4月15日 火曜日
【オーストラリア】 ヌーサ
目が覚めるとベットの上に光りが揺れていた。
窓を見ると、この数日の暗い天気が嘘みたいな真っ青な空が広がっていた。
緑輝くパームツリーと赤い花々。
目を見張るような鮮やかな色彩に目が洗われるよう。
リビングに行くと、ジェニファーさんがテーブルで紙とペンを持って真剣な顔で何かをしていた。
何してるんですか?と聞くと、別にーとイタズラっぽい表情。
俺もソファーに座って日記を書く。
「よっしゃー、これでなんとかいけそうやなー。」
作業がひと段落したらしくジェニファーさんが睨み合っていた紙を見せてくれた。
そこには日程表が書かれていた。
「やっぱり18日までここにおることにするわー。ここ気持ち良すぎるんやもんー。レンタカーやら航空券の変更やらは朝のうちに全部やってきたでなー。」
本当は16日、つまり明日に帰る予定だったジェニファーさん。
たった5日なんて短くてさみしいなと思っていたところでの延期に飛び上がって喜んだ。
俺が寝てる間にすでに色々と手続きを済ませてきたというし、本当これと決めた時のこの人の行動力は半端じゃないよな。
てなわけでもう少し一緒にいられる時間が増え、今日ももう1日のんびりすることにした。
ゆうべの残りのカレーを食べ、昼からビールを飲む。
庭のテラスに座ってタバコに火をつけると、暖かい太陽の木漏れ日に身体中の湿った部分が乾かされていく。
ああ………最高すぎる………
溶けてしまいそうだー………
それから車に乗ってヌーサの散策に出かけた。
川と潟が入り組んだとても静かな海沿い町で、大きな建物などはなく、緑豊かな道路沿いにカッコいい豪邸がポツリポツリと散らばっているという閑静な別荘地といった雰囲気。
本当にとても小さな町で、どこが中心部なのかもわからないくらい緑が多く、迷子になってしまいそうになる。
そんな森の中を走り、静かなラグーンにかかる橋を越えると、パッと開けた場所に出る。
ビーチ沿いにのびる静かな通りにたくさんの人が歩いている。
それなりに大きなホテルが立ち、洗練されたブランドショップが並んでいる綺麗な通り。
センス溢れるレストランやカフェ、洋服屋さんが軒を連ねるこのショッピングストリートがこのヌーサの1番賑やかな通り、ヘイスティングストリートだ。
海水浴客が水着で歩いていたり、お金持ちそうな初老の夫婦たちがとても優雅に歩いている。
ヌーサはお金持ちたちの保養地。
ゴールドコーストみたいに若者がバカ騒ぎするようなところではなく、どこまでも上品で洗練されている。
こいつは落ち着くな。
これで稼げたらもう言うことなしだよ。
そんなヘイスティングストリートの奥に綺麗に整備された緑地が広がっている。
木々が茂り、遊歩道が整備されてベンチや小屋があちこちにあり、とてもいい散歩コースだ。
ここでイクゾウ君は寝ていたそう。
「なんや、ホナここイクゾウ公園やんけ。イクゾウナショナルパークや。」
いやー、イクゾウ君、ジェニファーさんに会わなくてよかったよ^_^
会ったら間違いなくいじめられてたはず。
2時間後に落ち合うことにしてジェニファーさんと分かれて1人で歩いた。
幸せそうな家族たちがのんびりと歩き、駆け回る子供たちを微笑ましく見守っている。
ソフトクリームをなめ、おもちゃで遊び、カップルは手をつなぎ、カフェで本を読む人やただ空を眺めながら物思いに耽っている人。
絵に描いたような幸せな人々。
誰もが人生を謳歌しているような、そんな人たちの中を歩いた。
静かで音楽もほとんど流れておらず、ゴミひとつ落ちていない道。
ほんの300メートルほどの通りなので、すぐに見て回れる。
ぼんやりと特に考え事をすることもなく、体と頭を完璧にオフモードにして受ける風のなんて心地よいこと。
シドニーもゴールドコーストも巨大なビルだらけだったけど、ここヌーサは自然がとてもよく残されており、家々も森に隠れるように作られているので一見は何もない森林地帯に見える。
とても目に優しい。
自然に抱かれることの開放的とリラックスをこれでもかと生活の中に取り入れている。
でも遊歩道はキチンと整備されているし、公共シャワーもそこらじゅうにある。
ラグジュアリーな町だけど、ファミリー向けの落ち着いたビーチでもある。
ああ、なんて落ち着いた町なんだ。
ひとしきり公園や森の裏のビーチなどグルリと回ってから待ち合わせ場所に戻り、ベンチに座っているとジェニファーさんがやってきた。
「ミゲルー、待ったー?」
ニコニコしたジェニファーさんが車の窓からこちらに手を振っている。
都会の雑踏から離れたビーチの洗練された町角で、こんな美女と待ち合わせをしてあれ?俺旅してるとこでしたっけ?
ていうか旅ってなんだっけ?
そう、旅とは見知らぬ町を美女と歩くこと。
風光明媚なラグーン沿いの道をゆっくりとドライブ。
道沿いに開放的なカフェが並び、テラス席では優雅にコーヒーを飲む人々。
車を止めてそんな水際の芝生の上を歩いた。
傾く太陽が水面にうつり、キラキラと揺らめいている。
カモが泳ぎ、小さな子供が走り、釣りをする人が糸を水面に垂らしている。
血統書付きの賢い犬がスマートに歩き、柔らかい風が地面の落ち葉を揺らす。
そうだ、今は4月だけどここ南半球では秋の季節。これから7~8月の冬に向かっていくんだな。
4月の秋晴れの爽快さは、心までも青く染めそうにブルーだ。
「あー、たまらんなぁ。溶けてまいそうやわぁ………」
ジェニファーさんが目を細めて夕日に照らされながら言った。
アパートに帰り、ジェニファーさんが夕べの残りのカレーを使ってスープを作ってくれた。
テキトーにあるもん混ぜただけやでーと言うけど、ビックリするくらい美味しい。
そしていつの間にか綺麗な花を買ってきていたジェニファーさん。
テーブルの上に飾りつけると途端に部屋が華やかになる。
グラスのコースターに葉っぱを使ったり、ハーブを庭に埋めて育てたり、やることなすこと全てが自然体で、慈しみの心に満ちている。
シンプルなことなんだけど、そこに目を向けられるかどうかで人生の楽しみ方ってかなり違ってくるだろうなって素直に思える。
何にでも全力な人だな。
「ん?それ何やってるんですか?」
ご飯の後にテーブルに向かってなにやら紙を切ったり貼ったりしているジェニファーさん。
「ああ?これか?これなぁイクゾウ公園の看板にイクゾウ泊まったらあかんよって張り紙したろか思うてな。イクゾウはすぐ公園で寝よるやろ。ほやでちゃんと貼ったらなあかんでなぁ。」
すでに俺の話でイクゾウ君に興味津々になってるジェニファーさん。
これのためにわざわざ車を出して看板の寸法を測りに行くという凝りよう。
うん、何にでも全力な人だ。