9月17日 水曜日
【韓国】 プサン
朝の7時、ゲストルームを出るとひんやりとした湿気に満ちた空気が山あいの孤児院を包んでいた。
半袖だったのでブルっと震えながら坂道を下り食堂の中に入ると、すでにそこではたくさんの子供たちが朝ごはんを食べていた。
みんな昨日とは違い学校の制服に身を包んでおり、登校前の爽やかな清潔感をまとっている。
「あ!フミさん!ヒアヒア!!」
ゆうべ仲良くなった高校生のメンバーが俺を呼んだ。
食事をトレーに乗せて彼らと同じテーブルについた。
英語はほとんど喋れないが、みんな明るく快活に話しかけてくる。
素直で爽やかで、愛らしい笑顔は当たり前にそこらへんにいる高校生と変わらない雰囲気。
ゆうべあのミニライブの後、高校生のメンバーが興味津々で俺に話しかけてきて、みんなで遅くまでバスケットコートに座ってギターを弾いたり歌を歌ったりして遊んでいた。
その中でもソンウンというまだ幼さを顔に残した18歳の男の子は特に俺に興味を持ってくれ、最近ギターを始めたといって自分の安いギターを部屋から持ってきて一生懸命俺に弾き方を教えてくれと言ってきた。
大人のスタッフのみなさんは俺の旅のことにあまり興味がなさそうだったけど、人懐こい子供たちはあれこれと旅の質問をしてきて、各国でのエキサイティングなエピソードに、うわお!!と目を輝かせて喜んでいた。
今ソンウンたちが弾いている楽器にはとんでもないパワーがあるということをほんの少しでもわかってくれたらな。
朝ごはんを終えるとみんなどやどやと学校に登校していき、ホームの中は静けさに包まれた。
施設の中でタバコを吸うことはできないので、裏山のほうまで歩いて行って見えないところで一服した。
しばらくゆっくりしてから、荷物をゲストルームに置かせてもらったまま、街に出かけるママの車に乗せてもらいダウンタウンへ出かけた。
ハダンの駅前で銀行に行ってこれまで貯めてきた香港ドルと台湾ドル、アメリカドルを全て韓国のお金に換金した。
9万5千円分のウォンをゲットしてその足でプサンの繁華街であるナンポーエリアへ。
小雨がそぼ降るナンポーの街の中を歩き回り、たくさんのショップが立ち並ぶお買い物ストリートの中で楽器屋さんを見つけ、有り金をはたいてギターを買った。
ミニアンプ、シールド、弦を5セット、クロス、大量のピック、カポタスト、ストラップなどなど、色んなものをセットでつけてくれた楽器屋の店長さんに何度もお礼を言って、またハダンの駅へと戻る。
そして待ち合わせ場所にやってきたママの車に乗って施設へと戻った。
夕方のチルドレンホームには人影がなかった。
あれ?もう下校してきた子供たちがいるはずなのにな。
「今日は水曜日なのでお祈りの会があるんです。さ、急いでご飯を食べましょう。」
急かされながらご飯をかきこんだらすぐにオフィスの建物の2階へと向かう。
そこには小ぢんまりとしたプレイルームがあり、すでに部屋の中にはたくさんの子供たちやスタッフの方々が長椅子に座っており、壇上でおじさんが話をしていた。
このチルドレンホームはキリスト教の施設だ。
この部屋が彼らにとっての教会になっており、みんなそれぞれに聖書を広げて神父さんのお話に耳を傾けている。
しかしやはりここは子供たちの共同生活の場だ。
中にはお喋りをしてクスクス笑っている子供もいる。
その何気ない光景がとても微笑ましく見えた。
これまで世界中の教会に行き、色んなミサに参加させていただいた。
彼らはキリスト教の教えに則り、みな隣人愛に満ち溢れた笑顔をこの得体の知れない来訪者に向けてくれた。
形は違えど、優しい握手やハグやキスは宗教が人間にもたらす愛をとても強く教えてくれた。
あの暖かい触れ合いは今、しっかりとこの心に根付いている。
目の前の人を慈しみ、抱きしめてあげる愛の必要性に国境や人種にはなんの関係もなかった。
プレイルームの中に韓国語の聖歌が響くと、さっきまでクスクス私語をしていた子供たちもみんな大きな声で歌を歌っていた。
「フミさん!僕の部屋に来てよ!もっとギターを教えて欲しいです!!」
男子寮の中のソンウンの部屋に入ると、ふたつの机が置いてあり、余計な物はないがそれなりに散らかっており、若い男の子たちの共同生活の雰囲気が染みついていた。
