8月2日 土曜日
【中国】 大理
なんて快適なんだ。
快適にもほどがある。
ノリのきいたシーツ、広すぎるベッド、クッション抜群の枕、
そして何よりちょうどいい気温。
あの灼熱のインドから一気に初秋の気温となり、この気持ちよすぎるベッドで布団にくるまって寝ることの快感があまりにも贅沢に感じられる。
エアコンもファンももちろん要らない。
アジアに入ってからろくなホテルじゃなかったので最高の寝起きだ。
とは言っても、体調はまだひどいもので、夜のうちに何度もトイレに入って下痢をした。
下痢をしていると体力を消耗してしまい、ベッドから体をおこすのも億劫なくらいに弱っている。
昨日カンさんたちからもらった薬のおかげで風邪の症状はだいぶ良くなってる。
でもまだ歌をうたうには程遠い体調。
インドの呪縛はまだ解けないままか。
中庭に降りるとソファーでカンさんがぼんやりと宙を見つめていた。
何か考え事をしているみたいだ。
「何かありましたか?」
「あ、は、はい………お金のことデス。ホテルの経営をどうすればもっと良くなるかなと考えていマス。」
カンさんはこのホテルの他にも古城の中に自分のお店を2軒持っている社長だ。
さらに今契約を進めているテナントもあり、いずれは他の町にも進出したいと考えているような、まさにキレモノの中国人ビジネスマン。
この角楽ホテルはまだオープンして半月ほどなのでもちろん認知度も低く、飛び込みのお客さんしか狙えない状況だ。
カンさんのことだからこれからどんどん戦略を増やしていき、軌道に乗せることができるだろう。
その戦略を考えてるところなんだろうな。
しかしカンさんが悩んでいるのはそれだけではなかった。
1年前にカンさんのお友達の弟さんがとあるトラブルにより何者かに殺されてしまったんだそう。
そのお兄さんはなんとかして犯人を捕まえたい。
しかし中国の役人というのは杜撰なもので、ろくな働きをしないんだそうだ。
そこでものを言うのがお金だ。
お金を積めば積むほど役人たちは動いてくれる。つまりお金のある人があらゆることを自由に行えるというわけだ。
警察もそう。結局はお金。
しかしそのお兄さんはお金を持っていないことでろくに捜査もされずに悲しみにくれていたんだそう。
友達の悲しみを見ていられないカンさん。
自分の貯金を全て差し出して彼のために使ったそう。
その額なんと80万元。1300万円という途方もない金額だ。
おかげで犯人は捕まり、死刑にすることができ、お兄さんの無念は晴らされた。
それから1年。
そのお友達はカンさんに1元も返してくれないんだそうだ。
「とても大きなお金です。若い頃から一生懸命貯めたお金だったんです。でも僕がいけないんです。利子も期限も決めずに貸しました。契約書もないです。本当にバカです。」
ただのお人よしだよ………
これまでも3回そんなことがあって、3回ともお金は返ってきてないんだそうだ。
「カンさん、いい人すぎますよ。お金のことはちゃんとしないと。」
「そうです。分かってるんですけど、バカなんです。また頑張って一生懸命働きます。ホテルもこれからどんどんお客さんを増やします。」
雨がしとしと降っている中庭で2人でソファーに座ってずっと喋っていた。
色んな話をした。
中国のテレビも日本と同じように日本のことを悪く言っているという話。
でも人々は別に日本のことを大嫌いというわけではないということ。
中国の都会の人々の平均給与が月4万5千円くらいで、7万円はないと生活していけないということ。
そしてこんな話も。
俺はご飯を食べる時に、いつも最後の一口というところでお腹がいっぱいになって少し残してしまう。
お残しがいけないのはわかっているがどうしても最後の一口が食べられない。
日本にいる時、彼女にいつもそれを怒られていた。
そんな時に俺が決まって言う言葉。
「中国では満足しましたという表現のために最後の一口を残すんだよ。」
