2月21日 金曜日
【ペルー】 山の中 ~ クスコ
目が覚めると雲の上にいた。
真っ青な空と緑の山々、まばらな集落が斜面にしがみつくように散らばっている。
そしてそれを覆い隠すような白い雲が、どれほど高地に上がってきたかを教えてくれる。
海沿いのリマから一気に雲の上まで登ってきたんだけど、今のところ空気の薄さは感じない。
天空の地に棚田が広がり、放牧された牛や豚が自由に草をはんでいる。
窓の外に見えるどこまでも牧歌的な風景。
いや牧歌的というにはあまりに個性的だ。
アンデス的という表現がしっくる。
この高地の風景は今のところ世界のどこにもなかった。
バスはところどころで止まり、食事やトイレ休憩をしてくれる。
山の中にポツンとある個人の家みたいなところで、アンデスの民がスープやチキンの家庭料理を振舞っている。
すでに20時間以上ドライブしており、バスを降りたとたん足元がふらついた。
疲れた体に優しいスープが染み渡る。
冷たい風に揺れる草花、土壁の民家、果てしない山の雄大さ、
全てが太陽にきらめいている。
南米を旅しているという実感がじんわりと胸に染みる。
22時間移動という情報だったが、24時間を過ぎてもバスはひたすら険しい山の中をクネクネと走っていく。
もうモニターの映画も5本目だ。
安いバスなので座席が狭く、足が伸ばせなくて痛い。
クスコに着いたらすぐにやらないといけないことがある。
路上演奏のライセンス取得だ。
クスコは世界屈指の観光地。
マチュピチュ観光の拠点となる町で、クスコ自体も歴史ある町並みが世界遺産に登録されている。
半端じゃない観光客たちが世界中からやってきているはず。
路上演奏にはもってこいの町だ。
ということは俺みたいなやつがわんさか集まっているということで、警察のチェックも相当厳しいはず。
まず路上では歌えない。
レストランやバスでやってもいいんだけど、相方なしでは難しいし、やっぱり俺は路上が好きだ。
路上演奏のライセンスを取得しないといけない。
今日は金曜日。
役所は明日から閉まってしまう。
稼ぎどきの土曜日曜で歌えないなんて絶対に避けないといけない。
なんとしても今日中にライセンスを取得しなければ。
すでに時間は14時。
17時には役所は閉まってしまう。
クスコに着いて、ヒッピーに教えてもらった秘密の宿をほとんどアテにならないメモ紙の情報だけで探し出し、荷物を置いて役所に行き、ライセンスの申請をする。
かなり厳しいミッション。
でもやらなければ。
バスは山道をクネクネと走っていき、やがて少しずつ民家が増えてきた。
土壁に瓦屋根の原始的な住居が、山の斜面に貼り付いている。
そしてカーブを曲がったときにパッと視界が開けた。
山々に囲まれた盆地に巨大な街が広がった。
見渡す限りの建物。
大きなビルも見える。
クスコってこんなに都会なのか。
ついに待ち焦がれたあのクスコだ。
バスはごちゃごちゃとしたカオスな空気に満ちた町の中に入っていく。
クスコは世界中から人がやってくる一大観光地なので、きっと町全体がツーリスティックな整備が施されているんだろうと思っていたが、どうやらそうでもないみたい。
ここに来るまでに見た近隣の小さな集落たちの中心地としての役割を担っており、当たり前にインディアンの人たちがそこらじゅうを歩いている。
これまでもたくさんの町に行ったけれど、とても鄙びた、時の止まったような町並みだ。
山奥の少し大きめな温泉街といった様子。
バスはそんな町の中のターミナルに到着した。
時間は15時。結局25時間もバスに乗っていたことになる。
すぐに荷物を受け取り、息をつく間も無く歩き始めた。
一刻も早く宿を見つけ出さないといけない。
しかし手元の情報には通りの名前と宿の名前しか書いていない。
「この辺に行ってそれっぽい奴にきいたらわかるよ。」
とリマのヒッピーが言っていた。
おそらくキトのヒッピー宿みたいに看板もないような隠れ宿だろう。
一般人はまずそんな宿の存在自体も知らないはず。
もしかしたら町の中心部からだいぶ離れたところにあるかもしれない。
それはまったくわからない。
道端に出ている屋台の人に道を聞きながら、急ぎ足で歩いていく。
おばちゃんたちに歩いては遠いからバスに乗りなさいと教えてもらい、70セント、20円くらいの市バスに乗った。
そしてどうやら町の中心部にやってきたみたい。
町並みが一気に古めかしいものへと変わり、大きな教会や石造りのアーチがあちこちに見られ、たくさんの観光客たちが歩いている。
うほー、こりゃ綺麗だなぁ、と思いつつも、バスを降りて足を止めることなく急ぎ足。
教えてもらった通りにやってきて、道行く人やお店の人に聞いて回る。
が、誰も知らない。
うおおお………そりゃヒッピーたちの隠れ宿だ。
地元の人だって知らない。
もうこのすぐ近くのはずなのに!!!
