8月19日 火曜日
【中国】 セルタ ~ 成都
早朝5時半。
まだ真っ暗なセルタの町を歩き古びたバスターミナルに着くと、そこにはヘッドライトをつけたバスとたくさんの旅行者たちがいた。
久しぶりのバス。
これで狭っ苦しいミニバンでガコンガコン飛び跳ねなくてもいい。
バスはうなりをあげて出発した。
今回俺が回ったのは東チベットと呼ばれるエリア。
正式に定められたチベットではない。
チベット文化圏ではあるが、地図上では雲南省と四川省の一部だ。
大金はたいてパーミッションをとって本当のチベットに行った人たちからしたら東チベットをチベットと呼ばないで欲しいなって思われるかもしれない。
でもここに住んでる人たちは完璧にチベット人だし、言葉も文化もチベットのものだ。
歴代のダライラマでこの地域からの出身者もいる。
こうして山の中を回ってきて思ったのは、地図上の線引きなんて中国政府が決めた勝手な取り決めでしかない。
線を越えているかどうかでこちら側あちら側と判断するのってすごいつまんないなと思った。
まぁ線引きをしなければ世の中回らないんだろうけど。
いつも国境付近に近づくと、民族や文化の混ざり合いを感じる。
アメリカとメキシコの国境、ブルガリアとトルコの国境、ラオスと中国の国境。
ふたつの国の特徴がどんどん混ざり合って変化していくその空気がすごく面白くて、国境を越えるのはいつも楽しい。
国境なんてあやふやなもので全てを分断することなんてできないよな。
バスは仙人が住んでいそうな渓谷の底をゴトゴトと進んでいく。
相変わらず道は穴だらけで、バスごとひっくり返りそうに揺れまくってまるでなんかのアトラクションみたいだ。
そんな風にぐわんぐわん揺れまくると何が起きるか。
ゲロ祭りですね。
ゲエエエエエエエエエエ!!!!
オボォ!!ウボゲェ!!
ベチャ!!ビチャビチャ!!
オオオオォォォォォオオオオオオエエエエエエエエ!!!!!
車内にうめき声が響き渡り、ゲロ臭が充満して阿鼻叫喚です。
みんなゲロ袋なんかじゃなく通路に置かれたゴミ箱にそのまま流し込むので、ゴミ箱がゲロ溜めになってます。
あ、ほら、隣のガキが通路にそのままゲロをぶちまけましたよ。
通路に置いていた俺のギターがゲロでビチャビチャになりましたね。
ガキの親は俺が横でうわぁ!!ってギターを持ち上げてついたゲロを拭き取っているのに、ごめんなさいの一言もないです。
信じられないです。
コアアアアアアアアア!!!!
カッ!!コッカッ!!
カォウ!!ケエエエ!!!
プヘェエ!!
痰切りは常に鳴り響いています。
もう通路は痰とゲロまみれです。
まぁ景色は綺麗ですけどね。
天空にそびえる山々はあまりにも高く険しく、そんな太陽の光も届かないような崖の谷間にポツポツと小さな集落が散らばっているんだけど、これがもうとにかくメルヘンチック。
集落の民家がそれぞれに個性のある作りで統一されており、まるでユニフォームを着たチームみたいだ。
ログ調のカラフルな集落。
石積みの重厚な家々ばかりの集落。
そして遊牧民たちのテントの集落。
全てが絵になる。
バスの中はゲロと痰祭りですけどね。
あと下痢祭りですね。僕だけ。
お腹がだんじり状態です。
だからその痰切りをやめてくれえええええ!!!!
こっちまで吐きそうになる!!
バスはそんな雄大な谷間を滑り抜け次第に町の中に入っていき、日が沈んだころに成都に着いた。
しかし1000万人を超えるような超大都市なので街に入ってからターミナルに着くまでがまた長い。
ようやくどっかのターミナルに到着したのは夜の22時すぎ。
ろくにトイレ休憩もしないでかっ飛ばして16時間もかかった。
気温がぐんと上がった。チベットではあまりの寒さにオーストラリアでもらったスキージャケットが大活躍だったんだけど、成都ではTシャツで充分だ。
そしてバスを降りると頭がクラクラして倒れそうになった。
浮遊感がして足腰も力が入らない。
標高のせいなのかな?
4000mの高地から500mの低地にわずか半日で一気に降りてきたんだ。なにかしらの変調はあるよな。
他の乗客たちについていくと地下鉄の駅にやってきた。
うふおおおおおおお!!!!!
文明いいいいいいい!!!!!
女の足いいいいいいい!!!!
触りてえええええええ!!!!
中国人、足綺麗です。
みんな短パンはいてます。
足出してナンボみたいなところあります。
地下鉄の値段は3元、50円。
街の中心部に近すぎず遠すぎずのあたりで地下鉄を降り、そこらへんで宿を探した。
そそり立つ山々……ではなくそそり立つ無数の高層ビルがピカピカと光を放ち、歩道はタイルが綺麗に敷き詰められ、清潔感に溢れた街にはゴミひとつ落ちていない。
並木通りにはベルサーチやらグッチやらのブランド店が並び、一本脇道には親しみのある食堂もある。
ああ………やっぱり綺麗な街で文明に囲まれていると安心するなぁ。
インドってなんでしたっけ?あれってなにかの冗談でしたっけ?
成都の地図は一応手に入れてはいるんだけど、宿の場所なんてまったくわからずひたすら歩き回った。
エリアのチョイスをミスったみたいで巨大ホテルばかりが並んでおり、安いローカルな宿はどこにもない。
夜の静まった街の中を汗をかきながらさまよい続けた。
治安も良さそうで別に焦りもせず、ゆっくりと。
なんだか親近感のわく街だな。
テキトーに食堂で坦々麺を食べた。
坦々麺は普通だったけど、店主が普通じゃなかったです。
裸エプロンて。
しばらくして綺麗な川沿いの橋のたもとに立ちんぼがたむろしてる場所を見つけ、この辺りにあるかもと歩いていくと、奇跡的に青年旅舎を見つけた。
青年旅舎とはユースホステルとのこと。
中国ではドミトリーがあるような安宿は青年旅舎くらいだ。
値段はだいたい30元~45元。500円~800円てのが相場。外国人が多い。
でも中国人が泊まるようなローカルの宿なら個室で50元くらいで泊まれる。
やっとこさたどり着いたこの青年旅舎も値段は45元、750円くらい。
欧米人と中国人たちがベッドで横になっているドミトリーに荷物を運び込む。
久しぶりだなこの雰囲気。
みんな荷物を整頓して置いていて行儀が良かった。
行儀がいい中国では欧米人たちもみんなそれに従うのかな。
共有スペースでは色んな国の言葉が飛び交っていた。
ポスターや本が雑然と並び、ビリヤード台が置いてある。
この若者で溢れたチャラい宿の中に混じっていると、俺もオシャレなバッグパッカーになった気がした。
いつもの現実に戻ったようなそんな感覚。
チベットは旅の中でもその旅を飛び出したあまりにも遠い場所だったんだなと、今になって実感できたみたいだ。
シャワーを浴びてベッドに入る。
快適なWi-Fi、涼しいエアコン。
ヨーロッパ人の兄ちゃんが片言の英語で俺のベッドはどこだ………とウロウロしている。
ああ、バッグパッカー宿だな。
さ、明日は忙しいぞ。