お皿のご飯を全部食べてしまったら、もてなしてくれた側に、あー彼を最大限に満足させることができなかったという気持ちを与えてしまうので、あえて少し残すことで、もうこれ以上食べられません、最高にもてなしていただきました、という意思表示をするのが中国のマナーだと聞いていた。
なのでいつもこれを持ち出して、もう食べられない!!ありがとう!!と伝えてるんだよ!と彼女に言っていた。
これをカンさんに話したら笑われてしまった。
「そんなこと全然ありまセン。ご飯を残さず食べるのが礼儀です。残してしまうと親のことを悪く思われます。」
も、もうこの言い訳が使えねぇ(´Д` )
カンさんと話しているとたくさんの人がやってくる。
ワンちゃんやチャンさんはスタッフなのでいつも顔を合わせているが、その他にもおばちゃんおじちゃん、兄ちゃん姉ちゃん、とにかく色んな人がホテルを出入りしている。
宿泊客というわけでもなさそう。
きっとカンさんの友人や近隣の仲のいい人たちなんだろうけど、それを見ているとカンさんが地域の人たちと良い関係であることがよくわかる。
お金に頓着のないカンさんはビジネスマンとして不合格なのかもしれないけど、人との繋がりを大事にする優しい人だからこそこうしてたくさんのお店を成功させているんだろうな。
「フミさんはこの旅でどんな気持ちを得ることができましたカ?」
「んー、人間はみんな一緒だということを知りました。そしてみんな優しいです。たくさんの人に助けてもらいました。だから僕も多分人に優しくなれると思います。」
「それは心の食料デスね。」
「ん?心の食料?」
「中国でよく言う言葉です。口で食べる食料じゃなくて、心が食べる食料です。それで心が豊かになるのです。」
うん、やっぱりここでも人間は一緒だな。
おばちゃんが作ってくれたご飯をみんなでテーブルを囲んで食べた。
大皿に盛られた料理をみんなでつつきながら食べる。
もうこれが涙が出るほど美味かった。
豚骨を煮込んださっぱりとしたスープの優しい味!!
薄味で全身を包んでくれるような暖かさだ。
全ての料理が今まで中華料理屋さんで見てきた馴染みのあるもの。
しかしそれをこんな家庭料理として食べることができるなんて。
ホチュ!!ホチュ!!美味しい美味しい!!とご飯をかきこむ。
みんなニコニコともっと食べて、とお皿を近づけてくる。
テーブルを囲んでみんなでお箸を使って大皿をつつく。
温かいお茶があって、椅子の横の保温ポットにはいつもお湯がキープしてある。
懐かしいこの風景。
しかしほんの少し違うのはここが中国だから。
その違いが嬉しい。
違いが大きければ大きいほど、みんな一緒だと思える瞬間の喜びは小さくなる。
反比例だ。
中国と日本の違いはそんなにない。
なので違いが小さい分、彼らと分かり合えた時の喜びはとても大きい。
中国は反日の国、という固定観念は日本人ならば拭うことはできない。
おそらく中国人も、テレビで日本の悪いイメージを刷り込まれているだろうから、日本のことを良く思ってはいないはず。
でも個人レベルの付き合いになった時に、そんな歴史や政治的な関係を持ち出してくるようなことなんてまずない。
みんな同じ人間。
そして中国人の優しさは半端じゃない。
もう地球上の優しい国民っていったら、トルコ人か中国人だよ。
もうすっかり固定観念は消え去っている。
美味しいご飯に体に力が湧いてくる。
明日になったらきっと歌えるぞ。
まだ体はダルくて、トイレにも1時間おきに行かないといけないくらいの下痢だけど、雨も止んだことだし少しリハビリもかねて散歩に行くことに。
まだゆっくりと見ていなかった古城の中を回ってみた。
空にそびえるいかにも中国といった唐風の楼門をくぐって中に入ると、そこには完全に時代が止まってしまった町並みが広がっている。
瓦屋根に土壁、白漆喰といった日本でも城下町のなどでよく見られる伝統的な家屋がどこまでも連なり、その向こうにまた大きな楼門が見える。
