5月22日 木曜日
【シンガポール】 シンガポール
朝、アンナちゃんとご飯を作ってみんなで食べ、テラスでタバコを吸う。
安い巻きタバコ。
「イクゾー君ー。シンガポールも相変わらずタバコ高いね。これじゃあ吸えないなぁ。」
「そうっすね、12ドルとかしますもんね。」
「ニュージーランドでも吸えなくて我慢してたのに。イクゾー君、禁煙できる?」
「無理っす。1日も無理っす。中学生の頃とかお金ないから落ち葉吸ってましたもん。」
「へー、そうなんだーって落ち葉!!??嘘つけ!!」
「嘘じゃないですよ!!公園に行って枯れた落ち葉をくしゃくしゃにして教科書を破いて巻くんです。ていうか落ち葉吸ってなかったんですか!?」
「吸うわけねぇやろ。」
「ええ!?ここ笑うとこじゃないですよ、懐かしむところですよ。静岡じゃ普通なんだけどなぁ。味はわかばとトントンです。」
静岡の不良は本当にタバコの代わりに落ち葉を吸うのかどうかは置いといて、ギターも戻ってきたので今日から路上開始です。
これまでシンガポールのありとあらゆるところで路上をしてきたイクゾー君だけど、これといったベストポジションはまだ見つかってないそう。
いつも良さそうな場所を見つけたかと思えば他のバスカーがいたり警察に怒られたりして、移動しては注意され、移動しては注意されの繰り返しでいつの間にかシンガポールの道を知り尽くしたマスターとなったそう。
今日もまた新しいところを探さないといけないです、と難しい顔をしてる。
シンガポールの路上ポイントは足で探すしかないな。
東京23区と同じほどの大きさしかないこのシンガポールという国。
その中心部にぐじゃぐじゃー!!っと高層ビルが立ち並び、いろんなエリアごとに個性のある街があるんだそう。
例えばマリーナベイサンズがある観光のメインエリアはお台場に当たるような感じかな。
イクゾー君オススメの銀座に当たるオーチャードというエリアからシンガポール攻略を始めていくとしよう。
綺麗すぎる電車に乗って街の中心部へ。エミさんもお仕事なのでそれに合わせてみんなで出発した。
「いやー、暑いですねー。こりゃ汗だくになるなぁ。」
「あ、フミ君、水飲んだらダメ。電車の中で水飲んだら罰金だから。」
「…………マーライオンあんなに水吐いてるくせに?」
「気をつけてね。」
怖えええ
どこまで違反かわからんわ………
電車の案内が4言語で表記してある。
そんなこんなでオーチャードの駅にやってきたんだけど………
まぁごちゃごちゃ………
電車を降りてみたものの、地下には凄まじい迷路が蟻の巣のように張り巡らされており、エスカレーターや吹き抜けやらもうわけわからん。
人もひっきりなしに行き交っており歩きにくいことこの上ない。
ここが地下なのか地上なのかもわからない。
そして全てのお店がきらびやかでオシャレで、ラグジュアリーな装飾に輝いている。
歩いている人は中国人かインド人かマレーシア人という、お洒落とはかけ離れたイメージを持っていた人々だけれど、彼らのセンスの良さと上品な立ち振る舞いはどういうことだ。
颯爽とカッコ良く歩いていく女の子はスタイル抜群で髪の毛はキラキラに手入れされ、男性のスマートなスーツ姿はまるでモデルさんみたいだ。
シンガポール人は日本人とほとんど同じ顔をしているけど、彼らの洗練のされ方は日本の若者を超えてるんじゃないかと思えてくる。
やっとこさ地上に上がると、そこには信じられないような近未来的ビルディングが乱立していた。
度肝を抜くようなスケールの建物、奇抜なデザインが織りなすコンクリートとガラスのアンサンブル。
直線と曲線が入り乱れ、そこには自然のものが欠片も存在していなかった。
ルイヴィトンやプラダなどの名だたる高級ブランド店がどこまでも連なり、この街のラグジュアリー感を余すところなく演出している。
今まで訪れた世界のどの大都市よりも圧倒的な規模。
そしてゴミひとつ落ちていない地面。
こいつがシンガポールか。
そしてここがこの国の銀座、オーチャードだ。
イクゾー君の話ではこのオーチャード駅の地下にそれぞれのビルを繋ぐ地下道がある、とのことだったが、確かに路上向きのいい地下道はあったものの、全ての通りに綺麗に他のバスカーたちが陣取っていた。
