12月15日 日曜日
【コロンビア】 メデジン
「カオリさーん、カオリさん、ホラ、もう8時ですよー。起きて準備してくださいー。」
「うーん、むにゃむにゃ………あと5分。」
「ダメですよ、早く起きて準備してください。」
カオリさんを起こすところから始まるこの家の1日。
と言ってもいつもケータ君が起こしてるんだけどね。
起きてみんなで朝ごはんを作る。
カオリさんの家には日本の調味料がこれでもかってくらい揃っているし、安宿みたいにボロボロの道具しかないようなキッチンではないので料理をするのも楽しい。
服も洗濯板にこすりつけるんじゃなくて洗濯機でボタンひとつだし、シャワーも当たり前に暖かいお湯が出る。
日本にいればごく普通の暮らしなんだけど、それがとてつもなく恵まれた生活だということが身に沁みる。
今日の予定はカオリさんの教えている日本語クラスの生徒たちによる劇の発表会。
日本をテーマにした劇をコロンビアの若者たちが演じ、それを取り仕切るのはもちろんカオリさんだ。
言葉を教えるだけでなく、こうした地域との交流にも積極的に取り組んでいるんだな。
「カオリさん、ご飯出来ましたよ。」
「あー!!もうそんな時間ない!!えーっと衣装はどこ……衣装……衣装がない!!えーっと……紙……ようこそって書く紙がないー!!!もうどうしよー!!エーンエーン!!」
シャワーを浴びて濡れた髪のままクローゼットの中をひっくり返して慌てふためいているカオリさん。
ゆうべ準備しとけばいいのに………
よくここに泊まる旅人たちにお説教をされるというカオリさん。
子供のように無邪気な人だ。
今日はその劇を観にいくことにしているんだけど、カオリさんの案で劇の前に2曲ほど歌ってくれと言われている。
んー、どんな状況なのかまったくわからないけど、俺に出来ることなら喜んで協力させてもらおう。
一足先にバタバタと会場に向かって行ったカオリさん。
俺たちは残って料理。
おにぎりと卵焼きを大量に作っていく。
今日の演者である生徒さんたちへの差し入れだ。
30人ほどいるらしいので、結構作ったけれど1人ひとつずつだな。
いつもライブ会場でこういった差し入れをしてもらう側なので、なんだかこういう役回りが新鮮で楽しい。
今日の劇をみんながやり切れるよう、願いを込めて作っていく。
そこに昨日のフォークおじさん、金子さんがやってきた。
美声の持ち主である金子さんと少し一緒に演奏させてもらった。
「こんなのどうですか?」
「お、知ってるねー。」
22歳の別れのイントロを弾くと、すぐに合わせてくれる。
フォーク酒場に出入りしていてこれが弾けなかったら話にならない。
昼前のアパートの中庭に2人のコーラスが気持ちよく響いた。
金子さんに送ってもらい、会場の文化ホールみたいな公共施設に着いた。
綺麗で新しい建物だ。
中に入っていくと、中ホールくらいのステージがあった。
おお、懐かしいなぁ。
高校生の時、こんな市民ホールみたいなとこでよくライブやったもんだ。
ライブハウスのない日向ではこういうとこでやるしかなかった。
するとドタバタドタバタ走り回る人影が。
カオリさんだ。
流暢なスペイン語でコロンビア人の生徒たちに支持を出している。
差し入れのおにぎりと卵焼きを持ってバックヤードに入ると、そこにはらたくさんのコロンビア人の若者たちがワイワイと劇の準備をしていた。
みんなそれぞれにメイクをしたり、小道具を使った衣装を着ている。
幽霊の格好、ろくろ首、赤鬼、
どうやら妖怪のお話みたいだ。
「コニチハ!!オゲンキデスカ!!」
「ハジメマシテ!!ワタシノナマエハファンパウロデス。」