もう16時!!
役所が閉まってしまうよー!!
すると向こうのほうを歩いているドレッドヘアーにギターを抱えたいかにもヒッピーな男を見つけた!!
間違いねぇ!!絶対あいつなら知ってる!!
「ん?ああ、知ってるよ。ていうか俺そこ泊まってるし。」
やっぱり^_^
そのドレッドのギター弾き、エドアルドについて歩いて行くと、通りに面したドアの前にやってきた。
「ここだよ。この先の5って書いた看板のとこが宿だから。今いっぱい人がいるからベッドあるといいけどな。」
ホステルらしい看板なんて何もないドアを開けると生活路地がのびている。
分かるわけねぇ(´Д` )
地元の人しか来ないような小道を歩いていくと、確かに5と書いた民家を発見。
分かるわけねぇ(´Д` )
呼び鈴を鳴らすと、中から可愛らしい女の子が出てきた。
「ハーイ、調子はどう?入って入って。」
中はまぁただの人の家なんだけど、一応ベッドがたくさん並んだドミトリーがある。
窓なんかもちろんない薄暗い部屋の中の壁には無数のペイントが塗りたくられている。
ヘーイ、元気かい?
ギター弾くのかいー?
宿の中にはたくさんのヒッピーたち。
ドレッド、ボロボロの服、ジャグリングの道具、ギター、
みんないつものようにニコニコとフレンドリーだ。
驚くことにこのヒッピー宿、Wi-Fiがあるじゃねぇか。
しかもホットシャワー、綺麗なキッチン、服の洗濯場、文句のつけようがない設備。
しかもセントロまで歩いて5分でなんと値段8ソル。300円。
このクスコには日本人宿も含めてバッグパッカーの安宿が無数にあるんだけど、相場が20ソルで安くて15ソルってとこ。
その半額ってどういうことだよ。
本当、ガイドブックにもインターネットにもまず載っていない場所が南米にはいくらでもある。
秘密の場所にたどり着いたみたいでワクワクしてくる。
25時間移動明けなので彼らと楽器弾いてゆっくりしたいところだけど、一刻も早くライセンスを取りに行かないと。
もうあと17時まで30分しかない。
「なぁなぁ、俺路上で演奏してるんだけど、いい場所知ってる?あとライセンスはどこで取れるか知ってる?」
「あー?ライセンス?そんなもん要らないよ。レストランかバスでやればいいんだよ。みんなそうしてるよ。」
「うん、まぁそうだけど路上でやってみたいんだ。」
「ライセンスは要らないよ。細かいことは警察が教えてくれるよ。こことここの通りが路上向きじゃないかな。」
泊まってるやつらのほとんどが楽器やジャグリングの道具を持ってるパフォーマー。
情報はすぐに手に入る。
でも彼らヒッピーはわざわざライセンスを取るような奴らじゃない。
自分の足で探し出すぞ。
荷物を置いて速攻で町に出た。
まずは現地人たちの人通りが多いメルカドにやってきた。
周りに広場があり、たくさんの人たちが歩き回ったりベンチに座ってゆっくりしている。
独特な民族衣装に身を包んだインディアンのおばちゃんたちが路上で色んなものを売っている。
警察がいたので聞いてみた。
「あの、路上で歌いたいんですけどライセンスって要るんですか?」
「ん?要らないわよ。好きに歌っていいわ。」
うおおあああおおおおおお!!!!!マジか!!!!
それマジかあああああああああああああ!!!!!!!
そう言えばそこらへんでヒッピーたちが手作りアクセサリーを売ってるし、ギターやアコーディオンでバスキングしてる旅人風のやつらもいる!!
よっしゃ来たぞこの野郎!!!
稼ぎまくってやる!!!