まぁ見事に全ての地下道に配置されており入り込むスペース皆無。
みんなマイクを使ってハーモニカを吹いたりギターを弾いたり、中にはただティッシュを配ってる人も。
そのほとんどが盲目だったり車椅子だったりとハンディキャップを持った人たちのようだ。
もちろん全員バスキングのライセンスを持っている。
こいつはバスカーというよりは、国公認の援助活動みたいなもんだ。
芸を売ってお金を落としてもらう俺たちとは完全に質が違う。
そしてかなりこっちの肩身も狭い。
うーん、こんな密度で地元バスカーたちがいるのか………
こいつはイクゾー君が手こずるのも分かるわ。
イクゾー君、最近はもうヤケになってマーライオンの前で歌ってたとか言うし。
マーライオンの前て(´Д` )
思い切りすぎやろあんな世界中から人が集まる場所で(´Д` )
そんな地下道の中に1ヶ所、先客のいない場所があった。
とにかくダメ元でやってみるかと歌ってみた。
しかし少ししたところで、目をつぶって杖を持ったおじさんが、身内であろうおばさんに寄り添われながらやってきた。
「おい、お前はライセンチュを持っちぇるのか?」
中国人の小柄なおじさん。
中国英語なので何言ってるのか聞き取れないがなんとか耳を傾ける。
「ライセンチュ持っちぇないにゃらどどっか行け。行かにゃいにゃら警察を呼ぶ。」
「おじさんが呼ぶんですか?」
「そうだ、俺が呼ぶ。消えりょ。」
取りつく島、島影もなし。
仕方なく地下道は諦めて地上で探すことに。
暑い日差しと湿気を含んだ熱風がむわりとアスファルトの上を流れる。
首に髪がからみつき、背中を汗がしたたる。
そしてショップやモールの前を通り過ぎると、入り口から流れ出る冷房が冷んやりと気持ちいい。
シンガポールの路上事情はイクゾー君以外からも色々聞いている。
日本人のパフォーマーもたくさんいるらしくて、稼ぐ人は1日で1000シンガポールドルを超えてくるらしい。
飯は美味い、物価もそこまで高くない、女の子は可愛い、そしてビザの制約がない。
アジアに棲みついている旅人たちで、お金がなくなればシンガポールに行き、稼いでからまたタイやラオスなどの安い国に行き、またお金がなくなればシンガポールに出稼ぎ、という生活をしてる人も少なくないとのこと。
確かにそれをやってれば東南アジアではひたすらハイレベルな生活を楽しめるだろうし、女だってよりどりみどりで買い放題。
シンガポールは滞在日数がヤバくなっても、マレーシアに出れば1日でまた日数がリセットされるらしく、無限にこのループが出来るってわけだ。
まぁもちろん全員がそうじゃないんだけど、そういう話もたまに聞く。
シンガポールはアジアでマリファナを楽しみたいヒッピーバスカーたちにとって楽園のような場所なんだろうな。
ポツポツとそこらへんにおじさんたちが座ってバイオリンを弾いたりハーモニカを吹いたりしているけど、どれも本気のパフォーマンスではない。
オーチャード駅からオーチャードストリートをハーバー方面に向けて歩いていくが、この昼間の時間帯はあまり人々は地上を歩かないみたいだ。
なんせ暑い。
汗がぼたぼた流れてシャツが体にはりつく。
みんな冷房の効いたビルの中や地下街にいるので、ここらへんでは路上は出来なさそうだな。
イクゾー君、いい場所発見できたかな。
「金丸さんっていつもこんなに歩くんですか?」
俺の演奏風景の写真を撮りたいとついてきてくれたアンナちゃんが汗だくで尋ねてくる。
「いや、もっともっと歩くよ。路上場所だけじゃなくて夜には野宿場所も探さないといけないし。もちろん荷物全部持って。」
「………私絶対ムリ……」
暑すぎてアンナちゃんが垂れパンダになりかけた頃に、ちょっと良さそうな歩道を見つけた。
ショッピングセンターの前の通路で、声も良く響く。
大通り沿いなので車の音がうるさいけど、まぁやるだけやってみよう。
騒音に負けないように声を張り上げて歌った。
ガンガンお金が入る。
中国系、マレーシア系、インド系が入り混じるこのシンガポール。
とりわけ中国系の人たちがめちゃくちゃ笑顔でお金を入れてくれ、ガンバッテ!!とかアリガトウ!!とか日本語で声をかけてくれる。
マレーシア系のムスリムの人たちもフレンドリーだし、インド系はあまりお金は入れてくれないが気さくな会話はすぐに生まれる。
