1月26日 日曜日
【エクアドル】 バニョス ~ テナ ~ ミサワジ
うう………眠い………
ゆうべ寝たのは夜中の3時くらい………
今日はヘロニモとマリアンナと3人で近隣の町に出稼ぎに行く約束をしている。
眠たい目をこすってギターを持って宿を出た。
朝8時半の山里には暖かい太陽が降り注ぎ、たくさんの人々が歩いていた。
仕事に向かう地元の人。
土産物屋さんのシャッターを開けるインディアンのおばちゃん。
大きなバッグバックを担いだ白人観光客たち。
公園の脇では絵描きのおじさんが作品を並べている。
昨日見かけた天使の銅像パフォーマーが、台座をコロコロ転がしながらやってきた。
金色の体の天使さん。
銅像パフォーマーの出勤姿を見ると、なんだか得した気分になる。
穏やかな空気がとても気持ちいい、山村の朝。
「ハーイ!フミー!!ブエノスディアス!!」
ぼんやりとタバコを吸っていると、少し遅れてヘロニモたちがやってきた。
朝から爽やかな笑顔だ。
「今日はどこに行くの?」
「まずはテナっていう小さな町に行く。そこで少しパフォーマンスする。それからもうちょっと先のミサワジっていうさらにジャングルの奥にある場所に行く予定だよ。前回もやった流れだから大丈夫。さぁ行こうぜ。」
んー、まったく聞いたこともない町の名前。
めちゃくちゃローカルな場所だぞ。
こいつは楽しくなりそうだ。
「そこまで行くバスの値段はいくら?」
「ん?何言ってんだい?もちろんコレに決まってるだろ?」
そう言って親指を上げてクイクイと揺らすヘロニモ。
そういうことね。
いやー、エキサイティングな1日は南米最初のヒッチハイクから始まりだ。
「止まった止まった!!行くぜフミ!!セニョール!!テナに行きたいです!!」
「おー、乗ってきなー。」
荷台に俺たちを乗せた車は、山々の中を駆け抜けて行く。
どこまでも広がる緑、山を貫く渓谷、降り注ぐ太陽があまりにも気持ちいい。
いくつものトンネルをくぐり、曲がりくねったカーブを走り抜けていく。
ダイナミックな自然の中を飛ぶ鳥みたいだ。
アンデス山脈の山々を抜け出し、ジャングルエリアの中に入っていくと、いきなり気温がグンと上がった。
標高が下がっただけで、いきなり冬が夏になったみたいに汗がしたたりだした。
頭に水をかぶるヘロニモ。
マリアンナが半袖のTシャツ貸してあげるわと言ってくれる。
ジャングルの中の小さな集落で降ろされながら、さらに2台乗り継いでテナに到着したころには時間は13時になっていた。
それなりに栄えたジャングルの中の小さな町。
川南町みたいな感じだな。
近隣の集落の人たちにとってはお買い物もご飯食べに行くのも、お出かけはここなんだろうな。
て、ていうかこんな何もない田舎のどこでバスキングするの!?
クソ暑いし!?