ひとまず、いいポイント探しと町の雰囲気をつかむために周辺を歩き回った。
世界遺産に登録されているこのクスコの歴史地区。
石畳みの綺麗な路地、ボロボロの民家、味のある町並みがどこまでも広がり、散歩するだけで宝探しをしているようだ。
細い脇道の向こうに見える山の斜面に散らばる家々。
抜けるような青空。
キトも同じような美しい古い街だったけど、ここクスコはさらに手つかずの町並みが残っている。
旅をしているという気分をこんなにかきたててくれる町もなかなかない。
3600メートルという高地の風が遥かな時代を偲ばせてくれる。
いやー、雰囲気のある町だなぁこの野郎ーとキョロキョロしながらメインスクエアを歩いていたら、なにやら向こうの方からこっちにダッシュしてくる人影が。
うわなんだあいつ、アブねぇ奴だな、こんな観光エリアをダッシュして。
無視無視。
と知らないフリして歩いていたら、その変人、俺の方に一直線に走ってくるじゃないか。
マジか面倒くせぇなと思っていると、とうとう目の前まで突進してきた。
どうする!!逃げるか!!?
この人やし。
ボストン住んでる人やし。
歩く地球の歩き方やし。
ちょ!!マジで!!?
なんでここいるの?!
「うわー!!金丸ちゃん~!!まさかこんなとこで会えるとはー!!そろそろクスコなんじゃないかと思ったよー!!」
マジ偶然。すげえ。
「よし!!ちょっとその辺でお茶でもしようか!!」
「ゴメンてっちゃん、今俺歌わないといけないからまた夜にでも会おうよ。どっかこの辺で歌ってるから。」
「あー、そっかそっか。それは歌わないとね。今面白い人と一緒にいるからその人と探しに行くよ。じゃぁまたね~!!」
ビビるわ(´Д` )
マジで。
ボストンで別れてから、アメリカ縦断、中米南下、南米の濃い毎日と、話したいこと山ほどあるんだけど今は路上最優先。
てっちゃん、夜に飲もう!!
それからもめぼしい通りをしらみつぶしに歩き回り、大通りにある歩行者専用のめちゃくちゃいい通りを発見。
地元の人も観光客もわんさか歩いている、まさにここしかないという通り。
躊躇なく通りのど真ん中でギターを構える。
この時点ですでにかなりの人だかりが出来上がっている。
クスコ1発目いくぞ!!!
2曲目で警察登場。
はいはいはいー、ゴメンだけどここではダメなのよーと観衆をかき分けてやってきた婦警さん。
観衆からブーイングが起きる。
「でも他の警察が路上演奏していいって言ったんですけど。」
「それは向こう側のメルカドからアーチのところまで。アーチのこっち側ではやったらダメなのよー。でも22時以降ならここでもやっていいからね。クスコにようこそ。」
なるほど………一応細かい決まりがあるみたいだけど、他の町みたいにバッサリ門前払いってわけでもなさそうだ。
それならその通りにやらせてもらおう!!
ていうかたった1曲で10ソル以上入った。3.7ドル。
やっぱり予想通りクスコは稼げる!!
ひとまずお腹が空いたので現地民の食堂へ。
えー、スープとプレートのセットがたったの3ソル。110円くらい。
スーパー安い。
これが観光客用のエリアに行くと、15ソルから20ソルになる。
宿も安いし、節約しようと思ったらとことん出来る。
こりゃヒッピーたちにとったら過ごしやすいことこの上ない町だな。
日が沈み、暖色の街灯が光るメルカドの横の広場でギターを鳴らした。
ここは完全に現地人の生活エリアみたいで、人だかりのわりにみんなあまりお金を入れてくれないし単価も小さい。
負けないようにもっといい歌を歌いたいんだけど、もう風邪で喉が深刻なほどに崩壊しており全然声が出ない。
ガラガラにもほどがある。
バス移動で疲れており腹筋に力が入らん。
そしてさっきから感じていた違和感なんだけど、どうも息苦しくて仕方ない。
いくら息を吸い込んでも、声が続かない。
体がだるくて、頭がフワフワする。
そうだよ、ここは富士山の頂上よりも高いんだよな。
前にギターを担いで富士山を登って頂上で歌ったことがあるけど、頭が痛すぎて2曲しか歌えなかった。
そこよりもさらに空気の薄い場所で観衆を前にお金をもらう歌を歌わないといけない。
き、気合いだぞ………
大丈夫、これくらいならまだなんとかなる。
ここで暮らしてる人たちだっているんだ。
同じ人間なんだからやれんことはない。
喉がズタボロになりながらも、今度はメインスクエアに移動。
広場にそびえる巨大で古めかしい教会がオレンジのライトを浴びて不気味にたたずんでいる。
周りの山々にも民家の明かりが光り、まるで絵本の中にでも入り込んだような幻想的な光景だ。
そんなメインスクエアの教会の脇から細い路地へ入る。
街灯がポツポツと光り、いかにも怪しげな骨董品屋さんとかありそうな雰囲気の通りに、まばらに人が歩いている。
とても静かでここなら喉に負担をかけないで歌える。
ここしかないなと思っていたら、さっき宿の場所を聞いたヒッピーのエドアルドと会った。
どうやら俺のことを探していたみたいだ。
ゆっくりと歌った。
歌を終えるとどこからともなく拍手が聞こえた。
ん?誰だ?
