5月24日 土曜日
【シンガポール】シンガポール
喉が痛い。
風邪が治らない。
暑い国でエアコンの効いた部屋で眠れるのはとてつもなくありがたいことだけど、体には負担になってる。
イクゾー君の話ではシンガポールはまだマシな方で、これからマレーシアにのぼったらさらに暑くてムシムシとした湿気と熱気に包まれるんだそうだ。
それこそがアジアなんだろうけど、灼熱と喧騒の日々になりそうだな。
食べるものとかにも気をつけないとすぐお腹壊してしまいそうだ。
エミさんのお仕事は土日が休みのものではなくシフトによるものだそうで、次の休みは月曜日だそう。
エミさんの出勤に合わせてみんなで家を出た。
「あー、金丸さんおはようございますー。」
途中、チャンギ空港から出勤してきたチャンギのヌシ、イクゾー君と合流して、一緒に向かったのは最近イクゾー君が大活躍しているというチャイナタウン。
1ヶ月前にシンガポールに来た頃は30ドル稼げれは良かったような状況だったのに、最近では連日150ドルオーバーを叩き出しているというこのチャイナタウン。
警察も来ないし他のバスカーもいないし、中国人たちはみんなめちゃくちゃ優しいし、最高ですよ!!と言うので少しどんな雰囲気か見に行くことに。
やってきたチャイナタウンの街はやはりシンガポールの中にあってより中国色の濃い建物が多い場所だった。
まぁシンガポールってはほとんど中国人で構成されているような国なので、その中でチャイナタウンってのもおかしな話だけど、ここにはより本土の中国に近いディープさがあるよう。
「ご飯食べましょう。いいとこありますから。」
もはやチャイナタウンも知り尽くしているイクゾー君が連れて行ってくれたのは地元の人で賑わう食堂。
「ハローママー、お腹空いたー。」
「コンニチハ!ナニタベル?トモダチモイッショダネ!」
完璧に中国人なんだけど、片言の日本語を喋るおばちゃん。
どれにする!?と横でわーわーと教えてくれるその雰囲気はただの日本のお節介おばちゃん。
今だにドギマギしてしまう。中国人ってのは日本のことが嫌いなんじゃなかったのか?
日本人ってだけで顔をしかめられるんじゃないのか?
でもおばちゃんの笑顔はまるで同じ中国人に向けられるような親愛の色を含んでいるし、むしろ日本人というだけでお世話を焼いてくれるような特別な優しさがある。
じんわりと胸が熱くなるところで、このご飯。
こんなにてんこ盛りでたったの4シンガポールドル。340円。
美味い!!と言う俺たちにニコニコと笑うおばちゃんや他のお客さんを見ていると、確実に俺の中の中国に対するイメージが変わっていくのを感じる。
大満足でお店を出ると早速路上ポイントへ向かうイクゾー君。
この歩道橋の上が1ヶ月間、この街を彷徨って死に物狂いでイクゾー君が見つけ出した最高のポイント。
歩道橋の真ん中にギターとバッグを置き、ササっと準備をして迷いなくギターを弾き始めるまでになんの躊躇もない。
そして歌い始めた瞬間、お金が入った。
おじさんが立ち止まり、イクゾー君の前で目を閉じて気持ち良さそうに微笑んで歌を聴いている。
もちろん、たったの1ヶ月で歌がめちゃくちゃ上手くなるなんてことはない。
でもその堂々した雰囲気や迷いのない演奏には確実にあの頃よりも人を惹きつけるものが備わっていた。
苦労したんだよな。
めちゃくちゃ分かるぜ。
そんなイクゾー君にまた夜に会おうと約束して俺も俺の路上へ。
昨日やった場所はどこも反応が悪かったので、他の場所を探そうかと思ったが、ここは初日に雰囲気の良かったドビーゴートの階段広場を攻めることに。
オーチャードで駅を降りてボチボチと街を見ながら歩いて行くが、やっぱりこのオーチャード通りのラグジュアリーさにはめまいを覚えそうになる。
えげつないほどに軒を連ねるルイヴィトンやプラダなどの宮殿みたいなショップたち。
そそり立つ奇抜なデザインのビルディング、大型スクリーンが音楽を垂れ流す。