たくさんの水路が張り巡らされており、緑の柳が細い路地に並んでいる明媚な光景は日本人として懐かしさを覚えずにはいられない。
そんな美しい町なので、まぁとにかく観光客が多い。
うっじゃうじゃ。
どの道にも埋めつくように人がひしめいている。
家族連れもカップルも老夫婦もあらゆる観光客がいるんだけど、外国人はほぼ見かけない。
京都よりも少ない。
わずかに欧米人がいるだけで、日本人観光客の姿は皆無。
んー、もったいない。なんでみんな中国来ないんだろうな。
人波にもまれながら歩いていると、路上にたくさんの露店が出ているのを見かける。
中国的な土産物から写真、似顔絵、食べ物、本当に様々なものが売られている。
そんな中で目立ったのは、お花だ。
なにやらそこらじゅうでバラの一輪挿しやブーケ、花冠などが売られている。
そして歩いている女の人みんながそのお花を持っている。
さっきカンさんから聞いたけど、どうやら今日は中国暦の七夕にあたる日で、バレンタインデーにもなっているそう。
恋人たちがイチャイチャする日ってわけだ。
このお花もプレゼントとして送られるんだな。
俺も一輪挿しを買った。5元、85円。
宿に戻るとみんながご飯の支度をしていた。
カンさんはソファーに座ってお仕事のお話をしている。
キッチンに行って英語が少し喋れる紅一点のワンちゃんに中国語を教えてもらった。
可愛い
可愛
クアィ
美しい
美人
ピャオリャ
美味しい
美味
ホチュゥ
はい
チュエティ
いいえ
プー
いいね
ハオ
ハウマッチ
トゥオシャチェン
電車の駅
ホォァチュオジャ
バスステーション
チーチュオジャ
アイライク
ゥオォシィイフワン
お金
チエン
お金がありません
ウォーメイヨーチエン
盗人
シャオトウ
ツェイ
女の恋人
ヌュゥエポウヨウ
ボーイフレンド
ナーポウヨウ
私は恋人がいます
ウォーヨーヌュゥエポウヨウ
私の名前は金丸文武です
ウォーダミンツシュチンワンウェンウー
くそ!!
ツァッ!!
シンガー歌手
ダンシュン
大酒飲み
ハイリャン
どういたしまして
ブゥクゥチ
思いつく限りに色々と教えてもらった。
こうしてカタカナで書いてはいるが、中国語ってやつはそんなに単純なものではなく、とても書き表せるような発音ではないし、語尾が上がったり下がったりして意味がまったく変わってくるのでこのまま読んだとしてもまず伝わらない。
でもまずは第一歩だ。
この愛すべき中国の言葉を覚えたら、きっともっと中国の人と距離が縮まるし、もっとこの国のことが好きになれるはず。
「ワンちゃん、プリティーってなんて言うの?」
「こうやって言うの。クアィ!!」
「ちょ、待って!!何そのポーズ!!可愛いすぎる!!もう一回やって!!」
「えー、もう一回ね!」
手に持っていたペットボトルをテーブルに置いて、全力で可愛いのポーズをやってくれるワンちゃん。
「クアィ!!」
不覚。
不覚にもキュンとしてしまった。
ワンちゃんにさっき買ったバラの一輪挿しを上げると、弾けるような笑顔でシェイシェイ!!と喜んでくれた。
みんなで美味しすぎるヌードルを食べているとカンさんが嬉しそうに話してきた。
「今日の夜、私の彼女が来ます。昆明から来てくれます。なので今夜はみんなで飲みに行きましょう。」
あ、やっぱりこの愛に溢れた青年実業家をほっとく女の人なんていないか。
背が高くてハンサムでオシャレで優しくてめちゃくちゃ仕事のできる社長であるカンさんの彼女っていったらどんな女の人なんだろうな。
きっと清楚な美人で、カンさんを影から支える内助の功を地でいくような優しい女性なんだろうな。
「あ、フミさん、彼女が来ました。」
20時くらいになってスーツケースを転がしながらやってきた彼女さんは…………
うん、可愛いらしいお嬢さん。
なのだが、顔に気の強い性格がバシバシ表れている。
