2016年2月9日(火曜日)
【大阪府】 難波
日本で過ごす最後の日。
朝、カンちゃんの作ってくれたマフィンサンドのご飯を食べ、それから余っていた荷物を全て宮崎の実家に郵送した。
大きな段ボールになったけど、たった1800円だった。
5000円くらいするかなって思ったのに。
それからカンちゃんと2人で難波に行き、日本らしいものを食べようとお寿司のランチを食べ、最後の買い物をした。
これまでずっと使っていた楽譜ノートを新調しようと無印良品へ。
長年雨に濡れまくったりしてズタボロになっていた楽譜ノートはもうさすがに限界だった。
カッコよくて丈夫そうなリングファイルをゲット。
次に百円ショップで小さなポーチを買った。
俺は路上をやるのでコインが半端じゃないくらい多くなるってのは前回の一周中によく思い知った。普通の財布ではどうもならない。
いつもコインはジップロックに入れていたけど、今回はちゃんと大きめのポーチを使おう。
さらにインドの友達にお土産を買おうと靴屋さんを回ってみた。
欲しいのは雪駄。
インドは暑いので日本的な雪駄をプレゼントしようと思った。
しかし雪駄なんてなかなか売ってないもの。
ついでに風鈴も買っていこうかなと思いついたんだけど、こんな真冬に風鈴なんか売ってるとこがどこにもなくて困ってしまった。
でもそこは地元大阪のカンちゃん。
道具屋筋に行ったらあるんやない?
ということで難波からグランド花月の横を通って道具屋筋に行ってみたら、まぁあるわあるわ。
日本らしいもののオンパレードで、もうこれ買っていこうかなと思ったわ。
インド人がこれつけたら面白いだろうなぁ…………
道具屋筋は仕事をする人たちのための通りで、事務用品から飲食店の食器、調理器具とか、マジでここに来ればなんでもかんでも揃うって場所だ。
雪駄も風鈴もすぐに見つかった。
インドの友達が喜んでくれたらいいな。
そして大事な人のところに挨拶に行った。
四ツ橋にあるデザイン会社、「デザインスープレックス」。
俺のホームページはこのデザインスープレックスさんが管理してくれている。
もともとは路上で歌ってるところでここの社長さんと出会ったのが始まりで、それからというもの、いつも社長さんは俺のことを的確にバックアップしてくださっている。
過剰なバックアップではなく、少し手助けやヒントを出してあとは自分で気づくんだよ、という人。
その緊張感がいつも心地よく、とても尊敬できるクリエイターさんだ。
社長の片腕である北山さんの神がかり的なパソコン技術もあって、最高に信頼できるデザイン会社。
「え!?明日なの!?そうかー、明日行くんやなー。よっしゃ、今からライブやろか!」
「ええ!それはちょっと…………今夜は関空に行って空港泊する予定なんです。明日の朝のフライトなんで。」
「えー、そうかー。いやー、寄ってくれて嬉しいよ。またホームページでやって欲しいことがあったら海外からいつでも連絡してや。」
木村さん、本当に感謝します。
あの日木村さんにお会いできたことでどれだけ僕の活動をたくさんの人に知ってもらうことができているかわかりません。
また元気に帰ってきます!!
その時は一緒に歌いましょう!!
それからもう1人会う約束をしてた女の子と合流して、少し早いバレンタインチョコをもらった。
出発の日にちはあまり大きく告知はしてない。
いつの間にか行ってたってくらいがちょうどいいもんな。
「えー、私フミ君にチョコあげてないー。」
カンちゃんが寂しそうな笑顔で言った。
「今夜美味しい唐揚げ作って。バレンタイン唐揚げでいこうよ。」
「うん!美味しいの作る!!なんか肉大好きな子みたいやけど!!」
夜まで色々と用事を済ませて福島の家に戻り、早速荷物をまとめた。
買っておいた大きなキャリーバッグには寝袋やマット、そして全国で集めた大量のリコーダーをぶち込んでもまだ余裕があり、もう洋服も入れちまうかと詰め込んでみるがまだ全然隙間がある。
服なんてこんなもんで充分。
必要になったら向こうで買えばいい。
結局キャリーバッグの中にほとんどのものが入ってしまい、背中にせおうリュックはいつものようにスカスカ。
まぁこっちにはタバコとか細かいものを入れとけばいいか。
そして新しい楽譜ノートに歌詞カードの入れ替えをした。
ボロボロやな………………長いこと使ったなぁこの本。
日本ではもちろん日本語のレパートリーをメインで演奏しているので、これも全部持って行ってたらノートがかなり重い。
日本語の曲は向こうではほとんどやることはないだろう。
いや、あるかな。
いや、ないだろう。
いや、やっぱりあるかな?