「レストランでやるんだよ。このメインストリートにレストランがいくつかあるからそれを回って行くんだ。バスと一緒だよ。2曲やってお金を回収して次のレストランって流れさ。」
おおお…………
また新しい技を体得させてくれるわけですか………
レストランで演奏て。
それこそマリアッチだ。
本当にマジで南米では人がいるとこなら、散髪屋さんだろうがトイレだろうが1曲いかがですか?って勢いだ。
さっきまで山の上で寒い寒い言ってたのに、汗をぼたぼた流しながら町を歩いていく。
そして路上でギターを取り出し軽くマリアンナの歌と合わせてコードを拾ったら、さぁいざレストランバスキング開始だ。
「セニョール、2曲歌わせていただけませんか?」
通りにある食堂に行き、お客さんがいるかどうかを確認し、お店の人に演奏していいか尋ねる。
日本だったら、な、なんですか?!警察呼びますよ!?っていうくらいあり得ないお願いだけど、当たり前のように許可してくれ、店内の音楽を止めてくれる。
やっぱ南米すげぇ。
「オラー!!ブエナスタルデス!!僕らはアルゼンチンから旅をしてるヘロニモとマリアンナ、彼は日本から旅をしてるフミです!!お食事中ですが2曲演奏を聞いてくださいー!!」
ヘロニモが慣れた様子で明るく陽気に挨拶。
それから俺のギターでマリアンナが1曲歌う。
店内はいい。
音が響くのでとてもやりやすくて気持ちいい。
バスの中みたいに急ブレーキで吹っ飛ばされることもない。
マリアンナの歌が終わり、拍手が起こると今度は俺の番。
俺が歌っている間にヘロニモがお金を回収して回る。
こんなジャングルの中のスーパーど田舎の小さな食堂。
アジア人なんてテレビの中のジャッキーチェンくらいしか見たこともないような場所なのに、いきなり俺がギター弾いて歌うもんだからビックリした顔でみんなフォークを持った手を止めている。
そりゃ川南町の食堂でいきなり黒人がレゲエ歌い始めたら度肝抜かれるよな。
演奏が終わるとブラボーの声が飛び、お店の人からもう1曲やってくれよとのありがたいお言葉も。
ヘロニモの帽子の中にはたくさんのコインと、なんと5ドル紙幣が。
す、すげぇ、
レストランバスキング!!
めちゃくちゃ反応いい!!
「いいねー!!いいショーだよ!!俺たちトラベルバンドだぜ!!」
それからメインストリート沿いにある食堂を手当たり次第に回って行く。
演奏を断るお店はひとつもなく、みんなごく自然に受け入れてくれる。
お客さんも、やかましいぞ!!なんて言う人はもちろん1人もいない。
ご飯食べてるとこにマリアッチがやってきて演奏を始める、ごく日常のことなんだろうな。
ただお昼の時間を少し過ぎていたのでお客さんのいないお店が多く、40分くらいである程度全部のお店を回り終えた。
みんな朝ごはんを食べていなかったので、腹ごしらえにピザ屋さんへ。
そしてあがりの計算していくと、わずか40分の仕事で…………
33.5ドル。
す、すげすぎる…………
1時間もやってねぇのに33.5ドルだと?
本当、旅のヒッピーたちは稼ぎ方知ってるわ。
「えーっと、じゃあこれがフミの取り分ね。」
「ありがとう。………あれ?これおかしくない?」
「なんでだい?」
「…………だってこれ16ドルくらいあるじゃん。3等分したら11.5ドルだよ。」
「それはそうよ、私たちとフミで半分半分よ。おかしい?」
まったくこの2人はどこまでいい奴らなんだ。
数ドルを節約するためにヒッチハイクするくせに、こういうとこでは頓着しねぇんだからなぁ。
「分け前は3等分だよ。当たり前じゃんか。」
「いいのかい?ありがとうな。よーし、じゃあピザを食べたらミサワジに向かおう。ミサワジはマジでものすごく稼げるんだ。」
変な名前の町だなと思いつつ、ピザ屋を出てすぐにバスに乗り込み、60セントでミサワジに向かった。
バスはさらに奥深いジャングルの中へと突き進んで行く。
見渡す限りの密林、熱帯の植物が生い茂り、その中にポツポツと弥生時代みたいな茅葺屋根の掘っ建て小屋が見える。
裸で駆け回る子供が見える。
ボンヤリと椅子に座ってるおじいさんや、洗濯物を取り込んでいるおばさん。
マジで時間が止まったような光景。
そんなジャングルの中に小さな集会場みたいな広場があり、そこで人々がささやかなパーティーをしていた。
楽しそうだな、と見ていたら、バスを発見した小さな子供たちが全力疾走でバスに向かってきた。
ゆっくりと走っているバスにすぐに追いついてくるボロい服を着た子供たち。
何か売り物でも持ってるのかな?
と思った時、バスの窓から何かがポイポイっと車内に飛んできた。
なんだ?
