徒たちが手に持った楽器を構えた。

緊張が走る。









「あああー!!フミ君ーーーー!!!」



車から降りてきたのは日本にいたころより髪が伸び、日焼けして逞しくなったショータ君だった。


もちろんカデルもニコニコしながら降りてきた。



さらに後部座席から出てきたのは………カッピー!!!

そしてカッピーの彼女であるオペラ歌手のマキちゃん。



うおおお!!!!このメンバーがまた揃ったのがまさか南インドだなんて!!!!
















あれは俺がフランスのパリにたどり着いた時だった。

カッピーの紹介で、パリで活動する写真家の日本人と出会った。


それがショータ君だった。


パリという芸術の町で、1人で活動する新進気鋭の若手写真家。

カッコいい響き。









ショータ君と次に再会したのはおととし、世界一周から帰国した時だった。


東京のバーで3人で飲みながら話し、これから何をしようというところで、カッピーが大きなライブをやろうぜと言い出した。


俺の本の出版記念と、そしてショータ君が写真を撮りながらアメリカを横断するという出発記念。

プロデューサーはカッピーだ。






「おーい、世田谷区民会館、借りてきたからー。」



そうカッピーが言ってきたときはマジでビビった。

キャパは1200人。


そんなに客呼べるわけねぇだろ!?

ていうかそんなところで何をやるんだ!?








ライブが決まってから半年くらいか。

3人で東京を駆けずり回り、ラジオ局やらいろんなイベント会場に行きまくってライブを宣伝した。


みんなで朝まで飲みながらチケット作りをしたり、チラシをまきに行ったり、とにかく熱い日々だった。



旅人と、写真家と、音楽マネージャー。



東京でのあの戦いの日々は本当に楽しく充実したものだった。

















ライブが終わって、ショータ君はアメリカに行った。


俺も東京を離れて1人で日本放浪に出た。


カッピーは東京で2店舗目のお店を出し、業界人たちと関係を築きながら毎日忙しくしていた。


それぞれにやりたいことがあるんだからそれぞれの道を行くのは当たり前だ。

ずっと一緒にいることなんてできない。


でも寂しかった。




あの3人がまたこうして集まるのが、まさかインドの原野の中だなんて面白すぎるよ俺たち。













そんな感動的な再会なんだけど、学校の生徒たちのブラスバンドの演奏がど派手すぎて、なんだか浸ることもできなかった。


原野に太鼓とファンファーレが鳴り渡り、さらに小さな子供たちがちょこちょこ歩いてきて、俺たちにお花を渡してくれた。


まるで偉いゲストにでもなったかのような歓迎ぶりだった。









































「さてー!じゃあご飯を食べようか!」



最近のインド人らしく、ITを使いこなすカデルの左手にはアップルウォッチがある。

アプリでタクシーを呼び、アプリで星座を見、アプリで何でも買ってしまうITボーイ、カデル。




ランチはやっぱりカレーなんだけど、口に入れるとたくさんのスパイスの味わいが複雑に絡みあって、思わず何種類のスパイスを使ってるの?とカデルに聞いた。


なんと40種類以上なんだって。

そりゃ日本のカレーみたいな単純な味わいではないわな。






















ご飯を食べ終わると今度はみんなで学校の中へ。

ひとつの教室の中に入ると、ものすごい数の生徒たちが勢ぞろいしており、俺たちを見ると恥ずかしそうに歓声が上がった。

みんな興味津々な様子で俺たちを見ている。



ウェルカムミーティングを開いてくれるようだった。

















「それじゃあみんなで自己紹介をしよう。まずはショータから。」




マイクを使い、ひとりひとり生徒たちに自己紹介をする。


自己紹介が終わると、今度は質問タイム。




「インドのカルチャーについてどう思いますか!?」



「南インドは好きですか!?」





生徒たちはマジでめっちゃ頭が良くて、俺たちよりもよほど上手い英語を操る。

そしてみんなこの南インドに対して誇りを持っているように感じた。


インド、というより、このタミルナド州の人間だと自覚しているよう。

とてもスマートで賢そうな顔立ちだ。






「インドでは10ルピーくださいとよく言われます。10ルピーくださいって、10分くらい言われます。」





そんな賢い汚れのない生徒たちにニコニコしながら変なことを答えるカッピー。


か、カッピー、もうちょっとマシな答えを言おうよ(´Д` )

















カデルに演奏を披露してくれと言われ、疲れきっているけどなんとかみんなの前で1曲歌った。

喉がボロボロになっていてひどい声だった。


俺の後にはオペラ歌手であるマキちゃんも歌を披露。

インドではオペラ文化がほぼゼロらしく、マキちゃんのハリのあるソプラノにみんな圧倒されているようだった。






最後にこの学校の校長先生であり、カデルのパパであるセルバンさんからウェルカムの意味であるマレーという首飾りをかけてもらい、最大級の大歓迎に拍手が巻き起こっていた。






















どうしてこんなに大歓迎されているのか。

それはショータ君がカデルの大の仲良しであること、そしてカデルが日本が大好きだということのほかに、俺が学校に音楽を教えに来たということもある。



もともと俺はインドのストリートチルドレンにリコーダーを渡して音楽を教えるために来た。


でもショータ君つながりで仲良くなったカデルに、うちの学校で教えればいいじゃんと言われて、こういった流れになっている。





ここの学校の生徒たちは裕福な家庭の子供だ。
路上で金を稼ぐ必要なんてない。


俺がリコーダーを集めて持ってきたのは、明日の飯が食えない子供たちのためだ。




でもカデルの学校でも教えるという話はしてしまっているし、それもきっと面白いはず。


しかしストリートチルドレンのために時間がとれなかったら本末転倒だ。








これからどうなるのか。

カデルは完全に俺が先生になってくれると思っているし、すでにこんなにも大歓迎されていたら、この学校で何かしらのことをしないわけにはいかない。



















「バレーボールやろうぜ!!」



学校が終わり、カデルや他の先生たちが校庭に集まってきて、なぜかみんなでバレーボールをした。




ていうかインドでバレーて(´Д` )





バレーなんて何十年やってないんだ?ってくらいなので、まったくボールをうまく繋げられない。


俺だけじゃなく、ショータ君もカッピーもマキちゃんも、みんな文化系のアーティストなので、レシーブするたびにボールが変な方向にピューンと飛んで行ってしまう。








太陽が傾き、原野の向こうを真っ赤に染め上げている。

笑い声が寂しげな校庭にしみわたり、たまに上手くいくとインド人とハイタッチをした。




汗まみれになり、砂埃をかぶって、なんだかとても開放された気分だった。






影がのび、空が暗くなり、ふと不思議に気持ちになった。











俺はインドで何をするんだろう。

インドは、インドというただの国なのに。








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