まぁこれはやらないよな。
インドで山谷ブルースとか渋いけどね。
今まで使っていた楽譜ノートの中身を全部引っ張り出してみたら、英語の曲だけでもとんでもない数になってしまった。
昔やっていたけど、いつの間にかやらなくなって隙間に埋もれていったレパートリーたちがどんどん出てきた。
ガースブルックス
ガイクラーク
ニッティーグリッティーダートバンド
ジェリージェフウォーカー
カーラボノフ
ロッドスチュワート
ボズスキャッグス
CCRのフールストップザレインとか、ニールヤングのアフターザゴールドラッシュとか、
シティーオブニューオリンズとかデッドフラワーとか。
10代後半からアメリカの60~70年代のフォークロックを聴き始め、むさぼるようにCDを買って曲をコピーしてきた。
高校の授業中は、いつも英語の歌詞カードを見ながら曲を口ずさんで覚えこむ日々。
友達たちがルナシーとかグレイとかジュディマリを聞いてる時に、ずっとニールヤングやロバジョンやジェイムステイラーを聞いていた。
そんな蚊帳の外にいる自分が好きだった。
いつだって、自分は他の奴らとは違うって、そんな風に気取っていた。
それぞれの曲にそれぞれの思い出がある。
音楽の師匠であるテディーさんにたくさん教えてもらった。
あの時、あのライブでいきなりリードを弾けと言われてテンパって恥をかいた曲。
英語の歌詞の意味がわからなくて歌っていたらちゃんと勉強しろ!と怒られたこともあった。
みんなみんな、俺の下地を作ってくれた曲たち。
ずっとページの奥にしまっていたそれらの曲たちをページの上に持ってきた。
今度の海外は俺の培ってきたもの全部の総力戦だ。
いっぱいやるぞ。
これはやらない。
「できたよー!!はいー、食べるよー!!」
カンちゃんが作ってくれた最後の晩ご飯。
唐揚げと味噌汁、サラダ、納豆と山芋短冊。
カンちゃんはすごく料理が上手だ。
子供みたいな見た目だけど、なにをやらせてもテキパキとこなす。
そして余った時間でプラプラしてるからいつもみんなに、カンちゃんは仕事してないって思われる、と嘆いている。
カンちゃんの周りを味方にするオーラは誰からも愛されて、敵を作らない。
こんな頼りなさそうなのに、俺なんかよりよほどしっかりしている。
「うまーい!!!うますぎる!!最高のバレンタインだよ!!」
「やったー!これが醤油タレで、これが塩唐揚げで、こっちがタバスコ味!!」
海外経験が長いカンちゃんの味付けはいろんなハーブとか外国の調味料を使ったものが多い。
食べ慣れないものもあるけど、料理が上手だからどれもすごく美味しいんだよな。
日本での食事、残りラス1。
晩ご飯を終えてシャワーを浴び、さぁ、そろそろ出発しよう。
フライトは明日の朝。
なので今夜のうちに関空に行って空港泊をするつもりだ。
と、思っていたんだけど、晩ご飯を食べたらなんだか行く気が失せてしまった。
フライトは朝の9時55分。
別に朝早く出れば充分間に合う。
「もう朝にしよっか、ベッドでゆっくり寝よう。」
「そうだね。うん!そうしよそうしよー。」
「じゃあ、耳かきして!!」
ひと気のなくなった深夜の関空のベンチでカンちゃんに耳かきしてもらうなんてロマンチックだろうなと思っていたけど、まぁいいか。
荷物を全部まとめ、部屋の電気を消す。
ベッドに入るとカンちゃんが抱きついてきて、しばらくするとスースー寝息を立て始めた。
暖かいカンちゃんの体温。
すべすべした肌。
頭を抱きしめながら、iPhoneに今日の日記を書いていく。
今回の旅を決めたのはいつだったか。
もしかしたら前回の一周中に、インドを出る時にはもう決まっていたかもしれない。
インドで歌を教えようとして出来なかった時ことを思い出すと、モヤモヤした気持ちがいつも胸の中で音を立てた。
やっぱりもう1回チャレンジしに行こう。
インドのあのストリートチルドレンに音楽を教えて一緒に稼いでやろうという気持ちが、なにをキッカケに大きく膨らんだかはわからないけど、確か夏ころには、年明けに行こうと考えていた。
しかし、そのころちょうどカンちゃんと付き合い始めていたので、何の気なしにその意思をカンちゃんに伝えたんだけど、いつも明るいカンちゃんが急に真面目な声になった。
「え?じゃあ私はどうするの?置いていくの?」
きっと数ヶ月で帰るから、だから少しだけ待ってて、とカンちゃんに言いながらハッと思った。
俺はまたこの言葉を言ってる。
今までずっとこの言葉を言ってきて失った恋がいくつもあるのに。
傷つけて寂しい思いをさせてきたのに。
「………カンちゃんも………一緒に行く?」
この言葉を今までずっと言えなかった。
旅は1人でするものだと思っていたし、そもそも旅についてきてくれる女の子なんて世の中にそうはいない。