なに投げ込んできたんだ?と見てみると、それはクッキーだった。
動物の形をしたクッキー。
そしてバスはスピードを加速し、子供たちは何か叫びながらバスを見送っていた。
ヘロニモがクッキーを小さく割って周りの乗客たちに配ると、みんな笑顔でそれを口に入れた。
俺も少し躊躇してそれを口に入れた。
当たり前のどこにでもあるクッキーの甘みが広がった。
バスは弥生時代みたいなジャングルの中でお客さんを拾いながら、どんどん進んで行き、30分ほどで小さな集落に着いた。
向こうの方に大きな川が見える。
どうやらミサワジってのは町ではなく、川沿いの遊泳場のことみたいだ。
バスに乗ってきた人たちはみんなぞろぞろと川のほうに歩いていく。
広場には観光地っぽいレストランが並んでおり、たくさんの観光客の姿。
「よし、じゃあ俺は向こうでマクラメのアクセサリーを売ってるから、マリアンナと2人でレストランを回ってくれ。」
てなわけでマリアンナと2人で観光客で賑わうレストランへ。
こんなガイドブックにも間違いなく載ってないようなジャングルの奥地の遊泳場なのに、結構な数の白人たちの姿。
そんなレストランで2人で歌った。
ほんの小さな広場なので3軒回ってとりあえず一回りが終わる。
「うーん、先週来た時はもうすごい数の人でどのレストランも溢れてたんだけどねぇ、今日は全然人がいないわ。」
そう言うマリアンナ。
わずか10分ほどの演奏だったけど、いくらになったかと言うと、
なんと15ドル。
入り方がすげえ。
「先週やったときは10軒のレストランをぐるっと回ってたったの30分で50ドルくらいになったのよ。」
今日はほんとに人が少ないんだろうな。
でもそれでもすごいよ。
あがりはマリアンナと半分半分で7.41ドル。
川の方に行ってみるとヘロニモか地面にアクセサリーを広げていた。
今日は人が少ないということで早めに切り上げて、俺たちも川で泳ぐことにした。
奥の方に歩いていくと、ちょっとした林があり、ビックリすること日本では見かけないような猿がたくさんウキャウキャ言っている。
すげー!!超近ぇ!!
そんな猿たちを通りすぎて行くと………
そこにはジャングルに囲まれた秘密のビーチがあった。
おおお、すげぇ………このシチュエーション。
雲に煙る山から流れ出てきた、とても綺麗な川。
岩場と砂浜が広がり、まさに秘密の遊泳場って雰囲気だ。
地元の人たちが日曜の休みに遊びに来てるような感じで、インディアンのおばちゃんとかがぴちゃぴちゃ水につかっている。
全力で駆け回ってる子供たち。
シャンプーしてるおじちゃん。
それに混じって白人観光客たちの姿。
いやー!!川で泳ぐとかマジで石並川以来!!
僕の故郷の美々津にも綺麗な遊泳場があって夏場はみんなそこに泳ぎに行きます。
カマボコの板に名前と住所を書いたやつを見張りをしてるオッちゃんに渡してから泳ぐんですが、水量も多く、かなり深いので子供の頃はとても怖かった覚えがある。
ちょうどいいくらいの広さなので美々津中学校のプールの授業は石並川を使ってました。
プールの授業が川。
そんな田舎です。
セミの声が響く森の中、夏の抜けるような空、みんなで木を拾ってきて燃やしたり、夜遅くまで騒いだり。
怖い先輩におびえて逃げたり。
高校生になってからは彼女を連れて行って友達に茶化されたり。
この川の匂い、懐かしすぎてあの頃が一気に蘇る。
あの頃って10代だったんだよなぁ………
あの頃と全然変わっていないつもりでも俺は間違いなく32歳なんだもんなぁ。
エクアドルの川で泳いでるなんて10代の頃には想像もしてなかったよな。
あ、対岸の大きな木にロープが吊り下げられてて子供たちがターザンしてる!!