エドアルドじゃない。
周りを見渡すと、少し向こうの建物の2階、窓から顔を出して拍手をしている兄さんがいた。
こちらに向けて親指を立ててくれた。
それからもしばらく歌を聴いてくれていたその兄さん。
少しして2階から降りて俺のとこまでやってきてくれた。
差し入れのパンを持って。
「すごくいい歌だね。僕はそこでカフェをやってるんだ。よかったら招待するから後で来てよ。」
ヒゲもじゃでなんとも柔らかい笑顔の兄さん。
もう声がかすれてどうしようもなくなっていたので、ありがたくお邪魔することに。
ウッド調のオシャレな店内。
南米ではポピュラーなマテ茶を飲むことができる。
よくヒッピーたちが変な銀色の容器に葉っぱとお湯を入れて、ストローみたいな飲み口からチューチューお茶を飲んでるけど、別にドラッグ関係のものではないみたいですね。
喉にいいやつを下さいと注文して、暖かいマテ茶をすすりながらエドアルドとお喋りをしていたら、突然お店の電気が消えた。
店内の1番前のところに椅子が置いてあり、照明で光っている。
お、何か始まるのか?
するとどこからともなく1人の男性が。
顔を真っ白に塗って、白い手袋をはめ、黒いハットをかぶっている。
そしてその男性は言葉を発することなく身振り手振りだけでお客さんをいじりながら店内を歩いていく。
パントマイムだ。
無音の店内。
パントマイマーのコミカルで楽しい動きにみんな注目し、笑い声が起こる。
パントマイムといえば定番の、あれ?壁があるぞ?っていう両手で空中をペタペタ触るあの動き。
もちろんあればかりではない。
身振り手振りのみで、様々なストーリーを表現し、それを笑いに変えていく。
時には悲しみ、時には陽気に、時には怒り、
動きと顔の表情だけでそれを表していく。
俺もすっかり引き込まれ、この小さなカフェの中はすっかり彼の世界に。
感動的なラストでは誰もが笑顔になり、店内は拍手に包まれた。
うおお………めちゃくちゃ良かった。
パントマイムってすげぇな。
最後に客席を回ってチップを回収してショーは終わり。
このクスコでこんな良いものが見られるとはな。
「なぁフミ、もしよかったらウチでショーをしてくれないかい?今のところ月曜日がまだプログラムを組んでないんだ。」
店長のパンチョがニコニコしながら言ってくれる。
どうやら毎晩こういった1時間ほどの様々なショーを行っているらしく、月曜日の夜にお誘いをもらった。
うーん、本当は月曜日からマチュピチュに行こうと思ってたんだけどなぁ………
いや、こんな楽しいお誘い断るなんてもったいない。
喉の調子もあと3日あれば回復するはず。
是非やらせて下さいとお願いし、お店を出た。
お客さんの前で歌う時間をもらったんだ。曲目からMCまでキチンと練ってのぞむぞ。
外に出ると、石畳みが雨に濡れて光っていた。
金曜の夜なので今夜はいけるところまで歌おうと思っていたが、冷たい雨が降りしきる町には人の姿はまったくなかった。
薄いTシャツに雨がかかると震えるほど寒い。
リマはあんなに暑かったのに。
「フミ、月曜日いいショーになるといいな。フミならバッチリだよな。俺はまだあんなお店で歌う勇気はないよ。」
そういうエドアルドと走って宿に帰った。
今日のあがりは72ソル。26ドル。
初日にしては悪くないか。
明日からこのクスコ。どんどん入り込んでやるぞ。