いつもいいホテルに泊まるわけじゃないし、色んな苦労があるのを大前提に誘うなんて、ハナから選択肢になかった。
「じゃあ私、仕事どうするの?」
「旅とか別に興味ないし。」
いつもなら当然のように断られる。
でもカンちゃんはこう言った。
「えー!行くー!!行く行くー!!仕事いつ辞めよう!!早くマネージャーに伝えなきゃ!!うわー!旅行けるなんて嬉しすぎる!!」
これが俺に対して気を使って言ってる言葉ではないことはよくわかった。
なんせカンちゃんは10代の頃からアメリカで暮らし、バリで暮らし、ヨーロッパやアフリカ、東南アジア、さらにインドに1人で行ってインド最高って言える子だ。
俺と同じように、秘境の絶景に感動し、安ホステルのドミトリーで欧米人たちとワインを酌み交わすことを楽しいと思える女の子。
そろそろ旅欲が爆発しそうになってたのー!!嬉しいー!!と喜ぶカンちゃんの言葉を聞いて、とても嬉しかった。
初めて一緒に旅できる彼女ができたことがたまらなく嬉しかった。
「じゃあさ、もういっそのことインドの後にお互いの行きたいところ行きまくろうよ!!」
「えー!!なにそれ最高すぎる!!」
「それでさ、今まで得た知識と経験を活かして外国でお金を貯めて帰ってこよう。お金使うんじゃなくて貯める!!それで日本に帰ってきてからゲストハウス始める資金にしようよ!!」
「えー!でも………フミ君は歌って稼げるけど私どうしよう………」
「いいよいいよ。カンちゃんの分くらい頑張って稼ぐから。隣でフレンチブルみたいに座ってればいいよ。ホエーって。」
「ダメ!!私も稼ぐ!!フミ君には頼らないから!!私も私が出来ること探す!!あーもう!!最高すぎるー!!」
それからカンちゃんは毎日、自分が海外でどうやってお金を稼げるかをネットで調べていた。
貯めたお金をどうやって日本に送金するかも調べ、2人での旅に夢を膨らませた。
カンちゃんは数ヶ月後に辞めたい意思を職場に伝え、寂しいけど行って来なよー!羨ましいー!と職場のみんなにも賛成してもらえたみたいだった。
旅が好きで好きでたまらないカンちゃん。
それでも、やっぱりどこか不安はあった。
治安のいい国ではヒッチハイクもするだろうし、キャンプもするかもしれない。
こんなに可愛いオシャレな女の子に不衛生なことをさせるかもしれない。
それに対して申し訳ないという気持ちに、きっとなると思う。
俺はカンちゃんにこんなことをさせて、って。
でもちょっと前にカンちゃんが言った言葉を聞いて、その不安はだいぶマシになった。
「私、カンちゃん待たされるんだ、って周りに言われるの大嫌い。だって好きで待ってるんだもん。それに今回フミ君と旅に行くことをみんなに、ついて行くんだー、って言われるのも嫌い。フミ君について行くんじゃなくて私が行きたいから行くんだもん。でもどうしてもそう言われるんよねー、男の人と行くと。フミ君の旅じゃなくて2人の旅なのにね。」
もう、なんなの?カンちゃんって神なの?
俺が言って欲しい言葉をど真ん中でブチこんできた。
確かに俺が友達と一緒に旅に行くことにして、周りから、あーついて行くんだーって言われたらめっちゃ嫌。
おい、なめんなよ?と。
そんな流されやすい意思のないくっつき虫みたいな風に見られるなんて耐え難い屈辱だ。
そのプライドをカンちゃんは持っている。
その、ついて行く女、というヒロイズムに甘んじる女ではない。
「いやー、カンちゃんキャンプでシャワー浴びれなかったりしたらごめんね。」
「え?なんで謝るの?キャンプすることで私に対してごめんねって思うってのは、私がついて行く女ってことだよ。2人の旅なんだからフミ君が私に謝ることなんてなんにもないよ?私キャンプ大好きだよ。多分フミ君がそろそろホテル泊まろうよーって言っても、むしろ私がキャンプでいいやんーって言うと思うー。でもドライヤーとコテは持っていく!!」
20歳の時に旅する人生を選んで、色んなものを失った。
でもその分色んなものを手に入れて、色んなところに行くことができた。
周りの同年代のやつらはそれなりに仕事で出世して、家庭を築いて、幸せそうな生活を送っている。
いい車やテレビを買って、家を建てたやつもいる。
でもいっつも思う。
旅する人生を選んで後悔はない。
その上でカンちゃんという宝物にまで出会えた。
文句のつけようがないほど、今、完璧に幸せだと言える。
「んー…………フミ君、そろそろ寝ないと明日早いよー………むにゃむにゃ…………」
目を覚まして腕の中でもぞもぞ動いているカンちゃん。
時間は深夜の1時を回っている。
「んー、そろそろ寝るねー。大好きだよー。」
「大好きー。色んなところ行こうねー。」
iPhoneを消して布団にもぐった。