お、さすがは日本語クラスの生徒たち。みんな挨拶や簡単な会話くらいは普通にできる。
おにぎりを渡すと、みんな大喜びでそれに群がり、一瞬にしてお皿は空になった。
開場時間になるとたくさんのお客さんたちがなだれ込んできた。
そしてそのお客さんたちに挨拶して回るカオリさん。
小さな子供がカオリさんを見つけると、カオリー!!と走っていき抱きついた。
みんなカオリさんを囲んで笑顔になっている。
カオリさんも、あの優しい笑顔で全員と丁寧に抱き合い、頭をなでなでしている。
ああ、この人本当に愛される人だな。
それはカオリさんの、周囲を暖かい気持ちにさせる能力によるもの。
誰もカオリさんを嫌いな人なんていない。
朝は起きれないけど、人間として尊敬に値する人だ。
満席となった客席。
みんなで円陣を組んでかけ声をかけ、劇が始まった。
スペイン語と日本語を織り交ぜながらナレーションの女の子が進行していく。
そしてこのタイミングで余興の俺の出番。
やったのは日本語と英語の2曲。
上を向いて歩こうとスタンドバイミーですよ。
そうです、ベタな人間ですよ。
歌を終えて、劇の本編スタート。
真っ赤なお鼻のー、トナカイさんはー、
いつもみんなのー、笑いものー、
コーラス隊が日本語で歌う。
ほのぼのとした微笑ましい雰囲気。
ステージに出てきた演者が恥ずかしそうにセリフを喋る。
彼らはプロの役者ではないし、そんな訓練をしてる人たちでもない。
ただのド素人で、みんな恥ずかしそうだ。
日本語を混ぜてはいるもののスペイン語が中心なので物語の内容はよくわからないけど、なんとなくわかったのは、
スサノオノミコトやアマテラスオオミカミがある日サンタクロースと出会ってお話をする。
そしてアマテラスたちもサンタを見習って妖怪たちの願い事を叶えてあげるという、なんとも微笑ましい内容。
カッパにはキュウリ、雪女には抱きしめても凍らないペット、ろくろ首には短い首、
この南米コロンビアで、こうした異文化交流の一端に触れられてることがとても嬉しい。
それが自分の母国をテーマにしてくれてるならなおさら。
世界はひとつで、繋がっているということをじんわり感じることができた。
大きな拍手が会場を包んだ。
雪女ちゃん、めちゃくちゃ可愛い。
片付けを終え、荷物を持ってカオリさんの家に戻る。
夜になると生徒たちが打ち上げで集まるようなので、みんなにつまんでもらえる晩ご飯を作ることに。
作ったのはから揚げとフライドポテト。
美味え!!!
日が沈んでからワイワイと生徒たちが集まってきた。
みんなでアパートの中庭に集まって、音楽を流し、サルサを踊り、から揚げとフライドポテトを食べ、俺もまたギターを持ってきて歌い、夜遅くまで彼らと話していた。
日本語を勉強しようとするくらいだから、みんな日本が大好きで、漫画、アニメはもちろん、音楽もジブリも相当詳しい。
ビーズ歌ってるやつとかいるし。
今までも海外で日本大好きな若者たちにたくさん会ってきたけど、ここに極まった感じだ。
コロンビアでの日本人気はすごい。
ありがとうくらいならおじさんでも知っている。
いいって言ってるのに、みんな日本の歌を聴かせてもらったからとチップを渡してくれ、23400ペソほどになった。
12ドル。
宿代が浮くだけでなく、地元の人々との濃密な交流もできるここカオリさんの家。
ここにいればすごくスペイン語の勉強にもなる。
生徒たちも生の日本人と触れ合うことで彼らのためにもなる。
長い人は3ヶ月も滞在する人もいるみたい。
ただの沈没ならいくらでもできるけど、少しでも有益な時間にできるようにしないとな。
まぁ俺は稼ぐことが最優先だけど。
頑張ろ。