後編スタート……
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興奮が止まらないところだけど、体はもうずっと悲鳴を上げている。
徹夜明けと風邪でボロボロだ。
早く荷物を降ろしてすぐにベッドにぶっ倒れたい。
この南門と呼ばれるエリアにはたくさんの安宿があるという情報。
「客桟」という看板をかけた建物がたくさん見られるがどうやらホテルという意味らしい。
ネット上に中国の情報が本当に少なくて、何年前の情報かもわからないがとにかく何軒か安宿の名前は調べている。
漢字を見せながら人にたずね、ウロウロと歩き回った。
そして見つけたのがここ、三友客桟。
んー、この古い歴史的な建物、最高だ。
スタッフが英語が喋れて、今日久しぶりに言葉を発した。
ネット上の情報ではここのドミトリーが15元、250円とのこと。
中国も安宿はこんな値段で泊まれるみたいだ。
ああ、やっと荷物を降ろしてゆっくりできる………
「はいー、ドミトリーは1泊40元ねー。」
おい、話が違う。
660円て。ドミトリー660円て。
ニコニコしてる女の人。
ご、ごめんなさい、他もちょっと見てきますとまた荷物を担いで歩いた。
根性で歩き回って色んな宿に飛び込んで値段を聞いてみる。
しかしどこもドミトリーはなく、シングルで60元とか70元。
千円超えてくる。
宿が千円を超えたら野宿というライトが光ります。
しかしこの未知の国でいきなり野宿は避けたい。治安は良さそうだけど、もう少し様子を見たい。
ああー!!もう疲れたー!!
くたびれ果てた顔をして路地裏に入り、また目についた宿に入って値段を聞いてみた。
しかしスタッフの兄ちゃんはまったく英語がわからない。
筆談でなんとかコミュニケーションしたいが、ドミトリーを漢字でどうやって書けばいいかわからなくて困っていると、その兄ちゃんがこっちに来なと俺を外に連れ出した。
そして路地裏の先にある別のホテルに連れてきた。
ホテルの中から背の高いたくましい男の人と可愛らしい若い女の子が出てきた。
「メイアイヘルプユー?」
やった!!若い女の子が英語が喋れる!!
安心して喋ると、照れ臭そうに笑いながらスロースロー、プリーズと言う。
うん、可愛い。
聞いたところ、どうやらこの辺りの宿はどこもそれなりの値段がするらしく、もちろんドミトリーもなし。
ここもダメだったか………と肩を落としてシェイシェイと外に出ようとすると、たくましい男の人が何か紙に書いて渡してくれた。
どうやらここがこの町で最安値のホテルなんだそう。
どうやって行けばいいですか?と尋ねると、英語がわからなくて上手く説明できない男の人。
向こうの方、と指差している。
まぁ宿の名前もあるし人に尋ねればわかるだろうと、シェイシェイありがとうと言って宿を出た。
すると後ろからさっきの男の人が走って追いかけてきた。
「あなた日本人デスカ?」
「え!そ、そうです。」
「私日本語喋れます。宿まで案内します。荷物持ってあげます。大丈夫!」
なんとこのたくましい男の人、流暢とは言えないがかなり上手な日本語を喋った。
まさか!!中国では英語よりも日本語の方が通じるという事実。
そしてこの兄さんは俺が日本人とわかるやいなや追いかけてきてくれ、道案内をしてあげると言ってくれた。
この兄さんの名前はカンさん。
ほんのささやかな出会い。
しかし、まさかここから濃密な大理の日々が始まるとは想像もしていなかった。
「タバコは吸いマスカ?はいどうぞ。」
自分のタバコを差し出してくれるカンさん。
「あ、大丈夫です。自分で買います。」
「はい、そこの商店で買えマス。でもこれは吸ってください。」
カンさんが差し出してくれたタバコをもらって火をつけた。
久しぶりにまともなタバコがとても美味しい。インドのタバコは本当ひどかった。
中国のタバコは安いやつで20元した。330円。
結構高いな………
カンさんと一緒に城門の中に入った。
そして声を出して驚いた。
城門の中は完全に時代劇の中の光景で、全ての建物が古く、何百年も変わっていないであろう姿を残していた。
柳が揺れ、水路が張り巡らされた風情のある町並みがどこまでも広がっており、その真ん中に大きな楼台が現れたりするのでたまらない。
中国の観光地のクオリティの高さ、半端じゃない。
「ここは銀の産地だったので古くから栄えていまシタ。2500年前の町デス。」
2500年前て。
キリスト生まれる前て。
日本で神武天皇が即位したあたりやし。
中国の歴史やべぇ。
なのにこの大理は世界遺産じゃないそう。おそらくここレベルの遺跡なんて中国には腐る程あるんだろうな。
ここが世界遺産じゃないのに石見銀山が世界遺産という不思議。
そんな古城の町の中にも安宿はたくさんあるみたいで、カンさんが連れて行ってくれた宿は30元のところ。500円。おそらくこれが大理の最安。春夏秋冬って宿。
しかし残念なことに人気の宿みたいでドミトリーは空いていなかった。
もう仕方ない。これ以上カンさんに迷惑をかけるわけにはいかない。
さっき最初に行った三友客桟に戻ってきた。
値段は40元だが、根性で歌えばきっとなんとかなるだろう。
「フミサン、フミさんさえ良ければウチのホテル、サービスします。タダでいいです。泊まってくだサイ。」
ちょ、な、何を言ってるんだこの人!!?
さっき会ったばっかりの俺を宿にタダで泊める!?