颯爽と歩いている人々はモデルのように美しく洗練されており、様々な人種が入り混じっている。
この国に生きる人々が全てエリートで構成されているような、そんな気さえしてくる。
この爺ちゃんハンパじゃなかった。
暑い日差しに汗だくになってドビーゴートの美術館前に着いた。
おとといここでやった時、向こうの広場の方にスピーカーで爆音を鳴らしながらサックスとウクレレのパフォーマンスをしているコンビがいたけれど、今日は土曜日だからか他のパフォーマーの姿はない。
よーし、日陰がなくて灼熱地獄だけど、今日は俺の独壇場だ。
壊れかけの喉から思い切り声を絞った。
白人の子供ってのはとっても可愛い。
真っ白い肌でブロンドの柔らかい髪の毛、青い瞳と赤い唇。
教会の壁画に描かれているエンジェルそのまんまといった清純がある。
南米の子供も可愛かった。
浅黒い肌でニコニコと笑い、元気いっぱいに駆け回り、思わず抱きしめたくなる懐こさがあった。
こう、ずっと世界中いろんなところを回ってきてアジアと離れて生活していると、アジアに比べて他の国のいいところってのがたくさん見えてくるもの。
ヨーロッパや南米はこんなにいいところなんだなーって旅の中で感じてきた。
アジアはまだまだだなぁと思わずにいられないところがよくあった。
でもやっぱり、今感じる。
アジアの子供の可愛さが特別な感情と一緒にこんなにも胸を締めつけてくるのは俺がアジア人だから。
若者たちも、おばちゃんも、むすっとしたおじちゃんも、なんだか全てが愛らしく見えてくる。
なんだろう、この感覚。
欧米ではどんなに友達が出来、どんなに町に溶け込んだと思っても、薄い膜が俺と文化の間に存在していたように今になって感じる。
ここは全てが体に馴染む。
人も、飯も、空気も、こんなつっけんどんな街でさえ、全てに呼吸が合う。
やっと帰ってきた気がする。
アジアを最後にとっておいてよかった。
こんなに愛しく感じられるなんてな。
夕方19時。
汗で身体中ベトベトになり、喉と指が痛くて限界になりギターを置いた。
あがりは273シンガポドル。2万3千円てとこかな。
荷物を片づけて電車の駅に向かうと、隣のショッピングモールの広場でおじさんが二胡を弾いていた。
ラジカセで音楽を流して、それに合わせて主旋律を弾いている。
あまり上手ではないが、夕暮れに響くその二胡の音色がとても美しくて、箱の中にコインを入れた。
するとおじさんは、アー、と俺のことを見て何か思いついたようにラジカセをいじり、音楽を変えた。
そしておじさんは胸を張り、顎を引き、大げさな動きでリービングオンアジェットプレーンを弾いた。
俺がさっき歌っていた曲だった。
それから他の場所でバスキングしていたイクゾー君と合流。
エミさんの家の近くのホーカーへ行き、今夜も火照った体にビールで乾杯した。
ホーカーというのはいくつもの屋台が並ぶ食堂街のこと。店の前にたくさんのテーブルが並べられ、地元の人たちで賑わうこれぞアジアといった庶民のお食事処だ。
どこのホーカーもいつもたくさんの人が集まっており、そのお祭りのような活気はそこにいるだけで夏の縁日の夜を思い出させてくれる。
料理の値段はどれも2~5ドルととても安価でいくつものお皿を注文して居酒屋のように楽しむことが出来る。
しかもそれが全部漏れなく美味いんだもん………
天国でしかないよ…………
でもドリアンはいらない。
え?なんで買わないの?アホなの?みたいな顔を毎日された。
「いやー、シンガポールヤバイですね!!もうここ住もうかな。中国人めちゃくちゃ可愛い!!」
「あー!アジア最高ー!!」
辛い料理に汗がダラダラ流れ、それを服で拭って冷たいビールをあおる。
パクチーの香りが鼻をくすぐって、苦手だったことが嘘みたいに美味しく感じる。
もはや完全にシンガポールの虜。
心が解き放たれていくようで、思わずのけぞって夜空を見上げた。