フィリピン人もたくさんいるし、インドネシア人も多い。
日本人もごくたまに立ち止まってくれる。
おおお、なんてこった。
中国人の笑顔が素敵すぎるぞ。
今まで中国人と言ったらお金入れてくれない人種の代表選手で、俺のことを銅像のように扱って写真撮って終わりみたいな接し方しかしてこなかった。
ゾンザイだし、酷い時には日本人だからって笑ってくるやつもいた。
一部の仲のいい友達を除いて、はっきり言って中国人に良い印象はない。日本にいたころから。
そんな彼らが今日本人である俺にこんなにも優しく接してくれている。
もちろんここはシンガポールであって中国ではない。
彼らは顔は同じでもみんなシンガポール人としての国籍とアイデンティティを持って暮らしている。
しかしだとしても戦時中に日本軍はシンガポールに対してひどい侵略行為を行っているんだよな。
世界には戦争の遺恨が今だ消えない地がたくさんある。
だからこうしてアジアに入ってきて、少し萎縮してしまう部分がある。
考えすぎなのかな。
どうなんだろう。
でも今日、このシンガポールで歌った限りでは、みんなめちゃくちゃウェルカムだし、若者の中では日本という国が一種のブランドのように捉えられているようにも見えた。
おばちゃんやお爺ちゃんのニコッという笑顔が、とてつもなく沁みる。
だって日本人と同じ顔なんだもん。
警察ではなくショッピングセンターの警備員さんにここではやめてねー、と言われて場所を変え、ドビーゴートという駅の横の博物館みたいな建物の正面階段に座って路上再開。
その後、向こうの方に他のバスカーが来て音が聞こえてきたので、もう少し離れた通路に移動。
結局今日は4ヶ所で歌い、実質3時間半の演奏だった。
なかなか騒音があるので声を振り絞ったことで喉が枯れ、ギターを押さえる指にも力がこもって指先が痛い。
シンガポール初日、気になるあがりは、
226シンガポールドル。
1万8千円てとこか。
よし、まだこれからきっといい場所を見つけられるはず。
シンガポール残り10日。
女を買うためではなく、アジアに向けてガッツリ稼ぐぞ。
ヘトヘトになって街の中を歩き、ハーバーにやってきた。
そこには目を疑うようなスケールの高層オフィスビル群がキラキラとまたたいている。
走り去る車のテールライトや歩道を照らす照明の列、デザインの凝った街灯、
ハーバーの向こうにはあのマリーナベイサンズがコンピューターグラフィックのようにそびえ立ち、その目の前をクルーズ船が爆音を響かせながら進んでいる。船の上でライブコンサートをやっているみたいだ。
湾の水面にキラキラとそれらの街の光がゆらめき、あらゆる色が混ざり合って不思議な感情を連れてくる。
ニュージーランドで見たような星もフィヨルドもここにはないけど、人工物もここまでくるとまた自然に負けないほどの畏敬を抱かずにはいられないな。
今日も観光客でごった返すマーライオン公園に着くと、端っこの方にイクゾー君が座って待っていた。
「おーい、お疲れー。今日どうだった?」
「やべぇっす、めちゃいいとこ見つけちゃったっす。150シンガポドルっす。」
「すげぇ!!よし!!飯食おうぜ!!」
電車に乗ってエミさんの家の最寄り駅に行き、近くのスーパーマーケットへ。
ローカル色たっぷりのスーパーマーケットの表には屋台通りが広がっており、たくさんの人たちでごった返していた。
スーパーで買ってきたビールを持って、ガヤガヤと賑わう屋台の席に座る。
メニューを見ると、全部持ってきて下さい!!って言いたくなるような美味しそうな中国料理の数々。
テキトーに注文し、ビールで乾杯した。
暑い太陽の下を歩き回り、1日中歌っていた火照った体に冷たいビールが染み渡って気絶するほど美味い。
そして脂っこくて味の濃いアジアの料理をつまむと額に汗が吹き出る。
電灯が照らし出すのは楽しげな人々。
大きな口を開けて笑っているおばさん、
走り回る子供たち、
恍惚とタバコを吸っているおじさん、
美しい肌の美女たち、
どこかで見たような懐かしさがこみ上げてくる。
遠い夏の日の、いつかの夜。
なんて怪しくて、艶かしいんだ、アジアの空気は。
満たされて心が溶けていくようだ。
最高の夜だ。