2月10日 月曜日
【エクアドル】 テナ
「アヤワスカ?アヤワスカよりオススメのやつがあるよ。」
キトのヒッピー宿でヘロニモとマリアンナに出会ってサンペドロの話を聞いてから1ヶ月は経った。
夢中で追いかけ続けて、やっこさ辿り着いた昨日。
一体どんなものが見えるのか。
人間の脳の眠った部分が覚醒され、信じられないような変化があるんじゃないか。
憧れ続けたサンペドロ。
でも俺にそんな大した変化は訪れなかった。
視覚と聴覚がクリアーになり、倦怠感を伴った浮遊感があっただけで、植物と会話なんて境地には達することはできなかった。
はっきり言ってまたやってみたいとは思わない。
あの副作用の凄まじいダルさばかりが際立つばかりで、俺にとってはそこまで刺激的なものではなかった。
ベッドの上、汗をびっしょりとかいて目を覚ました。
意識ははっきりしている。
体のダルさもずいぶんマシになっている。
でも起き上がろうとしたら足元がふらついた。
外に出ると、ジャングルはいつものように静寂に包まれていた。
昨日のイカれた1日が何もなかったかのように、しんとしている。
燃え尽きた焚き火、
こんもりと残った灰、
散乱した果物の皮。
木の椅子に座り、ボーっと森を眺めていた。
子供たちが元気に走り回っている。
女の子3人がいなくなり、静かになったリーナの家。
サンペドロが終わった。
俺の昨日の倦怠感が今日みんなに襲いかかっているみたいで、誰も起きてこない。
お昼前になっても起きてこないので、仕方なく1人で家を出た。
歯医者さんに行かないと。
土曜日に病院で聞いた話しでは、月曜日にこのジャングルの中の集落に出張で歯医者さんがやってくると言っていた。
こんな小さな集落なので誰でも知ってるだろうと思い、そこらへんにいるインディアンのおじちゃんやおばちゃんに尋ねながら歩いていく。
のだが、誰もそんなこと知らないよと言う。
歯医者さんだったらセントロに行かないといけないよと優しく教えてくれる。
この集落に来るって言ってたのにどういうことだよ………と若干イライラしながらも仕方なくバスに乗ってセントロへ向かう。
そして町行く人々に歯医者さんはどこですか?と尋ねて回り、親切なお巡りさんに連れて行ってもらい、ようやく1軒の病院を発見。
さっさと終わらせるぞ、と階段を登って行くとドアがあり、張り紙がしてあった。
「16時~20時」
クソが………なんなんだよもぅ………
たかが銀歯をはめるだけなのに、何でこんなに右往左往してんだよ。
もういっそのことアロンアルファでくっつけちまうか?
それはさすがにマズイか………
16時に戻って来るかと、みんなの分の食料を買って家に戻った。
暑い日差しが照りつけるリーナの家ではパパとママがのんびりとご飯を食べていた。
「ヨパイチャイニ!!ユカカンタモナニ!!」
ニコニコしながらいつものようにケチュア語を教えてくるパパ。
ママもニコニコしながら椅子に座ってのんびりしている。
俺もその中に混じってのんびりと日記を書いた。
足が痛痒いのでまたクリームを塗った。
するとその時、どこからかとんでもない轟音が近づいてきた。
静かなジャングルの草木を震わすかのような轟音。
なんだ?!
驚いていると、それまで座っていたママがいきなり飛び上がって屋根の外に走っていき、アアアー!と声を出して空を見上げている。
俺も見上げてみると、上空にものすごいスピードで飛んでいく戦闘機があった。
軍の訓練かなんかかな。
俺の故郷の宮崎には新田原という自衛隊の基地がある。
なので戦闘機の姿など別に珍しいものではないし、毎年航空ショーが開催されてくらいなので別に驚きはしない。
でもママとパパは声を出して飛行機の姿を追いかけていた。
まるで小さな子供のように。
彼らにとってよほど珍しいものなのか。
それともジャングルの民にとって、空を飛ぶ人工物が恐ろしいものに見えるのか。
ちょうどリーナが帰ってきたから聞いてみた。
「あー、アハハ、うーん、ママたちは飛行機が好きなのよ。」
そう恥ずかしそうに答えるリーナ。
リーナは若い女の子なので現代の流行を分かっているし、英語も少し喋れるし、iPhoneの扱い方も知っている。
飛行機を見るために外に走っていくパパとママ。
この文明社会でそんな人がいることに少しビックリしたけど、彼らからしたらチキンの解体の仕方も知らない俺のほうがビックリなのかもしれないな。
「え?歯医者さんダメだったの?うーん、じゃあ明日の朝私の知ってるとこに行こう。一緒に行ってあげるね。私の知ってるとこなら心配いらないから。」
そう言ってくれるリーナ。
明日、明日、また明日、いつになったら歯医者に行けるんだ………
でもリーナが言ってくれるんなら大丈夫だろう。
明日朝に治療して、昼から出発できたらうまくいけば国境近くの街、クエンカあたりまでは行けるだろう。
夜になり、マリアンナとヘロニモとセントロへ向かった。
「ヘーイ、フミ、寂しいよ。俺たち明日ここを出発してキトに行くよ。今夜が最後の夜になると思う。」
何度この2人と歌っただろう。
今夜が3人での最後の演奏かと思うと、寂しさと同時に最高の歌にしようと気合いがこもった。
それを感じてくれる2人のパフォーマンスにも熱が入っていく。
みんなサンペドロでまだ体がダルくて仕方ないのに、力を振り絞る。
ノリノリの演奏でどのレストランでも大盛り上がりになり、これまでで最高記録の53ドルのあがりになった。
「別れは嫌だ。これが旅の出会いのキツイところだよ………」
「アイ、ゴー、コンフミ!!」
今まで訪れた世界中のほとんどの国に友達ができたけど、外国人でこんなに仲良くなったのは初めてかもしれない。
それが地球の裏側のアルゼンチンってのもまた嬉しいな。
「日本に必ず来なよ。2人のパフォーマンスなら日本だったらマジで荒稼ぎできるよ。」
「その時はまたバスで歌おうぜ。」
「日本のバスの中で歌ったら警察に捕まるよ。」
「うん、そうだと思ったよ。」
「ちなみに交差点のジャグリングもダメだからね。レストランのマリアッチはかろうじて出来るかな。」
「まぁいいよ、フミに会いに行けたら!!」
リーナの家に戻り、暗闇の中、木を拾い集め火を起こし、スパゲティを作った。
そしてひとつの鍋にみんなでフォークを突っ込んで分け合って食べた。
火に照らされたみんなの顔、とてもいい顔だった。