よーし、石並川のロープで誰よりも美しく高くバク宙をしていた俺の技をエクアドルの子供たちに見せつけやろうじゃねえか。
服を脱いで川に飛び込んだ。
一瞬でドザエモンになりかける。
し、死ぬ(´Д` )
流れ早いし(´Д` )
でも久しぶりの川の水があまりにも気持ち良くていつまでも泳いでいた。
セミの声は聞こえないけど、ここはあの頃と同じ夏だ。
バスに乗ってテナの町に戻ってきた。
もう少しレストランでやってもよかったけど、これ以上遅くなると帰り着くのが夜中になってしまうので、早めにバニョスに戻ることに。
バスターミナルでバニョスへのバスを探す。
するとスタッフに値段をたずねていたヘロニモたちの表情が固くなる。
「………フミ、4ドルもするみたいだ。ふざけてる、キトからバニョスまで3.5ドルなのに半分の距離で4ドルだなんて。」
確かに高い。
かなり高い。
でもすでに日は沈んでいるし、昼間でさえあんまり車が通らなかったジャングルの中で今からヒッチハイクするのはかなり厳しいと思う。
ヘロニモとマリアンナがスペイン語で口論を始める。
かなり怒っているマリアンナ。
なだめるように話しかけるヘロニモ。
なんでそんな値段するのよ!!なんで調べてないのよ!!
そんなこと俺に言うなよ、とにかくどうするか考えよう!!
ってな雰囲気。
でもマリアンナは怒って1人でどこかに歩いていってしまった。
残された俺たち。
「フミ、すまん。彼女はよくああなるんだ。」
「仕方ないよ、これが世界中の男の仕事だよ。」
「そうだよな。」
感情的になる女。それをうまく落ち着かせるのは男の大事な仕事。
女の子がヒステリーになって投げやりになるのを、なんでそうなるんだよ!!ってつられて腹を立てていた若い頃。
でも今はそんな姿もどこか可愛いと思えるように、少しなってきてるかな。
しばらくして焼きトウモロコシをかじりながら帰ってきたマリアンナがまた女の子らしくてすごく可愛かった。
3人で1ドルずつ払いタクシーに乗って町外れまでやってきた。
外灯もまばらな寂しい道端で車を待つ。
バニョスまでは2時間半くらいの距離。
うまくいけば一発でつかまえられるはず。
でも車はなかなか通らない。
こんな日曜日の夜、しかもこんな田舎道を走る車なんてなかなかいないし、俺たち3人を乗せてくれる車なんて果たしているのか。
無音の道路沿い、外灯に照らされる3人。
するとおもむろにマリアンナがヘロニモのところに近づいた。
そしてヘロニモの頭をギュッと抱きしめた。
さっきはごめんねといったふうに。
いい関係だな。
と思ったとき、向こうから車のヘッドライトが近づいてきた。
みんなで立ち上がり手を振ってポルファボール!!と叫ぶ。
…………止まったオラアアアアアア!!!!!
「どこ行くんだー?」
「バニョスです!!」
「よし、あんまり綺麗じゃないけどここでいいかい?」
止まってくれたのはトラック。
コンテナのドアを開けてくれる兄さん。
マジかこれ?
もう楽しすぎるわ!!
3人で中に転がり込むとトラックはドアを開けたまま走り出した。
「フミ!!なんか歌って!!日本の歌!!」
外灯もない山の中なのでコンテナの中は完全な真っ暗で、横にいるヘロニモの顔も見えない。
エンジン音が響く暗い箱の中。
日本の演歌を歌ってあげると、今度はヘロニモたちがアルゼンチンの歌を歌ってくれた。
とそのときパッとコンテナの中が明るくなった。
砂にまみれた床が見えた。
その瞬間、バタバタバタバタバタバタ!!!!!とコンテナをすごい音が叩きつけだした。
突然の豪雨、そして連続で光りまくるカミナリが開きっぱなしのドアから中を照らし出す。
「フミー!!もっと歌ってくれよー!!あ!!そうだこんな歌あるんだぜ!!マラドーナの歌なんだ!!」
土砂降り雨のジャングルの中を走り抜けるコンテナの中、ずっと3人で知ってる歌を歌い続けた。