着いた瞬間からカンさんに冷たい口調で何かをまくしたてており、カンさんは早速なだめることからスタート。
でもニコニコしながら彼女の荷物を部屋に運んであげている。
「カンさん、か、彼女さん怒ってるの……?」
「うーん、僕が何もプレゼントを用意してなかったから不機嫌です。でもいつものことです。」
「春巻餃子万里長城!!!」
カンさんと俺が日本語で話していると、わからないわ!!と言った感じで怒る彼女。
そしてめちゃ怒った顔をしながらカンさんの首にしがみついている。
ツ、ツンデレ(´Д` )
嬉しそうなカンさん。
なんかイメージ通りの気の強い中国人女性。
そしてカンさんが中国の女の人と付き合うのは大変ですと言ってた意味がわかったな。
彼女さんもやってきてみんなで古城に出かけた。
夜の古城内は、人でごった返していた昼間よりもさらにものすごい人出となり、こうこうと明かりが灯ってどのお店も活気に溢れて大盛り上がりだった。
路上で物を売るお婆ちゃんお爺ちゃんや、写真を撮らせてお金をもらう銅像パフォーマンスもかなり多い。
孫悟空や猪八戒のコスプレをした人、少数民族の白族の民族衣装を来た人々もいたりして、夜空にそびえるライトアップされた楼台の怪しさとあいまってまさに一大テーマパークのような浮かれっぷりだ。
誰もが明かりに照らされながら笑っていた。
カンさんはそんな大混雑の古城内にジャンベ屋さんを2軒持っており、どちらも大繁盛していた。
珍しいものが大好きな中国人。
みんな楽しそうにジャンベを叩いており、大撮影会となっている。
あ、ここでコロンビアのメデジンのカオリさんを発見しました!!
カオリさんこんなとこでなにやってるんですか!?
カオリさん、お元気でいますか?
彼女さんたちがスタッフのみんなと話してるときにカンさんがこっそり声をかけてくる。
「ヒソヒソ……フミさん、プレゼントって何を買えばいいですか、ヒソヒソ……」
「ええ……わかんないですよ……ヒソヒソ」
「僕もわからないです……何がいいんだろう……」
そしてカンさんは外に出て行くと、路上で売っていたバレンタインデーのお花を買ってきた。
俺と同じ一輪挿しなんかではなく、大きなバラの花束のブーケ。
それを照れくさそうに彼女に渡そうとするカンさん。
ヒュー!と周りのスタッフたちが盛り上げる。
こりゃ喜ぶだろうなぁと思ったら、彼女は怒った顔でソッポを向いてブーケを押しのけた。
いくら渡そうとしても背中を向けてカンさんの手を振りほどき、とうとうあっちへ行ってしまった。
ブーケを持ったまま苦笑いしてるカンさん。
彼女怖えぇ(´Д` )
それから太鼓屋さんのスタッフたちも引き連れてみんなで飲みにバーへ向かった。
古城の中で夜に1番の盛り上がりを見せるのが人民路という通りで、いくつものオシャレなバーやレストランが並んでおり、たくさんの人で溢れかえっている。
中国は中国人相手の商売で充分成り立つので、外国人相手の商売というのはほとんど見かけない。
換金屋さんがどこにもないというのがいい例。
そんな外国人に媚びない姿勢の中国だけど、この人民路には欧米人が集まるバーがあった。
欧米人だらけで、そこに混じっているイケてる中国人の若者もみんな英語を喋っていた。
日本にもたまーにこういう場所ってあるよな。
バーに向かう途中でソフトクリーム屋さんがあったので、カンさんが全員分のソフトクリームを買ってくれたんだけど、彼女に差し出すと、今そういう気分じゃないし、みたいな感じでソフトクリームを受け取らない。
両手にソフトクリームを持っているカンさん。
仕方なく通りの土産物屋さんのおじちゃんにソフトクリームをあげると、おじちゃんがニコニコして喜んでいた。
彼女の扱い大変すぎる………
そんなこんなでこの夜はみんなでオシャレなバーに行き、ヒマワリの種を食べながらチンチロリンみたいなゲームで盛り上がった。
ふと見るとカンさんの手をずっと握っている彼女。
いやー、これぞまさにツンデレだな。