このチルドレンホームは80年の歴史のある施設。
きっとこの部屋で今まで何人もの子供たちが育ってきたんだろうな。
ソンウンたちはとても明るく、冗談を言ってよく笑う。
そして俺が何かを話せば必ず真面目な顔で俺を目をしっかり見て話を聞いてくれる。
素朴で、素直で、とてもしっかりしている。
施設で育っていることへの悲壮感など微塵も感じられない。
ソンウンが自分の写真が入ったアルバムを見せてくれた。
そこにはまだ4歳か5歳くらいであろう、可愛い幼い子供が写っていた。
「ここ、おかしいよね!僕はツムジがふたつあるんだ。」
写真の中の子供の頭頂部にピョンと髪の毛が跳ねた部分があった。
ちょうど角みたいにどの写真でも必ずピョンと髪の毛が立っている。
今のソンウンの頭にはその角はない。
ハッとした。
その写真の中に写っているソンウンの周りにはソンウンと同じくらいの年齢の子供たちがたくさん写っていた。
学芸会の舞台で劇をしているようなスナップもある。
それはやはりここのようなチルドレンホームで、ソンウンはこんな小さなころから施設で育ってきたのだ。
ソンウンは今18歳。幼さの残る顔だけど、体は筋肉がたくましく隆起しており、立派な青年だ。
普通ならば親といるはずの幼少の日々を、彼はずっと孤児院で過ごしていたということになる。
それがどういうことなのか俺には想像しにくい。
それくらい俺の過ごしてきた人生とはかけ離れている。
しかしそれが彼らにとって悲観するべきものではないんだということが、彼らの笑顔の中には溢れていた。
胸の奥深いところではわからないが。
「うわああああおおおお!!!!」
「わああああああ!!!」
買ってきたギターをみんなに見せると、飛び上がって喜んで、歓声が寮の中に響き渡った。
「本当にいいの!!?俺たちが弾いていいの!!?」
「1本だけでごめんね。みんなで一緒に使ってよ。」
「もちろんだよ!!!みんなに伝えるよ!!ありがとう!!フミ!!ありがとう!!」
弾けるように喜ぶ彼らの顔を見ているとやっぱりこれでよかったと思った。
俺はもう帰国する。
この世界一周も終わる。
俺が今まで路上で稼いできた金は、俺が旅を無事終えるためにみんながくれたものだ。
旅が終わる今、俺が持ってるべきではない。
帰国直前にその金をどうするべきかずっと考えていた。
誰かのためになるものとして使いたい。
だからギターを買った。
音楽のすごさを子供たちに伝えたい。
この韓国という先進国の設備の充実した施設に使うのが果たして最適の使い道か悩んだ。
世界にはもっともっと必要としている人たちがいる。
そんな場面にいくつも直面してきた。
でも、団体に寄付するなんてことはしたくなかったし、友達に送金するってのも心もとない。
やはり直接話をして、渡したい。
まだ世界のことに深く関われるほど大きな男ではない。
目の前のことでいい。
目の前の人を笑顔にさせられなきゃな。
「フミ!!弾いていい!!ワオ!!僕もっともっと練習するよ!!」
「ああ、たくさん練習して上手くなったら必ずたくさん友達が出来る。音楽はすごい力を持ってるからね。」
「フミは音楽で戦争を止められると思う!?」
「んー……戦争は難しいけど、目の前のケンカなら止められると思うよ。」
俺に何が出来るだろう。
ずっと考えている。
この命を使ってやれることはなんだろう。
夢に描き続けてきた旅はもうすぐ終わる。
今までやってきたことは全て自分のためのことだ。
自分がやりたくてやってきたこと。
旅にしても音楽にしても。
これからもそれでいいと思う。
自分がやりたいことをとことんやればいいと思う。
でもその中で誰かを笑顔にさせられるように意識を向けていくことが、今なら出来るかもしれないな。
「フミ!お腹空いてない!?何か食べたいものある!?」
「んー、辛ラーメン食べたいかな。」
「辛ラーメン!?はい!!いいよ!!」
机の引き出しの中に辛ラーメンて(´Д` )
韓国やなぁ。
みんなにおやすみと言って自分の部屋に戻った。
シャワーを浴び、電気をしてしてベッドに入る。
旅の最後はもう目の前だ。