6月4日 火曜日
【カナダ】 トロント
風邪がきつい。
やっぱり1日じゃ治らないか。
喉と鼻が痛くて、声もまともに出ない。
早く歌いに行きたいのになぁ………
少し散歩に出かけた。
早朝のオフィス街は出勤の人たちが入り乱れている。
みんな仕事に向かっている。
俺はフラフラと湖のほうへ歩いた。
穏やかな湖面。
後ろには高層ビルの山。
綺麗な場所だけど、なんだか腰をおろせないんだよな………
仕方なく今日もおとなしく曲作りに没頭。
これはこれでとても大事な時間。
路上をやってたら取れない時間だからな。
近くの公園で、木漏れ日の中、ギターを鳴らす。
散歩をしてる人。
犬とボールを投げて遊んでる人。
ジャグリングの練習をしてる人。
色んな人がいる。
ギターを弾いていたって誰も見向きもしない。
それがとても心地よく、曲作りに集中できる。
お昼にシェルターに戻りご飯を食べていると、アルが声をかけてきた。
アルはこのシェルターの中で常にギターを抱えて、いつも3コードで自分の作った歌を歌ってる。
常に。
誰も気にもとめていないが、彼はここの専属シンガー。
「シットだぜ、弦が切れちまった。」
そう言って5弦のないギターを弾いている。
俺のギターから5弦をはずしてアルにあげた。
「いいのかい!?フミが困るだろう?」
「大丈夫だよ。俺は新しいセットを持ってるから。使い古しでごめんね。」
「使い古しで充分さ!!ありがとう!!」
そう言ってアルは弦を張り、またいつもの調子で3コードを弾いた。
アルとスティーブ。
お昼からも近くの公園で曲作り。
なかなかいい曲が固まりそうな予感。
ミユキさんとの、あのハチャメチャな2人旅の風景を曲にしたかったんだけど、とてもいい感じに仕上がりそうだ。
「ハイ。」
ギターを鳴らしていたら、シェルターにいる兄ちゃんがやってきて隣に座った。
彼はセルビアの出身。
「へー、コソボに行ったんだ。どうだった?どう感じた?あそこはセルビアの地域なんだよ。」
彼は熱心にそのことを聞いてきた。
コソボしか行っていない俺からしたらコソボは独立した国だ。
しかしもちろんセルビア人はコソボを国と認めていない。
小さな国や地域が入り乱れる、侵略と解放の歴史に彩られたヨーロッパ。
そしてここはヨーロッパの人間によって切り拓かれた新しい大陸、カナダ。
どこまでものびる直線の国境線。
広大な未開の森。
しかしここももちろん国だ。
兄ちゃんはどこからか手に入れたマリファナを巻いて、プカプカとくゆらせる。
俺もあのヨーロッパの風景を思い出しながら、ギターを弾いた。
シェルターに戻って晩御飯を食べ、また公園で曲作り。
21時になってベッドルームへ。
ベッドの上で日記を書いていたら、誰かがやってきて俺のベッドの上にグミを置いた。
見ると、それはアルだった。
「弦、ありがとう。」
そう言ってアルは自分のベッドに戻っていった。
たかが使い古しの弦1本なのに、こうして心のこもったお返しをしてくれる。
彼らは恩をとても大事にする。
喫煙スペースでタバコをくれと言われてあげると、後から必ず何かお返しをしてくれる。
25セント回してくれと言われて1ドルあげたおじさんも、それから一気に優しくなってシェルターの中で何かと気を遣ってくれる。
ギブアンドテイクのゲーム。
でも素晴らしいゲーム。
彼らはなにも持ってないけど、人間としての大事な部分をむきだしで持っている。
暖かい気持ちで眠りについた。
明日には風邪も治ってるかな。