アジア、インドで、親切は必ず疑わないといけないという習性が染みついてしまってる今、このうますぎる話が怪しく思えて仕方がない。
何か裏があるんじゃないのか?後で有り金むしり取られるんじゃないのか?
いや、カンさんの笑顔はそんな悪人には見えない。
わ、わからん!!まだ中国に入って10時間くらいしか経ってないのに!!
どちらにしろ、いきなりヤッター!とアホヅラで泊めてもらうのは失礼すぎる。
また遊びに行きますからと、今夜は三友客桟に泊まることに。
「じゃあ良かったら今からウチに遊びに来ませんカ?みんなで遊びましょう。」
なんでこの人は、さっき会ったばかりのどこの馬の骨とも知れない日本人にこんなに優しくしてくれるんだろう。
あまりの展開に頭が着いていかない。
でもなんとなく心が温かくなってきている。
東南アジアで荒んだ大地に水がまかれていく。
荷物を置いてギターだけ持ってカンさんのホテル、角落客桟にやって来た。
中庭に置かれたソファーではスタッフやお客さんたちが楽しそうにお喋りしていた。
緊張しながらニーハオと挨拶するとみんな笑顔でこっちに座りな!!ホラこっちこっち!!と呼んでくれる。
お茶を出してくれ、果物やお菓子を次々と渡してくれる中国人たち。
若者たちはみんな英語が喋れるので、彼らが通訳してくれあっという間に会話が盛り上がった。
「明日俺たちバイクでツーリングに行くんだけど一緒に行こうよ!!」
「俺たちも船で湖に遊びに行くからどうだい!!?」
みんなが一瞬にしてこの迷い込んだ1人の日本人を仲のいい友達のように扱ってくれる。
ほらほら食べなさい!!とおばちゃんが中国語でブドウを差し出してくれる。
な、なんだ、なんだこれ、
ちょっと、どういう状況か整理ができない。
そんな和気あいあいとした俺たちをニコニコと見ながら、カンさんがバーベキューコンロを出してきて火をおこしだした。
「ば、バーベキューするんですか?」
「今夜は新しい友達ができまシタ。お肉たくさん食べてくだサイ。ビールは好きですか?」
も、ちょ、もうダメ!!もう勘弁して!!
なんなの!!中国人なんなの!!?
慌てふためく俺にみんながニコニコしながら、座ってなこれが中国なんだから、と奥からコーラを出してきて勧めてくる。
可愛い犬がテクテク歩いてきて俺の足元にペタンと座り込んだ。
久しぶりに食べたまともな肉は涙が出るほど美味しかった。
ビールをあけ、みんなでカンペー!!とボトルを打ち合わせてあおった。
ベジタリアンの国のインドではたまにチキンを食べたくらいでほとんど菜食ばかりだったし、ビールにいたってはデリーからだから10日は飲んでいなかった。
タレをハケでお肉に塗りながら焼き、薬味をつけて食べる。
その味付けの絶妙さがたまらなく親近感が湧く。
大理ビールというここの地ビールもさっぱりとした味でバーベキューに良く合う。
そしてみんなよく乾杯をする。
話が止まったり、誰かが来たりすると必ずカンペーでボトルを打ち合わせる。
そしてみんなでタバコのあげ合いをする。
俺のタバコを吸ってくれ、いや俺のを先に吸ってくれといった感じで、周りの人全員に配る。
これは習慣らしく、何をするでも自分だけがやるのではなく周りの人に勧めるのがマナーらしい。
パーティーは盛り上がり続け、カンさんのお友達や近隣の人たちもどやどやとやってきて、中庭は人でいっぱいになった。
みんな笑顔でお喋りをし、楽しそうに笑っている。
「フミさん、良かったら何曲か歌えませんカ?」
カンさんがニコニコしながら言ってきた。
すでに40時間以上起きているし風邪で喉もボロボロ、さらに久しぶりすぎるビールでかなり酔ってしまっているが、ここで歌わなかったらギター持って旅してる意味がない。
これまた中庭の端にステージがあり、しかもジャンベまで置いてあり、若いクールそうな女の子がやってきてジャンベを構えた。
ステージに上ると、フゥーーーー!!と歓声が上がり、みんながこちらに向き直ってすぐにライブ会場が出来上がった。
中国最初の演奏はまさかのパーティーのステージ。
そして1曲歌い終えると近隣に響き渡るような大喝采が起きた。
それから喉が潰れて声がまったく出なくなるまで7曲ほど歌ってステージを降りると、みんなが一緒に写真撮って!!と集まってきた。
「フミさんすごい!!」
「フミさんは日本でプロのシンガーなの!?」
「すごくセクシーだったわ!!」
こんなボロボロの喉で不甲斐ない歌だったけど喜んでくれたみんな。
またすぐにビールとお肉が運ばれてくる。
そしてカンさんがやってきて例のごとくタバコを差し出してきてこう言った。
「フミさん、明日ホテルを出てウチに来てください。無料で泊まってください。みんなフミさんともっと話したいです。これはお願いデス。」
「もう……なんでこんなに………ありがとうございます……ありがとうございます………」
「フミさん、ありがとうは言わないでくだサイ。私たちは友達です。友達同士だからありがとうは必要ありません。」
な、なんなんだ………
なんなんだこれ………
まだこの状況が信じられない。
夢でも見てるのか?町の建物にしてもここは竜宮城か?
中国は反日の国で危ないから行くなって今までずっと言われてきた。
でも絶対そんなことねぇって信じ続けてきた。
何も言えない。
彼らの笑顔には嘘などカケラもない。
体の底から嬉しさがこみあげてくる。
憧れ続けた中国の旅、信じられないほど最高のスタートだ。